ズーシェリー・ツツィ・クゥニャ・パルマ王女について①次期女王
「エル、わらわのために、Aクラスのソフィという平民のことを調査するのじゃ」
カナリアの会の部室で、お決まりのソファに座って話を聞いていたら、ここ最近定番の展開になっていた。
3回連続でこの展開。さすがの私も耐性がついてきた。
私はお行儀よく手を太ももの上に置いて、ゆっくりと目を閉じた。呼吸を整える。
「ズーシェリー様、お尋ねしても?」
感情をなるべく抑えた声を心がけた。
「うむ、申せ」
「今回のご依頼は、どういったお考えで。ズーシェリー様のご婚約者、ルーカディウス王太子殿下はシリウス学園に在学なさっていません。王女殿下が平民に関心を示される理由を図りかねます」
「わらわはコーラル王国の未来の女王じゃ」
「おっしゃるとおりでございます」
ズーシェリーは北のパルマ帝国の第一王女である。ここコーラル王国の第一王子ルーカディウスの婚約者として、このシリウス学園に留学している。
雪国出身の透けるような白い肌に、銀髪と銀の瞳を持った、小柄で可愛らしい容姿の女性だ。可愛い声ーー俗に言うアニメ声とは裏腹な独特の話し方は、彼女にコーラル王国の母国語を教えた人物のせいらしい。
女王になってことをしてくれたのだ、正気なのか、と全国民が思っている。
「わらわの国が側室を囲う習慣があることは知っておろう」
パルマ帝国には極寒の大地があり、我慢強く剛健で、男気の強い国民性と言われている。宝石や銀細工、高級なお酒が特産の国だ。
そしてパルマ帝国は、広大な後宮を持っており、王子王女が100人以上はいると言われている。
「ゆえにわらわは知っておるのだ。世の中には男を狂わせる”傾国の美姫”と呼ばれる存在が、本当にいるということを」
ズーシェリーが言おうとしていることがわかり、私は息を飲んだ。ソフィの存在感は未来の女王を怯えさせるほどということか。
「あのソフィという女、貴族の子息を次々と籠絡しておるぞ。その中には婚約者がいる者も多い。権力者の息子をこのまま落として貴族社会に深く入ってくる可能性が高い。いや、このまま複数の男を意のままにする未来も否めない。そうなれば、いずれルカの目に触れることもあろう。そこでルカが心を動かされないのか、わらわは憂いておる」
ルカというのはルーカディウスの愛称だ。二人の関係もなかなか良好である。
「ゆえに、ソフィのことをよく知っておきたいのだ。王室に入る以上、ルカと恋愛関係の夫婦にはなれないこと、わらわも覚悟はできておる。しかし・・・」
ズーシェリーが気だるげにため息をついた。
「せっかく、男主権の色ボケどもから逃れてきたのに、ここでも同じ境遇になることは御免じゃ。ゆえにソフィという平民が、どのような人物なのか把握しておきたい。あの女がこの国にとっての危険因子であれば、排除する」
排除、という言葉をさらりと言えてしまうあたり、彼女は生粋の王女様だ。しかし私は、それが危険な橋であることを知っている。なにせ、私は一度破滅を味わった悪役令嬢なのだ。
ソフィはヒロイン、このゲームのシステムーーいわば神様に一番愛されている人間だ。排除することは破滅を意味する。
「それに、おぬしとて、ミラのことはよいのか?エルのような知将が、自分の婚約者の動向を知らぬはずがないだろう」
「私とミラはもっと割り切った関係です。ミラが彼女と恋仲になっても、私が止めることはありません」
ここにきてもミラの名前か・・・。私はうんざりして、目を回しそうになるのをこらえた。
確かに、一度目の人生のときは、悪役令嬢としてことごとくミラとソフィの邪魔をしていた。その時のことを思い出すと、今でも苦しさと悲しさが胸を占める。そして結果として、二人の仲を引き裂くことはできなかった。
「意地を張るな、エル。学園に入学する前に、ミラから婚約破棄されそうになって、エルが慷慨して拒んだことは学園中が知っておる」
私は軽いめまいを覚えた。何だその噂は。事実と違う。
私の品位を下げる内容の噂は困る。何かあった時に悪役にされてしまう。
「それはただの噂です。私は家族と彼の幸せを願っている人間ですから」
「まあ、それはよい」
ズーシェリーが興味なさげに手を振った。
「しかしエル、おぬしも好かんじゃろ。これ以上、ルカのお気に入りが増えるのは」
「私とルカ様の関係は、友人です。ズーシェリー様がお考えのような間柄ではありません」
ルカは王太子である。権力者である彼は、私の切り札の一人だ。
「わかっておる。しかし、おぬしがルカを頼りにしていることも、ルカがおぬしを信頼していることも事実。
そうであるなら、わらわ達で大事な友である、未来の国王を守ろうではないか。もちろんタダではと言わぬ」
「あの、ズーシェリー様。私はこの件・・・」
「カナリア10羽でどうじゃ。わらわに貸しをつくっておくとよいぞ、エル。なにせわらわは、未来の女王じゃからな」
「いえ、これはカナリアの問題ではなくてですね・・・」
「なに、もっと大きな見返りが欲しいのか?それであれば、何が欲しいか申してみよ」
「あの、そのようなことでもなくてですね」
「よもや、断るつもりではあるまいな。エルとわらわの間柄じゃ。そのような不義理はないと信じておるぞ」
「・・・」
「次の休日にルカと会う予定なのだが、もしエルに断られたら、傷付いて今日のことをルカに言ってしまうかもしれんな」
それはずるい。脅しではないか。
彼女は生粋の王女様だ。自分の望みが叶わなかったことなど、これまで一度もない。ズーシェリーは全く引く気がないのだ。
わたしもここで腹を決めないといけないのかもしれない。
いや、実を言えばだんだんと、断ることが怖くなってきていた。
アルバート、エマ、ズーシェリー。どんどんと断ることができない展開になっている。ズーシェリーを断ったら、ゲームの強制力が次はどんな人物・展開を用意してくるかわからない。飴が効かなければ、鞭に変わる可能性がある。
もともとエマからの依頼も断れないと思っていた。ここがきっと潮時なのだ。
「ズーシェリー様」
「うむ」
「今回のご依頼・・・」
私はぐっと歯を食いしばった。頭では命令を出しているのに、心が拒否している。本心を言えば、このルートには進みたくない。
「早く申せ」
ズーシェリーが、生まれ持った統率者の威厳ある声で言った。
「ご相談の件、謹んで・・・。・・・謹んで、お・・・お受けいたします」
ゲームの強制力に私が敗北した瞬間だった。
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「これじゃあ全然、完全掌握できてないじゃない!!!」
私の叫び声に、クラブにいた全員が振り向いた。全員と言っても、この場にはノアと、彼の妹のマーゴしかいない。
オリオン学園に入学する以前、マーゴは私の侍女兼護衛として働いてくれていた。私の入学に合わせて、彼女も学園の生徒になった。
ルキファミリー特有の黒髪を、さらりとボブカットにしたミステリアスな美少女だ。ルキファミリーは美形一族である。
「悲観的になりすぎだ。別に悪い展開じゃない」
ノアが魔法応用学の論文をめくりながら淡々と言った。
「いいえ、私が今までしてきた努力が、全く実っていないことがよくわかったわ」
「私はそんなことないと思うけど。エルがソフィのことを忌避しているのは知ってたけどさ」
マーゴも感情の伴わない口調で私をたしなめる。それが逆に癪に障った。この事態の深刻さを二人共、まったくわかってくれていない。
「いいえ、いいえ。だって、みんなが口を揃えて”ミラとソフィが仲良くて辛いわね”って言うのよ!?まるで私がミラのことが好きみたいに!!失礼極まりないわ。それにあの噂・・・」
私は忌々しくて歯ぎしりした。
「私がミラにベタ惚れで、婚約続行を泣きながら懇願しただなんて、不敬罪に問いたいわ」
「俺は、エルがミラに婚約破棄されそうになって、蛇蝎の如く怒ったって聞いたぜ」
「ノア兄さん。最新の噂は、エルの懇願説が有力」
「有力とか、そういうことじゃないから!!」
ダン!と机を叩いて立ち上がる。
「一体いままでの何が悪かっていうのよーーーー!?」