第38話 黒翼の悪魔 6
「ふんふんふん、ふんふ~ん」
朝。
陽気な鼻歌を歌いながら、スノウは髪を整えていた。
竜人の少女を家に招き入れてから一週間が経った。今ではすっかり少女との生活にも慣れ、お互い、気の置けない関係になりつつあった。
「ふふふん、ふんふ~ん」
スノウは歯を磨く。
「ちょっと~、おじさん邪魔」
「おぉ、すまんすまん」
竜人の少女、ユニリアはスノウを肘で押しのけ、自分の歯ブラシを取る。
しゃこしゃこと、スノウとユニリア二人が横並びになり、歯を磨く。
「おじさん、今日は私の服洗った?」
「え? い、いや、別に洗ってないけど」
「ちょっと~! なんで洗ってくれないの!」
「うっ!」
ユニリアはスノウを肘で突く。
「いや、年頃の女の子の服を触るのは癇に障るのかと思って……」
「上手いこと言おうとしないでよ! 私のもちゃんと洗っといてよね! 汚れた服で過ごすのもう嫌だもん!」
「分かった分かった、次からはそうするから」
「も~」
「あはは……」
ユニリアは口の周りを泡だらけにしながら、スノウを睨みつける。
「じゃあ今日も汚い服着て外歩かないといけないの~!」
「じゃあ今日は服を買いに行こう!」
「嘘!?」
ユニリアは目を輝かせ、スノウを見上げた。
「おじさん大好き!」
「こらこら」
抱き着くユニリアの頭を、スノウは撫でた。
「でも服を買いに行くための服がないよね……」
「そこはまあ……汚れた服を着ていくということで……」
スノウとユニリアはサクラメリアへの支度を始めた。
× × ×
「わあぁ~~~~~! 来たぁ~~~~!」
「はしゃがない、はしゃがない」
サクラメリアの商売の中心地にやって来たユニリアは、はしゃいでくるくると回っていた。
「おじさん! あれ買ってあれ買って!」
「よぉし、待ってろよ~。これが俺流の剣刀術!」
「狩ろうとしないで!」
「あはははははは」
ユニリアはスノウの手を引き、串焼きの出店にてこてこと向かう。
「串焼きください!」
「あいよぉ! 何本だい?」
「百十本!」
「こらこら、持てない持てない」
スノウはユニリアに手を引かれながら、串焼き屋の前に来た。
「じゃあ四本!」
「四本ください」
「あいよぉ!」
串焼き屋の店主は串焼きを四本手渡した。
「おじさん、お金払ってて! 私持ってる係ね!」
「はいはい」
「あざーっしたぁ!」
スノウは金を払い、ユニリアから二本、串焼きをもらった。
「あちちっ!」
「ちゃんと覚まさないと口の中やけどするぞ~」
ユニリアはふうふうと肉を冷ましながら、歩く。
スノウは特に冷ますことなく、そのまま食べていた。
「おじさんずるい! おじさんずるい!」
「おじさんは大人だから冷まさなくても食べれるの」
「おじさんずるい、ずるい! 私も……あちっ!」
ユニリアは涙目になりながら、頬を膨らませる。
「ユニも大人になったらそのまま食べれるようになるよ」
「けち!」
スノウは近くの椅子に座り、ユニリアが串焼きを食べ終わるまで、待った。
「おじさん、お金大丈夫? 服買うお金ある?」
「子供はそんな心配しなくていいんだよ」
「でもおじさん、貧乏おじさんだよね?」
「最近翼竜討伐の依頼があったからね、財布も分厚いよ! おじさんに任せときな!」
「やったー!」
わーい、わーい、とユニリアはスノウの周りを飛び跳ねる。
「じゃあ行こうか」
「うん!」
ユニリアはスノウと手をつなぎ、街の中を歩き始めた。
「おじさんって、ずっと一人なの?」
「うん? ……昔は家族がいたかなぁ」
「家族……」
スノウはユニリアの家族のことについて、何も聞いていない。ユニリアが自ら話すまで、その時を待っている。
「おじさんは家族がいたの?」
「あぁ、いたさ。それはそれは美人で慎ましやかな、才能にあふれる奥さんだったよ。可愛い可愛い子供もいてね。目に入れても痛くないくらいの、子供だったよ。今頃は、ちょうど大人と子供の境目くらいの年齢なんじゃないかなぁ」
「じゃあおじさん、なんで今は一人なの?」
「そうだねぇ……」
スノウは遠い目をした。
「昔、おじさんがポカをやらかしちゃってね。奥さんと子供には迷惑をかけたくないから、おじさん一人だけで出て行っちゃったんだよ」
「そうなんだ……」
思うことがあってか、ユニリアは黙り込む。
「じゃあ、今そのおじさんの家族がどこにいるか分からないの?」
「そうだねぇ……。おじさんもいつ死ぬか分からない体だったからねぇ……」
「…………」
ユニリアは、握っていたスノウの手を、より一層強い力で握る。
「でも大丈夫! おじさんはもう強い体を手に入れたからね! ユニのおかげで呪いも解けて、お金も入るようになって! ユニが来てからおじさん、いいことだらけだよ! いつかはきっと、昔の家族も見つけて、おじさんのポカを取り戻して、ユニと一緒に皆で暮らそう!」
「……うんっ!」
ユニリアはスノウの手を振った。
「らんらんら~~ん」
「お、ちょうどここが服屋じゃないかな」
スノウは服屋の前で止まった。
「おじさん、私、服買う!」
「そうだね、入ろうか」
スノウとユニリアは、服屋へ入った。
「いらっしゃいませ、あら~、可愛いお嬢ちゃんですねぇ~」
「えへへへ」
ユニリアは頬をかく。
「この子に似合う服を一着。頭巾のある、大きな服を」
「おじさん、三着!」
「じゃあ、三着」
「まあまあ」
店員は優しい目でユニリアとスノウとを交互に見る。
ユニリアの体躯に合う手ごろな服を数着持ち、試着室へと向かった。
「うふふふ、可愛いお子さんですねぇ」
「ええ、まぁ」
スノウは恥ずかし気に、鼻をかく。
「では、ごゆっくりどうぞ~」
店員はスノウとユニを置き、他の客への対応に回った。
「ユニ、服着れたか~?」
「着れた~!」
ユニはしゃっ、と試着室を開け、スノウの前に出た。
「おじさん、どう~?」
「あぁ、似合ってる。すごい可愛いよ」
スノウは腰を落とし、ユニと同じ目線になった。
「でも、頭巾は被ろうな」
そしてユニに頭巾をかぶせる。
「おじさんも頭巾してるけど、なんで?」
「ユニも大人になったら分かるよ」
「ふ~ん」
スノウはこの街の嫌われ者だ。人前で顔を出すことに抵抗がある。
そして、ユニリアは竜人。世界でも数少ない亜人だ。亜人ということがバレるだけで迫害され、差別される可能性があった。
人族と魔族との間に生まれたと言われている、亜人。人の誓いを背いた種族。
そう遠くない昔に人権こそ認められたものの、未だに亜人に対して差別心や恐怖心、拒絶や嗜虐心を持つ人間は、少なくなかった。
その亜人の中でも、さらに価値の高い、世界に数人しかいない希少種、竜人。人前に出た時にどうなるのか、スノウにも想像がつかなかった。
額に生えている太く大きい角を見られたとき、ユニリアがひどい目に遭うことを危惧し、スノウは常に、ユニリアに、体躯に見合わない大きな服と、フードをかぶせるようにしていた。
ユニリアと初めて会った時にも頭巾をしていたことから、両親も同じく、ユニリアに対して同種の感情を持っていたことは、想像に難くなかった。同じく人々に奇異の目で見られ、責められ続けたスノウにとっても、他人事ではなかった。
「じゃあ、他の服も着て来なさい」
「は~い!」
ユニリアは元気よく手を挙げ、再び試着室へと戻った。
「ご来店ありがとうございました~」
そすして服を三着選び、購入した二人は、無事、家へと戻った。
家では満足そうに服を眺めるユニリアの姿が、あった。




