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【事件簿・3】探偵事務所のチームワーク


「母上は、以前なら『お茶会』なんて行くことはありませんでした」


「なるほどの。ゆえにメルヘリア嬢は疑っておるのじゃな」

「……はい」

 母親が何処かで浮気しているのではないか? と疑念を抱いている。


 以前、マーガレット婦人は控えめで気弱な印象だったという。しかし、ある日を境に、自信を身をつけたような気がするのだという。


「何か深く考えているような、悩んでいるみたいにも思うのです。私がどうかしたの? 何か悩んでいるのと尋ねても、あなたには関係ない……と、はぐらかされてしまいます」


「ふーむ」

 娘にも話せない何らかの「秘密」を抱えているのだろう。

 まぁ大人になれば一つや二つ、悩みや秘密を抱えるのはあたりまえだが……。


 だが、娘の「今までとは違う」という直感は時として侮れない。

 それが彼女を不安にさせているのか。


「すまぬが馬車を追う間、庭先の東屋(ガゼボ)を借りるぞい」


 シャルとメルクートは庭先のベンチに腰掛けた。

 ドラクリア男爵家自慢の庭園はバラが咲き乱れている。心地の良い日差しと香りに包まれた一角にある、東屋(ガゼボ)に陣取ることにした。


「どうぞ、お茶をこちらにお持ちしますね!」

 メルヘリア嬢がお茶を取りに戻る間、シャルはメルクートをティーテーブルの椅子に座らせる。

 三番弟子のメルクートは視界転移(リモミル)魔法により、視界の半分を馬の視界に振り向けている。

 魔法による尾行は気付かれにくいが、魔女が相手となれば話は別だ。マーガレット婦人はドラクリア男爵家の血筋では唯一、魔力を宿していると見て間違いない。


「……馬車が城壁をくぐりました。西地区から……太陽の位置から見て、南へ向かっています」

「貴族のマダム友達とのお茶会なら、王城エリアから出ぬはずじゃ」

 怪しい。お茶会でない可能性が出てきた。

「郊外を進んでいきます。あ……古い教会が見えてきました」

「ずっと『遠視』してはならぬ、三分おきでよい」

「わ、わかりましたシャル様」

 馬車を牽く馬の視界は人間とは違い、酔ったような感覚になる。ゆえに視界を重ねた状態で歩き回るのは難しい。上級者なら何食わぬ顔で日常生活も送れるが彼女には無理だろう。


 休息をはさみながらの追跡は続く。

 南へ十五分ほど移動し、東へ五分。郊外の住宅地と畑の交じり合う一角、庶民の暮らすディルファリル地区だ。


「……小さな教会の前で止まりました」

「信心深いことじゃ。お茶会の前に礼拝かの」

「マーガレット婦人が、お一人で教会へ入っていきます。あ、ヤドリギの紋章……ここ、旧聖法神殿です!」

 メルクートが思わす声をあげる。

 枝分かれした十字を象ったヤドリギといえば、旧聖法派の紋章だ。

魔女(わしら)には馴染み深い場所じゃのう」

 実は教会とは名ばかり。

 魔法に関する神を祀る神殿だ。

 奇跡とて魔法であるという解釈が、およそ百年前から主流となった聖堂教会から目の敵にされ、迫害を逃れるため神殿は「教会」を装うようになった。

 陰で崇めている神は、魔法の福音をもたらす月の神マーニ。


 魔法に関わる者ならば、加護を受けるために何らかの紋章、意匠を象ったアイテムを身に付けている。無論、シャルもメルクートもブローチや杖に刻んだ紋章など、何かしらのアイテムを身に付けている。

 尤も、聖堂教会に言わせれば邪神、というわけだが。


「では、中にいるのは同業者ですか?」

「神父の格好をした魔法使いじゃろうて」

 しかし、教会の中を馬の視界からはうかがい知ることは出来ない。


「追跡はここまででじゃ。場所は特定できたが、中までは覗けぬからのぅ。ところで周囲に他の馬車や、人影はあるのかえ?」

「見当たりません」

「ふむ」

 他の馬車に乗り換えて何処かへ向かうわけでもなさそうだ。

 中で本当に神に祈りを捧げているのか、まさか神父とお茶会というわけでもあるまい。


「ま、まさか神父様と……!」

 メルクートが頬を染める。

「くんずほぐれつ、ならば話は単純じゃが」


 なにか妙な胸騒ぎがする。

 教会の看板を掲げた魔法の神殿に、こそこそと出入りする理由はなんじゃ?


「きゃっ!?」

「メルクート!」

 瞼を押さえてよろめく弟子を、とっさに支える。

「ま……魔法がキャンセルされました」

「なんじゃと?」

「教会から、魔力波動のノイズが発せられたと思います」


「ぬぅ? 中で怪しげな儀式でもやっておるのかもしれぬの」

「変わったお茶会ですね」

 冗談を言えるようだが、これ以上メルクートに無理はさせられない。

「やはり直接確かめねばならぬか」


「シャルさま乗り込まれるのですか?」

「いいや、ここからではちいと遠い。じゃがワシの家の近所からディルファリル地区行きの馬車が出ておる」

「あ……! まさか」

 メルクートはシャルの考えを察したようだ。


「探偵事務所は組織力、チームワークが命じゃ」

 シャルは微笑むと魔法通信端末を操作した。

 音声通話にすぐに一番弟子のナルキスが出た。


『――シャルさま!? どうなさいました?』

「今はワシの家じゃな?」

『――はい、着替え終わったところです!』

 意気揚々とした声が聞こえてきた。

 ちょうど美少年から美少女へと衣替えを終えたところらしい。


「お愉しみのところすまぬが、仕事じゃ。ディルファリル地区行きの乗合馬車が、近くの広場から五分後にでるはずじゃ。それに飛び乗り、旧聖法派の教会へ行くのじゃ」

『――えぇ!? でも僕……』


「その格好で出歩いても誰にもバレぬ。探偵の助手として潜入調査にはうってつけじゃ」


『――なるほどです。じゃぁ勇気を出して……でかけますね!』

「たのんだぞい。到着したら連絡をよこすのじゃ」

『――了解しました。あぁ、スカートが気持ちいいです。あっ……僕を見てる、やばいっ……』

「ったく」

 ナルキスは指示通り移動を開始した。

 美少女然とし過ぎて目立つのが玉に傷だが、二十分ほどで教会にたどり着くだろう。


 仮にマーガレット婦人が帰ってしまった後だとしても、何らかの情報は得られるはずだ。

 魔女の弟子としてバレたところで特段、怪しまれることもない。


「ご婦人は教会で何をしているのでしょう?」

「旦那も娘も魔力を持たぬ。ゆえに孤立しておるのやもしれぬな」

「孤立……ですか?」

「こんな広い屋敷で幸せそうに見えても、マーガレット婦人の心には寂しさと……。隙間があるのかもしれぬのぅ」

 メルクートは小首をかしげている。


 満たされぬ心。

 魔法男爵家を背負う重圧。

 寂しさと、心の隙間、マーガレット夫人が魔女としてそれらを埋め合わせる方法は、魔法に縋るしかない。

 放たれた魔力波動のノイズといい、思い当たることはある。


「ワシの推理どおりなら、事件は一気に解決じゃ」


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[良い点] 馬の視野を借りるという探査魔法は便利なものの、捜査対象が教会の中へと入ると役に立たない。 めぇぇ探偵ペーター君は苦笑いをした。 その点、ペーター君の助手をしている自称賢者様は、そういう手練…
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