それは突然に
高校へ入学し、2週間。
いつもの日常のはず・・・が。
【恋といごこち】
高校入学から2週間が過ぎた。
校庭の桜は既に葉桜へと変わり、賑やかに咲き誇る季節から、静かに落ち着いた風景へと変化をみせている。
木々も周りの生徒たちも同じだな、そう君尋は思う。
中学校から高校へはそれなりにメンツが入れ替わり、たった一春を越しただけなのに、生徒たちの心にもそれなりの変化が訪れる。
そうした変化故か、当初、クラスはザワザワと少し浮足立っているようにも見えた。
(自分の立ち位置を再確認していたのだろうな。それが・・・)
それもこの2週間ばかりでずいぶん落ち着いて来たように感じる。それはまるで花びらを落とし葉を茂らせた桜のように。
ふと蒼苺に目をやれば、元来明るく社交的な彼女らしく、既にできた小さなグループの中で笑っている。
その様子に少しホッとした。
仲良し4人組のうち3人は隣のBクラスに行ってしまい、寂しそうにしていたからだ。
中学時代、彼女は一部のクラスメイトに嫌がらせを受けたことがある。
人気者ゆえのやっかみだったのだと思う。
結局それに業を煮やした俺は、やらかしてしまった訳だが・・・。
と、また苦い思い出をかみ殺す。
(二度と失敗すまいと思っていたのにな。)
家も隣で、生まれた時からずっと一緒の蒼苺は、幼馴染でもあり、彼女でもある。
少し視線をずらせば、同じく幼馴染の冬夜も珍しく声をあげて笑っている。落ち着きがあり思慮深いアイツにはちょっと珍しい光景だなと思った。
◇ ◇ 告白は突然に ◇ ◇
一日が終わり、蒼苺と一緒に学校を出る。
高校に入って2週間変わらない事だ。
いや、小学校以来お互い一人で帰る事の方が珍しい。
いやいや、休みの日だって一人でいる事の方が少ないはずだ。
ただの幼馴染から、彼女という存在になったのは中1の時だった。
小6辺りからぐんぐん女っぽくなり、男子にモテ始めた蒼苺だったが、俺はそれがチョットだけ気に入らなかった。
誰彼となく気さくに話す蒼苺に、焼きもちを妬いたのだ。
ただそれでも、俺は幼いながらそれを外には出さないよう必死に努めていた。
だが・・・。
それも1年がやっとだった。
暑さにやられたのか、
それとも暑さゆえの蒼苺の吐息にやられたのか、
それは分からない。
ただ、その日とうとう俺は自己主張をしてしまった。
1学期末試験勉強、もうすぐ真夏を迎えるとても暑い日だった。
俺は冷房が好きだが、蒼苺は嫌いだ、だから二人の時は大抵つけない。
2人、汗をかきながらも頑張って勉強し、視線をあげた瞬間目に入った彼女のまつ毛。
汗が僅かに光っていた。
それで魔が差した。
『俺はお前の一番がいい。』
『ん?一番だよ?』
『うん。じゃなく、彼女になってくれ』
『うん。いいよ。』
そんなやりとりは、普通の中学生からはまず考えられないほど淡々としていたと思う。
お互い照れも無ければ、気負いも無かった。
・・・それから丸3年。
何も言わなくても分かり合える、この彼女の隣にいることはとても居心地が良かった。
そんな蒼苺だが、高校進学からこちら俺に何か言いたいことがあるようなないような・・・そんな気がしている。
ただ、言葉に出さないという事はまだその時期ではないのだろう・・・今日までそう思っていた。
「ちょっと寄ってこ。」
公園の前まで来ると不意にそう言う蒼苺。
いよいよ彼女にとっての『その時期』が来たようだ。
「あぁ。なんか話がありそうだな。」
「うん。」
珍しくしっかりと俺を見据えるその目には、強い意志を感じた。
どうやら心して聞かなければいけない事のようだ。
「ねぇ、君尋。私達別れよう。」
別れる?
その言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは不思議と驚きや戸惑いではなかった。
俺はまずその理由を頭の中で精一杯手繰り寄せようとした。
怒らせるようなことはしていない、はずだ。
裏切ったことは一度もない。
大事にだってしていた、はずだ。
・・・正直自分の事よりコイツの幸せが大事だとさえ思っている。
小さい頃からいつも一緒で、殆どなんでも、なにも話さなくても分かる相手、それがこの蒼苺だったはずだ。
ずっとそう思っていた。
だけど今、俺は彼女が別れたいという理由が分からなかった。
「・・・お、おう。
お前がそう言うなら、しかたないか。
ただ、理由聞いてもいいよな?」
理由は全く見当がつかない。ただ、コイツがこんな顔をしてこう切り出してきたという事は、俺が気づかなかっただけで相当大きな理由があったはずだ。
俺はまずそれをどこまででも謝らなきゃいけない。
「君尋の気持ちはわかるんだよ。うん。
だけど、それでもね。
今の距離感がね。
少し遠く感じる。
何も言葉に出さなくなったし。
分かってはいるよ、言わなくても。
でもずっとそれじゃキツイから。」
距離を感じる・・・か。そんなつもりはなかったんだけどな。
ただ、そう言われれば確かに思い当たる。
傷つけるのが怖いから、他人に深く踏み込まなくなった。
波風を立てるのが怖いから、出来るだけ事なかれに済ませてきた。
2度の大きな失敗から、俺はそんな事ばかり考えていたように思う。
それで蒼苺にも距離を感じさせていたのだろう。
言わなくても分かってくれている。
そんなのは俺の甘えだったのだと悟った。
「ダメもとで聞いてもいいか?
これから直してくんじゃダメなんだよな?」
「うん。だってさ・・・。
えっと、ゴメン、さっきのはただの付けたしの理由。
・・・
私達ってずっと一緒だから何でも分かるじゃん。
だから気楽に居られるけど、これって恋とは違うかなって・・・最近。
だから、恋しよっ!
お互いに!」
そう言ってまたまっすぐ見つめてくる。
これは恋とは違う。
恋がしたい・・・か。
蒼苺の事はとても大事に思う。
一緒にいて気が楽で居心地がいい。だから一緒にいたいとも思う。
だがこれが恋なのか?
・・・と問われれば断言できるのか?
告白した時の気持ち・・・アレは恋ではなく独占欲のようなものだったのだろうか。
「好きなヤツでも出来たか。」
「あっ! 酷っ! 」
「悪い、今の無し。」
(ぷっ)
「ほらね、ほんの一言で相手がどう思っているか分かっちゃうのってアレでしょ?
なんていうか、分かるから口数が減って行っちゃう。
でも、私達はそれでいいんだと思う。
言葉いらない幼馴染。ね。」
そうだ。例えば今のやり取りだってそう。
蒼苺に好きな奴が出来た気配なんて無い事は分っている。
大体そんな不実なヤツじゃない。
俺はいわば当てつけにそう言ったに過ぎず、そんな事など当然蒼苺は見抜いている。だから俺も即座に謝罪するしかない。
こんなやり取りは俺達には当たり前だった。
だからコイツと喧嘩はおろか言い争った事さえ記憶の片隅にすらない。
「しょうがないから、恋人はやめてやるけど、幼馴染はやめんぞ。」
あえて少し恩着せがましく言う事にした。
「おっ。しょうがなく受け入れてくれてありがと。
彼女として最後に一言。
去年の事も、そして中1の時の事も、君尋は悪くない。
間違ってないよ。
ていうか、この前のは私のためにホント、有難う。
でも、あれで君尋ってすっごく人気出たんだよ。
だからもっと自信を持って相手の懐に踏み込め!」
今の俺には厳しい叱咤だな。
さすがに幼馴染だけの事はある。
「大事なヤツ相手ならそうする事にする。
あと、俺も彼氏として最後に、いつものおまじない。」
こんな顔はしていても、別れを切り出すなんて相当に辛いはずだ。
どんな思いで今この告白をしたのか。
それを思うと心が痛い。
だから少しでも気を軽くさせてやりたかった。
「しょうがないなぁ。」
そう言いつつもそっと目を閉じる蒼苺。
その額にそっと口づける。
・・・気持ちが落ちた時にするいつものおまじないだった。