第23話 外れスキルと馬鹿にされた農園スキルが進化してチートスキルになりましたが、このスキルでのんびりスローライフを送ります ~覚醒した農園スキルが神過ぎて、もうこれ以外何もいらないんだが~ 7
「寒っ……」
朝、あばら家に住んでいる僕は隙間風に身を震わせて、起きた。
「寒いなぁ……」
家と言えるような代物ではないからか、全く寒さが防げない。ここにあるだけ、とすら言っても良い。
「さてと……」
僕は日課の水やりをするため、畑へ向かった。
「おはよ~皆~……ぁ?」
畑の前で、僕は自分の目を疑った。
「畑が……」
つい昨日まで芽しか出ていなかった畑が、
「畑がーーーーーー!?」
全て、出来上がっていた。
薬草、野菜、その他適当に植えた何かの植物。ありとあらゆる植物が、僕の畑になっていた。
「なんで、どうして……?」
僕はおろおろとしながらこの原因を探る。
『きゅ?』
「ナビ~」
土の中から顔を出したナビと目が合う。
「も、もしかして、これ、ナビが……?」
『キュキュキュー!』
「ナビ!」
僕はナビを抱き上げる。
「すごいよナビ、ありがとう! まさかこんなに早くに野菜が出来ると思ってなかったよ!」
『キュキュキュゥ~』
ナビは嬉しそうに体を動かす。
「まさかナビにこんなすごいことが出来るなんて思ってなかったよ~。あ、お水やらなきゃだね」
僕は日課の水やりを始めた。
「皆ありがとう~、よく頑張ってくれたね」
『キュキュィ!』
ナビが僕の腕から飛び降りた。
「ナビ?」
『キュキュキュイーーーー!』
「うわ!」
そしてナビが一声鳴いたかと思うと、僕の畑が激しい光で染められた。
≪汝、菜園を極めし者よ≫
「え?」
気が付けば僕は、真っ白な空間に、いた。
「誰?」
≪私は加護。加護を宿す者たちにその加護の進化を告げる者≫
「……? よく分かんないや」
何かは僕の頭に直接響いてくる。
≪汝、菜園を極めし者よ。汝の加護、菜園は進化の時を迎えた≫
「え、進化?」
まだ菜園なんて言えるほど土もいじっていないのに?
≪汝の畑に住む幻獣の祝福を受けた結果である≫
「幻獣……? ナビのこと?」
まさかナビがそんな大層な肩書を持っていただなんて。
≪汝の加護、菜園は神庭へと進化した≫
「神庭……」
やはりよく分からない。
≪加えて、汝の持つ声援の加護は、祝福へと進化した≫
「そ、それも?」
菜園は一応理解できたものの、声援については全く理解できない。
≪汝、他者の幸福を祈りし者よ、汝が幼少より与えた他者への数々の祝福は計り知れない。汝、幼少より他者の幸福を祈ること数知れず。汝は汝の関知しないままに声援の加護を、数多くの者へと与えてきた。汝の加護は成熟した≫
「そ、そんなことが……」
無意識で言っていた言葉が加護の使用につながったらしい、それを続けていたことで声援の加護が進化するようになったなんて、驚きだ。
≪汝、精進せよ。また、他者の加護をより祈念せよ。さすれば汝に幸福が――≫
覚醒の時が近い。
僕は意識がぼんやりとしてきた。
「祝福……」
気付けば僕は、呟いていた。
「はっ……」
現実に戻ってきた。先の白い空間はもうなかった。
『キュキュキュ?』
ナビが僕のことを心配そうに見ている。
「ナビ、ありがと~ありがと~」
僕はナビに頬ずりをする。
『キュキュキュゥ!』
ナビが光り始めた。
「ナ、ナビ……!?」
『キュウウゥゥ!』
どうやら喜んでいるみたいだ。これが、祝福の力……?
「皆、ここまで大きくなってくれてありがと~!」
畑に向かって声援を送ると、ゴゴゴゴゴゴと大きな音を立てながら、畑が盛り上がり、より一層光った。
「こ、これが祝福……すごい……」
僕は口をあんぐりと開けて、畑を見ていた。
「よく分からないけど、皆に幸福を分け与えるようにしないといけないんだよね! 僕頑張るよ!」
『キュキュィ!』
僕は畑に身を乗り出した。
「皆、今までありがとう。今まで立派に育ってくれてありがとう。野菜さんは皆の活力に、薬草さんたちは皆の役に、傷ついてる人の役に立ってきてね」
僕は別れを惜しみながら、野菜や薬草を刈り取っていく。
心なしか、薬草たちも喜んでいるように見えた。
『ありがとう、私たちを愛してくれて』
「え……?」
幻聴だろうか。薬草たちの、植物たちの声が聞こえた気がした。
「ありがとうね、皆」
僕は背中の籠に薬草たちを詰めていった。
ご飯がないから、野菜は自分で食べることにしよう。
× × ×
「薬草、薬草はいりませんか~? 美味しい薬草ですよ~」
僕は街に出て、早速薬草を売り始めた。
いや、美味しい薬草は違うかな。
「誰か薬草いりませんか~?」
冒険者組合かどこか、売るべきところがあるんだろうか。
街の事情を知らない僕は、ただ薬草を籠に入れて回っていた。一日歩いて売れなかったら、どこかしかるべき団体を探すことにしよう。
「頼む! 誰か! 誰か助けてくれ!」
サクラメリアの中心街にたどり着くと、そこで一人の男性が妙齢の女性を抱いて、泣き叫んでいた。
そしてその女性の腹部には、大きな風穴が空いていた。
「なぁ! 頼む! 誰か! 誰か!」
もうずっとここで叫んでいたんだろうか。周辺には血が飛び散り、男性の顔も真っ赤に染まっていた。
「ど、どうしたんですか!?」
まともな状況でないことは確かだ。僕はすぐさまその男性に駆け寄った。
「ルファが、ルファが……!」
相当混乱しているからだろうか。全く文脈が伝わらない。
「ルファが、魔物に、やられて、そのせいで、腹が……腹が……」
「た、大変ですよ! 早く、早く治癒師様を呼ばないと……!」
「金が……金がねぇんだ!」
男性は悲痛な顔で声を荒らげた。
「金が……金がねぇんだよ、俺たちには。治療を頼んでも、金がないから受けてくれねぇ。後で働いて返すっつっても誰も俺たちのことを信じてくれねぇ……! 早く、早くしないとルファが……!」
「……っ」
女性は息も絶え絶え、真っ青な顔でかすかな呼吸だけをしている状況だった。誰が見ても、死期は近い。
「な、なぁ、あんた! 助けてくれよ! 俺たちを、助けてくれよ!」
「た、助けるって言ったって……」
僕は根っからの弱者。戦闘にはとても使えない、無能の加護。先に進化したという祝福を使えば傷が治るのか、それとも神庭という加護を使えば傷は癒えるのか。
無理だ。どちらも傷を治すような加護ではない上に、発動条件もその能力もよく分かっていない。よく分からない加護をこのまま行使して僕がこの女性の息を止めるようなことになってしまえば……。
顔から血の気が引く。
「なぁ! あんた、俺たちを助けてくれるんだろ! 助けてくれよ! 助けられるから俺たちに声かけてきたんだろ!」
「っ……」
あたりを見渡せば、遠巻きに僕たちの様子を見ている人が、たくさんいた。関わり合いになりたくないのか、僕が目を向けると即座に視線を逸らす。
そうだ、そうなんだ。誰もこの状況を打開できる人がいないんだ。だから誰も話しかけなかった。もしかすると、こういう状況はこの街にとって、ひどく当たり前で、そして誰にもどうすることも出来ないことなのかもしれない。
「だ――」
僕は喉から声を振り絞り、
「誰か! この方の治療を出来る方はいませんか!?」
「誰かルファを助けてくれ!」
「誰か!」
僕は男性と一緒になって、助けを呼んだ。
「誰か! お願いします、誰か!」
「誰か!」
僕と男性が声をかけるが、街の人たちは困った顔で視線を逸らすだけだった。
「ごめ……エル……」
「ルファ!? ルファ!」
男性が女性を抱き寄せる。
「私……が、無茶、したから、エルダ……ごめん、危険な、目に遭わせて、私……エルダ……愛してる……」
「ルファ! ルファ! もう喋るな! 俺が、俺がなんとかしてやるから!」
女性は口から大量に吐血する。
「なんでも、なんでもいいから誰か!」
男性は僕の籠に目を付けた。
「それ、それは薬草、薬草じゃねぇのか!?」
「え…………」
僕はその場で固まってしまう。
何の知識もない素人が、適当な栽培をして作り上げた、初めての薬草。いや、薬草なのかどうかすら怪しい。
「頼む! いくらでも恩を返す! 俺が一生涯をかけて借りを返す! だから、その薬草を、くれ!」
「こ、この薬草は……」
慄いてしまった。後ずさり、してしまった。
ここでもし僕がこの薬草を男性に渡して、何の効果もなかったなら。それはもしかすると、僕が殺したということになるんじゃないのか。
僕は一瞬、そう、考えてしまった。
「……っ!」
が、すぐに動き出した。
僕がどれだけ恨まれることになろうとも、僕は僕が出来る最大のことをしなければいけない。例えこの薬草が何の効果もないものだとしても、僕は僕の全力を尽くさないといけない。人が泣いてるんだ。僕が見て見ぬふりをしてどうする。誰かが手を取らなくてどうする。
「分かりました!」
僕は籠を置き、薬草を取り出した。
「ど、どうすればいい!?」
男性は薬草を受け取り、困惑する。そして困惑しているのは、僕も同じだ。
薬草は普段どういった形で使用されているのか。薬草やその他薬効作用のある植物を調合したりして魔法薬を作っているとは思うが、薬草単体はどうすれば効果があるのか。そしてそもそも、単体で効果はあるのだろうか。
迷っていても仕方がない。僕は薬草をすりつぶした。
「こ、これを患部に塗ってください!
「分かった!」
男性は薬草をすりつぶされた薬草を、女性の腹部へ塗った。
頼む。お願いだ。治って。僕は戦闘の加護も得られなかった無能。戦うことも治療することも出来ない、ただの凡人。
でも、そんな僕でも、出来ることがあると、信じたいんだ。
人の役に立つようなことが出来ると、信じたいんだ。
「ルファ! ルファ!」
女性は動かない。
「届け……」
人々に脅威をもたらす魔物を討伐することも出来ない。
フィーナと違って人を守るようなこともできない。僕の力は、所詮そんなものなのかもしれない。
「届け……」
でも、僕は、加護は人を活かすものなんだと、信じたい。
人を殺すものでも、人を縛るものでもない、活かして、生かすものなんだと、僕は信じたい。
「届け!」
紫紺の光が、突如として街にあふれた。
目が痛くなるほどのその光は街を一瞬にして大きく照らし、女性の腹部に集まってきた。
「おぉ……」
「なんだこれは……」
「嘘だろ……」
その柔らかく、暖かな光は薬草に収斂し、女性の腹部はみるみるうちにふさがっていった。
「…………」
「…………」
「…………」
静寂が。
「ゲホッ!」
女性が大きな咳をして、目を開けた。
「わた、私……なんで……」
「ルファ……」
女性は自身の腹部をさすると、不思議そうに起き上がってきた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」
街が喝采に包まれた。
「なんだあれは!?」
「奇跡だ、奇跡が起きたぞ!」
「信じられねぇ、こんなこと……こんなこと……!」
「俺はこの目で見た。確かに見たぞ! 奇跡は、奇跡は存在したんだ!」
「こんな、こんなことって……」
「誰が……誰がこんなことを……」
「素晴らしい……」
帽子が空中に飛び交い、指笛が鳴る。さながら妖精姫祭のごとき喧騒が僕の耳を心地よく打つ。
「ありがとう、ありがとう……!」
男性は大粒の涙を流しながら、僕の手を取る。
「良かった……良かった……です」
脱力した僕は、その場にドサ、とくずおれる。
「この恩は、この恩は、一生をかけても償いきれねぇ……!」
男性は僕を強く抱きしめた。
「良かった……本当に、良かった……」
僕は人の役に立てたのかな。
心地良い喧騒を聞きながら、僕は無意識のうちに、微笑んでいた。




