プロローグ
「俺さ、ずっと蒼に伝えたいことがあったんだよね。」
心なしかいつもより夕陽の顔が赤い気がする。
なんなんだろう、このソワソワしてむず痒くてくすぐったい雰囲気は。
「何?中学では同じクラスになっても話しかけてくんなとか?」
「ちげーよ、もっと真面目な話。」
ずっと地面を見ながら話していた夕陽の顔が急に私の方を向く。
やっぱりいつもより顔が赤い。
「真面目な話……?」
「……おー。」
心臓がドキドキする。いや、もはやドゴドゴと唸っている。気を抜くと口から臓器がこぼれ出てきそうだ。
実の所、私は一年生の頃からずっと夕陽のことが好きだった。クラスメイトからは毎日のように夫婦だ夫婦だといじられていた。そんなんじゃねーわ!と言いながらも心の中では満更でもなかった。めちゃくちゃ嬉しかった。席替えで隣の席になった時なんて、もう嬉しすぎてほとんど口から臓器が出ていた気がするぐらい。
「俺……」
何か考え事をして気を逸らさないと嬉しすぎて気絶しそうだ。これから私は夕陽に告白されて晴れて夕陽の彼女となる。
最高の小学校の卒業式だ。一生忘れないだろう。
そして中学校では初日から夕陽とラブラブ登校!小学校のクラスメイト達からやっとくっついたのかよ~なんていじられてへへへっなんて照れたりなんかしちゃったりして。
そして夕陽とはクラスが離れる気がする。ここで恋のライバル登場、きっとロングヘアの女だ。名前は直子な気がする。夕陽はサッカーが上手いから、体育の授業で普段の一見クールなイメージとのギャップでメロメロになってしまうのだ。
しかし!私が手を下すまでもなく夕陽がきっぱり断るので何も問題はない。私達の間に直子が入る隙間など存在しないのだ。
そして中学を無事に卒業してきっと同じ高校へ進学する。
なんやかんやあって大学に進学して結婚して子供……子供の名前は何がいいだろうか?姓名判断してもらった方がいいのでは?苗字は橘だから画数的には……
「おい、聞いてんのか?」
「ヘァッ?!もちろん!」
ウルトラマンみたいな声が出た。自分でも驚くほど似ていた。
ていうかまだ告白もされていないのに子供の名前の画数についてまで妄想が及んでしまった。
「じゃあ言うぞ、俺……」
私のウルトラマンの激似モノマネ(もちろんわざとではない)のせいで雰囲気が壊れかけたけれど、赤く染まった夕陽の顔を見て心臓のドゴドゴが再開した。
「お前の……」
ところで、この雰囲気、め~~~ちゃくちゃ恥ずかしくないか?
どうしよう、急激にむず痒くてソワソワしてフワフワして猛烈にこの場から逃げ出したくなってきた。
でもどんなカップルもこの雰囲気を乗り越えて成り立っていくんだよね?
「す……」
「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
頭の中が大爆発して気付くと私は夕陽をその場に一人残して全速力で走りだしていた。
もうどうしたらいいかわからなかった。とにかく雰囲気に耐えられなかった。私のムズムズの限界値を超過した。走って走って、小学校から徒歩15分の距離を5分で走りきって家に帰った。
二階の自分の部屋まで駆け上がって、ベッドに飛び込んでやっと我に返った。
やってしまった……!
でも、夕陽もやっぱり私のこと好きだったんだ、という喜びに改めて気付いて幸せな気持ちでいっぱいになった。
今日はこんなことになったけど、中学生になったら、きっと……!明日あたり本屋にゼクシィを買いに行こう。
中学校への期待に胸を膨らませてそのままベッドで眠りについた。
私達の子供の名前は向日葵にしよう。夕陽と私から一文字ずつ……と思いきや二人とも違う字だった。なんて考えているうちに気付けば夢の中だった。
そして、あれから十年。私は夕陽から避けられ続けて小学校の卒業式以来一言も話せていない。