第三話 夢
仄暗い空間の広がるその場所は、地獄と言わずならなんと表現すればいいだろうか。
侵入者を惑わせる網目のように広がった数多の道。
数多くの冒険者を死へと追いやった狂気のモンスター。
そして何より、10階層ごとに生み出される階層の主である強化種の存在が、俺たち冒険者の死因の大半を占めている。
だが、それだけの危険にも顧みずダンジョンに潜るのはそれだけの恩恵を得ることができるからである。
ダンジョン100階の神域と呼ばれる場所、そこにある湖の聖水を身体に浴びた者に恩恵が与えられる。
――ステータスアップ
それが、ダンジョンの恩恵である。
誰もが欲しがるその恩恵は、多くの者をダンジョンに誘った。
そして、俺もまたその一人である。
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ダンジョン内 23階
「残り2体だ!一気に畳みかけるぞ!」
「「うおぉぉぉ!!」」
雄たけびを上げ、襲い掛かる冒険者たち。
大剣、双剣、魔法などが次々とモンスターに襲い掛かる。
キャウン
炎を纏った狼のような2匹のモンスターは腹部を切断され、血飛沫に彩られた嘆声を上げると静かに倒れこんだ。
「うっしゃぁぁぁ!やってやったぜ!!」
「楽勝だったな...。」
「当たり前だろ!俺たちにゃ、勇者が付いてるんだからよ!」
23階、そこが俺たちのグループの最初の戦闘だった。
ここに来るまでに、階層主は疎かモンスター一匹たりとも目にすることがなかったのも単に偶然なのではないということは誰もが理解している。
そう、先に潜った勇者率いるAグループが轢いて行ったのだ。
俺たちの役目は、狩り損ねたモンスターの駆除。それだけの仕事だ。
楽勝に決まっている...。
「なぁ、早く先に進もうぜ!」
「そうだね!後から来るグループに追いつかれないように先を急ごっか!」
突然の男の促進にエリアスが答える。
そうして、その言葉を後にぞろぞろと後に続く冒険者たちが歩みを始めた。
誰もが笑いながら談笑しており、足取りは異様に軽い。
皆の表情は柔らかく緊張という感情は一切見当たらなかった。
ギルド内では誰もが、心が一本の細い枝に成り果てている状態だったのに、今では今日死んでしまうという想定を考えることをしなくなった。
俺たちは今、勇者という存在に依存し、そして期待するだけの傍観者に過ぎないのだ。
「ねぇ、ザコ?一つ聞いてもいい?」
突然、エリアスが口を開いた。
ザコ?誰なんだそいつは...?Bグループにそんな奴いたか?
聞き覚えのないその名に、俺は少し不審に思った。
「ねぇ!ザコったらぁ!」
それにしても可哀そうな名前だな。
ザコなんて、名前からして弱そうじゃないか...。
どんな奴なんだろう...。
俺は、ザコという名前の存在が気になった。
そいつは、男なのか女なのか、身長は高いのか低いのか、ガタイはいいのか悪いのか、そんなことを頭の中で想像すると、余計に正体を知りたくてたまらなくなった。
そうして、俺はあまり気づかれないように少しだけ顔を傾け、声の方へと目をやった。
「え...?」
エリアスと目が合った。
純粋無垢な瞳が俺を映し出している。
「やっとこっち向いた!」
「...。」
「何度も呼んでるのにどうして反応してくれないの?」
「へ?」
「へ?じゃないよ!私はあなたに用があるから話しかけたのに、無視するなんて酷いよ!」
彼女は、頬を膨らませて、俺を睨んだ。
「一応確認なんだけど...俺の名前覚えてる?」
「ザコ」
「ザックな!?」
「え!あ、ご、ごめん!!」
彼女は両手を右往左往して盛大に慌てふためいた。
やっぱり間違えて覚えていたのか...。
さすがに、この間違え方は酷すぎる。
まぁ、他の冒険者たちにはよく言われているけど.....言われてるけど!
「それで、聞きたいことってなんだ?」
俺は、気持ちを落ち着かせると彼女に問いかけた。
「あ、うん。えっとね、ザックはどうして冒険者なったのか気になってね...。」
「俺が、冒険者になった理由か...。」
「うん。教えて...くれないかな?」
彼女がなぜ俺の心意を知りたがっているかはまるで分らなかった。
でも、彼女には俺の過去を、冒険者になった理由を全て話してもいいと、そう思った。
「あまり長く話せない状況だから、端的に話させてもらうよ?」
「うん!分かった!」
「エリアスは、『ギアン』って知ってるか?」
「もちろん!この国で初めてのS級冒険者だよ?知らない人なんていないよ!」
俺はその言葉を聞き少し笑みを浮かべ再度口開いた。
「そうだよな...。この国の英雄で誰もが認知しているその男...そいつは俺の父さんなんだ。」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
彼女は、突然大声を上げた。
それに連動するように周りの冒険者たちが、俺たちへと視線を向けた。
ハッっと何かをかやらかした子供のように口を手で押さえると、「続けて」というように俺の方へと瞳を見せた。
その意図を感じ取り、俺は話を続けた。
「S級冒険者...当時世界最強と謳われた人物の一人。皆に愛され、期待され、そして慕われる存在。それが、俺の父『ギアン』の存在だ。でも、それを快く思わない人も少なからず存在した。そして、俺が5歳の頃にあの悲劇は起きた。父さんが仕事に行き、俺と母さん2人で家にいた時のことだ。武装した複数人の男たちが家に押し入ってきたんだ。そいつらは金目の物を奪うでもなく、食料を奪っていくでもなく、真っ先に母さんの方へ歩み寄りそしてそれから数時間もの間犯し続け、最後にはナイフで腹部を引き裂き殺した、それも俺の前で。」
過去の情景が脳内で上映され、俺から怒りがふつふつと湧き上がってきた。
今の俺の言葉一つ一つには、もう怒り以外の感情を汲み取ることができないだろう。
「父さんが帰ってきたときには、傷つけられた肌を露わにし死んでいる無残な姿になっていた。あの悲劇以来、父さんは行方を眩ませた。あいつも俺を置いてどこかへ消えやがったんだ!」
俺の拳には、自然と力が入った。
母さんを殺したやつらと同様に、父が自分を置いてどこかへ消えてしまったことに対しても激怒していた。
「そんなことが...。」
エリアスからは同情の言葉がこぼれた。
「後から聞いたんだが、母さんを殺したやつらはあいつを良く思わなかった住民の集団で、あいつにはどうしても敵わないから腹いせに母さんを殺したそうなんだ。それを聞いた時、怒りでどうにかなりそうだったよ。そうして俺は悟ったんだ...何かを守るため、誰かを助けるためには力が必要なんだって。
だから俺は強くなりたい。誰にも負けない、誰もが恐れるほどに...。でも、俺は見ての通り最弱といわれるF級冒険者だ。だから俺、はダンジョンの恩恵を得るために冒険者になったんだ。」
「すごいね、ザックは!」
「え?」
「だってそうでしょ?名誉のため、お金のため、利私欲のためとかじゃなくて、誰かを守るため、助けるために夢を追いかけることができるんでしょ?私には絶対にできないもん!」
「ありがとう。エリアス。」
否定され続けた俺の人生で初めての肯定の言葉は、今の俺にとって最大級の励ましの言葉だった。
その後、俺とエリアスは数回の戦闘をこなし、くだらない雑談を交えながら最下層へと向かった。
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ダンジョン99階。
高さ10メートルほどの漆黒の扉の前、俺たちのグループは誰もが筆舌に尽くしがたい気持ちで立ち尽くしていた。
「ようやくたどりついた...。」
誰かが発したその言葉が、冒険者の感情を揺さぶる。
誰も犠牲は出さずにここまで来た...来てしまった。
もう後戻りはできない。
不安と期待が俺の心を弄んでいる。
扉の向こうにはどんな光景が広がっているのだろうか?
勇者たちのグループが階層主を倒して俺たちの到着を待っている状態なのだろうか?
それとも、まだ戦闘が続いているのだろうか?
少しづつ開く扉を俺はそんなことを考えながら眺めていた。
「え...?」
俺は、扉の先の光景に自然と言葉が漏れた。
本作品を読んでいただきありがとうございます。
どこかおかしな点、もっとこうした方がいいと思うところがあれば気軽に教えてくださると助かります。
小説初心者ですが、応援してくれると嬉しいです。