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condenced caos  作者: 朋枝悟
全てのはじまり
4/22

人ならざる人の世界

 時を刻むものもないにもかかわらず、時が止まったかのような喪失感が二人の空間を満たそうとしていく。光が衰え始め、生きてきたものが安らかに死を迎えるような闇が空間を満たしつつあった。

「おっと、すまない。自失してしまった。彼のことを思い出すのは本当に久しぶりだったからね。正直彼とは話をするという行為があまりなかった。なんせいきなり首を絞め、銃口を向ける彼に多くのことを聞くことができなかった。

だからそれから来た残りの人には彼のことを話したことはあまりないんだよ。」

「そうなんですね、まぁ、そりゃそうですよね。殺されかけたらなかなか会話は弾みませんよね。それで彼は元の世界に帰れたのですか」

篠崎は最初の人が殺し屋かなんかだったのだろうな。と思いつつ、その彼が今ここにいないのは彼女が作った扉から元の世界に戻れたのではないかと、ならば自分も帰れるのではないか。そういえば残りもみんないない。みんなそうやって帰っていったのかと考え、彼女の「ここに来た人たちは頑張っていた」という言葉は気にかかったが、安堵の方が大きかった。

「いや、ここのどこかに埋まっている。」彼女は淡々と答えた。紅茶にミルクを入れて紅茶とミルクがゆっくりと混ざっていくのを彼女はあきらめにも似た表情で眺めていた。

「は?」意味が分からなかった。扉から出ていって、次の瞬間聞いたのは「ここのどこかに埋まっている」篠崎はどういうことか理解できなかった。

「次に扉があいたとき、彼は片目を失い、片腕を失い、その反対側の袋は魏から下がなくなった状態で、見るにも痛そうな状態で戻ってきたんだ。」彼女は混ざっていく紅茶とミルクを眺めるのを止めず、言葉だけが続けられる。

「血が鮮やかな緑色エメラルドグリーンと言っても過言ではない美しい血のいろだったな、彼は私にはめられたと思ったのだろうな。最後の力を振り絞って私を殺しに来たようだったが、私はそのころにはここの空間の扱いに慣れすぎてしまっていてね。彼の思考すら読むことができたんだ。だから、こちらも話す気がないなら仕方ないかとあきらめて、攻めて痛みが続かないように彼の首周りの空間を切断したんだ。彼は何が起こったかもわからないまま意識を失っただろうな。だが私はあの血の色があまりにも気に入ってしまってね。血を絞り出して、秘密の宝物庫にしっかりと保存してあるんだ。たまにあれをみると、採取したときから色あせることもない。こんな色の血で生きている生物がいるのかと感心したものだよ。全く、世界というものは広いんだね。」と彼女はそのエメラルドグリーンに輝く血に魅了され悦に至ったと非常に満足げに語った。篠崎はぞっとした。この幼女は死にかけとはいえ、大人の人(?)を何の躊躇もなく殺し、自分の欲しいものを集めるためには何でもする人物であることを理解した。そう、彼女自身は篠崎の知る人ではない。また一人目と彼女が言った人物は自分とは全く異なる存在であるにも関わらず、同じ人と称していること。つまり彼女はねじが外れてるどころではなく、すべてがおかしいのだ。恐ろしい存在なのだ。だが篠崎にとって情報源は彼女しかいない。彼女に対してこれまでの人生で感じたことのないほどの畏怖を抱きながら篠崎は聞いた。

「彼はなんでそうなったのか、わかるの」

「正確にはわからん、いや、当時はわからなかった。が正しいね。いうなれば私は鍵であり、君らはその鍵を使って扉の向こうに新たな世界を作るものなんだ。

これにきづいたのは10人目くらいに出会った勘のいい少女だったな。」

「彼は結局自分の世界を具体化できず、しかも殺し殺される環境を強く想像したのだろう。それが大きく表現されたのではないだろうか。彼の武器をいろいろ調べてみたが面白いものが多くあった。目には見えないにもかかわらず、全く切れない糸、何でできているのかわからない軽すぎる割に硬すぎる爪、小型の割に取り外せて、撃ってみたら10m四方が吹き飛ぶような銃、そして、波長や熱量で相手を認識する仮面、最も驚いたのはこんな完全武装の割に医療パックを携帯していたことだ。わたしはこういう人種は生きるか死ぬかの世界に生きていると思っていたから傷を治すなんて頭があるのか疑問だったんだ。彼はどうやら命が惜しかったんだねぇ。」とかわいいところもあるじゃないかというような顔を浮かべている。

「答えになってない。なぜそんな傷を。」と篠崎は聞きなおした。

「彼が求めた世界が開かれたのだよ。もしくは彼の想像した世界が不十分だったんだよ。さっき彼の持っていた武器の話をしただろう。そんな奴らが何を相手にしていたと思う。そりゃ、それ相応のものを対象にと狩りをしていたんだろう。そんな環境を想像してしまったんだろう、飛び出した先には彼が狩っていたものにでも囲まれた環境に放り込まれたか、彼の武器のイメージが強く出て、いたるところに見えない糸で自爆してしまったのか、まぁ、そんなところだろう。まぁ彼は一人目の人だったし、どうなるかも興味深かった。彼については何もわからないままだ。彼との思い出はわたしにとっては彼の血の色がこの上なく好みだったということだ。」と左手を肩あたりまで上げ、人差し指で何かをなぞるように円を描いた。するとそこにはまた揺らぐ空間ができ、彼女はそこに手を突っ込んだ。表情をみていると何かを探していることが分かった。ぱっと彼女の顔が明るくなると左手を引き抜いた。手には小瓶に入った緑色の液体。

「どうだ、きれいだろ、見たこともない色だろう?これが彼との思い出、聞こえをよくするなら形見とでも言おうか。しかし不思議だろう、ある種の劣化防止を施しているとはいえ、搾り取った時と変わらない色で固まりもしない。搾り取った死体に残してしまった血液も同じだ。いつまでもこれと同じきれいな色をしていた。これではケガをしても血は止まらないだろうにな、だから医療用具を持ち歩く必要があったのだろうね」と小瓶の口をつまみ左右に振って見せる彼女の表情は宝物を手に入れた幼女そのものだった。

「そ、そうですね。きれいな色だと思います。」とどうしても言葉をつなげることができない自分に(平常心!)と念じながらなんとか吐き出したことばであった。篠崎にとってそれは形見ではなくハンティングトロフィーではないのかと思わずにはいられなかった。一度首を絞められたことがあるにしても、死にかけで戻ってきた彼に対して、憐れみの感情は一切示すことなく、流れている血に目を奪われ、その血が欲しいという欲求に対して忠実に彼から搾り取れるだけの血を搾り取ったのだと考えると、篠崎はその光景を想像して気分が悪くなった。吐き気、いや内臓を口から引きずり出されるような気持ち悪さに意識が遠のいていくのを感じた。

 彼とはどんな存在だったのだろうか。少なくとも自分とは違う。おそらく言語も違っただろう。そういえば武器が凄かったとか医療器具を携帯していたと言っていたな。ここにまだあるのだろうか。いざとなればそれも使えるなら使わないとな。しかしあの幼女は何なんだ。会話もしてくれる。表情も様々に変化するしそれに自分自身が癒される。だがその一方で何の躊躇もなく人を殺す存在であり、彼女にとってその行為は自分の欲しいものを取っただけ、殺した感覚などないように話す彼女にはもはや様々な感情と憶測が篠崎の頭の中を満たしていた。人と極端に接触の機会が少なかったり、他の生命体と接することが少ないと、感情というものが欠落するという話を聴いたことがあったな。彼女がここにいた長い時間の大半を一人で生活してきたことを考えるとそうなるのも自然のことなのかもしれないと考え直した。しかし同時に篠崎と初めて会った時の嬉しそうな表情を思い出し、違和感をもった。人と話せることがうれしいなら、人といることもまた一人でいるより楽しいと感じるのではないか。それなら自らその話し相手を殺すことを躊躇なく行えるのだろうか。寂しさを感じないはずがない。しかし彼女の話を聴く限り、表情を見る限り、そんな風には見えない。失うことに嘆き悲しむのが普通ではないかと篠崎はまた堂々巡りを始めてしまった。その考えもまた遠のいて体の中心が温かく感じるのに末端が凍えるように寒く、全身に痛みが走っている感覚に襲われる。その感覚が強くなるにしたがって彼女の声がはっきりと明確に聞こえてきた。

「お~い。」と彼女は篠崎の頬を押したりつねったりしていることに気づいた。

そうかさっき倒れたのか、と思い「大丈夫ですよ」と言ったつもり篠崎は口を動かしたつもりだったが動かない。目を開けても彼女と空しか見えず、首を動かすことさえできない。

「いきなり倒れたからびっくりしたよ。倒れたら芝生で切り刻まれると言ったのに、どうしたのかと思ったよ。今は痛いのかい。それとももう痛みも感じないのかな。」と彼女は笑みを浮かべながら言う。「いたい」と伝えようにも声にならない。しかし彼女は聞こえているかのように

「そうか、まだ痛みを感じるだけの余裕があるのか、どうされたい?このまま死ぬのかい。それとも治療してほしいかい」と心配している様子など全くない。篠崎は「いきたい」と心で願った。すると彼女はそうかというと、いつのまにできたのかわからないベッドに移され、彼女は篠崎の上に体をゆだねる。すると篠崎の痛みは引いていき、口も動かせるようになった。彼女は

「もう大丈夫そうだな。これで満足かな。」というと篠崎から離れた。その姿はまるで真っ赤なドレスをまとった幼女であった。そして篠崎は思い出した。ここの芝生のことを、焦りを隠すこともせず、おそらく倒れていた場所を見る。真っ赤に染まった芝生だが、その先が光を帯びてルビーのような色を放っている。しかし篠崎が絶句した理由はその赤く染まった面積である。これは致死量以上の血が出てしまったのではないかと思うほどの出血量だったようだ。しかし今は何ともない、傷口はおろか、服さえもここに来た時の通りになっていた。篠崎が状況を理解するために周囲を確認している間に彼女は、人はみんなこんな行動をとるんだなぁと見つめながら、またも服に付着した血がもともとついていなかったかのように白く戻っていく。いつまでも篠崎が自分の世界から戻ってこないことに、つまらなさを感じたのか、篠崎を放置し、椅子に座ると紅茶を飲み、またどこからか出したであろうクッキーのようなものを食べ始めた。

 そのクッキーのようなものを食べ終わっても自分の世界から帰ってこない篠崎にさすがにもう待ってられるかという勢いで口を開いた。

「し~の~ざ~き~く~ん」その声はおそらく本人はどすを聞かせたつもりだろうが、何分声が高いので篠崎には構ってくれよというに聞こえた。

「あぁ、申し訳ないです。助けてくれてありがとうございます。」とお礼を述べた篠崎に彼女は満足そうに紅茶を飲んで見せた。

篠崎は倒れている間に考えていたことを聞いてみることにした。

「その彼の持ち物ってまだ残ってますか」

「いや、これまでに来た誰かが持って行ってもうここにはないな。」

同じ事を考える人が以前にここに来たのか、しかしその人もここにもいないし、彼女の言い方だと、おそらくその人物も元の世界には帰れなかったのだろうと考えた。篠崎は聞かずにはいられないという風に興味が先行した質問をした。

「彼から血を搾り取ったってどうやったのですか」やはり篠崎は自分の専門分野の理解に収まる行為なのかを確認せずにはいられなかったのだ。普通に搾り取ると言われれば、ぞうきんを絞るような印象をうける。しかしこの方法では血だけをあの瓶に入ったような血のみをきれいに回収することはできない。バラバラにしてそれらをつるし、血を回収したのか、血管から直接回収したのか、くらいしか思いつかなかったが、そのような方法で回収した血液が変色もせず、流体として存在するとは考えにくい。彼女の言うように固まらない血液を持つ生物が存在するなら、それはケガをすれば確実に失血死する脆弱な生き物であるとしか考えられない。もしかしたら医療器具の中には血液パックも入っていて、それから回収したのかと考えた。しかし彼女の口からはその予想のすべてを裏切った回答が返ってきた。

「ん?さっき言っただろう。搾り取ったんだよ。私はこの空間にいる限りは何でもできることをすでに知っていた。だから、彼から血だけを搾り取ることは容易だよ。当然、君からもね。」と自分の舌で唇をぺろりと舐めて見せた。

「搾り取ったって、そうしたら肉片やら他のものも入ってしまうんじゃ」と聞くと、「私の能力と言っていいのかはわからないが、血だけを搾り取るのは君の理解できる血を抜く行為とは大きく違うんだよ。例えば君の右手でためしてみよう」と彼女は楽しそうに伸びをした。篠崎は慌てて、

「いや、それは遠慮します。」と言うと、彼女はつまらなさそうに

「それじゃあ私の手を使うことにしようか。」と左手の手袋を外し、袖をまくり上げた。

「それじゃあ、よく見ておくんだよ」というと彼女の腕はありえない角度で曲がり、加えて回転し、骨も何もなかったかのような形状に変化した。にもかかわらず、血は一滴も垂れてこない。

「それじゃあここに血を貯めようか」と彼女は透明なガラス瓶をどこからともなく取り出すと、その瓶の底から血液らしき何色ともいえない液体がたまっていく。それは地球のモルフォ蝶の羽の様に時に煌びやかに、時にどす黒くみえるその液体が彼女の血なのだ。

「すごいだろ。血しかたまってないだろう。」と得意げにしている。

「骨だけが欲しい。肉だけが欲しいも同じようにすることができるよ」と付け加えた。篠崎は彼女は自分の知識が通用しない存在なんだと諦めた。しかしありがたいことに彼女は篠崎の血には興味は持っていない。いきなり血を取るために殺されることはないだろうと少し安心した。

「これでわかったかい。ここでは何もかもが私の意のままになる。また外の世界にも情報を拾う方法も確立してもらっている。だからまぁつまらないことばかりだが、たまに君のような会話のできる人が来ると大事に語る時間を守りたいと思うんだよ。」と言った。それは篠崎には彼女からの従者となれと言われているようにとった。間違ってはいないだろう。ご機嫌を損ねると殺されるか、ひどいけがを負わされる可能性が高い。

はぁ、と深いため息をつく篠崎を見ながら、彼女の眼には篠崎が今後どう行動するのかを楽しみにしていることを隠し切れない恐ろしいほどの願望を含んだ顔をしていた。それはまるで「つまらない行動をしてくれるなよ」という感情を言葉にしたように。



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