頼れる三人の弟子たち
◇
シャーロッテはナルキスに事情を正直に説明した。
何者かの罠で小さくなり、元に戻る方法を探していること。
犯人は宮廷内の何者か、あるいは怨恨を抱く何者かの仕業だということを。
「……というわけじゃ。協力してくれるな?」
「なるほど、犯人探しですね! 面白そう」
一番弟子のナルキスがキラキラと目を輝かせた。
「面白そうで何よりじゃ」
「僕は、小さなままのシャル様が好きですけど」
真剣な顔で言う。
「可愛い弟子じゃと思っておったが、今はおぬしが怖い」
「だ、大丈夫ですよ、何もしませんから。ね?」
「ね、じゃないわ」
どこかギラついた目を向けてくる弟子のナルキス。
美少年でありながら、少女の服装が大好きな男の娘。
でも、やはり精神的、肉体的には思春期少年なので実に面倒くさくてややこしい。
ただでさえ難しい年頃の多感な少年を、更にややこしくしたのは、他ならぬシャーロットなのだが……。
「コホン。よいか、他の二人の弟子には後でワシが説明する。ナルは学校でペラペラ余計なことを話すでないぞ」
「わかりました!」
元気に、ガレットを頬張る。
「うむ、美味いの」
少々早いが昼食だ。
考えてみれば朝から何も食べていなかった。
昼近くまで気を失うように、執務室で寝ていたのだから。
昼食は、近所のテイクアウト専門店『持たせてごめんよ』で買ったガレット。
王国の正銀貨一枚あれば四枚は買える。
少女の格好をしたままお使いに行かせたのだが、とても興奮したらしい。
それはさておき、薄焼きガレットに、卵とベーコンを載せ軽く包んで焼いたもので実に美味である。
「あっ……卵の黄身が垂れてます」
「おぅ、すまんの」
ナプキンでさっ、とシャーロットの口元を拭ってくれた。見た目年齢なら今は面倒見のいい姉と妹のような感じがする。
「小さくなると不便ですか?」
「食べる量が半分で済みそうじゃ。それと酒を飲みたいと思わぬ」
「あはは。胃袋も舌も子供に戻ったんですね」
「らしいのぅ。幸い、この明晰な頭脳と、魔法の知識だけは健在じゃ」
「それは何よりです」
姿の変わったシャーロッテを前にしても、ナルキスは変わらずに「師匠」として接してくれることにホッとする。
一番弟子であり、自分を尊敬し深く敬愛しているナルキス。
ちょっと歪んだ憧れと、恋の劣情を抱いていることを以前から知っている。
何よりも「秘密の共有」ができるので口が堅い。
緊急時ゆえ、忠誠心を利用しない手はない。
ナルキスは放課後、シャーロッテのところにやってくる。
シャーロットの休日、あるいは午後に仕事が早く終る日を見越して家にあがりこみ、魔法のレッスンを受けるために。
まずは着替えて「男の娘」に変身。仕草がどこか少女っぽいので違和感もなく、微笑むととても可愛い。ゆえに可憐な少女の姿がよく似合う。
しかもナルキスは魔法に関する探究心が強く、熱心だ。いつか魔法使い試験に合格しようと真剣に取り組んでいる。
ちなみに最近の自由研究テーマは「ムダ毛処理」と「本当の女の子になる秘術」だと公言してはばからないのは困ったものだが……。
宮廷に出入りする魔女や魔法使いは、弟子を持つことがある種ステータスだ。
技術や魔法の知恵を教え、次世代につなげてゆく大切な仕事だから。何よりも、人格者として尊敬されなければ師匠としての役目は果たせない。
「でもこんなときこそ僕を頼ってくださいね」
「……そうじゃの。期待しておるぞい」
魔女や魔法使いの中には偏屈だったりコミュ障だったりで、弟子を持たぬものがいる。だが弟子は居たほうがいい。
成長すればこうして師匠の支えになってくれる。
それに、賑やかで楽しい。
――主様、お弟子様がお見えです
玄関ドアに飾ってある獅子のレリーフの声が響いた。留守番精霊を召喚し使役するシャーロットにだけ聞こえる声だ。
「来おったわい」
ドアの鍵を開けてドカドカと上がりこんできたのはふたつの足音だ。
玄関を通り過ぎ、食事をしているリビングダイニングへとやってくる。
「ちわーっす! お師匠!」
「……ナルに先を越されましたね」
赤毛の元気少女が飛び込んでぴょこっと手を挙げた。
長い髪をツインテールに結わえた、アテナ。魔女の二番弟子。
もうひとりは青いショートカットのメガネ少女、メルクート。
物静かにぺこりと頭を下げる。シャーロッテの三番弟子。
「よく来たのう。ちょうどランチじゃぞい」
王立学校の女子制服を着た二人組はガレットを見て目を輝かせた。
淡いブルーのワンピース風の制服で、肩には大きな襟を思わせるインバネスコートを羽織っている。制服とコートの縁には、蔓草のような刺繍が入っていて、学年によって異なる紋様となる。
彼女たちは王立学校中等部二年で、ナルキスのひとつ年上だ。
「お先に食べちゃってますよ」
もぐもぐとナルキスがすまし顔でガレットをかじる。
「あ! 『持たごめ』のガレット! 大好……き?」
「ではいただきますね、シャルさ……ま?」
見慣れない少女に目を丸くする二人。
「えっ、誰!? 妹?」
「っ! 違いますアテナ! これは……先生!」
「えぇえ!? マジ? ん……? 確かに、そうかも?」
「……まぁ、メルクートは合格じゃな。アテナは戦乱の世なら死んでおるぞ」
シャーロッテは意地悪く口角をつりあげた。
幼子とは思えない凄みのある顔つきに、思わずひれ伏しそうになる。
「しっ、失礼しましたぁあ!」
「シャル先生、いったいそのお姿は……」
「まぁ、かくかくしかしがじゃ」
おそらく、他の魔法使いには見抜けない。
見込んだ弟子だからこそシャーロッテの姿が変わろうとも見抜けたのだ。
それほどまでに今のシャーロッテの魔力は弱体化している。
「小さいお師匠様だぁ……かわいい! 抱っこしてみていいですか?」
「実に愛くるしいお姿です。フフフ……意地悪したくなります」
恐る恐る撫でては抱きついて来る。
「やめんか、お前らの反応もナルキスと変わらんのぅ」
魔法の才能は生まれた時にはわからない。
10歳になると聖堂教会で天恵――ギフテッドを確かめる。
潜在能力という適性を検査され、それぞれの道に進む。
力仕事に向くもの、職人に向くもの。頭脳労働に向くもの。神にお仕えすべきもの、などなどだ。
しかし百人の子供がいれば、魔力を宿すものも一割程度いる。
魔女や魔法使いになれる見込みがあるのは、さらに二、三人にすぎない。あとは親による(少々の寄付金と)推薦、本人の意思により弟子として迎え入れる。
ひととおリ驚き、困惑する弟子たちに、事情を説明すると二人も快諾してくれた。
「師匠! 犯人を見つけてギッタギタのボコボコにしてやりましょう!」
「シャル先生へ敵対するものには死を。それも残虐でむごたらしい死を!」
「わ、わかったからお主らはおちつくのじゃ」
血気盛んで肉体言語が大好きなアテナ。
呪詛や暗黒魔法が大好きなメルクート。
二番弟子と三番弟子を見ていると、ナルキスがいちばんまっとうに思えてくる。
「さて、ここからが本題じゃ。ワシは明日から宮廷へ戻る。犯人探しじゃ」
「え? つまみ出されたのに大丈夫なんですか?」
一番少女っぽいナルキスが小首をかしげる。
「なぁに、ワシに考えがある。ワシ自身の推薦状。それに魔法の身分証明書。おぬしらの分もふくめて、すべて準備するかのぅ」
魔女らしい含み笑いを浮かべるシャーロッテに、三人の弟子たちは顔を見合わせた。
<つづく>
次回、いよいよ宮廷探偵編スタートです★