表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
condenced caos  作者: 朋枝悟
全てのはじまり
5/22

おかしな世界

ヘンゼルとグレーテルの世界に出てくるようなお菓子の世界が眼前に建っている。

後ろを振り向くと扉はまだそこにはあった。

しかし、よくできた世界である。何もかもが本物に見える。空気にはおそらくお菓子の家から漂ってくる甘い匂いが鼻先を刺激する。匂いのもとに篠崎は恐る恐る近づいてみる。確かにお菓子でできているようだ。(確かあの作品ではこの家のものを食べていた兄弟は魔女に食べられそうになるという話だったか)と思い出した篠崎は、木々の生い茂った中に身を隠し、兄弟が訪れるのを待つことにした。その間に万が一魔女が兄弟を食べようとしたときのために手ごろなこん棒サイズの木を探し、いつも持ち歩いている10徳ナイフで先を鋭利な状態にし、時間がたつのを待った。

 しかし一向に兄弟は現れない。この世界に引きずり込まれるまで近況で空腹であったことを忘れていたが、待っている間にその緊張感も薄れ、空腹感が戻ってきた。篠崎は仕方なく、お菓子の家に出向き、警戒を怠らないまま、壁を崩してビスケットと思われる部分を回収し、野生生物に食わせ、様子を見ることとした。動物は苦しむ様子もなく、死ぬこともなかったから篠崎も口に入れた。普通のビスケットだった。おいしいこともなく、お腹に入れるためだけのものという認識でいくつかを口に運んだ。

 そんなことをしていると、見るからに怪しげな老女がこちらに向かって歩いてきていることに気が付いた。それに気づいた篠崎は再度、森に隠れ、様子を観察した。老女は家がかけていることに気が付くと何やらぶつぶつと独り言を言うと左手でその欠けた部分に手をかざした。すると、その欠けた部分が元通り修復されていった。それと同時に篠崎はビスケットを食べたという感覚が薄らいでいった。つまり空腹が再現してきたのであった。これはたまたまなのか、そういう世界なのか考えようとしたが、空腹の篠崎には考えるだけの思考能力が持てず、この怪しい老女に相談することにし、お菓子の家の門を叩いた。

「おまちください。すぐに出ます。」と想像できなかったほどの若々しい声に篠崎は驚いた。門が開かれると年は20歳いくかいかないかの長髪の黒髪少女の姿があった。服装も派手でもなく、決しておしゃれに気を使っている女性ではなかった。しかし、そのすべてが黄金比のようになっているのか彼女はあまりにも魅力的に見えた。

「すみません、道に迷ってしまって、一日何も食べていないので道と何か食べさせてもらえませんか」と篠崎は言った。「あら、それは大変ですね。中でお座りください。何かすぐに食べれるものを用意しますね。」と彼女は屈託のない笑顔で篠崎を家に招き入れた。「ところでお嬢さんはお一人でここに住んでいるのですか」

「お嬢様はやめてくださいよ。わたしはメアリと呼んでください。それからここには私しか住んでいませんよ。」と彼女は答えた。さっきの老女は誰だったのだろうと考え、メアリに対して警戒感が強まった。その様子を感じ取ったのかメアリは鼻をこすりつけんばかりに顔を近づけて「何か見ました?」と聞いてきた。篠崎は何とかごまかして、その場を取り繕った。しばらくするとメアリが作ったホワイトシチューが出された。とてもおいしそうなにおいを放ち、ゆげだけでもお腹が膨らみそうな出来である。そこにパンをバスケットに入れて出してくれた。篠崎はたわいない会話をしながらメアリと食事を楽しんだ。

「あぁ、おいしかった。ごちそうさまです。こんなにおいしいシチューは初めてです。」とお礼をいうとメアリは「それはよかったです。何せ、あなたのいた世界では手に入らないものも入っていますのでお口に合うか心配で」と答えた。

 メアリは篠崎が別世界から来た人間であるとどの段階からか気づいていたのだ。篠崎は必死に逃げようとするが、足が動かない。

「足が動かないんですか。あなたの場合は足なんですね。前の人の場合は呼吸困難になって困ったのだけれど。」と屈託のない笑顔で答えた。そんな篠崎を見て食器を洗うメアリには不思議と命の危機を感じることはなかった。これは思考もマヒしているからかもしれないなと考えるようになってきた篠崎にメアリは「薬湯です」と前に出してくれた。「とはいえ、飲めないですよね。飲ませてあげますね。」というとメアリは薬湯を口に含むと篠崎の頭を上に向け、口づけをして薬湯を篠崎に飲ませた。篠崎にはもうろうとする頭でこのような年端もいかない女の子にキスされている感覚のみが鮮明に記憶させ、マヒしていることなど忘れるほどであった。そしてそのまま篠崎は意識を失った。

 「だいじょーぶですか?」と困った顔をしたメアリがそこにいた。篠崎はベッドに横になっており体のしびれもなくなっていた。

「何をした!?」と篠崎は感情任せに言葉を発した。するとメアリは

「異世界の人にはこの世界の食べ物がどのような影響が出るかはわからないんです。だから出たとこ勝負でした。でもおいしかったでしょ」と抱きしめたくなるような笑顔で答えた。

「異世界の人間?」篠崎はなぜわかったのか疑問だった。

「このあたりは隔離領域で、問題を持つ犯罪者か、あなたのような異世界の人くらいしかいないのです。」

と答えた。そんな物騒なところなのかと考えたが、そんなところにこのような少女が一人でいるはずがないと思いなおし、この際だと思い、すべてを聞くことにした。

「メアリさんが言う通り私はおそらく異世界から来た人間。でも悪い人間かどうかはわからないでしょうし、何よりメアリさんはなぜこんなところに住んでいるのですか。」

「そうですね。あなたが悪い人かどうかはこの建物を食べたときにわかります。犯罪を犯した人はこの家を食べてお腹を満たそうとすると死んじゃうんですよ。そんな呪いをかけました。悪いことをしていない人で異世界から来た人は食べても死にはしませんが、お腹は全く満たされないように意地悪な呪文をかけています。あなたは家を食べたけど生きている。でも空腹のままなので異世界から来たとわかりました。それから私がここに住んでいる理由でいたか。そうですね。この答えは秘密です。」とウインクしながらかわい子ぶって答えた。篠崎はあっけにとられた。(俺、元の世界で犯罪をしていたらやはりあのおいしくもないビスケットらしきものを食べたせいで死んだのか、動物では評価できないわけだ。しかしメアリがこんなところで住んでいるのは違和感がある。それにあの老婆はいったい)と思い返し、「じゃああの老婆一体なんだったの」と聞いた。すると

「それも気になりますか」というと俯き、何か考えているようであったが、顔を上げると

「あれは私です。私の変身魔法です。見ますか」というと、篠崎の返事も待たずに老婆の姿に変化した。

「これでしょ?」と話し方はメアリであり声色もメアリのものでさっき聞いた老婆の声ではなかった。篠崎が確認出来たっぽいと感じたメアリは元に姿に戻り、

「若い姿でこんなとこうろちょろしてると怖い人たちがいっぱい来ちゃって、この家を食べていっぱい死んじゃうんですよ。埋めるのも焼くのも面倒になってしまって、今では結界を張って見えないようにして、それでも気づいた人には死んでもらうようにしているんです。それにいい人でも老婆の方が安心する人と、そうではなくあなたのように隠し持った武器で殺意を持つ方もおられます。その場合はこの可愛らしい姿で再チャレンジするようにしています。そうするとやはり子どもの容姿だとよくかわいがってくれますし、気も使ってくれるので助かることも多いんです。」と笑顔で答えた。

「人を殺すことに躊躇ないんですね」と聞くとぽかんとした顔で

「どうして危害を加えに来た人間とリスクを負ってまで会う必要があります?」と篠崎の言っていることが分からないというように、こうすることが常識というように答えた。

「この世界では皆さん、そのように暮らしているのですか」と必然の問いをした。すると

「いえいえ、私は魔法も薬草も使える変わった存在ですから、町に住んでいると権力者に平穏を邪魔されるのです。それが嫌で山奥に家を構えたのですが、そうすると危ない人たちにも出会うようになり、仕方なく、今の仕様にしています。たまに賞金首とかも引っかかって意外に生活にも困らないんですよ。」

「へぇ~」といいながらもメアリが多少人格に問題があることを理解した。早めに出ていこうと考えていたところ、メアリが

「それよりもう少し、私に感謝してほしいわ。」とほおを膨らませて言い放った。

「ちょ、ちょっとまって、確かにしたけど、それはメアリが作ったシチューのせいで、無理やりキスしたわけじゃ」

「じゃああのまましびれて死にたかったの?というよりキスがどうというかより命を助けたことに対するお礼をしてほしいなぁって話だったんだけど、もしかしてキスして欲情しちゃったの?」とにやにやと見たことのない表情を浮かべた。

篠崎は恥ずかしさのあまり穴にでも入りたい気分になったが、メアリは逃がすかとばかりに手をあり得ない力で握って離さない。

「はぁ、助けてくれてありがとうございます。何か手伝えることがあれば言ってください。」というと

待ってましたとばかりに意気揚々と語り始めた。

「魂をこの瓶に詰めてきてほしいの!できれば私に似た可愛い女の子で気が利く子で。あ、髪は灰色がいいわ。まだ幼くてまだ何も知らない子がいいわ。」

篠崎はこいつは何を言っているんだと思い、聞き流してしまった。それもメアリは見逃さなかった。

「当然でしょ。あなたを生かしたのは私。私が欲しいものはあなたの命の価値と同等のものでなければ釣り合わないわ」と言った。妙に納得した自分がいるのに驚いた。

「えっと、魂とは関係のない部分が含まれていたような気がするんですが、髪が灰色などは魂に関係あるのですか」

「あるわよ。魂はその人のすべての集合にして不可視の物体。つまりその人物の声、容姿、正確、其のすべてがそのひとの魂なのよ。だからとても重要なことよ」

「それじゃあ、もしその希望に合った子どもがいて、魂を瓶に詰めるとはどうやるんですか。子どもは当然ですが、人殺しはできません。」

「そういう子がいたら、私がやればいいのだけれど、私は町に入れない。あなたのような普通に話せる同世代の姉妹がほしいのよ。あなたにやってほしいことはその子にこの瓶の縁を触らせるだけ。ただそれだけよ。あなたが人を殺すわけではないわ」といつになく真剣な顔で答えた。

篠崎はそれくらいならと街に向かうことを承知した。その際にメアリから金貨10枚を渡され、町の市民の服に着替えさせられた。そして最後に

「絶対に、ここのことは口に出してはいけないからね、この場所は秘密なんだから」と釘を刺された。

 町への道中には何かに遭遇することもなく、軽いハイキングを楽しむような気持ちであった。こんな気持ちで外を出歩くのは何年ぶりだろうか。昔は虫取りやタケノコ取りなど、色々自然の中で遊んだなぁと昔のことを思い出しながら、歩みを進めていると分厚い岩石を積み上げて作られたであろう3mはある町の出入り口にたどり着いた。ここまでの道中何もなかったためか、あまりにも不自然な町の守りに違和感を感じつつ、入場検査を受ける列に並んだ。順番を待つ間、前後の人間たちが話す言葉はなぜか理解できた。ここって日本語圏なのか?どういうことだろうか。あとで聞いてみるか。しかしそんな疑問は彼らの会話の内容によって吹き飛んだ。彼らが話しているのは血生臭い話であり、人が町から出て戻らない、変わった生き物の姿を見たなどの話題であった。何か治安が悪いのか、だからこんなに頑丈な絶壁で町を守っているのかと納得した。自分の検査の順になり、憲兵から「どこから来た?」と聞かれ、とっさに「あっちの方から来ました」と適当に指さした。憲兵には怪しく映ったことだろう。「で、ここには何をしに来たのか?」という問いが来た。先の事もあるため、旅人を装おうと考え、「観光ですね」と答えた。憲兵の顔は罪人を見る目に変わっていった。そして「持ち物をだせ」と言われ、10徳ナイフ、10枚の金貨、そして空の瓶を提出した。憲兵は声を荒げ「旅人が武装もせずに金貨10枚を持って旅をしているのは明らかな偽装だ。町に入れることは出来ん。詰め所で問い詰める。」といわれ、世界観もわからないから旅人はおかしいのか、そもそも金貨ってどれくらいの価値があるんだろうか。と考えながら、詰め所に通された。

 「実際のところ、君は何だ。旅人は嘘だろう。あり得ないお金を所持していながら森から抜けてきたと聞いたぞ。貴様、森に巣くう人を食う魔女の手先ではあるまいな」と憲兵はどなった。篠崎は「そんなことはないです。迷い込んだ森で親切な若い女性に食事をごちそうになり、一夜の宿を借りたんです。それで近くに町があるので行ってみたらどうかと勧められたので赴いた次第です」と答えた。メアリから言われたことを守りつつ、当たり障りなくかつもっともらしい嘘をついた。憲兵は服装を確認し、おそらくこのあたりの領土の服装をしていること、男を何日も泊めるわけにはいかないであろう事情も勝手にくみ取ってくれたが「なぜ、こんなに大金を持っているのだ」という問いは避けられなかった。

「旅に出ようと決めたのは私の故郷では農民になる以外に選択肢はないのですが、大きな町に行けば他の仕事も見つかるのではないかと思い、家も家財も売り払ってここまで来たのです。」と答えた。我ながらもっともらしい嘘をついたと篠崎は自分をほめてやりたくて仕方がなかった。

「それじゃあこっちの小物は?」と問われる。篠崎はこの世界には10徳ナイフはないのかと思い、さっきの並んでいた人の会話からこのあたりは治安が悪いと考えて「これは小型の隠し武器です。こうやってナイフとしてけん制するのに使います。」というと憲兵が驚きと欲しいという顔をしている。「もう行っていいでしょうか。」これをよこせと言われてはかなわない。早く離れるに限ると考えて腰を上げると」「ちょっと待て、この瓶は?」と唐突に言われ、戸惑いを隠せなかった。ジャムやはちみつを入れるに大きいが、水を入れて持ち歩くには大きすぎる。

「えと、それはですね。」そのあとの言葉が全く続かない。「水筒です」と無理を承知で答え、冷や汗がどっと出るのを感じた。「これが水筒と?あまりに大きいのではないか、旅慣れていないのか。」と以外にも違和感のない様子に逆にこちらが首を傾げる。その姿をみた奥に黙って様子を観察していた憲兵が「貴様、先ほどから挙動がおかしいな。何かたばかっているのか」と威圧され、いやいや、こんなもん水筒に使う世界ってどんなんだよって思わずにはいられないだろと思いつつ、「そ、そんなことないですよ。そこまで警戒されて何かあったのですか。」と篠崎は聞いた。すると「最近まで、人の失踪が頻発していてな。ほとんどが年端もいかない少女なのだ。しかし誘拐するにもここ以外に町の出入り口はない。だが、人が消えていたのは事実。それゆえ、部外者には厳しく検査することになったのだ。ただ、最近はそんな事件はぱったりと止まったのだから、通常警備に戻しても良いとは思っているのだが、消えた数があまりにも多くてな。協力的にした方がお互いに楽なのだ。だから、君が怪しいと思わせないようにふるまってくれることを期待して様子をうかがっていた。しかし怪しい点が多すぎる。何より怪しいのはここの土地勘がない様子なのに、水筒をもち、このあたりでは珍しい金貨を持っている。そしてなにより怪しいのは森にすむ女の家に泊まったということだ。森に女が住んでいるとは聞いたことがない。怪しい魔女がいることは聞いている。それの関係者ではないのか?」と見ていたのかと聞きたくなるような詰問に篠崎は何がおかしな世界だよ。簡単に帰れないじゃないか。帰りたいと望めば帰れると幼女は言っていたが、俺は今すぐ帰りたい気分だよと強く思った。

「きゃー、早く中に入れて」 町の外が明らかに騒がしい。聞くとモンスターの群れがすぐそこまで来ているとのことだったらしい。こうなると憲兵は入場検査をしている場合ではない。全員を中に入れ、門扉を閉め、防御陣形を形成する。

篠崎は運よく憲兵からの詰問を逃れ、町に入り込むことに成功した。

 篠崎は門の内側に広がる人の活気あふれる町に、ここはこんなに平和なのに外はとてつもなく危険なところなのか。メアリはそんな危険なところに一人で住んでいるのかと思い、世話になったので、少しおしゃれなネックレスでも一緒に渡そうと考え、雑貨屋へ足を進めた。店に至るまでにもいくつもの露店があり、客でごった返していた。そのほとんどは見たことのない果物、野菜、よくわからない獣の肉、ハーブなどばかりであった。そんなものの知識を広めつつ、雑貨屋へたどりつき、今の街の人気の商品を紹介してもらい、それがたまたま四角い銀装飾の真ん中に生八面体の鏡らしきもがはめ込まれたものであったので、それを購入し、プレゼント用に包んでもらった。驚いたのはその価格、プレゼントに選んだものは銀貨で30枚であり、店員には「奥様にですか?何かの記念日にプレゼントなんてお優しいですね。こんな高価なものを」といって金貨一枚を渡し銀貨70枚と商品を受け取った。

 さてと、メアリの注文を済ませるかとメアリの希望の女の子を探す。これだけの人がいるのでメアリの求める女の子を見つけるのもさほど苦労はしなかった。おそらくは一人で買い物に出てきたのであろうその幼女は灰色の髪をボリュームのあるシュシュで可愛らしくまとめたヘアスタイルをしており、日光を遮るためなのかハットには年相応にかわいい動物の飾りがいくつも下がっている。正直重そうに感じる。身長もおそらく5歳程度の女の子、一人で買い物に行く親孝行なできた子であろうと予想できる。メアリさんよ。この子でいいかね。と心の中でつぶやくと篠崎はその幼女に近づく。

「お嬢ちゃん、一人で買い物かい」と篠崎は声をかけた。返事もなく幼女は歩みを止めない。再度挑戦

「ねぇ、お嬢ちゃん、買い物?」と少し大きめの声で話しかけた。少女は振り向くととてもムスっとした顔で「リーファはお嬢ちゃんじゃないし、知らない人に来やすく声をかけられる覚えもないんですが」と驚くべき返事をお見舞いされた。そりゃそうだ、そりゃそうだろうな。しょっちゅう声かけられてるんだろうか、返事にも慣れてるな。どうしよう。でもかといって他の子探すのもめんどくさいしなぁ。

と考え、リーファにメアリに渡された瓶の口に触ってくれないかとお願いした。当然断られた。何でそんなことしないといけないのと言わんばかりの断り方であった。篠崎は自分の子が大きくなったらこんな風に言われるのかなぁとメンタルに大きな傷を負うのであった。しかし、メアリとの約束もあるし、どうしようかと考え、落として、拾ってもらうことにした。

 幸いにリーファの買い物は小物だけだったらしく、帰路につこうとしていることが分かる。こんなことしてわたしゃリーファのストーカーかと思いつつ、篠崎はある種怪しいが、修道士のコスプレを着込んで、リーファの前で瓶を落とし、「あっ」と声を発した。するとリーファは拾うことが当然である宇迦のように、持っていた小物を放り出して瓶を拾ってくれた。「ありがとう。それではお礼にあなたに神の祝福をと言いながら、彼女の手を取りリーファの手を瓶の縁に触れさせた瞬間、リーファの姿が搔き消え、瓶と投げ出された小物だけが残った。篠崎は瓶の中を確認するが中には何も入っていない。リーファはどこへ行ったのか、メアリは俺にはこのことしか言わなかったが、リーファが消えたことが何より心配になった。瓶を持ち、辺りの人に聞きながらリーファの家を探し、リーファの持ち物を届けることにした。家にたどり着き、ノックする。すると奥からおばあさんが出てきた。「どなた?」というと「リーファが落とし物をしたので届に来ました。」と告げた。すると「リーファ?誰だい、うちには子供はいないよ。」と言われ、婆さんぼけているのか?と考えていると「まぁ、もう時間も遅いですし、ご飯でも食べて、泊っていけばいいよ」と言われ、お世話になることにした。部屋に入るとリビングには幾枚も子どもが書いたのであろう絵が飾られている。

「この絵は」と食事をしながら聞くと老婆は「娘か孫が描いたものだったと思うのですがなぜか覚えていないのです。」といい寂しそうにしている。

食事を終え、寝室として使っていいと通された部屋はどうやらさっき話に出てきた娘さんの部屋であろうことが分かった。クローゼットには多くの女性ものの服がつるされている。娘さんは結婚でもしてどこかへ移り住んだのだろうと考え、ベッドに横になった。すると、上布団の下に何かあることに気づく。それを取り出してみると先ほど見た子どもが描いたであろう絵がいくつも出てくる。しかし、その絵はリビングで見た絵とは何かが違う。幾枚も見ているうちにおそらくこちらの言語で書かれているであろう書きなぐったようなものがいくつも出てきた。何と書いているのか気になったが、こんな夜更けにおばあさんを起こすのも申し訳ないと思い、帰った時にメアリに聞こうと思い一枚拝借することにした。翌朝、おばあさんに礼を言い、町の外に向かった。出るときは監視も検査もなく素通りできたため、篠崎は内心ハラハラしていたのがばかばかしく思えてきた。早く戻ってメアリにこの言葉の意味を聞いて扉から帰ろう。その後全く後ろを振り返ることなく町から離れて森に入った。しかしリーファのことだけが気になり、メアリに聞けばわかるかなと考えメアリの小屋まで急いだ。

 小屋の前まで行くと、リーファが「おかえりなさい」と迎えてくれた。篠崎の頭は混乱し?マークでいっぱいになった。その様子に満足したメアリは小屋から姿を見せた。

「いやぁ、やはり君はおもしろいね。いやありがとうというのが先か」と含み笑いを浮かべる。

「そんなことより、なんでここにリーファがいるのさ」加えてリーファの容姿はしているが町で会った時の感じと明らかに違う。もっと警戒されるんじゃないかと思ったんだが、今は人が変わったように愛そうがいいな。と小動物をめでるように見ている篠崎に対してメアリはまた

「君がみつけたんだろう?私の理想そのものだったよ。礼をいう。」

「どういうこと?この瓶は何なの」と聞くとこれまで見せたことのない狂気に満ちた顔で

「これはリーファの魂を私のコレクションに同化させたものさ。その瓶は私のコレクションに魂を込めるための魔道具ってわけさ。よくできているだろう。君が町であったリーファと変わらないだろう。記憶もある程度残してある。これから記憶し成長もするんだ。かわいい妹ができてうれしいよ。町で会った時より可愛げがあるだろ?」と続ける。

「確かにそうなんだけど、本物のリーファはどこへ行ったのさ」「リーファならそこにいるだろ?ね?リーファ」とリーファに話しかけるメアリにリーファは元気よく「はい、お姉さま」と答えた。

「そういう設定の子を作ったんだね。しかし魔法というものは初めて見るがこんな精巧に作れるものなんだね。あ、そうそう、何かつい最近まで町やこのあたりで変なことが多発していたらしくて入るのに苦労したよ。モンスターが来て騒ぎになったからは入れたけど、それが無かったらどうなっていたかと思うと嫌になるよ」とこぼすと「あぁ、あれか。何大したことじゃない。」というメアリに違和感を持った。「そういえば、リーファの家っぽいところでおばあさんに泊めてもらったんだけどおばあさんはリーファなんて知らないっていうんだ。町の人はみんな知っているのにあのおばあさん認知症かなんかなのかな、明らかに子どもが描いた絵が飾ってあったから間違いないと思うんだけど。」と話を変えようとし「あ、そうそうこれ、なんて書いてあるの。同じことが描かれたものがいくつもあって気になったんだ。言葉はなぜかわかるのに字が読めなくてさ。」というとメアリは「そりゃそうさ言葉が通じないと色々困るだろうと思って飲ませた薬湯にその呪法を混ぜ込んだ。しかし字が読みたいとはあなたは欲張りだね。」とどんどん言葉使いが変わっていくメアリ。メアリは紙に書かれていることには答えず、こっちへおいでと手招きし、メアリは小屋の裏から入る地下室に導いた。中に入った瞬間から吐き気のする血のにおい。新しい血のにおい。部屋中を満たすこの血のにおいは篠崎が生物実験で経験した解剖実験で部屋を満たしていたにおいそのものだ。つまりその先あるのは死体。やばい、逃げたい。と篠崎は歩みを緩めていくとメアリは「どうした。君は慣れているにおいじゃないのか。君からはいくらかの血のにおいがするよ。いい香りだよね。かいでいるだけで若返りそうだ。君はどうだい。興奮するだろう」と言われ、篠崎は答えられなかった。鼻が慣れるまでは言葉を発した瞬間に吐きそうである。最奥の部屋に着いたところでメアリは振り返って「ここだよ」といい、扉を開けた。そこには、いくつものつなぎ合わされた子どもの容姿をした死体が何体も何かの溶液に漬かっている。奥にはおそらく焼却炉とどのような技術で作られているのかわからない、あまりにも似つかわしくないコールドルーム。篠崎は部屋の異様さに絶句していたが、メアリは言葉を発した「お母さん、どこへ行ったの?」篠崎には何を言っているのかわからなかった。「だからお母さん、どこへ行ったの?と書いてあると言っている。」というメアリはもう耐えられないというように恍惚とした顔をこちらに向けてくる。

「母と子の再会となったわけか。しかし体も魂も同じところにあるとどういう感覚なんだろうね。考えるだけで愛おしいねぇ。」

「メアリが全部やっていたのか?」「そうだよ。ここにいると人と話なんてできないし、来ても君らのようなこの世界とは違うところからくる人間や、賊、モンスターばかり。異世界からくる人の中には素晴らしい臓器を持っていたり、強力な魔力に替えられる素体であったりするからまだいいんだが、賊は妹の材料にはしたくないし、モンスターなんてもってのほか。だから、いっぱい実験してやっと作り上げたのがあのリーファの素体。中はほとんどが異世界のこの世界のものが持たない生存システムを構築してある。病気もせず、健康で成長してくれる。さすがに外見はこの世界のものを利用しないと愛着がわかないから、その異物の干渉を抑えるために本当に長く時間を要してしまったがやっと完成したんだよ。そして最後に君がリーファという魂をこちらの素体に入れてくれた。君が戻ってこないうちに私好みの正確に多少調整はしたが、リーファという人間はあの素体として生きる。そしてあの素体には彼女の母親の組織が使われている。まさに親子の感動の再会だ」と抑えられない気持ちを何とか押し殺して話しているが篠崎から見るとすでに関わりたくないレベルだ。

「わたしのことどう思う?」と言われ、「変わった趣味だね。どうやってつくったの?」と何とか言葉にした。その様子をみて十分に楽しんだという感じで、「まずは部屋でお茶でも飲みながら話そうか。」

 言われるがまま部屋に移動するとリーファがお茶を準備していた。その時にリーファをよくよく観察する。継ぎ目も何も見当たらない。どうなっているんだ。町で会ったリーファそのものじゃないか。このリーファは下で見た死体とは違うのか。と考えていた矢先メアリは言った。

「君の考えはどんどんずれていっているよ」と心を見透かしたように話し始めた。

「まず、私はとてもとても悪い魔女なんだそうだ。でも仕方ないじゃないか。産まれてすぐにこの世の生きとし生けるものを何百回も殺せるだけの魔力を持って生まれたせいで、両親にも会えず、そののちに生まれた妹にも一度も会えない生活を送ってきた。そして魔力の制御ができるようになったら城から追い出されて、この寂れた小屋に住むよう言われた。誰も会いに来てくれない。お父さんもお母さんも会いに来てくれない。妹は一度だけ護衛の目をかいくぐって会いに来てくれた。しかしその帰りに賊に襲われ甚振られ、殺された。両親は妹の死は私のせいだと糾弾した。確かにそうかもしれない。でも、嬉しかったんだ。妹が会いに来てくれたこと。妹と話せたこと。妹は死んでしまったけど、そのおかげで両親の顔を見ながら会話ができたことがうれしかった。だから、妹が生き返ればまた両親は妹を迎えに来てくれるかもしれない。そう考えて、賊や、賊が誘拐した子どもたち、町から出てきた娘たちを利用してさっき見せた死体で妹の形を作ることを延々と試みてきた。でもどうしても妹にはならなかったんだ。つなぎ合わせてしまうとそれぞれの部分が個性を主張してしまうみたいなんだ。だから私は私の血を、素体になじませ魔力よってすべての意思を抑えつつ、協力して生きるよう鎖でつなぎとめることに成功した。中身も同じ要領だ、しかし異世界の臓器はいい悪いを見極めるのが難しくて困ったよ」と楽しい昔話のように語る彼女はなぜか満たされない顔をしている。「そしてやっと1つのフレッシュゴーレムを完成させたんだ。だけど、今度は心がなかったんだ。そりゃそうだよね。私から作ったのだから私の意思が継がれるんだけど、私はこうして生きている。だから完全にこのフレッシュゴーレムに気ままに妹っぽく生きてもらうためにはそれに見合う魂が必要だったんだ。でも私は町に入れないからそんな子を賊が連れてくるのを待っていても一向に来ない。そんなときに君が来たんだ。神の恵みかと思ったよ。私のことを知らず、感謝の気持ちで動いてくれる駒。まさに君は適任だった。事実君は妹のリーファを完成させてくれた。これで今度こそ姉妹でくらすことができる。わたしはこれで寂しい想いをせずに済む。もしかしたら、これを聞きつけた両親も会いに来るかもしれない。期待が膨らむよ。」という彼女の顔にはやはり狂気に満ちた中にもどこかはかなげなように見える。

それからも彼女はこれまでのことを堰を切ったように延々と話し続けた。それをリーファもにこにこと笑いながら聞いている。篠崎はつらい過去がここまでメアリを歪ませてしまったのかと思うとどうしていいのかわからなくなった。何が正解だったのか。そもそも正解なんてあるのか。そしてどうやっていたのかわからないがある程度被害者の家族に対してその人物の存在を忘れさせるよう計らっていたようである。彼女は自分のわがままで手にかけ、悲しむ家族や近しい人に対して贖罪のつもりでそのような処置をしていたのであろう。してはいけないことを理解していながらそれでも止められなかった自分を責めているから、満足したように見えても、どこか儚く悲し気に見え、それは彼女の本心であり、今後もメアリはリーファを見るたび、地下室を訪れるたび、そのような罪悪感が強まっていく本当は優しい子なのだろう。

メアリは産まれて魔力の強大さが判明した時点で殺されるべきだったのか。両親が身の危険も顧みず、国の民も守らず、メアリをかわいがることが正しかったのだろうか。少なくともメアリはずっと寂しい毎日を過ごしてきたのだろう。殺したくもなかったのだろう。おそらく、地下の死体も彼女にとっては妹を作るために必要な行為で、殺したという認識も当時はなかったのであろう。ただ一心に家族と家族らしい生活がしたい。それだけだったのだろう。それが、持つ力が強大すぎて誰しもがどのように対応してよいのかわからず、自分がケガをしないように行動した結果なのだろう。メアリは恵まれなかったんだろう。メアリはリーファを得て幸せを感じられるんだろうか。このままではメアリは時間とともに罪悪感に押しつぶされて、幸せを得ることはできないのではないだろうか。やったことは決して許されるものではないが、彼女はこの世界では幸せを得ることはできなかったことも事実だろう。彼女が求めたものは、妹との生活、さらには家族という一単位としての人並みの幸せだからだ。誰も幸せになれない世界なのか。この子は幸せになれないんだろうか。

 篠崎は俯き、涙をこらえずにはいられなかった。リーファはその姿を見てもどうして泣いているのかわからない様子で、「どうしたの?」と繰り返す。この言葉が繰り返されるたびにどんどん涙があふれてくる。メアリは「どうしてもっと早くに表れてくれなかったの?」と篠崎に大粒の涙を目からこぼしながら聞いてくる。「あなたが初めに来てくれていたら、私はそれだけで満たされたかもしれない。一緒にあなたと扉の向こうに行くことを選んだかもしれない。多くの人につらい思いをさせなくて済んだかもしれない。」と彼女の中で目的を達成したことで、一気に罪悪感があふれてしまい、それを受け止められなくなってしまったのだろう。そのままメアリは篠崎の胸を叩き泣きじゃくるまさに年相応とは思えない、幼子のようであった。篠崎はこの子も被害者なのだと感じて、わが子を抱く父のように優しく頭をなで、「大丈夫、自分をそんなに責めなくていい」と本心から出た言葉に自分自身も驚いた。腕の中で泣く子は殺人者であるにもかかわらず、どうしてもこの子にも幸せを願わずにはいられなかった。リーファはそう泣きつくメアリと頭を引っ付けて「お姉ちゃん、大丈夫。これからは私がいるから」と伝えおでこをメアリに当て篠崎に体を預ける。それはまるで本当の親子の様な瞬間だった。篠崎も自分の子どものを抱いている気持ちで、この子たちを守りたいと思うのであった。

 気づけば朝陽が差しこんで、メアリとリーファは篠崎の膝の上で眠っている。篠崎は二人をベッドに寝かせた。その間も二人は手を放すことはなく、ぎゅっと握られた手は篠崎にはやはり愛おしく思えてならなかった。本当の姉妹のように幸せそうに眠っている。篠崎は答えが出ないこの世界を後に元来た扉に手をかけた。

「メアリが寂しい想いをしませんように。もし許させるならメアリとリーファが今後誰にも生活を脅かされることなく、幸せに、妹と姉妹仲良く幸せに暮らせますように」

開きかけた扉から、緑の香りと暖かな風が吹き出してきた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ