拾ったものに期待せざるを得ないモノ
「さてと」
とこたつに入り、湯呑に和菓子のようなものを出し、服装も和装に変わっている。
この幼女の本当の姿が気になるほどに、髪は一くくりにして流しており、見た限り幼女と言うには失礼な美しい女性が座っている。髪は和装に合う少し紫が入った漆黒で、それが流れを感じさせるように輝きを放っている。
「カノ、なのか。」
というと
「そうだ。君も早く座りなさいな。」
と何かしら妖艶の雰囲気すら感じるカノに対して、気を引き締めるために茶をふと口飲む。
何とも濃くと渋みのある中でほんのりと甘みを含むこの緑茶に気を引き締めるどころから、和に戻っていく自分がいる。何とか踏みとどまらねばと、イグサのにおいに集中する。
「すまない。カノ。おいしいお茶なんだが今は少し渋めのお茶をいただきたいのだが頼めるか。」
というと、カノははいはいと言うようにさっきまであった湯飲みとは違って、茶道に使われる茶器とその中には泡立った抹茶が入っている。当然篠崎が茶の作法など知るはずもない。そんなことより今の混乱を抑えるために抹茶を飲んで苦味で意識をしっかりさせたいと考え、抹茶を一口飲んだ。抹茶とはこんなにも奥深い味わいなのか、様々な幻想を見せるようにその抹茶は篠崎の感覚を歪ましていく。
「すまない、カノ。その辺で替えるお~いお茶みたいなのをいただけるか」
というと
「ほんに注文の多い御人じゃなぁ」
といい、ペットボトルのそれが出された。
それを半分くらい一息で飲むとやっと落ち着いた。
それを見はからったかのように
「それで、あの世界をどう感じた。」
と最初に合ったあの時の目で私を見とおそうとする。
「どうせ一部始終を見ていたんだろう。何を聞きたいんだ」
と聞くと
「こんなに麗しい乙女が聴いているのにあまりにも冷たい返答ではないか」
というと
「あれも存在する世界の一つなのか。ユナはあれは自分の世界だと言っていたがそうなのか。」
というと
「両方の答えがイエスだ。」
と言うと同時に
「彼女は私がこの世界に連れ込んだ唯一の存在だ。」
カノの発した言葉を疑った。監視、観察を主な楽しみにしているように話していたカノが助ける、いや他の世界に意図的に干渉するほどの何かがあったのだろう。その話を聞いていいモノかどうかを考えたが、今聞かずとも彼女自ら、もしくは時が来れば話さざるを得ない状況になるだろう。その時に聞けばよいと考えた。
「現実する世界の一つなのか。私には何が間違っているのかわからなかった。」
「そう、それが私には不思議だった。自分の妻が、子どもが姿を変えた瞬間の君の驚きは他と変わらなかった。しかしその後だ。他の誰しも相手が何かを知るために行動し、何であるかを予想し、危険を冒して話してみるという試みをしたのは驚きだった。君は人間かい」
とその切り替えの早さは人の判断力を超えていると言いたげに人間かい?の部分は敢えて重々しく語った。
「私は最初この世界もカノが最初に送ったメアリのいた世界と同じような世界と思っていた。でも妻の顔を見てほっとしたことも事実、その行動がこれまでとも違うことにまた知らない何かを見せられるのだろうという覚悟があったからかもしれない。実際、妻が変容したときに絶望感もあったが、これはなんだ。疾患なのか、感染なのか。治るのか、治らないのか。を知ることがこの世界を救う自分ができる唯一のことと思ったからだ。しかし、だから行動できた。ミオンには気を使ってやれなかったが、何ができるかは事実を知ってからしかわからない。だから一刻も早く行動したんだ。
「しかしそうは言うが君は自分の子どもを検体として多くの分析と検討をしていたようだが、なぜ自分の子どもを検体に選んだ。他でも良かったんじゃないのか。」
相変わらず痛いところを突いてくる。
「子殺しと言いたいのか。」
「まぁそうとるなら、それでもいいが」
というと篠崎の発言を待った。
「妻がああなり、子どもがあまりにも利口過ぎた。この子はもう死んでいるんだと確信した。その瞬間が最もつらかった。しかし、この子から薬が作れるのなら、この子には最適なく治療薬が作れると考えた。それが理由だ。」
「なるほど、つらい選択をいとも簡単にできたものだ」
頭に血が上り、カノの首を折ってやろうかと思うほどの怒りを覚える。どうして、わが子を第一検体に選びたい親がいるものか。できれば、鮮度の高い検体を手に入れ、あらゆる分析を行うことこそ、相手が何かを知るのに必要なこと。カノの言う通り、わが子を使う必要はなかったのだ。しかし篠崎は自らの子どもを検体とした。それは自分自身に対する覚悟であった。子どもの足に針を刺した時の噴き出たものは子どもの皮を残して全てが出たのだ。その瞬間に悟ったのだ。もう治らない。検体が何であっても結果は同じだ。それを我が子で知ることで完全にあきらめることができ,対象を人ではない何かであると何の感情もわかない状態を得ることができた。
出てきたそれには骨がない。臓器がない。食も便もない。眼球も数分で赤いスライム状のものになり、皮を残しすべてのものが溶解している。つまり、変種のバクテリアかどうかを確認する必要があった。そこで顕微鏡で細胞を有するかを確認した。しかし細胞膜が確認できず、手に入った何で染めても細胞核も細胞膜も染色されなかった。われわれの多細胞生物ではなくなっている。つまり、もう別の生き物であると結論を出した。
組成分析からは人や生物に利用させているアミノ酸がそのまま利用させていることを示している。しかし、これを動かしている核が見当たらない。にもかかわらずこれらは意思疎通をしているように見える。あきらめざるを得なかった。カノに戻してくれと祈ったのはこの時だ。しかしカノはそれを許さなかったのだ。
「なるほど、それでじぶんが出来ることがないから戻せというのが君の意図だったわけだ。」
「そう。だがやはり君はそんなに優しくなかった。」
私の発言によってミオンの頼みの綱を断ち切り、狂わせ、その存在自体を公にしようと暴挙に出るまで、いや、それが決行されたところで世界は何も変わらないということを見せつけるまではこの世界にいさせるつもりだったんだろう。予想通り倉にしまわれたそれらは温度上昇とともに水のように消え、証拠は何一つとして残らない。正義を行ったつもりになって死んでいった人間に対してどう思うのかを聞きたいのだろう。
「言葉とは難しいものだ。特に追い込まれたものにとっては、自分にとって大切と思う部分だけが残るのだろうと知った。もっとミオンの耐えてきた期間を考え話をすべきだった。」
というとカノは
「ミオンとやらの狂気は誰にも知られず、ミオンは君が刺し、君が放火したとして処分された。これはあの流れでの行く末だ。しかし、それは君がどのような伝え方をしても変わったのだろうか。」
「わからない。だが、変わっていてほしい。そして相手の生物も意思があり、生存本能に従い害意を持つ人に対して仕方なくあの行動を取ってしまっていると話していれば、もしかしたら。」
「そういえば、君はあれとも話したようだな。どうだった。」
「自然淘汰という言葉がしっくりくる。ような気がした。個人では許されない。怒りを持ち変えようとする人がいるのは当然出てくるだろう。ミオンもその人だ。しかし、そのような存在を産んでしまったあれは後悔していた。その根本は生存本能かもしれないが、多くの人を取り込んだせいか、どうしてかさまざまな思考があれの中にはあり、個であるがゆえに相談もできない。だが、無為に生存ピラミッドの頂点にいるヒトを多く取り込むことで人の歴史、人の何かを持った時の力に怯えを感じていた。それはおそらく強力な武器や殺りく兵器ではない。あれが最も恐れていたのは人の持つ恐れやすがるものそして恨みなどの負の感情が集団となった時の恐ろしさをあれは気づいて、穏便に納める方法を探していた。しかし、もうあれ自身も諦めている様子であった。それを聞くとお互いの生存本能の形がどう広がるのかだけで、もうどちらかが滅びるまで続くのだろう。また人が勝利を収めたとしても人は擬人暗鬼にとらわれ、互いに殺し合い、地球は生物の住めない星となるだろうな。」
「あれと話したのも驚いたが、その会話からそこまで考えたのか。それではもしあちらが勝利を得たときは?」
と篠崎の思考パターンを知ろうと逆の場合の結果を問うてくる。
「そうだな。もしあれが勝利したらか。それはないと思う。話していて感じたがあれは遊びで人を殺すことを是としないと話をして感じた。だから、あれに悪意を示さないものがいる。いや正確にはあの存在を知らないものがいればそこには人間が残ることとなる。ある意味それがあれにとっての勝利であり、地球の延命なのかもしれない。しかし、技術成長は止まるだろう。それがいいとも悪いとも判断できないが。」
「それはあの星において頂点はあれであり、その下に人がいる。しかしその人はその上のあれの存在を知らない。という構図になるわけだ。それはいいことではないのか」
とカノはなぜか追及してくる。そんなカノに対して篠崎は答える。
「私の世界の歴史というものはいわば勝者の歴史とよく言われる。つまり領土を取り合い、技術を取り合い、すべてを自らのものとする。それが人間の本質だ。もし、さっきカノが言った世界がなったとしてもその後ずっと変化をしないとは考えられない。残された人間は最初は食料を得るために領地を広げようとする。その中で敵対関係が産まれ、結局は人は技術を求めるようになり、人がほぼ滅びた理由を探すようになる。そうすると嫌が応にも自分たちよりも上に何かがいる世界であることに気づき、今度はそれを得ようとする。」
「確かに人は欲深い。特に人が集団となり、1つの信仰を持つと他者を受け入れなくなるモノだ。その一人がユナだ。」
「ユナがその一人とは」
「あの世界は君が言うようにあれはうまく頂点に君臨する。いや位置するという方が正しいか。しかしその度あの世界はすごろくのように振出しに戻り、また同じことを繰り返す。」
カノはお茶を口にする。そうカノはそれを幾度となく見てきたのだ。おそらくその繰り返す中で気の迷いかユナをこの世界に呼び込んだのだろう。
「あれはその記憶も持っているんだろう。なぜ繰り返すことになるんだ。」
わかりきった質問をした自分を責める。
「あれには生存本能以外はない。人を取り込むことでこの繰り返しを何とかしたいと思うようになったが、それをしようと行動した結果攻撃の対象になり本当に滅ぼされたら、この星はおそらく君が言ったように種族同士の争いでこの星はある意味死ぬことになる。と理解している。だからどうしようもないと考えているから、甘んじて星の延命のため繰り返しを行うことを選んだのだろう。」
とカノは答える。
「しかし」
と彼女は遠い過去を思い出すかのように言葉を絞りだす。
「どれくらい前のこと、いつものように人類が最小数になった時、たまたまあれの存在を知っている人間の集団を見つけ、解放した酪農民族がいた。それがユナのいた部族だ。
こんなことは当時の私には初めてのことだったので、毎日楽しみに見ていたよ。融和するのか別の道を歩むのか、それとも。。。とね。」
篠崎は珍しく語り続けるカノを見ていた。しかしきれいな顔立ちに淡い色の紅がなお彼女の美しさを引き立てる。来ている着物も普通ではない。着物に描かれている二匹のアユが優雅に泳ぐ姿は見ているだけで飽きることがない。それに気づいたのか、カノは
「着物というものは動きにくいものなのだな。露出も少なく、男から見ていて楽しいものではないだろう。」
「いやいや、そんな動く魚の縫われた着物を見たことがない。着い目線を奪われてしまう。」
「まぁそういうことにしておくわ。ちなみに下着はつけないのね。変わった風習だわ。」
「話を戻していいか。それで、その二つの集団の行く末を見守っていたと」
「そう、見守り、時に水を与え、獣を与えた。そうしているうちにあれを知る集団は問題なく回復した。しかし、武器を手放そうとしない。そして、手当をしたユナの部族に感謝もせず、あれではないかという疑いをかけていた。そう。彼らは地獄を見てきたのだ。誰が敵かわからない。いつ敵に変わるかわからない不安は十分すぎるほどに他者を容易に受け入れることはできなかった。」
「そうだろうな。命がけで信じられる集団で命からがら逃げた集団からすれば、あれの存在を知らずに生存している人間がいるのかという疑惑もあったのだろう。」
「そう。それにだ。わたしが行っていた手助けはそいつらの不安を強めていく原因になっていった。そのことに当時の私は気づかず、良かれと思い、食料を手配していた。外で行われてきた疑心暗鬼の世界、つまりはあれの存在を知るものからすると人数が倍ほどに急激に増えたにもかかわらず、食料不足で争いになることはなく、それどころか食料に関して話題にすら全くならないのだ。これまでの彼らの日常からすると当然おかしいと思うだろう。こいつらは食事を必要としていないのではないかという疑惑がどこからともなく湧き出し、そしてそれは気が付くと一気に噴き出し、そして最悪の方向へ進んでいった。」
カノは秋模様の竹林を眺めながら言葉をこぼした。
「君が言った通り、人が増えそして減るという頂点があれであることが変わらないサイクルが当たり前のように繰り返された世界だ。それは私がユナたちを観察していたのも、もしかしたらこれまでも私が知らないだけであったことかもしれない。しかしその集団を初めて見ていた私には、興味深く思えてならなかった。しかしやはり、余裕が出てくると人は要らぬことを無用に考え始め、それにはとりとめもない、果てのない疑心につながる。地獄をみてきた彼らにとって、それを知らず、生きてきたユナたちはある種異質に見え始めたのだ。そして、ある日、地獄の体験者の一人が突然錯乱し、家族を奪われた憎しみをユナたちに向けてしまったのだ。それからはもうただの一方的な虐殺となった。誰一人としてユナたちがあれではないことに気づかない。その時の虐殺者の目には憎しみと生存意識しか映っていない。「殺さなければ、殺される」という感情に突き動かされているだけの存在だった。
ちなみにユナはこのことを知らない。ユナはたまたま馬の餌をやってそこから離れていたために奴らには見つからず、バケツに入った水に彼女の顔が映った瞬間に彼女をこの世界に引き込んだ。当然彼女自身に何が起こったのか理解することはできない。私は君との初回に遭った時のようにお茶を飲みながら彼女が来るのを待った。しかし彼女は数日たっても現れなかった。」
この空間に彼女がいるのはわかる。しかしなぜ姿を見せないのかを確認しようと彼女の状態を確認することにした。血だらけで死を間近にしながらも仲間を探していたのだ。仕方なく意識を失わせ彼女の傷を治し、あの家を作って気が付くまで休ませた。」
「ということはユナはカノが再度あの世界に送ったのか」
というとカノは自己嫌悪を含むように答えた。
「そうだ。こちらからは本来干渉してはならない。しかし当時の私にはそんなことはわからなかった。いやユナを介抱するまで知る由もなかった。しかしそれを知った私には彼女を一度は返すことしか選択できなかった。私にできたのは、何とか彼女がこの世界へ迷い込みやすいよう取り計らうことだけだった。」
何を言っているんだ。知る由もなかった。ということはそれを知らせた何者かがカノの他にいるということか。しかしそれを聞くのもカノにも俺やユナにも不利益に働く可能性が高い。カノは何かしらの理由があってこの世界に入れる人材を選抜しているのだろう。その中にはその範疇を逸脱したものも稀に入ってくる。つまりそれが彼女が語った一人目ということか。
「それでユナを俺と同じようなあれの存在を知るような環境に戻したのか。」
「君は優しいな。送ったではなく戻したと言ってくれるのか。言葉とは不思議なものだな。同じ意味であっても救われた気がするよ。」
そのセリフに返答することは無粋と思い、篠崎は話を進める。
「それでユナは見事にあれの存在を知り、恐怖し、逃げまどい、この世界に迷い込んだと」
「そう、彼女にこれまでなかったあり得ないほどの恐怖を刻み付けて、だがな。」
「そうなのか、しかしユナがいると優しい気持ちになれる。なぜだろうか。それはカノが手を差し伸べようと自然に思ったことと共通しているんだろうか。」
「さぁな、何せもうユナと暮らすようになってどれほど経ったかもわからないからな。当時の詳細の気持ちなど覚えていないさ。」
嘘だな、と篠崎は直感する。覚えていないなら再度ここに戻れるように計らうはずがない。今は知らなくてもいいことだろう。ユナのことも何よりこのカノがどのような存在かわからないうちは強欲というものかもしれない。そして話を戻す。
「俺をあの世界に送ったのは何人目なんだ。さっきの言い方だと同じような状況を何人かに経験させているような言い方だが。」
「やはり君は人間らしくないな、いつでもこちらの発した言葉を覚えている。冷静すぎるのは人間性を疑われるぞ。」
とカノはつつましく笑う。そして
「そう、君のように割と安全な環境で生きてきた人に対してはあそこは最も可愛い部類に当たる世界だ。様々な世界があることを知らせるにはちょうどいいのだよ。だが、あの世界に送って錯乱してこの世界に引き戻す理由もなくなったものもいれば、あれに取り込まれたものもいる。あれも言っていただろう。他の世界から来たものがどうとか。それはその取り込んだ人を指している。しかしあれにとって取り込んだ人の持つ何かが異物となり、自らの生存事態が危うくなったことが数度あったのだよ。私からすればそれは興味深かったが、あれは第一優先の生存本能からは取り込まない方が良いという結論に達して、ここ数人は取り込まず、近寄りもしなくなってしまった。だから今は君の時のようにすでに巻き込まれたものの中に入れ、強制的に遭遇するようにしている。それでもあれが避けるようになったら、別の世界をあてがわないといけないな。異世界の存在を理解するにはこれまでの世界とは全く異なる世界を見せることだ。」
「それで俺にも見せたと。しかし俺には二つ目だったがそれはどうしてだ」
「日本人だから」
???意味不明な回答である。何を言っているんだ。
「どういうこと?」
「日本人は異世界というものがあると信じているのではないのか。だから君の場合は問題ないだろうと判断したまでだよ。」
地球に対してあまりに詳しくないか、特に私の生きていた時代の日本文化において特殊な興味でもわいたのか、そもそも地球の文化に興味を持ちそれぞれも個別文化をあらゆる時代で見ていたとか。なら他の星にはそのような娯楽という文化がないのか、だが、人に関してはストレス発散には娯楽が有効とされている。しかしそれは地球の人間という存在にのみ言えることなのか。
「日本を良く知っているような言い方だな」
というと、カノはまたも篠崎の考えを見透かしたように
「君の想像通りでほぼ間違っていないと思うよ。君は賢い。もしかしたらと期待してしまうほどだよ。」
何を?と聞いたところで彼女はきっと答えない、いや応えられない。どういう形でも表現できないだろう。それほどの存在がカノを覗き見ている。あくまでカノは迷い込んだヒトと会話をして暇をつぶしているという体裁が必要なのだろうと思いいたった。だからこそ、様々な世界に俺を送り、その時の行動や考えを聴いているのだろう。それは意図的に言葉にさせ、記憶に残させるためなのだろう。つまり、多くの世界の一つ一つはパズルのピースのようなものなのだろう。それをカノは与えることはできてもそれを完成させることは手伝うことは許されないということか。
「確かに日本人は異世界や道の存在に夢を持つ傾向が強いだろう。それもあまり悪意ある未来より楽しみと幸福にあふれる未来としても異世界を創造すると言ってもいいかもしれない。」
「そうだ。いうなれば、君たち日本人は地球はおろか、他の文化をもつ種族と比較しても素晴らしい想像力を持っている。いや、妄想力と言う方が正しいかもしれないか。しかしその妄想力の中に、何でも受け入れ、そしてそれに対応できる資質を持つものが多くいるのではないかと感じている。その根源は私にとっては非常に興味深いものだ。地球の童話を見渡してみるとある時期までは大抵同じ話である。
『人を苦しめる悪の存在とそれを蹂躙したものが正義である』というような英雄譚と言われるものだ。しかしなぜか原子爆弾と言ったか、そのような大量破壊兵器が実用され月に人間が行くような時代の到来のあたりから日本の文化は他とは異なる方向に進んでいく。私にはその大量破壊兵器を使用された側がそのようなものをさらに効率化されていく未来に恐怖を感じるのが当然だと思っていた。しかしそれは見事に打ち砕かれた。作った側は技術進歩によって自滅する未来を創造し、逆に使われた側はその進歩に明るい未来を描くとは思わなかった。だから私は君たち日本人の考え方は他に比べて高い興味がある。」
確かにそうだろう、強者に恐怖を抱き、逆らうことを諦めその状態にいつのまにか順応していく。それが人間という生き物だ。しかし確かに言われてみると日本の文化は特に異質だ。ロボット関連ではよく言われるが手塚治虫の影響なのか、ロボットは人のために意思をもって従事する、いや同じ生活空間を共有する。それがもととなっている作品が多いように感じる。一方で原子爆弾を作り、使用したアメリカはロボットに対しては全く逆の作品を作っている。ターミネーターなどはその最たる作品と言えるだろう。どちらの将来も否定できない、コンピューターの自我はできた時点で人間のこれまでの歴史と技術の全てを知った山頂の上で、どちらに転がるかを決定しなければならないのかもしれない。そこにどうしてそうなったかなどの過程はおそらく存在しない。米国では特に結果が評価されるために作品としては戦争の悲惨さ、そういうものを作り出す人間を悪として断罪する選択をする可能性は高いのだろう。しかし、その過程で人間が学習し、あらゆる困難にもどうにか解決しようとする過程を知ることに重視するコンピューターであれば、それは日本が想像するようにロボットは人間と共存共栄できる存在になるのかもしれない。
「知ることは知識につながり、そこから技術に反映され社会に広がる。ということか。」
「ん?何を言っているんだ。私は君に興味があると言っているだけなんだが」
「そうだったな。日本人はという話だったものな。」
というとカノは残りのお茶を飲むと
「女性にはもっと気を遣うものだよ。君の今の発言は欠点だな。精進したまえよ」
と立ち上がり、部屋から出ようと動き始める。
「いろいろ世話になったが、ここは俺が使っていいのか」
と聞くと
「いる間は、ね」
とどこから出したのか、センスを篠崎の胸に当てて、笑顔でふふっと笑う。
「そうだな、帰れるように頑張るよ。これからも手を貸してくれるとありがたい。」
「それにはそれ相応の態度と献身が必要だな。」
それはさっきまでとは違っていつもの幼女の時にもみた作られたものではなく本心からの笑顔だった。
外のあの空間が扉の向こうに広がっている。カノはそのまま出ていこうとするが
「カノ、今後カノやユナと話したいときはどうすればいいんだ。外に出て現れるのを待つしかないのか」
と聞くと忘れてたという驚きの顔をしながら
「君には私の能力の一部、とはいえ私とユナの場所が分かるようにしよう。当然だが、個人空間にいるときは入ることはできないぞ。ただ、私たちの扉だけは見えるようにしておこう。」
というとカノは篠崎の方に口づけをした。
「これで、君が望めば居場所が分かる。とはいえ、断っておくが個人空間にいるときはどこにいてもその玄関にいるように表示される。トイレや風呂に入っていることを知られるのはやはり恥ずかしいだろうし、何より、私は君の私生活を知りたくない。それが一番の理由だ。」
といって確かめ方も確認せず、カノは出ていった。
これまでに味わったことのない静寂が冷静さを押しつぶして恐怖心を煽り立てる。冷静になればなるほど、その静寂がさらなる記憶想起を促し、恐ろしさに気が狂いそうになり、キッチンに行き蛇口から直接水を胃に流し込み、叫び声として発せられてしまいそうな声を水で抑え込む。
あのユナの世界は確かにあってもおかしくはないのかもしれない。しかし話をしていて感じたのは複数の思考が入り混じった複雑極まりない中から言葉を紡ぐような、一単細胞がタンパクとして様々な機能を得たとしても記憶を得ることができるのか。となると記憶は脳のタンパクに保存されていることになる。いや、そうとも言えないのか、もしあれがその脳のタンパクを分解する際にそれぞれの電気信号を言語化する機能を得たとすると納得もできるか。するとあの世界のあれも行きつく先には自滅を選択するのだろうか。今思えば、それも視野に入れているという話し方だったようにも感じる。興味はあるが、もう確かめるすべはないのか。いやカノに頼めばあるいは。そういえば、せっかく家から持ち出したものも全部、あの世界で警察に押収されたなぁ。あぁ、せっかく手にした武装を失うことがやはり不安である。どうにかそれも工面できないかと考えるが、そんなコンバット用の武装も手になじんではいるが、これまでのカノの話だと、もしかするともっと殺傷力に優れた武具が手に入るのかもしれない。とりあえず、身を守るすべも固めておきたい。しかし今は丸腰同然だ。それも明日からどうすべきかカノに相談しよう。もう今日は風呂に浸かって疲れをとって鋭気を養うために早く休もうとバスタブに湯をためはじめた。そのときバスタブが桧で作られているものを設置してくれていることに感謝した。
「カノなりに気を使ってくれているんだな。ありがたい」
といいながら、湯船につかって煙臭さを落とすと同時に気持ちの悪さも同時に流していく。少し高めのお湯でしっかりと汗をかいた篠崎は冷蔵庫に入ったミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、500 ml の半分以上を飲み干す。
「ふぅ、何とか寝れそうだ。」
篠崎は下戸ではないが酒を飲む習慣はなかった。そういえば昔上司に連れて行ってもらったお店の日本酒は飲みやすく悪酔いもしなかったな。今ならそれを飲んだらもっと気持ちよく寝れるかもしれないな。と思う自分に
「やはり、冷静ではないようだ。」
とつぶやく。酒では疲れは取れないのだ。これは学術的にも実証されていることである。それにしても昔から人間は酒が好きだったんだなぁ。意味が分からないが、昔の人間もストレス発散のために酒をのんでいたのではないだろうか。人間はそんなに何かに縋ってまでなぜ生きるのか。こんなしょうもない質問にもカノは答えを知っているかもしれない。機会があれば聞いてみようと思いながら、体が温かいまま布団に入ると不思議なほど早く深く深くどこまでも深い井戸の底に落ちていくように眠りに落ちた。
布団に入った瞬間に思い出したことがあった。それはカノがユナの世界で感じたことをメアリの世界のころに聞いてきたほど聞こうとしなかったな。どうしてだろう。もう十分にこれまでの人間とは異なる思考の持ち主であることを確認できたからなのか。どうなんだろう。と考えるが眠りに落ちていく篠崎のこの疑問は拡散していくばかりであった。
よく寝た気がする。気がするのは時間が全く分からないからだ。そとはカノの気分次第で変化するため、自分で時間を知ることができないことに気づいた。
「これは意外に不便だなぁ。ユナにどうしているのか聞いてみるか。」
とユナの位置を確認すると、どうやら外でカノと一緒にいるようだ。
急いで身だしなみを整え、外に出ると、確かにポイントが表示されているところに彼女たちがいた。
どうやら、女子会のような他愛ない会話をしているように見える。邪魔していいものかと考えていると、カノが篠崎の存在に気づき、声をかけてくる。
「お寝坊さんだなぁ、あんなことがあったのにそんなに熟睡できるなんで、やはり君は人かどうか疑わしく感じるところが多いな。」
と笑い交じりの顔で言う。あの時はなぜうら若き女性のような容姿になり、和装を着て対応したのか、全く分からない、しかし今目の前にいるのはいつもの幼女の姿のカノだ。なぜかその姿がかわいくて仕方がないと感じる篠崎はカノを両腕に抱きしめていた。
「な、何をする!?」
と突然の篠崎の行動にさすがのカノも驚いたのかかわいい声で放せと言いながら、必死に篠崎を振りほどこうとする。しかし、篠崎はその腕を離すことができず、なぜか頬を伝って涙がとめどなく流れ出ていた。篠崎は自分でも気づかないまま精神的に追い詰められ、すり減らされ限界はとうに超えていたのだ。それが安眠という体力の回復により、これまで堪え、見ないようにしていた心の不安があふれ出てしまったのだ。そしてカノが昨日の触れることさえもったいないと感じさせた女性の姿が、元の幼女に戻ったその姿に自分の子である穂香の成長した姿に重なったのだ。その理由はわからない。しかしそのような見間違いをするほどに精神疲弊は進んでいたのだ。
カノは振りほどこうとすることを止めていた。それは理由に気づいたからか、抵抗しても仕方がないと諦めたのかされるがまま、カノにすがり泣く篠崎を眺めていた。
「あの、どうしたんですかね」
とユナが一連の二人のやり取りに置いて行かれたようにカノにささやく。
ユナはこれまでに聞いたこともないようなすべてを包み込むような声で
「この子も人間だったということかな。かわいいものだな。」
といい、カノは聖母のように篠崎の頭を優しくなで、篠崎の全体を何か優しいオーラで包み込む。
「そう、ですか。あの世界を見てこられたのですものね。」
とユナは絶望と恐怖をユナ自身に植え付けた自身の生まれ育った世界のことを思い出し、おそらく篠崎も同じ経験をしてなお、あの戻ってきたときに見せたような余裕のある表情で、平常心でいれるはずがないと思い至った。しかし篠崎の精神疲弊はユナの思ったものとは大きく違っている。篠崎はあの世界が可能性として存在してもおかしくないことを認められていたのだ。しかし、気丈に振舞って妻の破裂という惨劇を目にし、そして自らの手で子どもの、穂香の姿をしたものを殺したのだ。その時の戻す方法を調べるためとはいえ、さらにその子どもを切り刻み分析し、まるでモノのように扱ったのだ。その罪悪感は心に余裕ができるたびに噴き出そうとするが、その度にすべき行動ができ、噴き出すことなく、
篠崎は心を削られていった。その隙間を埋めるようにそのあふれ出そうな罪悪感が蓋をしていっていたのだ。それが体力回復と気の抜ける環境で精神的余裕が一気にできてしまい、その上で今や唯一篠崎のことを知っているであろうカノの姿に堪えてきたものがあふれ出たのである。それは子どもに会いたいと願う篠崎に一瞬の娘の姿を見せることがさらに拍車をかけた結果だった。
カノは篠崎の全てを知ることができる。そして一部始終を見てもいた。だからこそこれまであまり行動として人間らしくない行動を取る篠崎に面白さを感じていたが、人間らしさを見られたことで多少の残念さを感じながらも、壊れてしまいそうな人形を元に戻すように篠崎を包んでいたオーラでその見えない傷を治していく。それに伴って篠崎は落ち着きを取り戻し、そのまままた眠りについてしまう。
「寝てしまいましたね。」
と様子を見ていたユナがいう。
「そうだな、つらい想いをしたようだからね。泣けるというのは幸せなことだよ。」
といつものカノが言う。
「さて、そろそろ重くなってきた。ベッドにでも戻すかな」
とカノは撫でていた手を頭に固定して、また何かブツブツと言うと篠崎の姿は消えてしまった。
「目を覚まされるでしょうか。」
とユナはカノに不安そうに聞く。
「彼は大丈夫だろう。きっと戻ってまた話し相手になってくれるよ。」
カノはテーブルのお茶を飲み、ユナに笑いかけ
「彼はこれからどう変わっていくか、もし真実にいたった時に彼はどうなっているんだろうな。ユナはどう思う。」
とカノが聞くとユナは
「私は、今のままでもいいと思います。知らないことがあっていいと思います。それを受け入れ今のままでいてほしいと思います。」
「そうか、ユナらしいな。しかしきっと彼はまた次の扉を開けるだろう。そして傷つき真実の一端を知っていく。これまでここにきて戻らなくなった人のほとんどは向こうで自我崩壊を起こしてここに戻ることすら望まなくなる。そうなれば、私も何もできない。見ているだけだ。しかし彼はこれまでの人と違う。何よりも真実を追い求める姿勢が今までの他の誰とも比較にならないほど強い。これが凶と出るのか吉と出るのか、彼が壊れそうになっていたらユナも力になってやればいい。私はそれを止めようとはしない。」
と告げると、ユナは非常に複雑な顔をし、
「止めてはあげないのですか」
「私はその権限は持っていない。彼が望んでしまえばそれに従うだけだ。しかしこれまでの人の壊れ方を見て、ユナとこうやって何百年と過ごして、少しばかりの罪悪感を持つようになってしまった。しかし私はただの管理人のような存在、そんな気持ちなど持たなければよかったと思うことは多いよ。」
と自分の無力さを声に乗せてユナに伝える。
「そうですか。カノもつらいんでしょうね。全部見ようと思えば、心の中もすべて見えてしまうんでしょ?それがただの面白さだけを感じていたころはよかったって言ってたものね。」
そしてしばらくの静寂が訪れ、それはユナが何かに対して祈りを捧げているのを見守るように三人を気持ちを浮かび上がらせていくようだった。




