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condenced caos  作者: 朋枝悟
全てのはじまり
2/22

不可思議な夜

 空は夕刻を感じさせる、いやそのような赤色の空ではない。もっとどす黒い静脈血を水面に垂らした時に生じる血の赤に似ている。そしてそらには緑と青の月のようなものが二つ見える、それはしかし共に存在感を競うかのような大きさで存在している。帰ってきた道には変わらず車の往来はある。しかし信号は動いていないことに気づいた。にもかかわらず、それが正しく機能しているかのように定期的に停止と前進を繰り返していた。そしてバス停に並んでいる人影を見つけ、男は急いで状況を確認しようと駆けだした。しかしそれを見えない手で服の裾を掴まれたような感覚を感じ、振りかえった。誰もいない。気のせいか、早くあの人に話を聴かないと、と再度人影に目を向けた。その瞬間、男の足は前に動かすことをためらった。人影が本当に影のような人型のシルエットだったのだ。その輪郭はぼんやりとしていて存在が空間に拡散するような境界線がはっきりしない。だがその中心に黒々とした何かが存在しているのは疑いようもない事実だ。

男は建築物や街並みが同じである別の世界にでも迷い込んだのかと思うほど、町の建築物は男の記憶のままである。しかしそれ以外が全く違う。男は人を探した。しかし探しても人はいない。だが、先ほど見た人影がいくつもあり、そしてよく見るとそれは大きかったり、小さかったり、動きが早かったり、並んで動いたりしていて、それが人だったら何の違和感もない、いつもの帰宅時間の風景になる。「何なんだ。」男は目に見えるものが何なのか、この状況はいったい何なのか、頭痛を感じ、吐き気を催すほどの不安感が男を襲った。男は建物の壁に手をついてこれは精神性の疾患なのか。相貌失認なのか。しかしあれは脳障害が原因で起きる人がだれかわからなくなるものではなかったか。しかも表情や顔に関する部位が判別不能になるだけで、体は見えて、人であることはわかるんじゃないのか。ちゃんと読んだことはないが失顔症といわれるものだからやはり全身が人かどうかわからないのはこれに該当しないのではないか。それに精神的な疲弊でも起こりうるのか、いやこれは聞いたことはない。それとも本当に激しく頭をぶつけ、結果としてこの症状が出ているのか、ぶつけた記憶がないのは事故による健忘のためか、と頭を働かせる。しかし、自分がそんな状態にあるのかが問題ではない。ここは男のいた世界と瓜二つの建築物で構成された全く別の環境にいるのだ。なぜなら、男のいた世界には月は一つしかないし、あんなに近く星が見えるなら、双方の引力でこの景色など存在するはずがないのだ。男はその事実を忘れてしまうほど、人の存在があいまいに見えることに不安を感じたのだ。

男はバックパックに入れていたお茶を飲み、吐き気を腹の中に押し戻し、再度あたりを見渡した。相変わらずの動く人影の世界だった。それに向こうがこちらに目線を向けていることも感じる。そして普通にそれは真横を通り過ぎていく。それは男の存在をわかっている動きをする。その人影には意思があるのだと理解すると同時にその今の現実を無理やり認識しようとした。そして男は思い出した。先ほど自分の家には人がいたことを思い出した。もう一度、訪ねて彼らに聞いてみることにした。

「あ、さっきの」と男性はドアを開けて、男を家にあげた。男はやはり間取りは男の暮らしていた家と変わらないことを再確認した。男はリビングに通され、椅子に座るよう促された。それは男の知る男の家の家具ではなかった。もうこれ以上自分の家だと考えることは無駄だ。この状況を彼に聞こうと男は目的を今の現状を確認することにした。

「先ほどは失礼しました。ちょっと混乱してしまったようで、実は今も混乱したままなので、先ほどあんな態度をとってしまったのですが、どうか力を貸してもらいたいんです。」

「いえいえ、気にしないでください。私はあなたが家の前でへたり込んでしまっているのを見てびっくりしてしまって、それにあんなパニックでも起こしたように走って行かれたのでとても気になっていたんです。」男性は本当に心配してくれていたような表情を浮かべている。

「ちょっとお茶でも、飲みながらにしましょうか。家内にお茶を入れてもらいますね」と言い、先ほどのわが子と女性がいる方向に向かってお茶を入れてくれるようにお願いしに行った。おそらく、男を警戒し子どもの事も含め、それとなく席をたったのだろう。と男は考えたが、それでも家に入れてくれるこの人は、全く知らない人にも優しさを向けられる人なのだろうと自分の考えを男への感謝へと切り替えることにした。男性が戻ってきたと同時に先ほどの女性だけが姿を見せた。しかし今回はなぜか闇の中から出てくるかのような虚ろな存在に見える。彼女は会釈してキッチンで紅茶を入れ始めた。男性が椅子に戻ってきて、さてと、というように口を開いた。

「最初に自己紹介しておきましょうか。私は小鳥遊といいます。あなたは」と男は聞かれたが、すぐに答えられない。男は自分の名前が分からなくなっていることに震えた。小鳥遊はその様子を見て質問してくれた。

「もしかして、記憶がないのですか」

「記憶がないわけではないんですが、自分の記憶と今の状況が合致しないんです。それにどうも自分は自分の名前も忘れてしまっているようです。申し訳ありません。決して隠そうとしているわけではないんです。」と男は震えが声に出ないように、そしてこれまでの自分の行動が小鳥遊から見たら不審者以外の何物でもないことを気にしながら答えた。

「そうなんですか。何がどう合致しないんですか」と小鳥遊は男を不審者と考えるのではなく、力になりたいと思ってくれていることが伝わってくるように質問をした。そのタイミングで、女性が現れ、紅茶を差し出してくれた。

「ありがとうございます」と彼女に礼を言うと男は先ほどのおぼろげに見えた女性がはっきりとした存在として確認できたことに気づいた。女性はやはり妻ではなかった。彼女は「ごゆっくり」といいつつも小鳥遊に目線を移すと同時に、男にも感じられるほどの怒りを発散させた。それは男だけでなく、わが子と思った乳児にも感じさせてしまうほどだったのだろう。先ほど女性が出てきた部屋から乳児の泣く声がリビングまで響いた。すると女性は何事もなかったかのように部屋に戻っていった。

「それで、どう合致しないんですか」と自失してしまっていた男の意識を引き戻した。

「すみません。そうですね、何もかもが、というのが正しいのかもしれません。」

「なるほど」

「はい、どうも記憶があいまいで確認させていただきたいんですが、ここは横浜市でいいんですか」と男は確認を始めた。

「そうですよ、もっというとここは・・・」と小鳥遊は男の記憶にある住所と同じ住所を口にした。男は質問を続けた。

「ここにはいつごろから?お子さんも小さいようでがおいくつですか」

「5年前くらいですかね、ちょうど新築で交通の便もよくて結婚と同時にここに引っ越してきました。子どもは今一歳半ですね。親バカですが本当にかわいい女の子なんですよ。名前は穂香といいます。」と本当に幸せだというように答えた。男は自分がここに引っ越してきた時期とその理由、そして子どもの年齢と名前までも自分の記憶と合致していることを確認し、自分の存在はいったい何なのかと、自分がむしろおかしいのか、そういえば昔幽霊は自分が死んでいることに気づかず、悔いを伝えるために見える人のところに群がってくるという映画があったな。(俺、死んだのか。)とさえ考えたくなるほどあまりにも残酷な現実を受け入れざるを得ないと、その現実を飲み込むように紅茶を口にした。しかしその紅茶と思わせる飲み物は紅茶なのか、それ以前に飲んでいるのかも男には理解できなかった。

「そうですか、それではこの辺はもうよくご存じなんですね。どんなところですか」と男は間に合わせな質問をした。小鳥遊はそれでも丁寧にこたえてくれた。その答えも男が感じていたことと同じであった。

もう疑ったも仕方がない。続いて男は質問をする。

「ところでこの辺に人はいないんですか」とあまりにも違和感の大きい質問になっているが男は「あの人影みたいなのは何ですか」とは聞けず、こんな聞き方になってしまった。さすがに小鳥遊もこの質問には感じた違和感を隠し切れなかったようで、笑いながら答えた。

「ここに来られるまでにもいっぱいいませんでしたか。すぐ近くに幼稚園が二つに公園がいくつかありますし、この時間だと帰宅の学生や、買い物帰りの人とか多いと思いますけど。」さらに続けた。「それに開発も進んでスーパーやドラッグストアなどもできて交通も人も増えてしまって、夜遅くまでちょっとうるさいんですよね。」

男は小鳥遊と自分で外を動く人影の認識が異なることを理解し、やはり自分がおかしいんじゃないかと考えた。

「そうですよね、変なことを聞きました。ありがとうございます。いろいろ分かりました。」と言い、退席することにした。

「どうもありがとうございました。」と男は玄関で礼を伝え、外へ出てもう一度振り返り、お辞儀をしようとしたときに寒気で体が凍り付いた。そこには小鳥遊の姿はなく、人影が扉の内側からこちらを覗いていた。凍り付いた男を見ていた人影は少しの間、男を見ていたが男が動かないため、姿が消えるのを待たず、扉を閉めた。男は扉が閉まる音で我に返り、小鳥遊も人影だったのか。それでは女性がおぼろげに見えたりのも、もしかして女性も人影だったのかと思考停止するしかない状況に、今日は駅前のビジネスホテルで寝ようと考え、駅の方へと足を向けた。駅前のビジネスホテルへと向かう道中にも幾度となく人影とすれ違う。相変わらず緑と青の星は存在感は大きく陰りもないのに血のような赤の空はさらに血の量が多くなったような黒々としつつもそれが赤だとわかる色をしている。どうやら時間というものはあり、暗くはなるようだ。そんなことを考えながら、ビジネスホテルにたどり着いた。

空いているかななどと普通ではない世界で普通のことを考えた自分を殴りたい気持ちになった。なぜならフロントにいたのは人ではなくあの人影だったのだ。その人影はこちらに視線を向けているように感じる。そして入り口で棒立ちとなった男に向けて何かを発したのだろう。男の耳にはそれはチューニングの合っていないラジオの雑音に聞こえた。しかし男もたっていても仕方がないと腹をくくり、フロントへと向かった。フロントには宿泊者用紙がおいてあり、鍵がその奥に置かれていた。そしてそのさらに奥には先ほどまで、人影だったものが女性に変化していた。

「シングルはいっぱいなのでツインでもよろしいですか。料金はシングル料金で結構ですので」男は先ほどまでが嘘であったのだ、やっと自分はまともに戻ったと安堵しつつ、記名し、鍵を受け取った。

「それではあちらのエレベーターをご使用ください。」と言い接客してくれた。男はその対応にあまりにも安堵したのか、どっと疲れを感じ、鍵を持った手で返事をし、エレベーターに向かった。

「あ、お客様、当ホテルのチェックアウ・・・」その後はあの雑音が聞こえてくる。男は疲れで聞き取れなかっただけかと思い、どうせチェックアウトは10時でしょと言わんばかりに振りかえった。するとそこには女性の姿はなくビジネスホテルに入った時に見た人影が揺らいでいる。「は!?」と先ほど感じた安堵と疲労感など、一瞬で掻き消えた。男は走ってエレベーターに向かい、無駄とわかっていてもボタンを連打せずにはいられなかった。(早く来て)と祈り扉が開くと同時に開き切るのも待たず、乗り込み何よりも先に閉ボタンを連打し、扉がしまっていくのを確認して、部屋の階のボタンを押した。扉が完全にしまり上にエレベーターが動き出すとその一瞬の荷重に男は崩れ落ちた。

扉が開くと男は誰もいない部屋まで続く通路に何もいないことをまず確認した。通路はビジネスホテルに似つかわしくないほどに暗く、おそらく端だろうところに非常口表示だけがあまりにも際立って見える。その反対側の指定された部屋の通路に目をやると一部屋だけがドアロックでドアが開けられていて、中から光が漏れ出ているのが見えた。そう、そこが男が指定された部屋であった。どうして空いているんだ。また違う人間がいるのか。などと考えて部屋の前で少し考えていると中から幼女の声がした。

「どうした、君の部屋だろう。入らないのかい。篠崎正光君」


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