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condenced caos  作者: 朋枝悟
歩みのはじまり
20/22

各自の利得

 時間が止まったかのように幼女を取り巻く空間のみが異様な存在感を放っている。理由は明確である。瞳孔が開き切るほどに闇を見つめるその瞳にのみ存在の全てを委ねた存在は他者から見ればあまりにも不可解で不自然で不気味で異様な存在に移る。しかし彼女はただその存在を見守っている。言葉を発することもなく、ただ彼女を優しく見つめる。それはまるで仲睦まじい姉妹の関係にさえ映る。その姉のような存在がふと空を見上げる。

「カノは今、何にそんな不安を感じているの?」

その声色はどこに届くでもなく、悲しげにも優しげにも聞こえるユナの声だった。ユナの瞳に映る空は夏空のようにどこまでも遠く、深くまでも照らし温めるように感じさせてくれる。それが今カノが求めている姿なのだと知っているユナにとって、今のカノの姿とそのカノが願うことを形にした晴れ渡る空のギャップがひと際胸を締め付ける。

「篠崎さん、カノを救って。もうこんな余裕のない姿をさせないで。おねがい。」

ユナの頬に涙がつたった。その涙は目じりを離れ、頬を伝って地面に流れ落ちていく。その姿は不治の病に侵された妹が奇跡な回復を神に祈る姉の姿そのものだった。

 

 「この事態は予想していなかった。もしかするともっと明確な世界に送るべきだったのか。しかしこれ以上の具体的な世界に送ると彼はきっと気づいてしまう。私という存在。私を含むこの世界を制する存在が何であるか。それを受け入れることはできないだろう。それにしてもすでに完結した世界に干渉する力か。これはどちらの存在が原因なのか。」

カノは篠崎が見せる光景に不安と期待を持って見守っていた。それは他者から見ると見守るや観賞という言葉では似つかわしくないものであり、監視と言う言葉が最適と誰しもが納得するようなものだった。それほどまでに瞬きすることさえためらわれるほどに目を離すわけにはいかないのだとカノは直感的に認識していた。

「まだ世界の真実に気づいてもらっては困る。そこへたどり着くにはまだ慣れが必要のはずだ。思考能力が高いというのはこれほどまでに得られる情報を如何に使うかを考えているのか。まぁだからこそ私が彼の案内役としているのだろうから、これは偶発的ではなく必然的なものだと言わざるを得ない。でも私は彼の影響だと信じたい。もしそうなら、全てを・・・いやこれは過度の期待か」

カノは根拠のない期待に背中を押されながらも、それが足元をすくわれる可能性の高いものであることも理解している。

「今はまだ状況を見る段階だ。焦るな。篠崎を信じるんだ。今できることはそれしかない」

カノは勝手に高まる拍動を抑え込み、冷静さを取り戻していく。そしてまた篠崎の行動を見つめる。

「しかしまあ、研究者の性なのか、好奇心なのか死骸に躊躇なく解体するとはさすがと言わざるを得ないな。なかなかにいい顔をしているが、話すことのできる虫というのはそんなに魅力的なんだろうか。私にはわからんし、分かりたくもないことだな。」

目を離せないことは変わらないが多少ほっとしたカノがそこにはいた。


 よくねむれたかもわからない。当然である。石の上で寝ても疲れなど取れない。そもそも寝つきも悪く、多少の異音で目が覚める体質をもつ篠崎にとって眠れるはずもなく、ただカノがこの世界に送った理由のみを考える時間だけは十分にあった。

「カノがこの世界でさせたいことは何だったんだ。昆虫に脅迫され命を簡単に奪い取られる恐怖心でも期待したのだろうか。この世界に送られてすぐのあの環境は恐怖と不安しかなかった。だからそれで終わりかと思っていた。しかしこの環境は何なんだ。もしかするとこの世界で発生する負の感情の全てを吸い上げることができるのか。だとすると私はこいつらにとっての恐怖の存在。今ここで生きていることさえ知っているものは今でも耐えがたい恐怖を感じているのだろう。」

 篠崎のこの考えは間違ってはいなかった。篠崎本人が抱く感情のみならずその世界に発生する負の感情をエネルギーとして利用することが可能であり、すでにこの世界に期待していた量は大幅に上回っていた。しかしその確証を得るにもカノに確認する以外に術がない。とりあえず篠崎は今の状況についてどう振舞うのが最も効率的かを考えることにした。

「まず、ここの連中は全てが大音量に対する体制が低い。次に所詮虫は無視程度の知能しかないこと。

これは力を誇示したあのボスの行動からも間違ってはいないだろう。その次は俺がこの空間重力下では十分に動けないと勘違いしている。くらいか・・・」

相手は知力において圧倒的劣勢な上に、自分たちは俺を飼いならすことは簡単だと勘違いしている。篠崎にとってはこの手の相手は戦略を立てる必要すらない結論を導き出す。するとやはり好奇心を満たすためにあのアリを解剖し、組織の端々まで明らかにしたいという欲求が広がっていく。

「あれだけは何とか生け捕りにしたいな。あれだけ大きいと生命力も強いはずだ。死骸では仮説でしかなかったことを実証できるかもしれない。あの人間っぽい感情を持つアリだけは救いたいことには偽りはない。だが、どう彼だけを安全なところに避難させるか。そもそも彼の判断に任せると言った手前どうしたものか。」

ゴロゴロと石床を転がって試案を巡らしていた時、あのアリが様子を見に来た。

「何やってるんだ、あんた。やっぱりこのあたりの重力はつらいのか」

という問いかけによって一つの仮説は確証に変わる。

「それほどでもないんだが、体を動かすとやはり疲れる。持ってきてもらった死骸を調べるのにどうしても体を起こさないとできなかったから、それで無理したせいかもしれない。」

と最もらしい返事をする。

「何か水か食べ物でも口にするか?へたばってしまってはボスの機嫌が悪くなってあんたにも危険が及ぶかもしれない。」

「ありがとう。じゃあ水をもらえるかな。それから答えは出たのかい」

というとアリはとりあえず水を持ってくると告げてその場を去った。足りない頭で必死にいろいろと考えたのだろうな。しかし印象からしてボスと呼ばれる存在とあのアリにそこまでの知性の違いがあるようには感じられないことが篠崎にとっては疑問だった。当然である。一般的に脳の大きさはその知性に影響する。つまり個体の大きさがそのまま知性の優劣を決定すると考えられるのだ。

「やはり興味深いな。」

と抑えられない好奇心が声に漏れる。手足をむしり取ろうが昆虫は死なない。それもうまく確かめるにはあれくらいのサイズがあると手荒に扱ってもおそらくは問題ないだろうな。と袋に入っていたナイフなどを取り出して眺める。

「何でこんなに砥いだナイフや自作だと思える手りゅう弾があんなにあったのだろう。カノが気を使って準備してくれたのか。確かに市販のものだと刃こぼれするし、切り口も汚いから助かるな。なんだかんだ不器用なだけで心配してくれているんだな。」

と天井の岩の凹凸を見ながらカノやユナの様子を思い浮かべる。

 そうしているとあのアリが水を持って戻ってきた。篠崎はその水を受け取り口をつけた。

「聞きたいことがあるんだが」

とアリは

切り出した。ん?というように篠崎は顔をアリに向けるとアリは話し始めた。

「あんたの話はうれしい。ただ、俺だけが救われても仕方がないんだ。ボスを嫌っている仲間は多い。その仲間をどうにかして救えないか。救えるなら何とかお願いしたい。都合のいい話かもしれない。だけど上層の生物を全滅させることも俺らは反対なんだ。正直なところ俺らはボスの支配から解放されて、上層の生物と平等な付き合いを望んでいるんだ。そうなれば、あんたも目的を達成することができるんじゃないか。」

驚くべきことであった。このアリはこの中での生態系が崩れることを無意識的に実感しているのだろう。ボスには少なくともそれはなかった。

「あぁ、それはおそらくできる。こちらの条件は1つはボスの身柄をこちらにもらうこと、当然もう君らの生活圏に登場することはないように配慮する。2つ目はこの部屋というかこの空間に誰も入れないようにすること。そして最後の3つ目は私がここの中の状態が落ち着く、落ち着かないに関わらず、私の拘束を解いて自由を約束すること。どうだ。悪い条件ではないはずだ。」

アリは少し考えているような、覚悟を決めたというような緊張感を放つような時間を噛みしめるように溜め込んだ息を吐き出すように決意を明らかにした。

「それで頼む。できることは気にせず伝えてくれ。この世界を公平な世界にするために力を貸してくれ。」

と地面に張り付くように低姿勢で応えるアリの姿勢は、善も悪もない誠実さだけが抽出されたように篠崎には映った。そしてこの期待に応えねばと強く誓い

「大丈夫、お願いすることは遠慮なく頼むよ。君は優しいんだな」

と篠崎は上を見上げ、岩の向こう側に見える彼らの目指す世界が現実のものになりますように。


 「方向性は決まった。当初はこっちの防犯ブザーを利用するつもりだったが、音響と爆風で下にも被害が出るようにこっちにするか。」

と篠崎は別のものを準備するのと併せて長めのナイフを準備した。そしてアリに行動中心地に人一人が填まるほどのくぼみを掘ってもらうよう依頼した。そして明日はできる限り離れて軽く出入り口を岩石で覆うように伝えた。

意外にも長く感じた一夜だった。しかし疲れを感じていない。それはこれから行う虐殺に対する恐怖なのか、ボスを解体する楽しみに歓喜を隠し切れないからか、その両方なのかもわからない。しかし成功させない以外に得るものはないと考え、成功確率を高くするために思考を巡らせる。そしてふとカノの言葉を思い出す。あの世界の支配者とは何なのか、そもそもそいつはなぜカノという存在を作り出したのか。あの孤独な環境に置く存在は何を考えているのか。今はまだよくわからないか。しかし今までの世界も最初に来たと言っていた存在、何か記憶があるような気がするんだが、不安がこれまでの経験に紐づけようとしているだけなんだろうか。

「カノ、君は一体何なんだ」





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