宮廷魔女のわし、可憐な幼女になる
目が覚めたら体が小さくなっていた。
「なっ……なんじゃこりゃぁ!?」
鏡に映った己の寝起き姿を見て絶句する。
宮廷魔女シャーロッテ・ホムリュード・ホムラルクス自慢の美貌はどこへやら。見た目年齢8歳ぐらいの子供に変わっているではないか。
「しかもとっても愛くるしい!」
卵型のつるんとした輪郭に丸いどんぐり眼。瞳の色はコバルトブルー。ほっぺたを触ってみると肌理細やかで潤い豊か。柔らかくぷにぷにだ。
「おふっ? これは……悪くないのぅ」
艶のある黒髪ロングのストレートに、眉の上で切り揃えたパッツン前髪。まるで20年前の天使だったころに戻ったかのようだ。
宮廷では一目おかれるSランク、最強の魔女シャーロッテ。
加えてナイスバディで魅了するパーフェクトな宮廷魔女として、まさに我が世の春を謳歌していた……はずだった。
それは一夜にして失われた。
小さな身体に幼い顔立ち。可愛らしい幼女と化してしまったらしい。
夢かと思い頬に触れてみると肌はきめ細やか。黒髪は指通りなめらかで綺麗。鏡に向かってにっこり微笑んでみると、それはもう純真無垢で愛らしい。
ま、まるで天使ではないか!?
「わ、我ながら可愛いのぅ。幼き頃に戻るとは……」
これはこれで悪くない。
むしろ誘拐を心配しなくてはいけないレベルの美少女に戻っている。
考えてみると、若返りは魔法を志すものなら永遠の夢。むしろ幸運で天恵のような気もするが……。
うーむ。
これは何者かの罠か、魔導的な事故か?
禁呪や太古の魔術書も読み漁っているので、思い当たる節がないわけではないのだが。
あるいは酒浸りの、爛れた生活を送っていたツケがまわってきたのだろうか。
とりあえずサイズが合わなくなり、ブカブカで肩からずりおちていた服をたぐりあげる。
「ぬ……ぅ? 胸が消えてしもうた」
豊満だった胸は失われ、平原を思わせるつるっぺたな子供の胸に変わっていた。宮廷の知識階級似非フェミニストどもは目の敵にしていたが、男どもの視線を集めていた谷間の武器がひとつ奪われた気分だ。
「ひゃう!?」
紐で縛るタイプのセクシーなパンティがすとん、と床に落ちた。
……毛も無い。尻まで小さくなってしまったらしい。この様子では乙女の純潔だって再生しているに違いない。
紫色のセクシー下着は、縁に白いレースのあしらわれた挑発的なものだった。もはや下着というより三角の布だ。
なんという恥ずかしさ。
大人の自分はこんな「はしたない」下着をつけていたのか!?
どうやら感性、感覚まで体の変化に伴って幼くなってしまったらしい。
慌てて下着を引き上げ、腰の横でぎゅっと紐を結び直す。
「なんたる屈辱! おのれぇ、何者の仕業じゃ!?」
照れ隠しに叫んで辺りを見回す。
イタズラにしても度が過ぎる。
いや何者かの敵対行為だ。
怒りが込み上げてきた。
いや、そもそも。
どうしてこうなった?
どこでこんな罠にかかったのじゃ?
シャーロッテは曖昧な昨夜の記憶をたどる。
ここは――神聖ヴァルムヘイム王国の中央都市、コアルガルド城。
王族の住まう宮廷の一角だ。白亜の宮殿にしつらえた魔女の執務室は、Sランク級魔女へと特別に与えられた私室だった。
黒塗りの執務机に革張りのソファ。豪華な調度品一式に、壁一面を埋め尽くす魔導書たち。どれも貴重な太古の書物ばかり。それに収集した魔法の品々もある。
魔女の自宅は宮廷、城の裏手にあるのだが、昼間はもっぱらここで仕事をしている。
王族や王政府からの依頼をうけ、魔法を行使。宮廷を守護する魔法や、国家安寧を願う儀式級魔法を執り行う。
時には他国への呪詛返しや、使い魔による諜報など、なんだってやる。
またある時には国境まで遠征、侵略者をねじ伏せる。
爆炎と轟雷。圧倒的魔力で踏みつけ、討ち滅ぼすことは実に楽しい。気持ちのいい憂さ晴らしに他ならないのだが……。
「うーむ。考えてみると恨みを買うことばかりな気もするのぅ」
むしろ感謝されていたことの方が少ない。
怨恨の線が濃厚か。
子供に戻ったせいだろうか。自分が恐ろしいほど汚れていることに気がついた。
そしてようやく思い出した。
夕べ、誰かが差し入れてくれた異国の美酒とやらに舌鼓をうち、寝落ちしてしまったのだ。
「しまった、あの酒に一服盛られておったか」
床に差し入れられた酒の瓶が転がっている。
王国内の名産地のラベルが貼られたワインの瓶だ。酒豪ゆえ、晩酌に三本は余裕で飲む。
床に散乱した書類は、執務机を荒らしたあとだろうか? あるいは酔って自分が散らかしたのか。
床に転がった酒瓶を手に取ってみる。
かすかに呪詛の痕跡があるような、無いような。よくわからない。
魔法毒、小人族の脊髄液でも入っていたのだろうか?
「いや、おかしいぞい」
シャーロッテは首をひねる。
さらさらと黒い絹糸のような髪が肩を流れ落ちる。耳にかきあげ、状況を整理する。
呪詛耐性、毒耐性、攻撃魔法への耐性。どれもSランク級の魔法を常駐させている。酔ったとはいえ魔法防御に抜かりは無いはずだ。
あるいは、綿密に罠が仕掛けられていた?
特殊な魔法で眠らされ、密室である執務室に侵入、体を小さくする魔法を行使したとか。
それは秘術級の大魔法。ならば魔術の痕跡が残るはずだがそれもない。
傷つけようと思えばできたはずだ。
なのに自分の体は子供に戻らされたまま、放置された。
「えぇと、確かここに……うんっ?」
子供に戻る秘術、魔法の秘薬。そんなものがあったはずだと記憶をたどり魔法の書籍を探す。書棚のとある魔導書に手を伸ばすが届かない。背伸びしても指先が触れるばかり。
椅子を引っ張ってきて上に乗り、ようやく手にすることができた。
これか?
歴史の闇に潜みし謎の暗殺組織クロノ。彼らは多種多様な魔法毒を使ったが、その中の一節に縮小魔法薬について書かれていた。
魔法薬をステルス化することで相手の魔女、魔法使いにも関知できない。とある。
「くそ、やられた。解毒方法は……?」
宮廷はきらびやかなイメージとは裏腹に、策謀と深謀遠慮が渦巻く恐ろしいところだ。魑魅魍魎が跳梁跋扈する魔窟のごとき場所だ。
犯人がいる。
少なくともクロノ組織に指示を出した人物が。
シャーロッテの失墜を虎視眈々と狙う同僚の魔女の仕業か。
聖女の皮を被ったクソ悪女の妬みか。
性格がネジくれた例の悪役令嬢の罠か。
いずれにせよ敵だ。
油断は即命取り、ゆえに気をつけていたはずなのじゃが。
「しかしいい度胸じゃの、この最強魔女シャーロッテに喧嘩を売るとは」
命知らずの馬鹿もいたものだ。
まずは組成を調べ、呪詛なら解呪すればよし。魔法毒なら解毒すればよいだけのこと。
「ふっ……! ん? あれ?」
おかしい。
魔力が妙に少ない。
魔力が少ないため魔法円が描けない、故に魔法が励起できないのも道理。
原因はこの体か?
ミニサイズゆえ魔力が減少しておるのか。
いや、おちつくのじゃ。
無詠唱魔術だからいけないのかもしれない。横着せず丁寧に呪文を唱え、魔法力を練り上げる。
ぽっ、と小さな魔法円が空中に描けた。
これでは解析になどほど遠い。まるで初心者の魔女見習い。Cランク魔女以下ではないか!?
「……これは、マズイのじゃ」
日差しの差し込む執務室。空中の埃がキラキラと妖精のように舞っている。
ひとりで青ざめていると、トントントンとドアがノックされた。
「――シャーロッテさま? もう昼ですよ、お掃除しますから開けますね」
まずい!
侍女たちだ。王宮内の清掃、さまざまな雑務をこなす。不審者対応にバトルメイドとしての戦闘訓練もうけている。
「まぁ!? どちらさま!?」
黒いロングドレスに白いメイドエプロン姿。三人の侍女たちがドアを開けた。鍵が掛かっていないので密室でもなんでもなかった。
「げっ!? ワシはシャ……」
待つのじゃ。
シャーロッテと名乗るのはマズイ。幼子になったと知られれば笑い種。いや、それどころかここぞとばかりに命を狙ってくる輩もいるだろう。いま、正体を知られては非常にマズい気がする。
「ここはシャーロッテさまのお部屋ですよ!」
メイドたちが散らかった床や、手にした分厚い魔導書を見咎める。
「あなた貴重な本を……!」
「違っ! これはワシのじゃ」
「まぁなんて図々しい! どこから入ったの?!」
「衛兵さーん! 泥棒です!」
ドカドカと武装した衛兵がすっ飛んできた。
「最近食料を食い荒らしているネズミか?」
「なんのことじゃぁ!?」
「いいから来い!」
「にょはぁ!?」
首根っこを掴まれ、あっけなく衛兵の詰め所に連行されてしまった。
「可愛いネズミじゃねぇか?」
「ひぃい……!?」
暴行や虐待を受けることを覚悟していたが、必死で泣きべそをかいて、心から反省した(ふり)をして切り抜けた。
最後には衛兵隊長が「俺にもこれぐらいの娘がいてよ……。不幸な身の上孤児のしたことだ」
不問に付され、シャーロッテは城外に放り出された。
宮廷を追放されるとは。
「くっ! うぉのれ、なんたる屈辱……っ!」
地団駄を踏み、悔しがる幼女を通行人たちが可愛そうな目付きで眺め通りすぎて行く。
おのれ、なんとしても犯人を見つけ出し、八つ裂きにしてやらねば気が済まぬ!
まず、身体を元に戻さねばなるまい。
シャーロッテの足は、城の裏手にある自宅――魔女のアジトへと向かっていた。
<つづく>
お読みいただき、ありがとうございます。
これは面白そう、続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【★★★★★】をチェック頂けると幸いです!
評価やイイネ!はモチベーションあがりますので、何卒応援よろしくお願いします★