第4話 転生賢者の失伝魔法 ~五百年後の魔法学園で、俺は伝説になっていました~ 4
「ふう」
「はあ、はあ、はあ」
私はミーロを抱えたまま、魔力感知のあった建物へと降り立った。
ミーロは顔を青くして息を整えている。
「ここが……」
建物を見上げる。
それは私が生前に通っていた魔法学園と双璧をなすようなものだった。いや、違う。
生前とは比べ物にならない豪奢さとその広さを誇っていた。大聖堂と言う方が意味的には正しいのかもしれない。
「よしっ……」
隣から自身に気合を入れる声が聞こえた。
「あ」
「……?」
一人の少女がこちらに顔を向けてくる。
「あわわわわ……」
そして狼狽する。
「……」
ちらちらとあたりを見渡した少女は私の方へと駆け寄ってきた。
「あ、あの、あの時はありがとうございました!」
深々と頭を下げられる。
私がこの街に来た時、狼人の青年に襲われていた子だった。ふわりとした長い髪が首元で結ばれ、二つに分かれている。豊かな双丘に、健康的な体つきの彼女の動きは、どこか小動物に似ている。小さな口に大きな瞳が、その印象を一層強める。
「気にしなくていいよ。君はどうしてここに?」
「あの、私、ステラ……ステラって言います! 気軽に呼んでください!」
「面白い子だね」
ステラ。少女はそう言い、頬を染める。
「アルト、その方は……」
ミーロが息を整え、やって来た。
「ああ、ステラというらしいよ。あの時の」
「あ、す、すみません、お連れ様を差し置いて……」
「あはは、ステラはよく気を遣うなぁ」
「よろしくお願いします」
ミーロは背筋を正し、腰を曲げた。
「ところでステラはここで一体何を?」
「あ、私ウェイン魔法学園の入学試験を受けに来たんです」
「ウェイン魔法学園?」
ウェイン地区の魔法学園でウェイン魔法学園か。シンプルだ。
「今は入学の時期なので先日ここにやって来たんですけど、その時にアルトさんに助けてもらって」
なるほど、まだここの地区に慣れていないからあんな狭い通路に迷い込んでいたのか。
ここはステラにあやかるとしよう。
「アルトでいいよ。良かったら一緒に試験を受けに行こうか?」
「い、いいんですか!?」
ステラはすごい勢いで身を寄せてくる。初めての場所で不安だったのかもしれない。
「アルトさんも受けられるんですね!」
「そうだよ。ミーロもだよね?」
はあ、とミーロはため息を吐いた。
「アルトの言うことなら仕方がありません」
「ありがとうございます!」
ステラは深々と頭を下げる。
「じゃあ、どこ行けばいいか分からないから案内して」
「……え?」
「……え?」
この世界の常識を何も知らないんだよ。
× × ×
「ここだと思います」
「ふむ」
何をするものなのか、魔水晶が置かれた受け付けに、多くの受験者たちが並んでいた。
「取り敢えず並ぼうか」
「そうですね」
私たちはとりあえず、列に並ぶことにした。
「ところでステラ、ここは?」
「あ、はい。私もよく知らないんですけど、聞いた話によると、ここで魔力量、魔法の適性を量るそうです」
「ふむ」
魔法の適性を量る……聞いたことのない概念だ。これもこの五百年のうちに進歩した魔法の技術なのだろうか。
「魔法の適性っていうのは、何のこと?」
「魔法には様々な属性があるんですよ!」
えっへん、とステラは胸を張る。いやいや、知ってるよそれくらい。
「例えば水、例えば火、例えば風。自然界で起こる色んな奇跡を再現する人には、何らかの属性に適性があると考えられてるんですよ! ここで私たちの魔法の適性がはかられるらしいんですよ!」
「なるほど」
それは聞いたことがなかった。
今の時代だとそんな適性がはかれるのか。一体私は何に適性があるんだろうか。
「魔力量が多ければ多いほど魔水晶が光って、その人の適性のある色が魔水晶に映るんですよ!」
「ふ……む、いや、それはおかしいんじゃ――」
「次の方どうぞ~」
ステラの番だ。
「あ、すみません、行ってきますね」
「いってらっしゃい」
ステラは魔水晶に手をかざした。
はてさて、ステラの適性は……。
「ふっ……!」
魔力が注がれた魔水晶はほのかに光り、水色に染め上げられた。
「はい、水属性に適性がありますね。ありがとうございました」
「あ、あひがとうござーます!」
ステラは舌を噛む。
「ははは、そんなに緊張しなくても」
「す、すみません……」
ステラは真っ赤な顔を、手で覆った。
「お次の方~」
「どうぞ」
私はミーロに次を譲る。
「お言葉に甘えまして」
ミーロは魔水晶に手をかざした。
「うっ!」
受け付けの人が目を伏せる。部屋中が強い黄金色一色になる。
「や、止めてください! ストップ、ストップしてくださーーい!」
「はっ」
ミーロは魔水晶から手を離した。
「す、素晴らしい結果が出ました! 魔法適正雷、それに加えて素晴らしい魔力量です!」
「「「お、おおおおぉぉ!」」」
部屋がざわつきだす。
「は、はぁ……」
当の本人はどこか浮かない顔をしている。
「おいおい、また本物が現れちまったかぁ」
「ここからは俺たちの時代だな!」
「ふっ……荒れた時代になりそうだ……」
「俺たちは歴史を、見ているようだな」
部屋の隅でそんな声が聞こえる。
別にそんなことはないと思う。
「素晴らしい、素晴らしすぎます!」
受け付けに人は興奮してミーロに事情を伝える。
「今後、ウェイン魔法学園の未来を担ってください!」
「はぁ……」
「で、ではお次の方ぁ!」
次は私の出番だ。一体私は何に適性があるんだろうか。
どの属性の魔法も特に使いづらいと思ったこともなければ、何かしらの支障を感じたことも、威力の大小を感じたことも一切ない。
本当は私の適性は何だったんだろうか。
だが、その前に一つ疑問がある。
「魔水晶に魔力を通してもこんなに色が出たりはしないと思うんだが?」
私は先ほどから気になっていたことを聞いた。
少なくとも、転生前に魔水晶に魔力を通して色が見える、だとかいった噂は聞いたことがない。どうしてこんな突然に魔水晶でそんなことが出来るのか、疑問だったのだ。
「いえ、普通に魔力を通しても魔水晶の奥の奥に、小さな色が見えるはずです」
受け付けの人は魔水晶に魔力を注ぐと、本当にかすかに、色が魔水晶に色が見えた。
「こんな……」
全く気付かなかった。本当にごくわずかだが、色が変わっている。
「それをこの増幅器で増幅させて、色を大きくしてるんですよ」
受け付けの人は魔水晶を増幅器に乗せる。
なるほど。実に面白い。やはり転生して正解だった。どんどん新しい技術が生み出されている。
「じゃあ、俺も早速」
「お願いします」
魔水晶に手をかざし、魔力を注ぎ込む。
「ふっ!」
「きゃああぁぁぁぁっ!」
魔水晶は眩い発光を見せる。
部屋の中は真っ白にホワイトアウトし、視界が奪われる。
「ん……」
ピキ、ピキキキ、と魔水晶にひびが入る。まずい、力を誤ったか。込める魔力の量が多すぎた。
私は魔力を弱め、調節する。
「は、早く止めてください!」
受け付けの人の悲痛な叫び声が聞こえる。
私は魔力を注ぎ込むのを、止めた。
「こ、これは……」
「……」
「……」
「……」
部屋の中がしん、と静まり返る。
一体どうしたんだ。さっきまでの活況はどうした。
「これは……」
受け付けの人はぷるぷると震える。
「あなたは……あなたは、魔法適性無しです!」
「……………………え?」
私は魔法に、適性がないと判断された。