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ヒール二周目なので、知略で完全掌握を目指します!  作者: enu
4歳編 破滅回避作戦
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シャーロット・ベル・レイムーン公爵夫人について①母



 ガチャと音がして、誰かが図書室に入ってきた。

 私は慌ててマル秘ノートを掴むと、本棚の一番下に作った隠し棚を開ける。誰も読まない小難しくて分厚い本の後ろに、こっそりと棚を作っておいたのだ。そこにノートを手早く入れて、壁際の本棚から離れる。


 図書室に入ってきたのは、母のシャーロットだった。私は棚の影からコソコソと母の様子を伺う。

 母は立ち並ぶ本棚の途中で立ち止まると、上の棚から箱を取り出した。その箱を持って窓の近くに置かれたソファに腰掛け、中身をローテーブルの上に出した。母はそのうちの一つを手にとって眺めている。


母様かあさま・・・?」


「エルチェカ!?」


 私がソファから数歩下がった場所から声をかけると、母は慌てて箱の中身を隠した。・・・手紙?


「母様、何してるの?」


 私は思わず、母の元に近づいた。母は顔を赤らめて、焦った表情をしている。そのまましばらくフリーズしていたが、諦めたようにため息をついて、隠していた紙類を膝の上に置いた。


 母が私のことを手招きする。・・・なんだか、今日の母は元気がない。

 私はソファの上によじ登ると母の隣に座った。母が私の小さな体を抱えて、膝の上に抱き寄せてくれる。


「・・・」


 こんな風に母から優しく抱きしめられたことが、前世のエルチェカのときもあっただろうか。

 母からはかすかにバラの香水の香りがした。母が私の瞳を覗き込む。


「エルチェカは、母様との秘密を守ることができますか?」


「秘密?どんなことですか?」


「これのことですよ」


 母は膝の上に目線を落とした。薄紫のドレスの上に、茶色く変色した手紙が何通かと、革のノートが置かれている。ノートには小さな鍵がついていた。


「・・・日記?」


「そうです。中を見てはダメですよ」


 母が私の金髪を優しくなでる。

 私の金髪は母譲りだった。そして琥珀の瞳は父譲りだ。母は深いグリーンの瞳をしている。


「お手紙は誰からなのですか?」


「・・・これはわたくしが書いたのです。書いて、送ることができなかった」


 母がためらいがちに一通の手紙を手に取り、宛名を見せてくれた。私はかすんだ文字に目を凝らす。


ほしの、きみ・・・?」


「エルチェカは字がもう読めるのですね。

 ・・・エルチェカにだけ、秘密を教えてあげますわ。このお手紙は、父様とうさまに書いたのです」


 母がはにかんでいた。


「え、父様に?」


 両親は結婚してまだ6年だ。政略結婚をして、すぐに兄のブラッドが生まれている。だからこんな風に、手紙が黄ばんで古びているのは不自然だ。


「いつ書いた手紙なのですか?それになぜ、宛名に父様の名前を書いていないの?」


「これは母様が10歳の時に書いた手紙です。いつも言っていますが、母様とエルチェカは由緒正しいレイムーン公爵家の一族です。わたくしは、公爵令嬢としてふさわしい立ち振舞について、教育を受けてきました。・・・でも母様は、たまにお屋敷を抜け出すのが好きだったの。特に、内緒で抜け出して、騎士大会を見るのが本当に好きでした。ワクワクして、とっても楽しかった。そして父様はいつも、騎士大会の主役でした」


 父のレオナルドは伯爵家の出身で、騎士の家系だった。

 しかし普段の父はのほほんとしていて、いつも母のわがままに振り回されてる。大抵が頼りない。騎士として武術大会に出て、英雄になるタイプにはとても見えない。


「母様は強い人が好きなのです。父様は本当にお強いのですよ。そして、私が10歳の時に開催された、キシェラ区の庶民向け武闘大会で、父様が優勝した時・・・」


 母が熱いため息をついた。


 キシェラ区は、レイムーン領の南にある地域だ。もともとはキシェラ子爵が治めていた地域だが、子爵の死去後、レイムーン領に併合された。

 気性の荒い住民が多く、治安が悪い土地として有名である。


「決勝戦での父様は鬼気迫っていて、観客全員を魅了していました。試合の後、わたくしは、どうしても父様とお話しがしてみたくて、会場の出口で待っていたのです。そうしたら、酔っぱらいに絡まれて・・・そこを父様が助けてくれた。母様の初恋でした。当時は想い人にあだ名を付けて手紙を送ることが流行っていて・・・」


 そう言ってうつむいた母は、恋する乙女の表情をしていた。幼い少女のように見える。


 ・・・驚いた。母が結婚する前から父のことを好きだったなんて。一度目のエルチェカのときには、そんなことはみじんも思わなかった。


 前世のとき、母には不倫疑惑があった。兄のブラッドは、その不倫相手との不貞の子だと噂されていた程だ。実際に浮気相手が屋敷に押しかけて来たことがあり、その出来事を皮切りに家庭内は急速に崩壊していった。

 今思うと、私が悪役令嬢として完成していった要因は、家庭不和もあっただろう。

 しかし、今の話から考えて、母が不倫をしていたとはとても思えない。この不一致は一体・・・?


 私は、恥ずかしそうに初恋を語る母を見た。


「・・・母様は好きな人と結婚したのですね。父様と母様が羨ましいです」


 母は慌てたように、私の唇に指を当てた。


「エルチェカ、このことは絶対に父様には秘密です。いいですね」


「え、どうして父様に内緒なのですか?まさか、今の話を父様にもしたことがない、なんてこと・・・」


「そ、それは・・・。いいですか、エルチェカ。高貴な女性というのは、自分から男性に近づかないものです」


 母は鼻を鳴らすと、つんとあごをそらした。かすかに頬が赤い。

 いやいや、なぜそこで恥ずかしがるのだ。

 本当にこの困った女性は・・・。不倫騒動が起きた全体像はよくわからないが、おそらく母のこの性格が、何かしら関係していることは間違いないだろう。


「エルチェカも由緒あるレイムーン家の令嬢として、強い男性と結婚するのですよ。ミラスター王子と会った時に、よく見定めていらっしゃい。強さにも色々とありますからね」


「・・・母様、私は本当にミラ王子と結婚しないといけないでしょうか」


「当然です。もう婚約の話は進んでいるのですから」


「私は自信がありません。王子様と結婚するなんて・・・。お会いしたこともないし」


 ミラとの婚約を言い渡されて私が寝込んで以降、婚約の話は停滞している。前世のエルチェカのときは、婚約後すぐにミラと顔合わせを行ったが、今回は私の体調を鑑みて時期を見計らっている状況だ。


「エルも母様のように好きな人と結婚したいです。庶民の武闘大会で父様と出会ったみたいに」


「いいですか、エルチェカ。父様は偶然貴族でしたが、貴族主催でない武闘大会に出ているのは平民です。いくら強くても貴族ではないのですよ。平民はわたくしたちとは住む世界が違う人たちですから、たとえ恋に落ちても結婚することはできないのです」


「平民の強い人たち・・・」


 ということは、庶民の武闘大会には、貴族ではない強い人達がたくさんいるということだ。

 貴族ではない、ヒロインとのルートがない、私の盟友になれる人材・・・!


 ぱぁと自分の表情が明るくなったことがわかる。

 破滅回避の計画にぴったりな、理想のパートナーを見つけられるかもしれない。


「母様、エルも武闘大会を見に行ってみたいです!庶民の!」


 母が顔をしかめた。

 しかし私はキラキラした瞳で、おねだりすることをやめなかった。




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