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condenced caos  作者: 朋枝悟
知っていたはずの世界
15/22

己の決意

 妻と穂香と食事をしている篠崎は、妻が穂香に食べ物を口に運ぶのを見ていた。穂香はお腹がいっぱいなのか、嫌いなものなのか、口をなかなか開けようとしない。口に何とか入れてもべぇっと吐き出す。

妻も根気強くその口から零れ落ちたものを再度穂香の口に運ぶ。

「ちょっと、それ落ちたものだから、食べさせない方が良いんじゃないの?まだ中にそんなに残っているんだから。」

と妻に言うと

「食事の前に敷いたランチョンマットの上に落ちただけだから問題ないでしょ。」

と返してくる。

「そう、ですか」

こいつは本当に理系学部の修士を修了したのだろうかとさえ思わせる言動である。基本的に部屋には無数の菌やウイルスが存在する、それは空気清浄機をいれていたとしても100%除去できるものではない。敷いた後に殺菌したとしても空気中のそれらはシート上に落ちるのは当り前のことであり、篠崎から見れば、そのマットは散らかした後を簡単にきれいにするための道具であるとしか認識していない。それが、きれいに拭いてるから大丈夫と言われて到底納得できるはずがない。

「そうかもしれないけど、まずは落ちてないモノから食べさせたらいいんじゃないの」

とやんわり言い、その後は何も付け足さない。以前にも同じようなことで突然妻が激昂したからだ。追い詰められているか、子どもを始めて育てることにストレスがかかっているのだろうから、余り何も言わないようにしよう。多少汚れたものを口にしていた方が免疫が強くなるから、そう考えれば我慢もできよう。と篠崎は自分に言い聞かすことが多かった。

妻は子どもと他人の接触に非常に偏りがあった。私や妻の父親には手洗いをしてから出ないと触るなとかいう割に、自分の子どもに会いに来た友人には手も消毒させることなく抱かせるのだ。篠崎にはこの行為の矛盾が理解できなかった。しかし、精神的に不安定になられると困ると考え、何も言わず、遠巻きに見ている。そういえばこの人の紹介もされたこともなかったな。紹介をためらうような夫なのだろうか。とは思いつつも篠崎は社会人的行動をその名もわからない妻の友人にとる。具体的は挨拶をし、ごゆっくりと言って自室に引き下がること。それが最善策だと思っていた。紹介しないということはいてほしくはないということかと考え至っていたためだ。篠崎は仕事が忙しく、それでも子どもとの時間を取りたいと考え、早く行き次ごとを済ませ、できる限り早く帰るようにしていた。そうしなければ子どもとの時間が失われるからだ。何より楽しみな子どもとのお風呂も時間までに帰らないと、私が入れると連絡が来て帰ったころにはもう寝る時間だからと顔も見れず、それでも顔が見たいと寝室のドアを開けると妻は起きてしまうからやめてというのである。

正直、篠崎は子どもができてからの妻の変貌ぶりについていけなかった。どうしてほしいのかわからない。しかし篠崎はこれも慣れてこれば落ち着くだろうと思っていた。そんな日がいつ来るかを期待し、子どもの笑顔を見ることを唯一の楽しみに篠崎は日々を送ってきた。

おそらく妻は仕事復帰を願っているのだろう。しかし、その実現性は皆無であった。二人の会社の距離はあまりに遠すぎたのだ。学生時代から付き合っていた二人は互いの会社の社宅補助の関係から篠崎の会社に近い住居に住むことになり、妻は長距離通勤を余儀なくされていた。それでも仕事に対して愚痴は言うものの、辞めたいとは一度も言わなかった。それは当時の就職活動でいつまでも決まらなかった苦い経験があるから、もう二度とやりたくないと思っているのだろうと思っていた。だから結婚しても長距離通勤に我慢していると思い、篠崎も妻を駅まで車で送ることが多かった。

 帰るのも篠崎が早く、晩食を用意するのも篠崎の方が多かったが妻も疲れからか

「そんな作ってなんか頼んでない」

とよく文句を言われていた。その時は腸が煮えくり返るほど腹に据えかねることもあれば、あんなに遠くに通勤してるんだから仕方ないかな。我慢しようか。と人間とは本当に気持ちによっても大きく左右されるものだなと学ぶ生活を経つつも、それなりに満足を得ていた。


 「・・~い。」

起こされているような気がする。穂香はこんなに話せたかな。と思いながらも

「起きてるよ」

と答えつつ、布団から出ずにもぞもぞしている篠崎に急に激痛が走る。

「いったぁ、穂香。何するの?!」

とがばっと布団を一気にのけるとその舞い上がった布団が落ちるにつれて、声の主が穂香でも妻でもなく、カノであることが明らかになる。

「カ、カノじゃないか、びっくりさせないでくれ。」

というと

「あまりにも君が目を覚まさずに何も摂取せずに眠りこけるようだから、私が、とういうよりユナがとても心配していて私が様子を見に来たんだ。」

「そうなの、そういえば、さっきは恥ずかしいところを見せてしまって申し訳なかった。」

と起きていた時のカノとの一連のイベントを思い出し、顔を赤くして謝った。

「あぁ、あれは仕方がない。君はよくもまぁあそこまで振舞ったと思うよ。」

といいながら

「しかし、どういう夢を見ていたんだ。あまりにも気持ち悪い顔をしていたぞ。」

と言われ、何か独り言を色々と口走っていたのかと心配になった。

「何かいっていた?」

と聞くとカノはニヤっと笑うだけだった。

「何を口走っていたのか教えてくれよ」

というと

「君はおそらく昔いた世界の思い出の中にいたのでないか。子どもは可愛かったかね」

というとカノはそもそもすべてを見れることを思い出し、それを笑っているのか、興味なくユナに言われて来てみたらニヤニヤしながらわらっている自分を見て、遊んでいるのかわからないが、その場合は何かを口走っていたことが脳裏をよぎった。

「何か言ってたんだな」

「そうだな。いい夢を見れてよかったじゃないか。」

とカノが珍しく優しく言葉をかける。

「そういえば気にしていたっていうユナが来ずにカノが来たのには理由があるのか」

というと

「君に襲われると少しは思っていたのではないか」

といつものカノが話す。

「いやいや、ユナはそんなこと思ってないだろ」

という篠崎にカノは少し嫌な思い出を話すように口を開いた。

「ユナがいまだにここにいる理由は聞いているんだな」

「あぁ、自分の世界の真実を知ってこの世界から他の世界に行くのが怖くなったと聞いている」

「その通りだ、ではこの世界から、他に行くにはどうしている?」

とカノは思い出させるように、記憶に刻ませるように聞く。

「ドアでここと様々な世界がつながっていてそれをカノが制御しているんだろ」

「そうだ、他の世界に行くにはドアをくぐる必要がある。しかし君の理解は少し違っている。私はドアの管理をし、つなげる制御もしている。しかし、そのつなげる行為の全てを把握しているわけではないんだ。私が主に見ているのはつながった世界の様子だ。だから、私の意思とは無関係に扉の先に別の世界がつながることがある。ユナはこの世界から出ることに人並み以上に恐怖を感じている。だから彼女の家は彼女の希望もあって私がドアの管理をしている。他が関与しないように。つまり、別の世界に飛ばされないようにと頼まれているんだ。」

「だから、この家には入りたくなかったわけか。相当にショックだったんだろうな。」

「そうなんだろうな。だからユナからすれば君の毅然とした態度は人間には見えなかったかもしれないな。」

「うそでしょ。唯一話せる人だから仲良くしたいんだが。」

とさすがに戸惑う篠崎を見てカノは笑いながら

「いやいや、今のは冗談だ。彼女自身そのことに関して君の経験を聞こうとはしないだろうし、知りたくもないことだ。彼女自身のフラッシュバックにつながるからね。まぁ聞かない理由じゃなくてここに来ない理由はドアを超えるということに恐怖がなくならないからだよ。ユナの家は私が全てのドアに関して管理しているが、君の家はそうではない。」

「なるほど、元の世界に戻るよりもここでカノといた方が幸せなのかもしれないな。まぁあの世界であれば、帰りたいとは思わないか。」

といいつつも、カノの発言に疑問を感じた。

「カノ。さっきドアがどことつながるかは制御はしているが完全ではないって言ったか」

「あぁ、確かに言ったが」

「それってこの家ではドアを抜けたら見知らぬ世界ということもあるということなのか」

と前のめりに聞くと

「そうなるな、なかなかスリルがあると思う。特にトイレに行こうとしていた時に飛ばされたりしたら大変だな。」

と我関せずという口調で話す。

「カノ、この家もそのユナの家にしているようにドアの管理をしてもらえないか。さすがに突然、一人目の人が行った世界に連れ込まれたら1時間も耐えられないと思うし。」

というと

「その代償に君は何を私に提供するんだ」

と部屋から窓の外を眺めている。

「そうだな。ちなみにユナは何をカノに渡したんだ」

と聞くと当然のように

「いや何も」

という。

「ユナには求めず俺には求めるのか」

と聞く。すると何を当たり前のことを聞いているんだとでもいうように

「因果応報という言葉を知っているか」

という。そしてさらに続ける

「もっと言うなら、君はこの世界に自ら入ってきたんだ。しかしユナは違う。私が引きずり込んだのだ。私の理解は関係なくこの世界は君たち二人の違いをそこでまず判断している。ユナは元の世界に戻したが、その後に逃げるためのルートを作り、ユナを再度この世界に入れたが、それはユナが自ら入ってきたとは判断されなかった。だから君には多くの期待がされているしそれに対してこちらも返礼をするだろう。しかしこの家に限っては完全に君への奉仕の状態になっている。これはあくまで君がこの世界で見せる姿を私たちに見せることへの返礼であり、そのための休憩所である。しかしその上にそのユナと同じ管理を私がするとなると君はこの世界の公平性を保つためにドアが別の世界につながる可能性が上がっていく。だから何かを贄として提供した方が良いと思うぞ。」

何を言っているのか全く分からなかった。この世界はユナとカノ以外にもいるということなのか。そしてその存在はカノよりも上位の存在であるような言い方だ。それはおそらくカノの都合を無視して何かをするんだろう。しかしおそらく今それを問いただすのも得策とは思えない。何よりも篠崎には未だにこの世界に関する知識がなさすぎるからだ。断片的に話を聞くのは得意でパズルをはめていくようにそれらを時系列に並べていくことも得意である。しかし、この荒唐無稽で篠崎の知識を平気で裏切るこの世界についてはその能力を使って世界観を想像するのは危険だと本能が叫んでいるからこそ、今はゆっくりとカノとユナと親しくなることが重要だと判断したのだ。

「じゃあ何を提供すれば釣りあいそうなんだ」

「そうだなぁ、何かと言っても今の君は何も持っていないだろう」

とカノは篠崎を上から下まで視線を動かす。

「お、これは。。。」

とカノは篠崎のポケットの中にあるものを出すようにいう。と言われてもあの世界で警察のお世話になった時に何もかも持っていかれて何も残っていないと思うんだがと疑問を持ちながらポケットの中を探る。

「ん?」

何かが指に当たった。それを取り出してみるとあの世界で穂香の皮を分析していた時に剥がした眼球部の表面の薄膜だった。さすがに警察もこんなものには気づかなかったのか。と思いながらカノに

「これのことか」

と差し出す。

「そう、それだな。多少損傷しているが、まぁこれで良しとするか。もし私がこれを受け取っても私が制御しきれなかったときはまた追加で何かを出してくれ。とはいえ、これも君の子どもの形見ともいえるものかもしれないが、君はこれを手放すことはできるかな」

「そう言われると大切なものであり、手放したくはないが、自分の世界に戻るチャンスを拾うためには惜しくない。」

「そうか。いい答えだ。」

とカノは満足そうにそれを受け取り小瓶に入れて蓋をして、懐にしまった。

「では、君の空間のドアの管理を担当する。」

とカノは誰かに向かって宣言するかのように声高らかに宣言した。突然にそんなことをしたカノに気圧されたのか、篠崎は腰を抜かしてしまった。

(これが腰を抜かすってやつか、腰を抜かす?腰が抜けるか。まぁこの際どうでもいいか。しかし驚くと本当に下半身から力が抜けてしまうんだな。)

と初めての経験に驚きを感じてしまった。

「とりあえず、ユナに生きていたことを報告してくるが君にはまだ話すことがある。だから紅茶と菓子でも用意して待っていてくれ。」

と新経験に驚きを感じていた篠崎を見ながらもカノはそういって部屋を出ようとする。しかし動かない篠崎に不安を感じたのか

「紅茶と菓子を用意して待っているんだぞ」

と要件というより要望を伝える。

「あぁ、わかった」

と篠崎が返事をしたので、これで大丈夫かという様子で外に出ていく。その間に篠崎はコンロに水を入れたやかんを置くと顔を洗いに洗面台に向かう。そしてこの家の居室配置が気持ち悪いことに気づく。

「何で水回りが分散しているんだ。」

といいつつ、本来ありそうなトイレ横の部屋をあけるとそこにはなぜか収納スペースそれも1mほどの奥行2.5mほどの幅のある部屋で何ならここで寝るのもありじゃないかと思うほどに心が安心する程度に大きくもなく小さくもない部屋だ。

「で、洗面所はどこだ」

と目的の部屋を探す。するとキッチンリビング和室のつながった部屋のリビングの部屋に両サイドにドアがついているのに気づく。まさかな。本来なら食品庫と別の居室になっているはずだが。。。と片方のドアを開けるとそこは予想通り食品庫(?)だった。にしては広すぎるが。他にドアもないしここはこれで終わりか、ともう片方のドアを開けるとそこには予想通りの居室がある。この部屋、俺の寝室より広いぞ。まぁ和室のことも考えると妥当な大きさか。こっちを自分の部屋にするかな。と考え部屋を見渡すとこじんまりとしたドアがついている。中は大空間なんだろうか。と収納スペースを想像してドアを開けるとそこには突き当りに洗面器がおかれそれ以外は何もない奥行き3mの謎に奥行きのある部屋に洗面所を発見した篠崎はこの配置はやめてほしいな。と心から思った。しかしとりあえず顔を洗って服を着替えないと、と急いで顔を洗い、ふき取るタオルが見当たらなかったので、来ている服でふき取り、それを脱いで、リビングを通り、自室に向かおうとすると湯が沸いていることに気づき、急いで火を止めて、なぜか様々な茶葉の銘柄がはられたガラス瓶が所狭しと棚を埋めている。しかし篠崎はティーパックに入ったものしか入れたことがなく茶器で紅茶をいれたことなどない。

「知らないものは考えても仕方がない。」

とどう見ても緑茶に使うような急須に適当につかんだ茶葉の瓶からこれまた適当に葉を入れる。そして沸騰してすぐのお湯をいっぱいまで入れる。

「さて、着替えを済まさないと」

と自室に向かおうとキッチンから出ようと視線を移すとそこには、汚いモノでも見るような目で篠崎を見るカノがいた。なんだよ要望通り紅茶をいれているのにそんな目で見なくてもいいじゃないか。またしたことに怒ってるのか。

「悪いけど、ここに慣れてなくて時間がかかってしまった。すまん。」

というと口から呪いでもかけるかのようにカノは

「その恰好はなんだ。露出が趣味なのか。あいにく男の身体には興味はないな。欲求不満なら相手をしてやらんでもないが、生存本能が先立っているのは意外に死を身近に感じているのか。」

とカノがいうと、篠崎はさっき顔を拭いたから上着を脱いで半裸になっていたことを思い出した。

「あ、いやこれはさっき顔を洗って拭くものがなかったから服で拭いて、それで濡れた服を脱いだんだ。」

というと

「まぁ、そういうことにしておこうか。まぁ君もまだ若い。ユナと関係を持つのもいいが、ユナも年頃だしな。でもここで子孫を増やさないでくれよ。さすがにイレギュラーすぎて何が起きるか私でも想像つかん。その点、私ならその心配はないし、君の希望にあった容姿で君の望む奉仕をしてやろう。当然報酬は発生するが。」

と誘っているのかと勘違いしそうなほど、近づき篠崎の腹に手を触れるか触れないかの距離で艶めかしく手を動かす、幼女。これが先日のあの女性ならば欲情していたかもしれない。でも幼女がそんなこと言ったところで、

「はいはい、ありがとう。その時はお願いするからね。」

と適当にあしらってリビングで待っていてくれるよう頼むと自室に戻り、服を着替えに向かう。その間ずっとカノの視線は急須に注がれていた。

 着替えを済ませ、戻ってみるとカノはリビングにはおらず、奥の和室でこたつに入り、豪雪地帯の雪化粧を景色にその景色を楽しんでいた。なぜか部屋は雰囲気を出すためか冷房がガンガンにかかっている。

「カノ、これでいいか。」

とさっき入れた紅茶を出し、茶葉の棚の上にあった菓子缶を取り出しそのままこたつに出した。するとカノはムっとした顔で篠崎をにらむ。

「君はお茶を知らないのか。もてなしの国を謳う日本から来たんじゃないのか」

という。

「何を怒っているのかわからないんだけど、何かまずかったのかな。」

と聞くと茶葉からの抽出時間が長いだの、そもそも湯が熱すぎるのだの、菓子の出し方も不満があったらしく、お茶の種類と菓子の組み合わせがあるのだとか、篠崎は正座させられ2時間ほど説教された。カノが気に食わなかった熱々のお茶もすっかり冷めてしまった。

「これだけ言っても君は体験しないと理解しないだろう。だから体験させてやろう」

と頭を出せと言われ、言われるがまま頭を垂れる。するとカノは篠崎の頭に手を置きまた何かを口ずさんでいる。それが終わると脳天を鈍器で殴られたような激痛が走る。がどういう訳か痛みは一瞬で引き、今までなかったお茶の知識が自分が体験してきたことのように記憶されている。正直かなり気持ち悪い経験だ。脳内を無理やりいじくられたような気持ち悪さ、乗り物酔いに似ているところがあるように思うが。

「わかったか。」

「気持ちが悪い。理解したがどうにも気持ちの悪い体験だ。この記憶があれば、一応お茶というものが作れるんだな。ちょっと待っててくれ」

というと、記憶を頼りに茶を入れ、菓子を用意し差し出した。

「ん~、まぁ最初はこんなものだろう。記憶が定着すればもう少しまともになるはずだ。」

というとカノはやっと本題に入れるというように座りなおした。

「君も入りたまえ、話は長くなるかもしれないからな」

というとじゃあちょっと待ってと冷蔵庫から水を取り出してからこたつにもぐりこんだ。

「それで話しって何」

と篠崎は何を聞かされるのか、この世界の一端を知れるのかと期待と不安が入り混じる感覚の中でカノの話しだすのを待つ。するとカノはいつも通りの単調な話し方で語り始めた。

「君は少なくとも自分がいた世界、その世界が変貌した世界、特別な子どもとの世界、生物の頂点が人ではない世界を体験してきたが、今の君は何か考えが変わったか」

というと

「あぁ、色々見てきた。信じられないことも多かった。それは認めるがそんなことがあっても俺は自分の世界に帰って暮らしたい。それは今も変わらない。だけど」

と篠崎は言葉に詰まる。カノは何も言わず菓子を食べて次の言葉を待っている。

「だけど、その時はユナを連れていきたいと思う。当然彼女が嫌がれば強要はしないができれば、彼女のことを少しでも知っている私と幸せな家庭に加わってくれれば彼女の心の闇もいつかは小さくなっていくだろうと思ったんだが」

「君は優しいな。それとも強欲なのかな。あれもこれも欲しがるとせっかく拾い上げたものさえ腕から零れ落ちるかもしれないんだよ。」

「それでも、ユナの絶望感と恐怖心を少しでも和らげたい。さっきの言い方だとユナもいつまでもここにいるのはそれはまた別の危険にさらされる可能性があるのだろ」

「やはり君はすばらしい。聞いているだけでなくその言葉の選ばれている理由を考慮して最善策は何かを解として求めている。私は正直君に今までの誰よりも強い期待を寄せているよ。だが君の要求にこたえるためには君には相当の負担をかけ君の常識など非常識な世界で理不尽さを経験することさえこの世界は求めるかもしれない。それでもユナを助けるためにやるのか?もしかした君だけが元の世界に帰れるだけならもっと精神的負荷のレベルは下がるかもしれないと私は予想するが」

「そうかもしれない。そして確かに俺はどうしても元の世界に帰りたい。だけどどうしてもユナを闇から救い上げたいんだ。」

「そうか。それで私は救ってくれないのか」

と唐突に聞いてくるカノ。

「君をこの世界から話すことをこの世界は許容するのか」

と篠崎は仮説を交えた結果としてカノをどこかに連れていくことはできるかもしれない。だがそれを永遠に続けることは不可能だ。それはさっきの釣り合う贄を必要とするという言葉ではっきりした。そしてそれで釣り合うかを判断しているのはカノではないということ。判断するのはこの空間なのだということを確信したのだ。

「君は悲しいほどに私のことを考えたうえでその結論に達したんだな。素直に礼を言わせてもらうよ。」

とカノは悲しげに言葉を口にする。

「もしカノをこの世界とのつながりを切ろうとすると何を出せば釣り合うんだ。」

「そうだな、おそらく君のような頑強な精神の持ち主が多くの理不尽や挫折、苦悩を与え、耐えしのいだ時の精神的な力だろう。もしくは多くの世界の人間の絶望、失望、喪失感と言った負の感情がこの世界に流れ込めば、もしかしたら私はこの世界での役割から解放されるかもしれない。しかし後者は落ちるはずない大きな砂粒の入った砂時計と同じで、何の期待もできない。私が誘い入れた人間は排除しようとこの世界は動くのだから。だから可能性として私が解放されるには君に期待するしかない。」

と敢えて冷淡に説明する。

「俺が堪えてこの世界がカノを縛る以上の負の感情を抱けばカノはこの世界から解放されるんだな」

「あぁ、その可能性は高いだろう。だが同時に君は君でなくなっていると私は思う。負の感情を溜め込み続けると人は基本的に理性がいかれて、欲に忠実な獣となるだろう。そこまで追い込んでもなおも君に負の感情を増幅させるためにあらゆる世界に君を送り込まなくてはならない。それがどういうことかわかるか。」

「俺はユナを助けることもカノを助けることも忘れ、元の世界に戻ることさえ忘れて本能のまま、周りを過剰に敵視し襲う獣になるということなのか。」

と篠崎は様々なシミュレーションを瞬時に何千通り検討したが、この世界がその壊れていく人間の負の感情を求めている以上、避けようがない。そうであれば、カノを救うためにはその結論にどうしてもたどり着いてしまう。しかしふと思った。カノはそれを望んでいるのだろうか、と

「カノは自由になることを望んでいるのか。」

「あぁそうだな、望んでいるのかもしれない、だが、他のどの世界でも私はうまく生きていけないだろう。解放されることに対する恐怖もある。例えばだ、君が壊れる思いをしてまで成せたとしても、私に何の対価を求めないほどこの世界は優しくない。おそらく君を今君が想像している以上に人ならざるモノにしたとしても、私にも対価を求める。しかしそもそも私はここで生まれ管理者として置かれた存在とだと考えられる。つまりこの世界からすると私はこの世界の所有物だ。だから私が差し出せるものはおそらくないと判断されるだろう。」

とあきらめに満ちた顔で、だがそれを恨む様子はない声でさらに言葉を続ける。

「ここから、多くの世界の様々な生き物を見るのも楽しいのは楽しいのだよ。当然最初はつらいこともあった。それがユナだ。だが、ここまで長く同じ世界を見てみるとその辛いという感覚は麻痺していくんだ。何と言うか、君にも経験があるだろう、君は相当に動物実験と称して動物を殺している。それはきっと君たちの世界では必要なことだ。だが私には人以外にもその実験動物や家畜の声も聞こうと思えば聞けるのだよ。話はそれてしまったが、君は最初の一匹目のマウスを殺すことに大きなた躊躇いと殺したことに対する罪悪感を抱いていた。しかし、その後、その部屋が血生臭い匂いに包まれていくと同時に、何の躊躇もなく解剖をしていっただろう。いや、君の場合は分解と言った方が良いかもしれないな。生体構造を知るために解剖実験を行ったが、君はそのマウスの大動脈を切り、血液が流れ出て呼吸が緩やかになり、そして血液が流れ出なくなり、呼吸も止まると君の意識は劇的に変化した。生きていた状態を死に至らしめる行為に罪悪感を感じつつ、死んだ屍に関しては肉の塊と言わんばかりに、きれいに骨と肉、皮を分離し、それぞれをきれいに処理し、初めての人間とは思えないと先生にも言われたことを覚えているかい。それは要求された以上に繊細な処理で、一心不乱に目の前に横たわるマウスの形をした肉をきれいに解体するようにそれに刃を入れていった。その時点で君はもう罪悪感ではなく知的好奇心に支配されていたことは自分でも気づいていたはずだよ。」

たしかにそうだ。それは学生実験で二人で一匹のマウスを解剖し、それぞれをスケッチする課題でもう一人の学生はこの実験を拒否して休んだのだった。私自身もこれが最初で最後だろうと考えて、勉強のためと実験参加を決め一人で一匹のマウスを肉塊に変えるまでは罪悪感があった。何とも言えぬ嫌な気持ちがあった。しかし、麻酔し動かなくなったマウスの四肢にピンを指し、足の付け根にある動脈に刃を立てて血が噴き出しその匂いが部屋を見たいていくと、その匂いは篠崎を現実感から遠ざけ、アルコールに酔ったというよりは違法ドラッグを飲んだ時のトランス状態に似ていたのではないだろうか。篠崎は息絶えたマウスの解体が楽しくて仕方がなかったのだ。いくら教科書で構造を知っていても実際に触れてそれぞれがどのようにつながり、それらの臓器をどのように骨が守っているのか学術的興味に支配され、もう生き物であったという意識はなく、生物と言われるものの構造を知る、触感を知ることが楽しくて仕方がなかったことは今でも覚えている。相方の学生が休んでくれたことに感謝したほどであったのだ。

「確かに最初のマウスが息絶えるまでの嫌な気持ちは今も忘れない。だが、それ以降は何の呵責もなくいかに一瞬で痛みなく殺すかを考えるようになった。使用するメスも十分に鋭利かを確かめるようになったな。他は断頭機などを使用している。自分で殺すことを避けていると私は感じていた。様々な麻酔を吸わせて殺す方法も当時はあったがそもそも麻酔による苦痛がないはずがない。尻尾を引っ張り脳髄を切断する方法も利用されるが万が一失敗したときに最も苦痛を感じることだと思っていた。だから私は、なるべき血の見えない状態にして、確実に断頭することを第一に考えていた。死ぬために生まれてきて、用済みになったら容赦なく殺される側に対する私なりの殺しているという意識を失わない方法として、やっていました。」

「そんな研究者はなかなかいないのも私は見てきた。君はそういって、自分は血も涙もない人間だと自分にも言い聞かせようとしているが、今の言動でも確認できたが、やはり君は他の命を奪うことに対して少なからず罪悪感を感じている。君は本当に生きているものを救えるなら全てを救いたい気持ちが根底にあるのだよ。だから、君は自分が帰るだけでなく、ユナや私の幸せな将来も気にしている。この状況で本当に優しい存在だな。」

とカノは自分以外も救おうとする篠崎の言葉にしない、不器用な男の心の底を見抜いていてた。

「素直に礼をいうところだろうな。私も少なくともユナは幸せな将来を期待して日々を過ごしてほしいと願っている。」

しかし私自身の自由を勝ち取ろうとするにはあまりにも他人に負担をかける。だから私は捨てていけという言葉をつなげるつもりだったのだろうが、篠崎はそれを遮り

「カノが少なくともこの世界ですべての権限が持てるようにすることは可能か。」

「それはおそらく可能だろう。例えば君が私を君の所有物としての存在にしたいと望めば、それは君の願いであり、私には拒否権も何もないだろう。その場合は君とこの世界の交渉事となる。言い換えれば私はその交渉に口は出せない。」

「可能性はあるんだな。そのリスクを差し置いても完全な解放として望むよりは求められるものも減ると考えていいか。」

とその答え次第で篠崎は行動方針を決めるつもりで尋ねた。何を考えているのかカノは敢えて調べようとはしなかった。あくまでも今の篠崎の善意だと考えたかったのだ。

「そうだろうな。さらにその提案をしたとすると、私は管理者ではなく所有者権限を持つことになるのだから、この世界の管理をする手間が減るという意味では予想以上に安い対価で住む可能性もあるかもしれないな。」

とカノは言う。

「そうか、形はどうであれ、カノの今の監視されている環境は改善される可能性があるのなら、十分にやる価値がある。」

と篠崎はもやもやとしていた気持ちが言葉という形に変わっていく。

「皆が幸せな将来を生きれるように行動したい。カノ、悪いが力を貸してくれるか。」

ともう決めたという不安も後悔もない澄んだ目をした篠崎の姿がそこにはあった。カノが我が娘に見えたことが関係なかったとは言えない。しかし、カノは意識してか、無意識なのか、カノが話す言葉の節々にある後悔や無力感、自己嫌悪に満ちた言い回し、それは今凝縮された言葉なのだろう。それを独りで考えられない時間、経験をして誰にも発散できず、いたとしてもはっきりとその経験を話すことさえ咎とされ拘束されている彼女が自分よりも、ユナよりも壮絶な映像を見てきたのだろう。実体験ではなくともそれを見る以外には許されない生活は監獄にいる囚人以下の扱いである。だからこそ、カノに自我を持たせた、カノの産みの親に対して強烈な憎しみを感じ、その柵から連れ出したいと感じたのだ。

その篠崎の気持ちを覗き見ていたカノは、できればユナを幸せな世界に連れていくだけの対価を得るまで人間でいてくれと願いながら返答する。

「有料だがな。」


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