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condenced caos  作者: 朋枝悟
全てのはじまり
6/22

何が真実なのか

「おやおや、予想よりも平気そうな顔で戻ったものだな。」

いつもと何も変わらない、変わることがないとでもいうような佇まいで彼女はこちらを見ながらお茶を楽しんでいた。しかし、この距離500m以上はある。彼女は叫んだ様子もなく、大声を上げた様子もないのにはっきりとそれが篠崎の脳裏に届く。こんなこともできるのかと思いつつも、扉から戻ってきた篠崎には大きな問題ではなかった。あの世界で、ある種篠崎にとっては「理不尽な世界」でメアリはただ、わが幸せのために苦労に苦労を重ねてやっと得たのであろう大切なものを愛し、また素体としてその素体を作るまでの研究で素材になった人に対する申し訳ない気持ちがあることも間違いない。結果だけ見ればメアリは人さらいでしかない。実際にそのうちの一人となったリーファに知らずとはいえ手をかけたのは篠崎本人だが、メアリは研究のために自ら町に出向き、見境なく選んだわけではなさそうだった。少なくとも可能かどうかの検討には賊や異世界の人を利用したように言っていた。彼女は町で生きる人たちに最後まで手を出さなかった。リーファ親子が一つの素体でリーファとして生を再生していることを良かったと言っていたが、それは犠牲になった家族が少なくて済んだという意味も含まれていたのだろうか。最後に彼女が流した涙はいろいろな意味合いを持っていたのだろうか。彼女が賊を討伐していたと考えれば、町の秩序を守っていたともとれる。しかし彼女は最後にその得ることのできない希望をえるという欲望に勝てず、篠崎に頼んだのだろう。そうでなければ、わざわざ地下室に連れていきこれまでの経緯を話す必要もないにも拘らず話し、なぜこのような行為に及んだのかを話したのだ。その時の彼女は目的達成とともに彼女の心にも傷を与えてしまったのだろう。私に何ができたのか。

扉をまたぎ、幼女の顔を見たとき、その異常な空間から解き放たれ、知った顔を見た瞬間にどっと疲れが出たのか、篠崎は安堵とともに力尽き、その場で倒れこんだ。倒れこんだ体の周りには篠崎の新鮮な血液が流れ出て、ガラスのような雑草をキラキラとルビーのような宝石とも思わせる輝きを放っている。篠崎は体から力が抜けていく感覚が何とも心地よく感じていた。

 気持ちが悪い、吐き気がする。何か口の中に鉄の味がする。なんだ。と目を開いたが、真っ暗だ。いやかすかに青いか、どういうことだ。目に手をやろうとすると、突然耳がちぎれるような激痛ととともに目に目がつぶれるかと思うほどの光が差し込んできた。

「やっと起きたのかい。見かけとは違って精神的には大きな傷を負う世界になっていたようだね。」

と言いながら彼女の右手にはアイマスクらしきものが揺れている。この幼女は無理やりアイマスクを引っぺがしたのかと思いつつ、無理と思いそのことには何も言わず、彼女の向かいの椅子に腰かけた。すると彼女は不機嫌そうに

「まずは言うことがあるんじゃないのか?君は本当に失礼な奴だなぁ。」と言いながら彼女は篠崎が先ほどまで入っていた扉の前が真っ赤に染まっていることに気が付いた。そうだ、ここの草は鋭利で平気で生き物の肉を断ち、殺すことを思い出した。篠崎は顔に手をやり、体中を手で触れて確認した。そんなことをしていると彼女はまだなのかなぁというように、不満げな口元に紅茶を運んでいた。

「君の傷も治したし、減った生命活動の源も補充しておいた。つまり君は見た目はここに始めてきたときとほぼ同じ状態というわけだよ。では改めて、いうことがあるだろう?心のこもった良い方が口にするがいいさ」とニヤニヤが止まらないという表情で篠崎を見ている。篠崎は礼を言うのは当然だが、その表情が理解できない。

「ありがとう」とひきつった顔を隠すことができない篠崎の顔に彼女は満足したようで、芝生の上を転がりまわって笑っている。どうやら彼女は芝生に触れても基本的は傷つかないようだ。彼女が傷つく時は自らの意思でしかここの芝生で傷つくことを望んだ時だけなのだろうな。と篠崎は思い、やはりこの幼女はいったい何なのだろうかと思い返した。

「もっとちゃんと心を込めて、愛する人に命を懸けてもいいというくらいの礼を言ってもいいと思うのだが。」と篠崎にテイク2を求める幼女

「本当にありがとう、あの赤く染まった芝を見て引いてしまったんだ。申し訳ない。」

そうかそうか、そりゃそうだよねと言わんばかりに大きくうなづく彼女にふと行く前の会話を思い出した。

「君の名前を教えてもらえるかな。」

「おぉ、覚えていてくれたのかい。うれしいね。でもどうしようかな。教えるとは言ったけど、こっちも君が扉の向こうで何を感じたことを聞きたいんだが、どうしようかな。」

と意地悪そうな目線を篠崎に向け、表情を伺っている。

「やっぱりさ、あのさとか、もし?とか言って声かけて話するのはなんかそれだけで疲れるんだよ。だからもしよかったら、名前を教えてもらえませんか?」と篠崎はお願いした。

「君は人に興味を持っているんだね。そうか、そうか。名前で呼び合うとなんとなく近い間柄に思えるよね。で、君はそういうことで知りたいのかな。」「いや、その通りです。何となく失礼にも思えるんだよ。だから教えてくれるとありがたい。」

そうか、ふ~んと言った感じで空を見上げながら、何かを思い出しているような遠い目をしている。篠崎はお茶をもらおうと使っていない法の茶器をつかって彼女の入れたであろう紅茶をコップに注いだ。しかしそれは色を見る限り最初に出されたものとも知っている紅茶の色とも違う。しかし匂いは明らかに紅茶であり、心休まる匂いが温かさとともに満たされる。飲んでみるとやはり紅茶であった。篠崎は仕事柄、中空糸ろ過でもしたものなのだろうか。しかし紅茶は色を残しておいた方が紅茶という色合いがあった方が趣があるのではないだろうか。などと考えながら、子どものことを考えていた。今、子どもはどうしているんだろうか。妻はどうしているんだろうか。一緒に安全なところで暮らしているんだろうか。などを空を見ながら答えも出ないこともわかっているのに気にかかっていることに気づいた。

 「自分の家族のことが気になるのかい」と幼女はこちらをみて、面白みがないなというのをかくすことなく言い放つ。篠崎はその表情には気にもとめず、「そりゃあ、産まれてからは子どものために働いていたようなものだったから。産まれていなかったら、転職とかしてたかもしれないね。子どもがいるからその子の幸せのために我慢するのは悪くないかと思っていたんだよ。でも妻はそれを鬱陶しく思っていたようでね。子どもが産まれるまでは働いていたし、子どもが産まれてからも働きたいと言い続けていたんだ。僕としてはもう少し、子どもが必要とする期間は近くにいてやってほしい。母乳だけは父親は与えることはできないし、あなたは粉ミルクを与えるのは嫌なんだろう。とか子どもが産まれてから特に仕事に戻りたいというようになっていて、こっちが仕事辞めるからそっちであなたが働く家庭にしようか。と言ったこともあったのだけれど、それはそれでどうでもいいというような態度でね。結局自分が元の会社に戻れれば何でもするというような気さえする気がしていたよ。だから、今正直気になっているのは子どものことだけかな、そんな妻だったから、子供の面倒をきちんと見ているかどうか心配で」と聞かれてもいないことを語っている自分に気づき

「あ、申し訳ない。いらない話だったよね。」というと、彼女はカップの縁に子指をあて、なでるように縁に沿って指を動かしながら、姿勢を崩して篠崎の話を聞いていた。

「いや、君があの世界であのような態度でいた理由が分かった気がするよ。」と言った。

はぁ~と深く息を吐き、まさに深呼吸でもするかのように肺に入っていた空気を全て吐き出すようにし、大きく息を吸い込んだかと思うと、そこから何も発しず、篠崎は名前を言ってくれるんじゃないんかよと肩透かしを食らったような気分になった。その様子に気分が変わったのか

 「・・・ノン」「え?」「だからカノだと言っている」なぜか篠崎にはしっくりときた。

「どう書くの?」ときくと予想していた通り「漢字で想像しようが、ひらがなだろうとカタカナだろうとアルファベットでもいい。君の知っている文字で想像するのは君の勝手だ。私は名前の音だけを君に知らせよう。」

「でも、漢字では想像しない方がいいだろう。おそらくこの名前に意味を込めたとは思えない。だから、表意文字ではないと思いたいのさ。その点君の知る限り他の言語だと表音文字しかないだろう。私の名前はそんなもんなのさ。」

また意味不明なことを言っている。それでまたこっちが困った顔をするのを見て楽しむんだろう。さも笑いをこらえた顔でこっちを見ているんだろうと思いながら篠崎はカノを見た。すると意外にもカノンはつらそうな顔をしていた。目には心なしか充血しはじめ、涙を流したのかと心配するような顔をしていた。篠崎は意表を突かれたかのように

「どうした?調子でも悪いのか?」と声をかけた。

すると一瞬のうちに先ほどまでの感情を見せていたカノは失せ、いつも通りのカノに戻った。

「何のことだ。私はいつでもこうだろう。」とさっきのことはなかったかのように話し始めた。

「で、どうだった。おかしな世界は君にはどのように見えた?」と茶をすすりながら、しかし目線はどこを見ているのかわからない状態であった。篠崎は世界観を伝えた。森のこと、お菓子の家に住んでいるメアリのこと、その森はあまり治安が良くないそうなこと、町にはいるときに苦労したこと、町がにぎわっていたことなどを伝えた。

「そうかい、お菓子の家があるから私は君におかしな世界と言ったわけではなかったのだけれど、そのおかしな世界は君から見ておかしかったかい?」

「正直、わからない。」

「なぜ?簡単なことだろう?メアリのしたことは許されることではないだろ?」

と話した。篠崎はカノがなぜ知っているのかを聞かずにはいられなかったが、案の定、煙に巻かれるように明確な答えをもらうことはできなかった。

「やはり君は洞察力に優れているようだね。そうさ、君の予想通り私は君が扉の向こうで見てきたことを知っている。しかし君の気持ちはわからないんだ。最初にここに来た中で話しができる人の場合はまずあそこに入ってもらっているんだ。とはいえ、最初の血液しか価値のない蛮族以外は自分の置かれた状況を把握しているのかどうかは別として、話を聞くことができたから、皆あのおかしな世界は経験している。」というと喉でも乾いたのか、のどの滑りをよくするためか、紅茶を一口飲み、のどを何かから保護するようにゆっくりと飲み込み、目を輝かせながら話し始めた。

「君を入れてあのおかしな世界を体験したのは32人というわけだ。最初の一人は話した通り、私の欲求を満たしたのは血だけだったのだから、他に期待もすることなく、私のコレクションに加わったというわけさ。しかし、感情を持つものと話ができると本当に面白いね。森の悪魔に心を蝕まれるもの、自分が子どもを殺したのだと自責の念で自らを去勢しようとしたもの、当然君のように何の変化も見せないものもいた。だいたい当分割という感じかな。しかしその中で最も興味を惹かれるのは3番目の様子で戻ってきた人だ。つまり今の君なんだよ、分かるかい?君は何を感じ、何を思い、何を背負ってなお変わらず戻ってくることができたのかな。それをきかせてもらえないか」と最後の方は前のめりで後ろから見ていたら下着まで見えてしまうのではないかというくらいに興味を満たすためには何でもするというのが、この子なのだと再確認した。

「他人事だからかもしれない。自分の娘が被害にあっていたら聞く耳も持たなかったかもしれない。でも彼女の行動はある意味町を守っていたことも事実。それがなければ、町の人たちはもっと死んでいたかもしれない。そもそもあそこに町なんてなくなっていたかもしれない。彼女は自分の欲求の副産物として町を守っていたと言えなくもないのではないか。倉庫で話を聞いたとき、彼女はそのことに気づかず自分のやったことに対する罪悪感を隠すことができないほど、感情を持った人間であると感じたんです。そうすると殺人鬼には見えなくなって、一人のさみしい暮らしを続けてきた不幸な少女に見えてしまった。」と答えた。

「しかしそれは彼女が見せた一部分であり、彼女が言った表面的な言葉かもしれないとはおもわなかったのかい?要するに君はいいように騙されたのではないかい?」と表情一つ変えずにカノは質問してくる。「それはないと思う。彼女の倉庫で見せた顔、リーファに向けるまなざしの中に見える彼女の心の奥にとどめ置くことのできない負の感情。いけないことをしたということを理解している。それは被害者の家族を知ればその人物の記憶を操作し、悲しまないように計らっていたことが分かる。そんなこと、狂気で動く人間には見られないと思う。だから私は彼女がこれからその罪悪感を忘れず、しかし、それにつぶされることなくリーファと二人で幸せに暮らしてほしいと思った。」

という篠崎に対して、カノは言う。

「その表情を見て全く逆の感情を持った者もいたがね。あざといと感じた、と。そもそも一方的に与えられる情報には嘘がどこに入っているのかはわからない。つまり相互の話を聞かないと真実にはたどり着けない。だからこそ、彼女の倉庫を見たときには何人殺したんだと、そして町から消えている女性は全てメアリがやったのではないか。そうでなければ人数が合わないと感じたのだとか。瓶を渡したときに詳しく話さなかったこともそのせいだろうと考えていたよ。」

「それは彼女の罪の意識では?知らなければそんな気持ちにはならないと思うんです。しかし彼女は私にリーファを見せてしまった。だからすべてを見せたのだろうと、私はあの表情からは感じた。だからこそ、彼女だけを非難するのはおかしいと心から思う。彼女を送させたのは紛れもなく彼女を受け入れなかったあの世界だ。彼女を一方的に責めることは著しく平等性に欠ける。そうは思わないの?カノ自身はどう思う?」

「特になんとも思わない。私は君の考え方に興味があったのであって、あの世界がどうなろうがどう転がっていこうがどうにもできないさ。何せ、私は『あちらに行けないのだから』ね。そりゃいければもう少し身近な問題として感じるかもしれない。だが今の私にはそれはできない。だから思うも何も私からすれば、映画を見ているのと変わらない。」と表情一つ変えることなく淡々とした様子で見たことのないようなお菓子を上品に口に運ぶ。

篠崎はそうかもしれない。実体験でなければ、映画を鑑賞するのと変わらないだろう。泣くことはあっても、そのような行動もあるんだろうと思うだけだろうと同意を得ることも意見を求めることも無駄と結論した。

「しかし君は面白い。私がさっき言ったように欺かれたとは一つも思っていないのかい」

「・・・、・・・思っていない。」と疑問がないわけではないことを隠そうとしながら声を紡ぐ。

「そうかもしれないと思いながらも彼女への同情を抑えられなかったんだね。」と言いながらカノの口元にはこの時の表情がたまらないんだという気持ちを隠そうともせず、不敵な笑みを浮かべている。

「彼女が君の娘を素体に使っていたら同じことを言えたのかい?」と目を輝かせながらに問いかける。

「そ、それは。。。難しいだろう。血を分けた子を手にかけた人物は誰であっても許すことはできないだろう。どこまでも追いかけ、策を弄して陥れ、同じ以上の苦しみを与えるだろう。そしてそれは必ずだ。世間がどうさげすもうが、相手がどれだけ謝罪しようが命だけでは足りないのだから。」

「その矛盾に関しては、君はどういう答えを持っているのかな。」

カノはこれが聞きたかったことだということは一瞬で分かった。はじめからこの質問をするつもり気しかなかったのだ。

「この感覚は実験動物とペットとの違いに近いのかもしれない。実験動物もそれなりに愛情をもって接するが、無駄にかわいがろうとはしない。それで自分の心が守れるからだ。実験のためとはいえ実験動物を殺している事実はいつの間にか作業に変わっていて、さっきまで生きていたモノに対して肉の塊と考えが瞬時に切り替わることができるようになった。実験動物にはかわいいとは思いつつ断頭台に立つことが分かった上で関わる場合、私はその距離をうまく制御することができる。しかしペットとしては向こうからもこちらの心の中にずけずけと入ってくる。それは乾いた心には癒しのようなものだ。そしてそれは家族を明るくしてくれるし、こちらも家族の一員として体調を崩せば病院に連れていくし、一緒に子どもと寝ているのを見ると心が優しくなれる。そんな違いがあるんだ。だからかもしれない。何でもかんでも善悪を決めず、自分との関わりとの中で重要度が変化しているのではないだろうかと。」

「君らしい答えだ。少し予想を上回っていないのが少し残念だが、最初だから仕方ないか。」

予想を上回っていない?どういうことだ。彼女の中ではこれはただの道楽ではなかったというのか、この行為もこの質問も何かしら彼女なりの考えがあるということか。しかし篠崎にはその考えを完全に推し量ることは到底不可能であり、それを知ることで自分の存在自体にも疑問を持つかもしれない。しかしそれはやるべきことなのか、それともことの流れに身を任せるものなのか。

と考えていると、彼女は

「で、これからはどうするんだい。もうあの世界のことを深堀仕様としても君の今の様子からして思考は停止している妥当ことは見ていてわかる。とりあえず休んで、頭の中を整理するかい」と言いながら、

寝床と食事をわざとらしくではあるが、なにか、目を引かれる見えない力で目をくぎ付けにされたような気分であった。

「さぁ、今日は曲良くもないだろうから薬膳にしてみた。消化も良く、体も温まり、眠ることができるだろう。年のために安らげるよう気のの心を癒す香を焚いてやるとしよう。」というと彼女は別の部屋へと消えていった。それと入れ違いに年は25くらいと言ったところだろうか、これもまた見事に整えられた顔だちをしている。そして気品のある中にも近づくのに過度なほどに親近感が持てる不思議な女性であった。まさに容姿端麗、気品あふれる女性とはこの人のことを言うのだろうと思った。

「初めまして、私はあなた様の身の回りの世話をカノ様より承りましたユナと申します。私もあなたと同じでこの世界に迷い込み、あなたが体験した一つ目の扉の経験から、次の扉を開けることができなくなったものです。カノは私のことを気にかけてあなたに私のことはその人数に入れていないかもしれません。彼女にとって本当に長い間、様々な思いを学び、考え、刺激とともに共感を知りたいと思っているようなのですが、彼女も一人でいる時間が長かったために人付き合いが苦手になっているようです。ですが、カノは優しい子なのです。それを知らない多くの人たちが歪め、何が正しいのか判断がつかなくなり、無意識に距離を置くようにしているようです。嫌な思いをさせてことも多いと思いますが、何卒、彼女の心の濁りを取り除いてあげる手伝いをお願いできないでしょうか。」というとユナは深々と頭を下げた。心からそれを願っていることがユナのからだ中からにじみ出るように辺りを優しく、そして慈悲にも似た感覚を篠崎に与える。

「は、初めまして。私は篠崎です。私はあの扉からこの世界にやってきたもので・・・」と言いながら篠崎の入ってきた扉の方を指さす。しかしそこには扉は見えず、その扉から続いていたはずの脇行ったはずの雑木林は、何もなかったかのようだった。

「ユナさん。といったかな。申し訳ないが、少し一人にさせてもらないか。」篠崎が何とか絞り出した言葉は言葉にならない声、か細く弱り切った心から発した言葉であると察したユナは返事もせず、そのまま頭を下げ、奥の方へと気配を消した。篠崎はそのことも見ることもできずカノに言われたことを何度も何度も反芻する。

間違いなんて初めからなかったのではないか、生まれの不幸を子どもは選択できない。親は勝手に子どもを産み、自分のエゴに応えるように教育する。そうさせたのは紛れもない彼らを取り巻く環境であり、それを形成する人、村、町、国家である。その全てに阻害されたメアリの産まれたのはそんな世界だ。

そんなメアリを誰が責められよう、そんなことできるはずがない。法なんて言うのは万人に向けて発布されたものであって、そもそもその企画から外れるメアリにはあろうがなかろうが関係なかったのだ。さっき私はカノに自分の子どもが被害者であったのならと言われ、感情的に激怒すると答えた。しかしメアリはそもそもそんなことすら教えてもらえなかったのではないか、にもかかわらず、賊や商人から得た知識から人を手にかけることの罪の意識に苛まれ、自分が正しいのかどうかも誰にも相談することもできず、一人で抱え込んだのだろう。それは何よりつらいことだろう。わが子を手にかけられたとしても彼女を責めるのは心が痛む。かといって許すこともできない。しかし彼女が最後に見せた心から流した涙は本当に我慢に我慢を重ねた枷が一気に外れたからだと確信できる。そうでなければ、メアリはそんなに時間をかけることなく目的を一人で達成できたのだろう。最後の私への依頼も初めは自分のことを知らない人と話すことに対する純粋な興味と話す喜びを得たかったのであろう。そして、この人物なら少しは理解してくれるかもしれないと感じたからこそ、真相は告げずに瓶を渡し、そのあとメアリは全てを私に話した。これは最後の彼女にとっての懺悔であり、許しを請いたかったからなのだろう。」

「はぁ・・・」

酒をこれまで毛嫌いしてきた篠崎は記憶がなくなるまで酒を飲みたい気分に襲われた。そんな時ユナはやってきた。

「あの、これカノから飲んでもらうようにとのことです。何でも今のまとまらず眠ることもできないことを気にされ、栄養と睡眠誘起する薬だそうです。」というと薬と白湯を置いて離れていった。

篠崎はその言葉も本当にそうかもどうでもよかった。何なら死んでしまえればどれだけ楽だろうとさえ思い詰めている自分にも気づかず、置かれた薬を容量も確認しないまま、口に放り込み白湯で胃に流し込んだ。即効性の高すぎる薬物だったのか、意識が一気にもうろうとし始める。日に照らされた体はそのすべての悩みを浄化してくれるような優しくも慈悲に満ちた感覚を篠崎に与え続け、そのうちに篠崎は深い眠りに落ちていった








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