願望成就
「準備はできたか。いろいろと部下と調査をしてくれたようだが、今日実行できるんだな。」
とボスは相変わらずの態度で突然現れた。
「問題なく」
と篠崎は答えた。
「それならば、今からやってもらおうか。」
というと、あのアリに篠崎を背負わせると実施場所としているところに移動した。ボスは
「ここで、その世がひっくり返る瞬間を見れるんだな。楽しみだ。」
という。篠崎はアリに
「すまないが忘れ物をしたから、取ってきてもらえないだろうか」
とお願いした。当然これは事前にアリを非難させるための合図である。アリは自責の念でも感じているのか震えるのを隠し切れないように何も言わず、立ち去っていく。それを見ていたボスは
「何だ、必要なものを忘れたのか。次はないぞ。」
と脅してくる。そういうのも予想の範疇だった。再度カバンを確認する振りをして
「あ、探し忘れていたようです。彼には悪いことをしてしまいました。彼も見たかったでしょうに」
と篠崎は言うとボスは
「そうだな。だがこれから起こる光景は私のみが記憶に残して置けばいいと思うんだ。」
その言葉にはボスなりの責任を詰め込んだように感じてしまった。篠崎はボスはボスなりに自分たちの幸福を望んだ結果、今回の極論に走ってしまったのだろうか。と考えてしまった。
「そうだ。仲間がどう思っているかわからないが、私はこれまで重力に縛られる存在は劣等種としてこの世界に存在してきた。しかし、その環境に慣れていく我らの意識変化に恐怖を感じた。自分たちはこのまま劣等種として生きていくことに何の抵抗もなく生きていくことを許容するようになるのは耐えがたいのだ。」
「そんな思いがあって、なぜ全滅を目指すのですか。多少の威嚇で考え方が変わるならその方が良いのでは。」
と聞くとボスは続けた。
「我らの中に我らが劣等種であると認識しているものも少なからずいる。それはおそらく上層でも同じだ。上層の中にも我らを劣等種として認識している存在はいるだろう。むしろ多いだろう。何せ向こうはトップがその考えを持っている。それに連なるものがそれを当たり前と考えているのは行動を見ても明らかだ。残念だが、自分で考えるだけのものは少ないんだが、その中でトップの言うことを聞いている方が安泰で、自らは何の責任も負わない場所でいる存在こそがこの世界には不要なのだ。しかしそれらをピンポイントで殺していくことはできない。だから、平和に暮らしているものには虐殺者とののしられてもいい。私だけが一人で実行したと生き残りに見えるようにするために多くの仲間も犠牲にするんだ。全ての犠牲者の敵は私一人に向けねばならない。さっき君があれを離してくれたことには感謝している。」
余りにも意外だった。これまでの行動の全てが自分のみの単独行動と見せ、仲間にも他の種にも敵と見られる唯一の存在となるための布石であったのだ。
「そうだ、これを成せば君の好きにしていい。もちろん君が知りたい私の生体についても好きにするがいい。それが私にできる唯一のお礼だ。これまでの無礼を含め、それで納得してくれるとありがたい。」
「知っていたのですか」
「あぁ、君は利得で私や他のものに影響を与えようとはしていない。あれを逃がしたのを確認して安心した。悪いが君らがしている契約も知っている。しかしそれは私ではなく彼らの選択によるものだ。その内容は私からすれば甘い夢物語だが、実現するなら誰もが変われるだろう。」
やはりアリとボスとでは思いや最悪の想定の差が歴然。むしろアリの望む世界は篠崎からしても甘いものだ。篠崎でもある色に染まったもの、染まりかかったものは全て切り捨てない限り、何も変わらないと考えている。篠崎がアリの言葉に何も言わなかったのは自分の生活に何の影響もないためだ。所詮他人事だった。だから何も言わずに了承した。しかしボスの本心を聞いた今、彼らにはこの世界しかないことを改めて認識し、自らの考えを恥じずにはいられなかった。
「頼まれたことはやるよ。ただ、あなたは死ななければならない。それでいいのか。」
と篠崎は覚悟を敢えて確かめる。
「当たり前だ。君にはすべての憎悪が私に向くように計らってほしい。そのために君が私に何をしようが私は抵抗しない。」
これまでに耳にしたこともない澄んだ、そして悟ったような言葉だった。
「わかった。その望みは責任をもって叶える。あなたを理解できていなかったことを許してほしい。」
「つらい想いをさせることになったようだ。だが、異世界から来た君には真意を伝えるのが礼儀だと思った。もしその辛さを私の身体で埋められるなら、切り刻んでくれ。もともと君は実行の際に私を殺すつもりだっただろ。それでいいんだ。」
何もかも知った上で壇上で憎悪の対象として散る覚悟を見せるボスにはもうかける言葉が見つからない。
「さぁ、始めよう。この世界の大改造の始まりだ。」
とボスは言うと篠崎に音響爆弾と炸裂弾の二つを渡すように促す。篠崎は言われるがまま手渡した。
「まずはこっちの音響爆弾を真上に投げてくれ、その後もう片方を同じように投げてくれればいい。」
と篠崎は説明した。
「分かった。では君はそこのくぼみに隠れておけ。その上に私が覆いかぶさるからその後行動に移す。それでいいか。」
篠崎は返事ができなかった。止められない自分、何が正しいのかもわからない自分。それぞれの思いが交錯した状況で篠崎の考えとは関係なく時間は進んでいき、計画が実行に移される。
篠崎の心の揺れを痛いほど感じるカノは未だにユノの声も聞こえてこない。許容できるか自分の欲望のまま行動するのか、またそれ以外の行動原理で対応するのか、興味津々というより幸せを願う不憫な子どもを見る母親の気持ちに近いように感じる。
「篠崎、君は期待に上回ることをしてくれるんだろうか。もしそうなら、きっとユナは救われる。そしてもしかしたら君も」
という声がこぼれた。それを音として耳にしたユナは
「大丈夫?」
と顔を覗き込む。そこに気づいたカノは椅子をひっくり返すほど驚き飛び起きた。その慌てようはあまりにも似つかわしくない可愛い幼女そのものだった。
「いたたぁ。びっくりするじゃない。ユナ」
というとユナが涙目でカノを抱きしめる。あの芝生に倒れこんだカノをユナは膝をついて血まみれになりながらも手を芝生で切り刻まれても気にせず、傷つき赤い温かい血で覆われた手で、腕でカノの体をきつく締め付ける。ゆっくりとカノの服が赤色に変化していく。しかしその赤は血の色とは程遠く感じるほど透き通りアレキサンドライトのような透明度のある優しい赤で満たしていく。
「ユナ、すまないな。心配をかけたようだ。」
とカノはユナの頭をなでる。ユナの血はとめどなく涙と混ざって、容赦なくカノの服を赤く赤く染めていく。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。篠崎はカノとユナのために頑張っている。ユナは自分ができる最大の癒しを私と篠崎に与えようとしている。しかし私はどうだ。ただ祈っているだけだろうか。一番動いていないのは自分自身ではないだろうか。しかし私は行動に監視と制限がある。どうすればいいんだ。こんなお飾りの私に何ができるというのだ。
「起きよう、ユナの怪我がひどくなってしまう。」
と言い、体を起こして、少しついた砂を払い落とし、ユナを椅子に座られる。そして服を奇麗にする。
「ありがとう、ユナ。君が近くにいてくれてよかった。」
そうだ。出会いはどうであれここにはユナがいてくれる。支えてくれる存在がいる。
「こんなに嬉しいことはない。終わっている生かと思っていたがまだまだ終わっていないかもしれないな。諦めるのはそれからだ。」
「ユナ、甘いロイヤルミルクティーとクッキーをお願いしていいかな。」
「分かりました。私も一緒にいいですか。」
「もちろんだよ。」
ユナは自分の家の方に向かっていった。それを確認したカノは再び篠崎の様子を覗きみる。
閃光とともに耳障りな高音が大音量でなる。次いで爆発音とともにあたり一帯に爆風をまき散らし、視界は綱埃でいっぱいであった。しかしカノから見たその全体像は漆黒の闇に咲く一輪の花の様だった。おそらくは巻き上がった砂は漆黒の中にも飛散しているだろうが、反射もすることなく、その空間に飛び出したものは全く視認不可能であった。それがあまりにも奇麗に映り命の輝きのようにさえ見えたのだった。あの中で無数の命が消えていっている。それを美しいと思う自分に異常性を感じるカノは
「私も同じか。」
と誰に聞かせるわけでもないように声にする。篠崎の姿は未だに確認できない。巻き上がった砂は重力が軽いためか、落ち着く気配が全くない。
「これは少し落ち着くまで彼も何もしないだろう。ユナの心配も解消しないといけないな。ユナとの時間を楽しむとしよう。」
と意識を戻すカノに向かってユナがティーセットを持ってきている途中だった。その顔には喜びが表れているが、どこか不安を隠しているようにもカノには映った。そのユナがテーブルに茶器を並べていくのを眺めているとユナがそれに気が付いて
「どうしたの?このお菓子じゃなかった?」
というユナにカノは杞憂かとも思い、深読みすることを止め
「いや、これがいい。さすがはユナだな。ありがとう。」
と伝える。ユナも席について二人のお茶会が始まる。
「篠崎さんは大丈夫でしょうか。カノは見ていたんでしょ。」
とユナは心配していることをなるべく隠すように単調に述べる。
「彼は安全だと思う。私の想定外のことも起こってしまったが、何とか乗り越えてくれたので安心している。あとは拾い上げるだけだ。心配なのか。もしかしてユナは篠崎のことを」
とニンマリとした顔でユナを見つめる。するとユナは顔を真っ赤にして、手を突き出しこれでもかというほどに否定する。その行為がカノにはあまりにも可愛く見えた。
「心配いらないさ。彼はもうじき返ってくるだろう。」
と答え、茶を口にしながら空を見上げる。
「それにしても、少し天気が良すぎるか。もう少し雲を増やそうか。」
というカノにユナは
「雲を増やすのはいいけど、曇りにはしないでね。やっぱり私は晴れが好きなの。」
と答える。わかったと言うようにカノは天候を変更する。加えて涼しい風が吹くようにも手を加えた。
「気持ちいい天気だね。このまま日向ぼっこでもしたくなるね。」
と満面の笑みでユナは答えた。カノはそれを聞き、ロッキングチェアを二脚創造して、二人で日向ぼっこを実行することを提案した。ユナはそれに反対することなく椅子を隣に並べて一緒に寝ようとする。これならユナに心配かけずに篠崎の様子も確認できるなと考え
「じゃあゆっくりしようか。」
と横になる。横で目を閉じて、風がユナの髪をなでるように吹き、気持ちよさそうに顔をしているユナがあまりにも可愛く映る。
「彼女のこれからも篠崎にかかっているのか。私は・・・無力なのだな。」
と手を伸ばしテーブルのティーカップの縁に触れる。
暗闇の中で砂の混じった突風が篠崎の顔を容赦なくたたきつける。上にいるボスがゆっくりと体を寝そべらしていく。篠崎は静かになったのを確認すると、ボスを動かそうとボスの腹であろう部分を強く押す。しかしいびつな凹みに体をうずめたせいで腕に力が入らない。それでも懸命に動かそうとしていると切れ切れの声ならぬ声が脳裏に響く。
「き み の フ で わ た の ら さ いて れ。」
ん?と篠崎はそれがボスの声だとはわからなかった。それほどまでに小さくかすれた声だった。それでもその声は繰り返し篠崎の頭に響いて言葉になっていく。それを篠崎は声に乗せる。
「君のナイフで私の腹を割いてくれ」
それを聞いたボスは次に感謝と謝罪を述べる。今すぐにでも途絶えてもおかしくないような声はすでに音にしか聞こえない。
「そんなに気にしなくていい。こちらこそあなたを見た目だけで判断して申し訳ない。」
胸が締め付けられる。久々に感じた罪悪感に篠崎は唇を噛み血が流れているがその痛みを上回るほどの後悔が篠崎の心を叩きのめす。
「後悔とは先に立たないものだな。私も今は仲間に看取ってほしかったと思う。わがままだな。やはり最後と確信すると気丈ではいられないようだ。」
やっとの思いだとわかる。どんどん生への執着が強くなっていくのと同時にそれは調子のよすぎることだとわかっているという苦しみで押しつぶそうとする自らの立場を全うしようとする矛盾に満ちた感情が言葉にのしかかっているのが分かる。
「お前なら何とか仲間を呼べるだろう。呼んでみ看取ってもらってはどうだ。」
と篠崎はボスのいうことの中で実現できることを何とか提案する。しかしボスは悩みなく答える。
「それはやってはならない。もしそれをしてしまったら、私はこの世界の全ての憎しみを背負うことができなくなってしまう。そうなれば奴らの目指す世界の弊害になるだろう。」
「そうか、辛いな。」
篠崎は言葉を絞り出す。
「悪いが、殺してくれないか。もう痛みで気が狂いそうなんだ」
「分かった。ここはきっと彼らが望む世界になるさ。見届けるよ」
という篠崎はナイフを左手に取り胸と腹の間の節部分に刃を押し当てる。そして右手をナイフの背に当たる部分に添わせる。一瞬で切断するために右腕が動くことを確認する。
「いくぞ。今までお疲れ様。安心して休むと良い」
そして篠崎の右腕が勢いをつけてナイフの背に触れ、その右手はナイフを奥へと向かわせていく。そして胸と腹が切り分けられた瞬間ボスは
「見届けてくれ。この世界の変容を」
と最後の思いを篠崎に伝え、息絶えた。




