【事件簿・3】困惑の令嬢メルヘリア
◇
「ふぅ、こんなものじゃろう」
シャル・ホムホムが子供の姿になって数日が過ぎた。
何の手がかりも得られず、猫を操る黒幕の下着ドロの正体も杳として知れないまま。被害がその後、発生しなくなったことで良しとするか……。
あれやこれやと考えてもはじまらない。
ここは気持ちを切り替えて、執務室の模様替えをすることにした。
「だいぶ使い易くなったのぅ」
やはりというか、当然というか。執務室は大人用なので小さな身体では使いにくかった。
子供の背丈に合わせて、座布団を敷いて椅子の座面を上げ、本棚の前には踏み台をつけ、快適な空間に変えてみた。
模様替えに際しては、二番弟子のアテナが大いに働いてくれた。
「お子様サイズなシャルさまでもバッチリです!」
可愛い二番弟子は、腕まくりをした腕を腰につけ、やりとげたという表情で部屋を見回した。今日は赤みがかった髪をポニーテールに結わえている。
「うむ、アテナのおかげじゃな。感謝するぞい」
「そんなぁ、もっと褒めてください」
「素直なやつじゃのうぅ」
少々呆れるが可愛い弟子だ。
他の二人の弟子と違って出不精でもなく好奇心旺盛。何かとフットワークが軽い女の子。
魔女見習いではあるが、身体は引き締まり、ストイックなアスリートのような雰囲気もある。
王立学校が終わると王城エリアに通い、シャルの執務室へと駆け込んでくる。門番や城の侍女たちともすっかり顔なじみらしい。
シャル・ホムホムはソファーに腰掛け一息をつく。
するとアテナが簡易魔法ポットで沸かしたお湯で、二人分のお茶を用意しはじめた。
「ところでシャルさま、新しい事件は何か無いんですか?」
気軽な様子で尋ねてきた。
「そう簡単に事件があっても困るのじゃが……」
平和と平穏が一番。宮廷内が毎日事件だらけでも困るというもの。
「密室殺人の謎を解いてみたいです!」
「魔法のある世界では密室トリックはあまり成立せんぞい」
猫の件でわかったとおり、妖精や悪魔、使い魔を使役すれば大抵のことは可能なのだ。
「じゃぁ誘拐されたご令嬢の救出なんてどうです? 身代金の要求! 犯人の提示する謎の暗号を解く……! よくないです?」
最近、アテナは王立図書館から探偵小説を借りて読みまくっているらしい。
どちらかというとアクション、ハードボイルドに偏っている気がするが。
「娯楽探偵小説の読み過ぎじゃ」
「だったら、爆破予告なんかいいですね! 魔法爆弾の解除には、赤と青のケーブルの切断が必要で、赤か、青か……なんて、ワクワクしません!?」
アテナが目を輝かせる。
「防爆結界を展開、ケーブルを切断する役目は、使い魔で代行できそうじゃのぅ」
「うっぐ……! 確かに」
魔法の世界ではそういうパニックアクションも成り立たない。
「お茶が零れておるぞ」
「あっ、すみません!」
「ったく、そんな物騒な事件があったら王国の一大事じゃい」
命に関わる大事件が起これば、衛兵や王国軍の治安維持部隊が動くだろう。
そんな大事件の場面では宮廷魔女の姪とはいえども、探偵の出番はない。
ここは宮廷魔女の私設探偵事務所。
表向きは「困りごと、お悩み相談」が主な仕事となる。
本来は宮廷魔女のシャーロッテが請け負っていた困りごとを、可憐で頭脳明晰な姪っ子と、弟子の少年少女たち――少年探偵団が解決する! というわけだ。
あるじ不在の執務室を稼働させ、維持することが出来る算段だ。
謂わば、かけられた呪いの正体をつきとめ解呪するまでの、時間稼ぎとして探偵家業は実に都合が良い。
子供化の呪い、魔法が解けるまでの辛抱じゃ。
アテナの淹れてくれたお茶を飲んでいると、誰かがドアをノックした。
「あ、お客様ですよ! 事件かも!」
二番弟子が瞳をキラキラさせながらドアを開けた。
「へい、いらっしゃいませ!」
「こら! そういう商売ではないのじゃぞ」
ドアの向こうには綺麗なご令嬢が立っていた。
落ち着いた風合いの緑のドレス、顔立ちは目鼻立ちが地味目で、表情も控えめ。気の強い感じではない。グリーンがかったブロンドヘアに髪飾り。貴族のご令嬢だろうか。
背後には影のようなメイドがひとり付き従っていた。銀髪のおかっぱ髪のメイドは戦闘メイドだろう。静かに一礼しつつも抜け目なく周囲に目を光らせている。
「シャーロッテ様の……姪っ子さまは、こちらでしょうか?」
「はい、もちろんです! シャル・ホムホムの探偵事務所へようこそ!」
アテナが元気よく招き入れ、ソファへと腰掛けさせる。幸いお茶も準備していたのですぐに淹れると、ふたつのティーカップに注いでテーブルに置く。
しかしメイドは背後に立ったまま静かに一礼する。
シャルが姿勢を正し、ちょこんとソファーに腰掛けた。
真っ赤なドレスに白タイツ、赤い靴。アテナがおすすめの「幼女探偵」らしいファッションだが、どうみても動くアンティークドールだ。
「私はメルヘリアと申します。メイドはヌシル。ドラクリア男爵家の娘です」
「おぉ、ドラクリア魔法男爵のご令嬢とは。大きくなったものじゃ……と、叔母が申しておったぞい」
といいかけて慌てて口をつぐむ。
娘のメルヘリアは確か16歳かそこら。アテナたちより3つかそこら年上だ。なかなかの美少女で、貴族の社交界へとデビュタントを果たせば男たちが放っておかないだろう。
「はい。父がシャーロッテさまにはいつも世話になっていたと。それで、こちらで悩み事を聞いてくださると伺いまして」
「おうおう、そうじゃったのぅ」
「シャルさま、これは……!」
アテナが期待に満ちた眼差しを向ける。
しかしなかなか言い出さない。
よほど言い難い話なのだろう。
「実は、母が……浮気をしているようなのです」
「なんと!?」
浮気とな。
「その相手を、知りたいのです。そして――」
「できれば、穏便にやめさせたい……と」
「はい」
なるほど。
魔法とて万能ではない。人の心はどうにもならぬときもある。
魔法に秀でたドラクリア男爵だが、奥方の心を掴み続けられなかったのか。
「よかろう。ワシがすこし内密に調査してしんぜよう」
<つづく>