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condenced caos  作者: 朋枝悟
全てのはじまり
3/22

妖女との出会い

 篠崎正光、そうそれが男の名前であることを初めて男は自覚した。それまでそれどころではなかったわけではない。篠崎はそれまで自己の呼称さえも忘れていたのだ。忘れていたことにさえ気づかなかったのだ。自分が篠崎正光であることを思い出すと自分の愛した家族の名前が子ども以外全く思い出せない。両親の名前、兄弟の名前、そして妻の名前さえ忘れてしまっている。覚えているのは子どもの名前のみだ。そういえば、さっき話した二人の人物の名前も聞いていない。しかし今は自分で考えたところで答えが出るわけないと行動することにした。この間いったいどのくらいの時間を要したのだろう、扉と廊下の隙間からは香のかおりが漂ってきていた。

 扉を開き、中に入ろうとすると、体を入れた部分がかすんでいく。驚き篠崎は手を離し、部屋に入った部分を引っ張り出した。部屋が香の煙で満たされているのではない。それはまるで眠りに落ちるような感覚で部屋に入った部分がかすんでいき、感覚がなくなっていたのだ。そのときあまりの奇怪な感覚で篠崎は驚きの声をあげたようだった。

 「早く、入ってきてはどうなの。いくらはじめての経験だからと言ってあまり女性を待たせるのも限度があるんじゃないかしら、それとも下に戻って奇妙に見えた存在に部屋を変えてもらいに行ってくるのかしら」と話し方や話す言葉には似ても似つかない幼女のような高い声。その幼女のような声があまりにも妖艶で何十年も生きてきたかのような余裕を感じさせる悠々とした話し方になぜか篠崎は安心感を得た。

「すいません。ちょっといろいろと混乱していて。。。入らせてもらいます。」

と言い、その感覚が薄れていく部屋に体を入れた。体の全体が入ると体の感覚は薄れたままだが頭ははっきりしている。視界も部屋に全身が入った瞬間、煙のようなものも光とともにかき消された。篠崎はその部屋が自分がかつて利用したことのあるビジネスホテルの間取りとは全く違った。間取りというよりは空間自体があまりにも広すぎ、あるはずの天井はなく、太陽と思われる目が焼けるような点とおそらく月であろう星があまりにも明確にかつすぐ近くにあるよう大きさで見える空(?)が広がり端が確認できない。そして床には一面草原が広がっている。しかし草原といえば聞こえはいいがその草は1mほどあり、草のせいで部屋の大きさがわからないのだと気づいた。草は草の匂いを放っておらず、先ほど部屋に入ろうとしたときに吸い込んだあの香に近い匂いだ。

「ほら、こっちだ。あぁ、そうか、立たないとどこかわからないか。これは失礼なことをした。」と聞こえると同時に人の手がこちらに向かって振られているのが見えた。

「見えるかい。こっちだ。足元に気をつけてくれ、転んだら大変だからね。」

転んだら大変ってなんだ?してもかすり傷程度だろうと思いながら、手が見えた方向に向かって、それでもこれまでのあまりに現実離れした経験から足元に注意しながら、草をわけて進んだ。すると芝生程度の草の高さに整備された場所に出た。その先に篠崎の姿を見て椅子に座ろうとしている幼女の姿が見えた。幼女はあまりにも似つかわしくない白ベースのトリコーンハットをかぶりパールのような輝く白いドレスを着ているように見えた。篠崎は急ごうと足早に向かおうとする。

「急ぐな!」さきほどまで聞いてきた声とは明らかに違う、その声の主は全くの別人で人であるかも疑いたくなるほどの畏怖すら感じる声に、篠崎は歩みを止め、他に誰かいるのかと思い、あたりを見渡した。しかし見えるのはその幼女と彼女が座る椅子、そしてその椅子には明らかにあっていない高さの長テーブル、あとは芝生を囲むようにある草だけである。

「ゆっくりでいいから、絶対に転ぶんじゃない。君が芝生と思っているものに触れてごらん。言っている意味が理解できると思うよ」

そう言われ、篠崎はかがんで芝生に触れてみる。柔らかい、心地いい芝生じゃないか、寝転がって一回寝たら、これまでの現実に戻れないか。などと考えながら、手を芝生に沿って滑らせた。すると、その触れた部分から血が出てきた。感覚が鈍くなっているせいか痛みはそれほど感じないが、出血の量からすると刃物で指を切った時と同じぐらいにケガしている。

「わかっただろ、それは芝生に見えるがすべて極薄の金属片のように鋭利にできている。あいにく分析できる場所も装置も手に入れるには一人では何もできなくてね、私はここでこの空間の観察だけを続けてきたんだ。さぁ、では改めて、そこの椅子に座りたまえ。と彼女は続けた。その声はこれまで通りの癒しをもたらしてくれる声であった。

 篠崎が席につくと彼女は手を篠崎の手を取り、自分の体温を篠崎に移すようにその手を包み込んだ。すると出血は止まり、傷跡も残っていない、残ったのは彼女の手と服についた篠崎の血だけであった。近づいて分かったが幼女は私たちの知るような幼女の顔ではなかった、それはあまりにも美しく色白で目はエメラルドグリーンのように見えた。しかし不釣り合いの帽子のせいで顔をよく見れなかった。加えて光り輝いて見えるドレスにはしわすらよく見ないとしわは確認できない。だからこそ彼女の服についた篠崎の血はあまりにもはっきりと血がついていることがわかった。

「ありがとう、ごめんね、服汚れてしまったね。」というと、彼女はあぁ、と思い出したかのように目をとじて深呼吸のようなものをした。その瞬間、彼女の手や服に付いていた篠崎の血は跡形も残らず消えていた。目を疑うような出来事であったが、篠崎はその血が手に、そしてドレスに浸透するかのように自然としか言えないように消えていったことが少し篠崎には不思議に思えた。

「久しぶりだな、人の形をしたものと話すのは。やっとこの世界は、また新しい道を進む決心がついたということかな。ところで君はどうやってここに来たんだい。」と彼女は言った。

篠崎はこれまでのことを話、そしてそうなる前の話もした。彼女はうなずきつつ、ティーカップに飲んでも飲んでも勝手に満たされるロイヤルミルクティーらしきものを飲んで聞いていた。

「そうなんだね、君は過労か何かが原因で死んだんだね。若いのにかわいそうに」と彼女は淡々と言い放った。篠崎はパンクしかけの頭がついに爆発した。それを察した彼女は「悪い悪い、今のは嘘だ。これまで長いこと人の形をしたものと話すのは久しぶりでどうも昔、人と話していたことを思い出してついやってしまった。君の今の心境を考えれば適切ではなかったな。悪かった。謝罪させてくれ」と彼女は本当に自分以外と話すことが楽しいといった様子を感じさせながら、口元には微笑を浮かべて謝罪した。

「聞きたいことも有り余るほどあるだろう、だが、私が知るこの世界もすべてを知っているわけではないことは承知してほしい。答えられることには答えよう、手伝えることにも手を貸そう。しかし私は、ここにおそらく数百年いるし、外の世界も幾度となく歩いてみた。私も最初は君と同じ心境だったのだと思うが、今となってはこれが私の日常だ。つまりわたしの日常は君にとっての夢のようなものと感じているはずだね。」

「数百年?」

「そう、私は今恐らく1000を超える年を生きている。それでも君のように常に人の形をしたものと話ができるのはこれで33回目かな。それぐらい貴重なんだよ、君のような存在は。私は君のような存在を見つけ、協力するために君らのような存在が発生した瞬間に位置を明らかにし、であるために、そして貧弱ではあるが、遠隔守護する設備を微小虫を世界中に広める技術と、その微小虫が君らのような存在を見つけたときに、私に映像を送り、虫は仲間を呼んで君らを守るシステムを、これまでの協力者と作り上げた。そうなんだ、これまで来た君と同じ人は高い知能と何とか現状を変えようともがくことを止めない人、そして何より、人間的な優しさを持っていた。ところで君は何ができるんだい」

「私は・・・化学系いや、ライフサイエンス系の知識は深い・・・と思う、でもそれしかできないわけじゃないとも思う。具体的に何ができるとは答えられないが。。。はっきりしていなくて申し訳ない。」

「気にすることはない、逆に今何ができると答えられた人は君を入れた33人の中で10人程度だったが、日を経ることに彼らは持っていたのか、得たのか、この世界に順応しつつも、彼らの言う『彼らの元の世界』に戻ることをあきらめなかった。だから君も同じだろう。謝ることなど一つもない。」

「そう言ってもらえると気が楽になります。しかしそんなに長い年月を生きているんですか、これは何があったんですか。」

「よくある最初の質問だね、まず一つ目だが、おそらく事実だ。おそらくといったのはここには時を刻むものが何もないんだ。」と発しながら彼女は軽く手拍子をした。するとさっきまで空だったのがその一部が先ほどまで見てきた外をのぞかせた。それは映像なのか、実物なのか篠崎には分らなかった。やはりその境界は曖昧だった。そのあいまいさに篠崎はなぜかとてもひっかかったが、そんなことはお構いなしに彼女は続ける。「だから私はあのホルスとアヌビスが沈んでまた昇ってくるのを一日としたらということだ。なんせここでは季節もなければ、天候の変化もない。ずっとこの環境が繰り返される。唯一動くものはあの二つが見えなくなったり昇ったりするということだ。まぁ、あの二つが同じ時間でその動きをしているのかさえ、わからないんだけどね。だから、実際にはどれくらいの時間がたっているのかわからないんだ。その繰り返し回数を一日と定義するなら、それぐらいの年をここで過ごしていることになる。」と彼女は空の境界から見える二つの月を指さしながら一つ目の回答だよというようにこちらを見ていた。篠崎は腕時計を確認する。秒針が動いていない。携帯の時間を確認しようとする。携帯は動いているが、時計部分は全て9の文字で埋め尽くされている。最近の携帯は電波式だから、拾えないということだろう、すでに更新時間を超えてしまったために時間が不明となったのだろう。

「時間がわからない。。。そうなんですね。しかしなぜそんなに長い時間を生きれるんですか。しかもそのような容姿で」と篠崎は尋ねた。当然であろう。幼女に見えるこの女性は話し方も年相応の話し方ではないし、何よりも先ほどから見せる不思議な力はなんなのか、彼女は人間なのか。そんな疑問が多すぎる中で最も率直な質問をしている自分に自分自身も驚きを隠すことができなかったが、それでもそれを聞かずにはいられなかったのだ。

「そう思うよね。でも残念なことにその答えを私自身持ち合わせていないんだ。これまでに出会った他の32人は皆いろいろな形の最後を迎えてここを去っていったよ。でも私はどこへも行けなかった。もっと言うとこの空間から出ることさえできなかった。」と彼女は悲しそうな声で答えたが、寂しさを懐かしむような顔をしながら、それでもそれがごく当然であるかというように彼女は紅茶を飲んだ。

「それで二つ目はこれで何があったのか、だったかな。それももう予想しているだろう。そうなんだ、私にはわからない。なんせ気づいたときにはここにいる。そして他の人間が出入りできる扉を私は通過することができない。できることはさっき見せたようにこの空間の演出を変化させることくらいのものさ。あぁ、後は外に君らのような存在を感じるための虫との感覚共有もかな。」

と言いつつ彼女はぱちんと指を鳴らして月の覗いていた部分を空に戻した。

 篠崎は幼女の容姿を持ちつつも、もはや不死ともいえる時間を生きてきた彼女に対して本来は恐怖を感じるはずだが、篠崎は違った。篠崎は喜びを感じていたのだ。この世界についておそらく最も多くの事を知っている存在に出会ったことに対して、またいろいろな表情を見せる幼女に対して、そしてその幼女は友好的に接してくれていることに対して、大きな安心感を得たからだ。

 とはいえ、彼女があまりにも不可思議な存在であることには変わりはない。篠崎はわかったようなわからないようなあいまいな相槌を打ち、紅茶を口に運びながら彼女をもう一度観察した。彼女は身長はおそらく120~130cmくらいだろうか、その幼女らしい身長をしており、その身長の半分くらいの高さをしているのではないかと思うような本当に不釣り合いな帽子をかぶっている。そして着ているパールのように光るドレス、しかしこのドレスは白いのではなく、透明な何かで何重にも重ねて縫われているようである。だから彼女が動くたび、ドレスの周りには違和感のある境界ドレスとその他との間には揺らぎがあったのだと気づいた。篠崎はそのドレスに触れたくなり手を伸ばすが、すかさず彼女は発する。

「いきなりセクハラかい?しかし幼女趣味とはいやはや子持ちの父親としてはいただけないな」その言葉に篠崎は冷静さを取り戻し、

「申し訳ない、あまりにも変わった生地のドレスなので、どういう作りなのか見てみたくなってしまいました。」

「あぁ、そういうことに興味を持った人間は君が初めてだ。触りたければ触ればいい。なんならそのついでに体に触れても構わんよ」と彼女はいたずらを促す楽しみに満ちた、性的衝動をも誘起させてしまうような表情で、しかもわかっていての行動だろうが、顔を不自然に近づけ息が顔にかかるように言うのだ。そしてその声に乗せて運ばれる匂いは篠崎を惚けさせるには十分すぎるものだった。篠崎が歳にも似合わないような慌てぶりに彼女は満足したのか、篠崎の手を取り、自分のドレスに触れさせる。何かがあるのに全く目に見えない。まさに透明の布がそこにはあるのだ。それはいかなる方向にも伸縮性を示し、非常に薄いものであった。これが白く見えるためには何枚の布を折り重ねているのだろうと思いながら作りを調べていると

「多いところは約1500 枚だ。末端は500から1500枚程度の部分が波打つように組み合わされている。珍しいドレスだろう。」と今度はとても満足げな表情を浮かべている。しかし篠崎の思考回路はそこで止まるようなことはない。もしこれが透明なら、夜になればこのドレスは全く確認できなくなるのではないだろうかと。

「ここの部屋にも夜や昼というのもがあるのですか」と篠崎はたずねた。純粋な知的好奇心から出た問いであったが、冷静になると何を聞いているんだと聞いたことを恥ずかしく思った。

「ここの部屋から出れば、おそらくそれはあるだろうね。しかしここはいうなれば、空を照らす光は部屋の照明と変わらない。つまり、残念ながら昼も夜もない。だが作ろうとすれば作れるというのが正しい答えかな。だが、君にはここの部屋の照明操作はできない。それに君が想像した通り、この服は真っ暗であればおそらく私の身体を隠すことなどできないものだろう。だが少しの光源があればこの服は服として視認できる。それは人が見えないような明るさでさえ効果があるようだ。だから君の期待には応えることはできないんだよ。ごめんね。」と彼女はまたいたずらっぽく笑った。篠崎にとって1500枚重ねているのにこの着太り感のない胸、腰回りに驚きを隠せずにいた。さすがに篠崎がいつまでも何も発することなく服を触り続けるので、いい加減この話は飽きた。というように手を振りほどいた。

「それで!聞きたいことは他にあるだろう。いつまでじらすのだ。」

と幼女は子どもっぽくほっぺたを膨らませながら言う。篠崎は「これまでにも32人と出会ったと言っていましたが、その人たちは今はどうしているのでしょうか。」幼女は一番に聞くのはそれだろうとでも言わんばかりの顔を作り「それだろ?人の服に興味を見せるそのずぶとさというか、興味に忠実な態度もいいが、君のこれからにもかかわることだ。早く聞くのが大半だったぞ。」

「すみません、どうも性分なようです。」と自分の性格の嫌な部分を思い出さされ、委縮する篠崎を見ながら、彼女は語り始めた。

「まず、断っておくが、私はこの部屋以外での記憶がない。このことはもう伝えたな。以前の記憶とやらもなく、この姿でこの空間で目を覚ました。この空間が部屋であることは最初に出会った人から聞いて、おそらくここは部屋であろうことが分かった。しかし入るときには想像もできないほどの広さがあるようだ。実際私もこの部屋にたどり着けたことはないほどだ。

 その最初の人は君とは違って、意思疎通ができるが容姿はそれは恐ろしいハンターの様だった。身の丈は2mを優に超していたかな。武装もすごかったな。何が獲物なのかと尋ねたら「生きているものづ全てだ」と言われたときにはさすがに私も殺されると思ったほどだ。しかし彼は私を殺すと元の世界に戻れない、それは彼の欲求を満たすことができないから協力して元の世界に戻してくれと言ってきた。」幼女はそれが数百年以上前のことであろうが昨日のことのように鮮明に記憶していることに篠崎は恐ろしさを感じた。

「その男のおかげでこの空間意外に世界があること、そこには人が住んでいること、しかしここにたどり着くまでにはすでに過ごした世界があったが、やはり、君の言うような似て非なる世界だった。特に彼は動くものは透明のモヤに見えたらしい。切り殺そうとしたが手ごたえはあるが、殺した実感は得られず、満たされない。といっていたな。」

(なんだ、一人目は殺し屋なのか、猟奇殺人犯?いきなり一人目がそれって・・・)と篠崎は一緒にならなくてよかったと思いつつ、彼女の語りに耳を傾け続けた。

「彼は片手で私の胸ぐらをつかみ、つるし上げ、肩についた銃口をこちらに向けて、「元の世界に返せ」と言ったんだ。だが、彼に会うまで外の世界の存在すら知らなかった私には何かできるのか、こんなことになるなら、この空間をもう少し散策し、色々試しておけばよかったなと思った。だから彼にはさっき君に話したはことをそのまま伝えた。すると彼は私を放り投げ、彼が入ってきた扉の方へ戻っていった。それから何日間かが過ぎた。その間、私はこの部屋でいろいろ試してみた。すると私は思うがままに望むことができることを知った。だから、この力を使って彼の望むことをしてみたいと思い、彼の後を追うことにした。彼が出ていった扉の向こうに何があるのかにも興味があったからね。しかし私にはその扉はどうしても開けることができなかった。そんな時に彼は戻ってきた。当然扉は開き、私の顔面に直撃したのだがね。彼は力が強すぎて大量に血が噴き出たのを覚えている。当時はそれは焦ったよ。なにせ初めての経験だったからね。死ぬと思ったよ。」その話す内容とは裏腹に彼女は本当に楽しかったと言わんばかりに足をばたつかせた。

「いや、笑えないですが、大丈夫だったんですか、彼が治療をしてくれたのですか。」と篠崎を事実を知りたくてたまらなかった。

「いや、彼は私を見て血が沸く興奮を感じると言っていた。それほどまでに何かの血を見たかったのだろう。そりゃ私もB級映画並みに血が噴き出しているのに意識ははっきりしているし、痛みもなかったんだ。でも彼も視線にだんだん腹が立ってきて、自分で治療した。さっき君の手の傷を止めたみたいにね。彼は満たされたのか、これまでのことを話してくれたよ。この部屋を出たが結局モヤのいる世界に行けるだけで、星中調べたが帰ることができなかったらしい。そして彼もあのホルスとアヌビスが見えることを話してくれた。」

篠崎の世界と共通するホルストアヌビスの存在、そしてモヤと人影という違いがあるのか、まぁ残り31人分の話を聴けば、その辺りも確証がもてるかもしれないなと篠崎は思い紅茶を飲み、今までのことを頭の中で整理する。その間も彼女は話し続ける。「そんなに血に飢えた彼がどうしても帰りたいようだった。何せ、私に助けを求めるほどだったのだから。その姿をみて何かできないかともう一度考えることにしたんだ。私は扉を開けないし、開いていても出られない。出れるのは彼だけ。しかし私はこの空間の中では何もかも意のままに操作できる。ならば、彼のいう彼のリアルな世界につながる扉を作り出せるのではないかと考えたんだ。」と彼女ものどを潤すために紅茶を口にした。

「結果から言うと扉を作ることはできた。彼の話を聴いて彼の世界を想像しながらその扉を作った。彼がその扉を開くと真っ黒な霧が視界を遮っていた。でも、彼は迷わずその扉に飛び込んだ。私も自分が出した扉なら通れるかと思って試してみたんだ。でも彼は姿を消し、私は扉の裏側に出てこの空間から出ることはできなかった。この時、私はこの空間から外に出ることはできないんだなと納得した。」という幼女は篠崎の目からは少し悲し気な空気が幼女を包むように見えた。

 「私はここからでられない、しかし彼の希望に少しばかりの手を貸すことができる。私は何なのか、私という存在は自分でもよくわからないんだ。私は君らの言う世界を知らない、その世界にも行けない。それにこの世界で長く生きているせいか、ここが私の現実なのかもしれないとさえ思う時がある。でもね、彼に会って扉を作り、彼がその中に消えていった瞬間、私はこのためにここにいるのかもしれないなと思った。君らのような人と話をし、ともに生活をすると君らの話す、帰りたいとあこがれる世界に彼ら自身帰れるかどうかもわからないのに、あるのかないのかもわからない可能性に希望を持つ姿を見ていると歯がゆいんだ。だがそれと同時にそれが可能かも試してみたいと思うんだ。それを繰り返せば、私はここに来る前のことを思い出せるのではないかと、それを手にしてみたいと思うんだ。だから私は君らの手伝いをしたんだ。」

そういう彼女の眼の奥底には絶望としかいえないような濁りに濁ったものが渦巻いていた。


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