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魔女の家と、一番弟子の賢者モード

「おや可愛いねぇ、どこの子だい?」

 井戸端会議をしていたオバちゃんたちが、見慣れない子供――シャーロッテに声をかけてきた。

 王都の治安は良いとはいえ、城の裏手は下町で変な輩もいる。一人で歩く子供を心配してくれたのだ。

「泣きべそかいて……大丈夫かい?」

「へ、平気なのじゃ!」

 思わずごしごしと目をこする。

 怒りのあまり、ちょっと涙目になっていたらしい。


「飴、食べるかい? 甘くて美味しいよ」

「ワシを子供扱いするでない!」

 まったく説得力がないことに気がつく。

「子供が遠慮するもんじゃないよ」

「そうそう、美味しいよ食べて元気をお出し」


「あ、ありがとう……なのじゃ」

 手のひらに握らされたのは赤い飴玉。

 魔法合成された透明樹脂(セロファン)の包み紙を解き、口に放り込む。

 甘い。大好きなイチゴ味だった。

 うぅ、おのれ。世間の優しさが身に沁みおる。


「気をつけてお帰りよ、この辺りには怖ーい魔女様が棲んでいるからね」

「しーっ! 聞こえちまうよ」

 子供になって裏通りを歩いていることで、住人たちがシャーロッテを気遣ってくれているのだ。

 それもそもはず。美少女が涙目で肩を怒らせながら歩いていれば誰だって心配になる。


「わ、わかったのじゃ」

 ぺこりと頭を下げて歩き出す。

 おばさん達が言っている恐ろしい魔女とは……もしや自分の事だろうか?


 世間の目はときに厳しい。

 魔女ともなればなおさらだ。

 先日も帰り道でチンピラ男にナンパされたので、魔法で追い払ったことがあった。

 数日間ほど「自分は犬だ!」と思い込む簡単な魔法だが、四つん這いで野良犬たちと仲良く戯れるチンピラがこの界隈で目撃されていた。

 人々は魔女の仕業ね、と囁きあっていた。


「ったく、ワシは善良な魔女じゃというに!」

 しかも皆に愛される魔女のはず。

 ……じゃよな?

 思い返すと自信が失せた。


「ぬ!? あめ玉の中心にイチゴゼリーが!」

 上等な飴だった。思わずほんわりと笑顔になる。どこで売っているのか、後で聞き出さねば。


 自分をこんな目に遭わせた犯人を見つけ出し、八つ裂きにしてやる! と、殺気立っていた心は、下町を歩いているうちにだいぶ落ち着いていた。


「ふぅ、ようやく着いたのじゃ」

 シャーロットのアジト――魔女の家。

 小さくなったせいか、いつもより道のりが遠く感じられた。

 実際は城のすぐ裏手の『ベーカリー通り』の一角にあり、徒歩で十分もかからないのだが。

 貴族の屋敷が立ち並ぶ南区画とは反対にある、北の区画は庶民の街だ。

 周囲は磨かれた石畳と、噴水のある広場、葉を繁らせた街路樹。とても落ち着いた風情ある街並みが広がっている。

 シャーロットの家は(ツタ)で覆われた二階建て、築二百年のレンガ造り。屋根から突き出た煙突と、苔むした赤い屋根瓦。玄関脇に鎮座する巨大なカボチャ。いかにも魔女の棲む家らしい趣が漂う。


 近所にはパン屋、加工肉を売る店、雑貨屋など、日用品を売る店が数軒おきに看板を掲げている。ゆえに生活の利便性はいい。昼前の時間のせいか、道行く人影はまばら。そこかしこでおばちゃんたちが井戸端会議をしながら、洗濯物を洗っている。

 このあたりの古き良き街の趣は、シャーロットのお気に入りだ。


「ぬ……?」

 見上げると家の煙突から煙が立ち昇っていた。家に人がいるのだ。

 ドアノブに手をかけると、青錆の浮かぶ獅子のレリーフが動いた。


 ――我が(あるじ)、おかえりなさいませ。


 青銅の獅子の声がした。家の留守を引き受ける、レリーフには留守番(・・・)精霊が宿っている。

 流石に姿は変わっても、シャーロッテのことがわかるらしい。なかなかに優秀な精霊だ。


「何も変わりはなかったかの?」


 ――何も。留守中、泥棒も、魔法使いの類いのご訪問もございません。


「そうか、うーむ」

 自分を子供にした謎の勢力。あるいは犯人の狙いは、ここに隠した魔法の秘宝や、貴重な魔導書の類いではないのだろう。

 弱体化した今が狙いどころだろうが……。


 ――お弟子さまが中でお待ちです。


「こんな時間から?」

 鍵は開いている。

 というか三人の弟子(・・・・・)たちには、魔法の鍵を渡している。各種の魔法結界で厳重にシールドしているこの家に入るには、特別な「鍵」が必要なのだ。


「お帰りなさいませシャル様! って、あれ? 君……は?」

 家に入るなり鈴を転がすかのような奇麗な声がした。

 とてて、と軽やかな足音と共に出迎えてくれたのはひとりの少女だった。

 意外な訪問者に驚いたのか、目を丸くしている。


 やや目尻の下がった(つぶ)らな瞳、二重瞼に長い(まつげ)。優しいほんわかした顔立ち。プラチナブロンドのさらさら(ヘア)は、顎のあたりで切り揃えられている。

 水色のワンピースに薄手の白いカーディガン。可愛らしい街娘のような格好で出迎えてくれたのは、シャルことシャーロットの一番弟子――。

「ナルキス、来ておったのか」


 小さくなったシャーロットの呼び掛けに、ナルキスと呼ばれた少女は、怪訝そうな表情から一転。

「シャ、シャルさま!?」

 息を飲み、翡翠色の瞳を大きくする。


「そうじゃフフフ、よくわかったのう。流石は一番弟子じゃ」

 満足げに微笑んだつもりだったが、玄関脇の姿見に映った自分の顔は、不敵かつ邪悪。子供がする表情としてはいささか不釣り合いだった。


「小さくなっちゃったんですか!?」

 慌てて近づいて来て、驚いた表情で腰を曲げ、顔を覗き込んでくる。

 先日まで見下ろしていたはずの弟子の背丈は、今のシャーロッテより頭ひとつ高い。

「こ、こら……やめんか」

「なんという完璧な擬態! ぜんぜんわかりませんでした!」

 キラキラと尊敬の眼差しを向けてくる。

 罠にかかって体を小さくされた、なんて言い出しにくくなる。

「ぬしは一発で見抜いたであろうが」

 ナルキスは不肖の弟子だが、秘めた魔法の才覚、ポテンシャルはなかなかのものだ。


()にはわかりますよ!」

「ほぅ?」

「だって、その青い宝石のような瞳に、左目よこの泣きホクロ。それに顔を埋めたくなる艶やかな黒髪……! 何よりも……甘く熟れたような芳香っ! んーふふ、間違いありません、シャルさまです!」

 熱のこもった瞳で力説する。

 顔を近づけて、すはー! とシャーロッテの周囲の空気を吸い込むと「あぁ」と目を潤ませた。

「ったく、幼女相手に欲情するでない!」

「あいた!?」

 可愛いローキックを叩き込む。

 いつもなら尻を蹴飛ばすのだが、すねにぽこっと命中しただけだった。しかもご褒美を頂きました、と言う感じで喜んでいる。

 変態だ。

 いや、13歳と言えば性に敏感なお年頃。

 にもかかわらず、酔った勢いで「おうおう、可愛い顔をしおって、いいからこの服を着てみるのじゃ!」と、女装させて遊んだのがいけなかった。


 それ以来、ナルキスは目覚めた。

 己の内に秘めていた、乙女に。少女であるもうひとりの自分を開花させはじめた。


「えへへ。可愛いですねシャルさま」

「ぬしの言う可愛いは、なんとなく厭らしいのぅ」

「そんな! ひどいです! いつも僕のこと可愛いって厭らしい目つきで言うくせに」

 水色のワンピースの裾をつかみ、おてんばな少女のように頬を膨らませる。


「すまんつい……。ぬしが可愛いのは認めるが、今はわしのほうが可愛いじゃろ?」

「シャルさまの妹さんか姪っこさんみたいな感じで素敵です。すごい魔法ですね。姿や気配まで変えちゃうなんて、さすがはシャル様です!」

「ま、まぁの!」

「あの……僕のことも本当の女の子に出来ちゃったり、できますか?」

「それは無理じゃ!」

 そう。

 ナルキスは男の娘(・・・)

 魔女の一番弟子、ナルキスは性別上は男の子。だがこうして少女の格好をしている。

 魔女の館にいる間だけ、好きな女装をして過ごしているのだ。王立学校へ通う間や自宅では、普通の男の子の姿をしているが……。そっちも時間の問題かもしれない。


 すまんナルキス。

 目覚めさせてしまったのはわしじゃ。

 魔法の才覚より先に、女装癖を覚醒させてしまったようじゃ。

 完璧な擬態というのなら、それはナルキス。ぬしのことじゃ。

 思わず温かな眼差しを向ける。


『高名なる宮廷魔女であらせられる、シャーロッテ様の弟子に!』

『是非とも息子を、ナルキスを立派な魔法使いしていただきたいのです!』

 と、頭を下げられたご両親の顔が浮かぶ。

 なんと申し上げてよいのやら。

 別の意味で立派になりそうじゃ。


「ところでナルキス、学校はどうしたのじゃ?」

 今はまだ昼前だ。

 王都の王立学校は義務教育制。週に三日ほど授業があり、昼過ぎまで授業を受けるのが普通だ。


「……早退しちゃいました」

「なんでじゃ? どこか具合でも悪いのかの」

 そういえば顔がちょっと赤い。熱でもあるのかと心配になる。

「シャルさまから借りた下着、汚しちゃったので」

「……っ!?」

 赤面してへっと微笑むナルキス。


 洗面所に視線を向けると、何かを洗濯していたようだった。黒いヒモが桶の縁から垂れているが、あれはシャーロッテのセクシー下着だろう。 


「あ、でも制服は汚してないです! 今は別の下着つけてますし大丈夫です」

「何がどう大丈夫なんじゃ」

 思わずジト目でナルキスを眺める。


「ちょっと興奮しちゃって……」

 ゆっくりとワンピースの裾をめくる。白いニーハイソックスに包まれた細くすらりとした脚が露になる。


「ったく、確かにワシの服を使って構わぬ(・・・・・・)とは言ったがの。それ以上深みに嵌まると、後戻りできなくなるぞい」

 自分で言うのもなんだが、弟子の将来が心配になってきた。

 魔法使いではなく「魔女」になってしまう。


「魔術と同じ、『探求するなら深淵(デプス)まで』でしょうか」

 きりっとした顔つきで、魔法の教えを(そらん)じる。


 こやつ、賢者モードじゃの。


「魔術とおぬしの性的趣向を一緒にするでない」


 ったく、仕方のないやつじゃ。

 しかし。年齢退行し小さくなったシャーロッテをみても、冷静でいてくれるのはありがたい。


「はい、シャル様!」

 魔法に関しては未熟だが、今の状況では、いろいろと助けにはなってくれそうだ。


「ところで。ワシが小さくなったのは『魔法の実験』じゃからの! そこんとこ、か……勘違いするでないぞ」

「今の、ツンデレっぽくて可愛いですねっ」

「あっこら、すぐに抱きつくな!」

 きゃっきゃと華やいだ声が響いた。


<つづく>

次回、刺客の襲来!?

そして二番弟子も登場……!

おたのしみに★


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― 新着の感想 ―
[良い点] 仕事場から自宅まで徒歩十分とは……。 庶民街にあるとはいえ、エリートらしく立派な家があるようです。 それにしても……一番弟子が男の娘とは。(笑) 酔っていたとはいえ、自業自得の感がありまし…
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