割れるクラス
自宅学習にいそしむ4人。
そこへ訪ねてきたのは担任の新條。
◇ ◇ 担任教師 ◇ ◇
木曜、金曜とスケジュール的には学校の内容をなぞる形で勉強会をした。
案外教師などいなくても自力で何とかなるものなのである。
では、何のためにあえて学校へ行くのだろうか?
それはきっとそこが楽しい場所だからだろう。
でも、俺達にはもう楽しくなくなってしまったのだ。
ここでこうして4人で勉強するほうがずっと捗るし、ずっと楽しい。
蒼苺の方は、仲の良いいつもの3人にはlineを送っておいたようで、金曜の夕方には遊びに来ていた。
彼女たちの話によれば、どうやら蒼苺の悪口は隣のクラスにも飛び火したらしかったが、そこはそれ、3人がバッサリと切って捨てて沈下させたのだという。去年の事もだが、毎度毎度世話を掛けるのが申し訳ない。
担任の新條が何か手を打つのか打たないのか、あの様子じゃ無理だろうなと思う。現に電話をよこしたのも最初だけで昨日今日と連絡はない。
勿論それはありがたいことだ。
土日もしっかりと勉強し、必要な時の為ノートも整理した。
日曜日、普通ならどこかへ遊びに行こう、となりそうなものだが、そこはそれ、自宅学習を続けているせいからか、それともこの勉強会そのものが楽しいからなのか、遊びに行こうという話は出なかった。
そうしてそろそろ解散するかという午後4時過ぎ。
玄関のチャイムが鳴った。
両親ともに今日も仕事だ、まだ帰る時間ではない。
嫌な予感を感じつつ玄関の扉を開けた。
すると、やはりそこには・・・。
「おう、須佐。 勉強はちゃんとやってるのか?」
「今晩は先生。 今ちょうど解散しようかと思っていたところです。」
「そうか、丁度良かった。ちょっと話がある。」
そう言って中へ入ろうとする。
まったくこの不躾人間め。
「申し訳ありませんが、家族が留守です。
すぐそこに喫茶店がありますから、そこで話しましょう。
ほかの3人も呼びましょうか?」
「あ、あぁ。そうしてくれ。」
・・・
さて、この教師は何をしに来たのだろう。
さっきの口ぶりから、登校を促しに来たのではなさそうだ。
5人で近所の喫茶店に入り、一番奥のテーブル席に座る。
「早速だが、学校へ来る気はないのか?」
あらら、予想に反してやはり言いたいことはそれか。
なんて無駄な。
「無いですね。家で十分勉強できますし、ノートの提出である程度見てくれるという事でしたし。」
「話は聞かせて貰った。それで今度は君たち本人からも聞きたいと思ってな。」
「邪推を除いてさえもらえば事実は聞かれた話と同じだと思います。
単なる高校生同士の付きあうとか別れるとか、それだけの事なのにあらぬ言いがかりをつけられて気分が悪くなりました。
そんな中では勉強もはかどりませんし。
高校は義務教育でもありませんしね。」
「だが、今クラスの中はそのお前たちの事でいい争いになってる。」
「俺たちの事でいい争い?」
「あぁ。春乃の悪口を繰り返す女子生徒に、男子生徒は嫌気が差したんだな。暴言を吐いてそれで罵りあいの応酬だ。
それでもうクラスの男女は分裂状態にな。」
なんだそれ? どうしたらそんな事になるんだ。
打ったくさびが大きかったのか?
いや、そんな事はありえない。ほんの一言だったはずだ。
あわよくばその小さな一言が良心の呵責を呼び、
状況が沈静化してくれれば、そんな風に思っていたのだが。
「そんな状態なら、なおさら俺達が行くわけにはいかないですよ。
火に油を注ぎに行くようなものです。」
「クラスメイトが罵りあっているのを、放っておけというのか?」
「俺たちが起こした騒ぎじゃないですからね。知った事じゃありません。」
「お前たちの事で騒ぎになってるんだぞ!」
呆れて物も言えない。
この教師は物事が何に由来して起きているのかすら理解しようとしないのか。
「違いますよ。勘違いしないでください。
俺たちの事でじゃない、お互いの品性故の事です。
片方は、ただ俺達をネタに盛り上がれればいい。
蒼苺を貶められればいい、そんな理由ですし、
もう片方も最初は面白がっていたのでしょうが、
繰り返されれてイラついたんでしょう。
悪口は耳障りになるものですから。
第一、・・・」
そう言いかけて一旦言葉を区切る。
(蒼苺を貶める悪口は同時に自分を貶めることになる。)
(遊ばれたなんて屈辱以外の何物でもないからだ。)
(怒り出しても無理はない。)
(ただ、そこで女子に火が付くだろうか?)
「で、そんなところへ俺達が行っても出来る事なんて何もないですよ。
というか、それをコントロールするのが先生のお役目では?」
「静かに言っても言うことを聞かない。
強く出れば問題にされる。
どうしろって言うんだ。」
そう吐き捨てる。
辛いのは分かるが、生徒に愚痴るなよ。
「きーちゃん、行ってみない?」
・・・ふぅ。
ま、そう言うよな、お前は。
コイツにそう言われては折れないわけにはいかない。
「しょうがない、行ってみっか。」
「先生、席順はそのままなんですか?」
「あ、あぁ、それが金曜の放課後、急に席替えをしてな。」
「でしょうね。少なくともその方がましだ。」
険悪になった生徒が言い出したに違いない。
それをはねつけず皆に任せたのはまぁいい判断か。
大雑把に言うと、男子と女子のいがみ合い。
さて。
◇ ◇ 金曜日、クラスは戦場となる ◇ ◇
《時間は少しさかのぼる》
去る金曜日、5限後の休み時間にそれは起こる。
3日目にしても、相変わらず女子の間では春乃蒼苺の悪口が続いていた。
反対に、クラスの花でもあった春乃、胡桃、その二人が登校しなくなったことでそれなりの不満が男子の間では確かにあった。
その不満が、ある一言で爆発する。
「ねー、遊ばれた男子本当に可哀そう。
犬童君なんて、あんなに一生懸命だったのに。」
そう自分の名前を出された彼は、途端に頭が沸騰した。
「オイ!! 勝手に人の名前使うな!!
お前らに哀れまれる筋合いはねぇ!」
「な・・・なによ!
遊ばれたから可哀そうって言ってるだけじゃん・・・。」
『ドン!!!』
その音が響き渡り女生徒はすくみ上る。
「誰が可哀そうなんだ? あん?
遊ばれたって、誰が決めたんだ? あん?
言ってみろ!!」
『ドン!!!!!!』
ふたたび机を叩きつけるが、今度は別の女子が言葉を返す。
「何粋がってんの! 遊ばれたんじゃない!
身の程も弁えず、春乃になんて告るから!
バカじゃないの!!」
今まで傍観を決め込んでいた、というよりずっと様子を伺っていた生徒、御剣忍だった。
「遊ばれてねー! 振られただけだ!
オメーらこそ人気者を追い落としたかっただけじゃねぇのか?
ハッ! 醜いもんだな!」
「俺だってフラれたよ!
けど、勝手に遊ばれたとか決めんな!
犬童の言った通り、春乃が妬ましかっただけだろ!」
同じく彼女にフラれた一人のクラスメイトが援護射撃に入る。
「自分達を棚に上げて、良く言うわね!
アナタ達こそイケメン二人いなくなってホッとしてるんじゃないの?」
言ってしまってから彼女は『しまった!』と思ったがもう遅い。
春乃と胡桃が妬ましかっただろうと言われての脊椎反射だった。
しかたなくその場の勢いに任せることにする。
「もっとも?
だからと言って自分がモテるなんて思わない事ね。」
「 「 アハハハハハ ! 」 」
「末吉はイイとして、須佐のどこがイケメンだよ!」
女子の笑いに自分の失言が消えたとホッとしたのもつかの間、クラスのどこかから飛ばされた言葉に間髪おかずに反応する。
「うゎっ、みっともないっ!」
「ちょっと、お前たち、冷静になれ。」
口を出す機を逃していた新條がようやく口を開いた。
ところが既に時は遅い。
「うっせーよ、カスが!
アイツら放っといて、偉そうにすんじゃねー」
「良い事言うじゃん。
あんた教師の資格ないよ。実家帰って魚でも釣れば?」
「 「 「 アハハッ、ハハハハッ! 」 」 」
その後、再び罵りあいを続けた彼ら彼女らは、新條を無視したまま勝手に席替えを始めた。
その席替えでもまたひと悶着。
『どちらが窓側を取るか』
そんなつまらない事で。
◇ ◇ 週明けのクラス ◇ ◇
「 「おはようー。」 」
やや遅めに登校した俺達に、クラス中がざわめく。
まあ当然だな。
ここで誰か言葉を投げてくれると助かるが・・・そう思っていると、
「おー、おはよー、2度目のゴールデンウィーク取りやがって、
その間に、見てくれよ、このクラスをよ。」
そう言ってからからと笑うコイツは山本。
こんなところでコイツのノーテンキさに助けられるとは。
「あぁ。先生から学級崩壊している今ならこっそり登校しても誰も気づかないって言われてな。(笑)」
( ( ( 笑 ) ) )
男子の大多数、女子のごく少数が思わず吹き出す。
よし、まぁ掴みはオーケーってとこか。
「で、こっそり来たつもりが、注目度高えし。(笑)」
「いや、お前『おはよー』っつったじゃん。(笑)」
そこでさらに沸くクラス。
「ま、いいや、目立ったついでにちょっと質問。
俺と蒼苺が組んで別れたふりして男子たぶらかしたって話、
どれくらいが信じてんだろう?」
クラス中を軽く見まわす。
どうやら窓側に男子、通路側に女子、中央後ろの4席が俺達の席になっているようだ。
「女子の一部じゃね? そいつらがしつけーもんだからよ、犬童がキレちまってさ。」
アイツか。どうやら蒼苺を好きな事だけは確かなようだ。
ベクトルがおかしいが。
当の犬童はふてくされた様に窓の外へ目を移す。
女子はと言えば、さっきまでとは打って変わって不満顔だ。
その中で2,3人くらいは所在なさげな顔をする奴もいる。
「まぁ、誤解をそのままにして帰った俺達も悪かったし、報告しとくとさ、
俺の甲斐性不足でちょっと倦怠期っぽくなっててな、
2人で新しい恋を探そうって話になったんだ。
ただ、別れたって口には出してなかったはずなんだが、蒼苺の方が告られまくっただろ?
仮にも15年ずっと一緒にいる奴と別れることにした直後だ。
告られても困るよな。やっぱ精神的に落ちてるしさ。
なもんだから、全部断ってたらしいんだが、そう言うのもあって蒼苺は疲労困憊になってた。
そこを騙くらかして元鞘って、まあ大体そんなとこだ。」
男子: ( ( 笑 ) )
女子: ( ( 酷ーーっ ) )
「ちょ、ちょっと~~、何自分だけ悪者になってるのよ。
え~~、皆さん今のはかなり事実と異なります。
この幼馴染の君尋とはあまりにも気遣いのいらない間柄なもので、
私、すっかり甘えちゃってました。
で、別れを切り出したのも私です。
で、寂しくなったのも私です。
ごめんなさい。
私の独り相撲でした。
ホントにごめんなさい。」
そう言ってペコリとお辞儀する。
しかも長い。
だがその甲斐あってか、女子の方もだいぶほぐれて来た。
「犬も食わねぇってこの事か。」
「オイ、それ俺の事言ってんじゃねぇよな?」
「おお、まさに犬も食わねぇな。」
「 「 「 アハハハハハハ 」 」 」
今のはさすがにクラスほとんどが爆笑した。
・・・イイ感じだ。
どうやら言い争いとは言っても、致命的な侮蔑の応酬はなかったようだ。
これなら。そう思った矢先!
「どうでもいいけど、それでも男子フリまくったのは事実じゃん。」
やはりコイツか。
去年鈴奈の取り巻きの一人だった真理子。
だが、今この雰囲気でそれは自爆だろ?
「もう良いんじゃない、ちょっとしつこいよ、真理子。
当のフラれたほうがいいって言ってるのに。」
そう言ったのは意外にも御剣という女子。
たしか目立たない子だったと思っていたのだが。
それにしてもやはりな、という思いがある。
女子だって男子と仲違いしたままでイイ訳がない。
今の雰囲気が丁度いい落としどころだったはずだ。
深追いしすぎて自爆するとはとんだ馬鹿者だ。
「俺をけしかけて来たの、そいつだ。
けど、俺もそうなんじゃねぇかと思っちまった。
だってお前ら仲良過ぎだったからよ。」
更に続いた二の矢、これはまずい流れだ。
俺は去年の事を思い出して、何とかできないかと考える。
だが、当の俺達が何か言うのは大抵逆効果にしかならない。
誰かの言葉を待つしかないのだが・・・
既に女子の視線は真理子とその横の久実に注がれてしまっている。
こうなるともうダメだな。
去年の再来か・・・そう半ばあきらめ、苦い思い出が頭をよぎった。
ところが・・・
「別れてからも仲良かったからね、君尋君と蒼苺ちゃんは。
勘違いを責めるのも可哀そう・・・かも。」
ホントに天使か咲蕾!
いいアシストをくれた、これなら!
「あぁ。それな。なにせ生まれてずっと一緒だからもう距離感がよく分からないんだ。それも含めて悪かったって。」
「うん。私も。別れたのについいつもの癖でくっついてて。」
「いやだから、どんだけ夫婦だよ、お前ら!」
( ( ( 爆笑 ) ) )
山本、お前は芸人になれ! 絶対いける。
あの二人に目をやれば、今度ばかりはおとなしくしている。
次に何か言ったらたぶん誰も救えない。
恋愛脳真っ盛りの高1男女。
仲良くしたいに決まっているのだ。
◇ ◇ 2人の同級生へ ◇ ◇
何とかその一日を乗り切った放課後。
俺は2人を呼び出す。
「何よ、話しって。」
「まぁ、どう取るも勝手だが黙って聞いてくれ。
去年、蒼苺は何も悪い事はしちゃいない、なのにあんなことをされた。
俺もやり過ぎたとは思うが、間違っちゃいない。
ただ、鈴奈にしたら自分が投げたボールが自分に返っただけだ。
お前達も一緒。
だから誰も恨む筋合いじゃない。
今回だって全く同じだ。
ただの腹いせのつもりだったんだろうが、どちらかが高校生活捨てるとこだったって分かってるか?」
「・・・。
鈴奈はあんたのことが好きだったんだよ。」
(鈴奈が、俺を・・・? なんだその冗談のような話は。)
(いやまて。だから、あいつは学校へ来れなくなった・・・のか?)
(好きな奴にクラスの中で糾弾されて・・・。)
(・・・だが・・・それにしてもだ。)
「だったら罪もない同級生陥れていいのか?
それで俺が振り向くとでも思ったのか?
普通に考えりゃ逆だろ。」
「ただ近くに生まれただけなのに、ズルいじゃん。」
「そうだよ! ほかの子にだってチャンスあってもいいじゃん!」
「だったら普通に告ればよかっただろ。
蒼苺を貶める必要はないよな?」
「だって・・・あんたたち・・・割り込める雰囲気じゃなかったじゃん。」
「その考え方が間違ってるって。
割り込むんじゃない、アピールして振り向かせるんだろ?」
「鈴だって頑張ってたじゃん!
だけど、・・・だけどさ・・・無理じゃん・・・
蒼苺から奪うなんてさ。」
「お前らも俺らと小学校から一緒だったろ?
だったら、鈴奈にも言えばよかったんだ。
俺はアイツ以外ダメだって。」
「胡桃さんとは仲良くしてたじゃんっ!
結局顔なんでしょ!」
「容姿なんて本人の1属性に過ぎないんだって。
お前ら、咲蕾とちゃんと話したことあるのか?
あいつが俺になんて言ってきたと思う?
『友達になって』だぞ?」
「だって・・・それは・・・あんたがカッコいいからじゃないの。」
「15年来の親友兼恋人に一度でもフラれた俺がカッコいいわけねーだろ。
咲蕾が俺のどこを見てそんな事を言ってきたと思う?
たぶん、あいつの事をちゃんと見ようとしたからだと思うぞ。
その証拠に、告白してきたやつには真摯すぎるぐらいに悩むやつなんだ。
悩みすぎてトラブルになったってのも、聞いてるだろ?
自分をちゃんと見てくれないヤツに近寄りたがる奴なんていねぇ。
お前らはまず、相手をまっすぐ見るようにしろって。」
「ご、ゴメン。」
「悪い、アタシも小さいころからアンタがずっと好きでさ。
だから・・・あの時も、今回も・・・
・・・その・・・ゴメン。」
(なん・・・だと・・・?)
立て続けの真理子の告白になんだか眩暈がした。
何かそれに言葉を返すべきなのかもしれない。
だがその告白に対するどんな言葉も口にしたくはなかった。
「もう、高校生だからな、言動に注意してこうって。
今回はほんと、咲蕾のおかげだぞ。
あの一言が無きゃお前ら・・・分かるよな?」
「うん・・・正直、去年の事がフラッシュバックした。」
それさえ分かっていれば同じ過ちを3度は繰り返すまい。
「それじゃな。
高校大学とか、多分一番自由で楽しい時期だぞ。
大事にしてこうって。」
そこまで言って俺はその場を後にした。
きちんと相手に踏み込んで話す、それにはスゲー体力と気力がいる。
でも、それをやらないとちゃんとした人間関係は作れないんだ。