ユナの秘密
「おぉ、お帰り。帰ってこれたんだね」
いやいや、あの扉は明らかにあなたが準備したものですよね。でなければあんなところでここに飛ばされるはずがない。と彼は心の底では思った。
「そうだけど、あそこで助けておかないと扉なんかないかもしれない。なんせ、扉には格子があったり、窓がついていたりすると、つなげられないんだ。ちなみにあの世界で君があのままいた場合、一年後に裁判が行われ、その間は窓の付いた拘置所にいて出すことは難しい。その後君は有罪、罪状は刺殺と放火、あと銃刀法違反も含まれていたかな。それで30年の実刑判決をもらって全て格子の刑務所で暮らすことになる。そうなればもう僕は君のことなんてどうでもよくなっていたと思うんだ。」
とテーブルの横まで来た篠崎に茶をすすりながら、さぁ、感謝したまえというようにニヤニヤしている。
それを見てユナは椅子を降りてあわあわとどうしたものか悩んでいるようだ。
「はぁ~」
と篠崎は全身の空気を吐き出し、そのまま腰を下ろす。そう、芝の上にだ。
「痛ってぇ、忘れてた。御尻が血だらけだ。カノいつもみたいに治してくれないか」
というと汚物を見るような顔で
「セクハラ」
という。たしかに幼女に尻部を触らせようとしているんだからそうなのかもしれないが、血を止めるにはカノに頼るしかないのだ。どうしろというのか。
「お願いします。さっきは助けてくれてありがとうございました。感謝してます。」
と先ほど求められていたであろう言葉を口にする。
「賞味期限切れの言葉は必要ないんだよ。言葉にはその気持ちを最大限に伝えるタイミングがある。それを君はもう少し学ぶべきだ。」
と椅子から動こうとしないカノに血の付いた手で衣服に触るぞという振りをしながら
「治してくれないとこのままカノの服も血まみれになってしまうよ。いいの?」
と意識がふらつく中何とか発するが
「それセクハラを通り越して強姦になるんじゃないかな。そのままそこで葛藤しながら死ぬのもいいんじゃないかい。」
と今度はクッキーをかじっている。
篠崎の尻部には幾本もの突き刺さったままの草が残っており、それを抜こうにも見えないために手で抜こうとしても刃の方に手が振れてしまい、もはや尻からの血なのか、指からの血なのかわからない状態である。もう助けていいですか。という顔をユナはカノに幾度となく見せている。ユナも治せるのか。
しかしもう痛みと失血で意識を保つのがやっとの状態の篠崎に多くを語ることはできない。
「助けて、く、ださ、い。」
というと何とかユナの座っていた椅子に胴体を乗せて意識がどこかへ離れていく。またこのままどこかほかの世界に飛ぶのか。それともそのまま死ぬのか。しかしもう死んでもいいか。あんな世界もあるのだから、やはり生きるのはしんどいということだ。生き物はなぜ死ぬために生まれてくるのか意味が分からなかったが、もはやその答えなど知ることができないことを何となく実感し、生きることへの気力を失いかけていた篠崎はこのまま死なせてくれた方が楽かもな。と考えていた。
「おしりの方は大丈夫ですか。なるべく草は抜いて、軟膏を塗ったので傷はほとんど消えています。カノの人工血液も十分量輸血しましたから、けだるさもないと思いますよ。どうですか。」
とユナが顔を覗きながら言う。どうやらあの世界で治療されたようだ。
「ありがとう。意外なほどに痛みはないよ。」
と寝かされていたベッドから起き上がると、ユナは目を覆いながら
「篠崎さん、服はまだ治っていないので。ちょっと」
と言いながら恥ずかしそうに篠崎のいる方向とは別の方向を見ていながらも目線は篠崎の方に何とか向けようとしている。
「あぁ、申し訳ない。そこまでカノはしてくれなかったんだね。でも血液はくれたのか。カノは本当にいいやつなのか悪いやつなのかわからないな。」
「そうですね。でも私にはよくしてくれます。こんな部屋まで用意してくれて、足りないものは何でもそろえてくれます。話し相手にもなってくれますし、寂しい気持ちも紛れます。でもこれからは三人でもっと楽しいお話ができそうですね。」
とパンジーとでもいうべきか、どこにでもある存在、そこに注目してみたときに気づく大きな鮮やかさに彼女の笑顔は似ている。どこにでもある普通の女なの子が普通に笑っている。そんな光景に普通の
幸せの重要性に気づく篠崎であった。
「カノに篠崎さんが気が付いたことを伝えてきますね。」
というと部屋を出ていった。その後いくつかのドアを開閉する音が聞こえ、最後にばたんと大きな音がして、出ていったことが分かる。それからどれくらい経ったか。
「ミオンには悪いことをしたな。」
というとあの世界のことを思い出した。突然人が人でなくなる世界か。でもそれにも意識はあって生きるために安住の地を得るために行動した結果だった。現人類が大昔に行ってきた狩猟採集の行為も根本は同じなのだろう。身近なものを食われたことに抑えられない怒りはあるものの、大きな流れで見るとこの小さな出来事も当たり前のことなのだろう。しかしあんな世界もあり得たのか。カノがいたずらに作った世界なのか。もやもやが篠崎の頭を覆っていくと
「篠崎さん、入りますよ。」
とユナが部屋を覗いていた。どうもノックの音に気付かなかった様子だった。
「はい。大丈夫です。」
というとユナが入ってきた。その後ろにはカノがいた。いつも通りの何も隠すこともしていないようなカノがいた。
「はい。これ。」
とカノは衣服を渡そうとしてくる。
「ユナに服を縫わせるのは私の話し相手がいなくて退屈なの。だから服だけは私が作ってあげたわ。感謝して着なさい。」
というカノにもういつものやり取りだというばかりに篠崎は
「はい、この服を見るたびにカノのことを思い出すよ。ありがとう。」
と伝える。すると意外な反応だったのか、つまらなかったのかカノはもじもじしている。何かもう一声欲しいのかもしれない。
「ところでさ」
と篠崎が切り出すと、カノは待ってましたとばかりに目を輝かせてベッドに手をつく。
「ユナにはとても優しくしているんだな。」
という篠崎に期待外れとばかりに床に崩れ落ち、
「着替えたらリビングにくるんだ。ユナに案内してもらうといい」
と言い残し。カノは部屋を出ていった。しかしユナも篠崎の着替えを見る趣味はなく、
「着替えが終わったら、声をかけてください。」
といい、さっきと同じ扉から出ていった。
「さて」
と、カノに渡された服をベッドの上に広げる。明らかに迷彩服である。にもかかわらず下着はブリーフにYシャツ。なぜかこうも時代のギャップを感じるのに、カノなら楽しむためにやるだろうと思い、ボロボロになった服を脱ぎ、渡された服に着替える。そしてふと思い出す
「確かユナは損傷した服を修復していると言っていたが、まさか新調してくれていたのか。礼をいわないとな。でもあの物静かなユナの拵えた服だ。興味もあるな。無理がなければ作ってもらおうかな。」
と思いながらも、姿見に映る自分の着こなしを確認する。驚くべきことにどの部分のサイズも体に合っていた。
「カノなら知らないうちに吐かれても不思議ではないか。でも一応期にはしてくれているんだな。でもそれをユナに伝えていればユナは裁縫をする必要もないのではないだろうか。もしかしたらカノは本当に会話をすることに慣れていないのかもしてない。情報を聞くためにも必要だろう。」
と独り言を言いながら確認を済ませ、部屋を出て待っていたユナにリビングまで案内してもらう。
「やっとか。君は着替えにどれだけ時間がかかるんだ。お茶を飲むことはできたぞ。」
とカノは相変わらずの物言いをする。
「すまない。これでも急いだのだが、しかしこの何をイメージしての服装なのか気になって少し考えていたかもしれない。」
というと
「どうなるか興味があっただけだ。君には絶対にそのようなアウトドアな服装は似合わないと思ってな。
しかし予想を裏切らないな。それでブリーフはどうだ。体への密着性は久しぶりだろう。もしかしたら初めてか。」
というカノの目には興味の光が輝きで満たされている。
「ブリーフははいていた時期はあるが、ここ最近はトランクスが多かったので、なにか蒸れそうだな。」
などと言うやり取りをしている二人の会話にユナは顔を赤らめ、耐えられなくなったのか
「お茶を入れてきますね」
といいいそいそと部屋を出ていった。ユナが離れたことを確認したのかカノはいつものように話を始める。
「今回の世界はどうだったかな。あれは実はユナのいた世界だ。これは私が意図して送り込んだわけではなかったのだ。どうやら君はこの空間と他の空間に何かのつながりが見つかるとそこに引き釣り困れるようだ。とはいえ、君がこの空間と他の世界をつなぐ世界は君が来たあの世界くらい。あとはあの私が経験させたあの世界くらいだろう。もうそんなに大きな危険にさらされることは私が意図しない限り行くことはないだろう。」
「ということは、カノにもユナにも意図的に連れて行ったわけではないのか。」
「そうなんだよ。ユナが私を探して君がいなくなったと言われ、最初は意味が分からず、取りえずその状況を聞いてみたんだ。すると疲れがひどいようだからぐっすり眠れるように疲労回復によく効く薬湯を飲ませて何とかここまで運ぼうと君を担いで、玄関にやっとたどりつき、カバンから鍵を取り出して
いくつもある鍵の中から玄関のカギを見つけ玄関を開け、やっと家に連れ込んだらしい。しかし、連れ入ったはずの君の姿が消えていて、何が起こったのかわからず私に助けを求めたそうだ。」
「なるほど、だから急に眠気が襲い掛かったのはユナの優しさだったのか。」
とユナは本当にいい子だなあと感慨にふける篠崎に
「いやいや、あれは君には毒だぞ。意識を失ったのは急な貧血を起こしたためだ。」
「ユナがそんなことするはずないじゃないか」
というとやれやれというようにカノは説明する。
「ユナにとって良薬でも君に対しては毒になるものは多くある。彼女の処方したものもその一つだ。彼女の入れた薬草はユナにとっては安眠を誘発し、翌朝には心身の疲れも忘れて元気な状態になれるものだ。彼女は君にも同じ効果を期待して処方したのだろう。しかし厳密には姿かたちは同じ人間であっても私も彼女も君も違う生き物だ。だから野草の効果も大きく異なることもある。それを彼女はしらなかった。このことは彼女には伝えていない。」
「意外にユナには優しいんだな。」
と笑みをこぼす篠崎にカノは
「伝えなかったのは私の落ち度であり、そもそも同じ人間が増えたことを心から喜んでいるユナを見ていたら、私たち三人はそれぞれ全く違う生物であり、たまたま同じ姿かたちをしていること伝えるには忍びなかった。それが今回の君の昏睡の原因だ。しかし扉をこえて他の世界に行ったのはここにきて初めて気づいたことだ。」
「そんなこともあるのか。免疫や消化器官の機能が異なるのか。それは面白いが食事で談笑しながら死んだら洒落にもならないだろう。」
というと
「一般的な食料は腹を膨らますだけだ。しかし薬草の類は異なる。ちなみにユナは七草を口にすると量によっては命を落とすことになる。しかしこの空間でそのようなことがあった場合、君らのそのような一種のアレルギーは私が治すことができるし、望むなら何に対しても毒耐性を付与することもできるんだが・・・」
「何か問題でも?」
「ほとんどの食事に対して味が同じになる。極端に言うと野菜を食べても虫を食べても君たちの世界でいうお好み焼きの味がするようになる。それでも良ければ付与するがどうする」
考えるまでもなかった。せっかく数々の料理をふるまわれても味もわからず、すべてお好み焼きの味。なぜお好み焼きの味なのかも疑問だが、それはこの楽しみのない世界での大きな楽しみになる一つだ。それを捨てるわけにはいかない。
「遠慮しておくよ。どうしても必要になったらまたその時にお願いするよ。」
というやり取りをしていると、ユナがお茶とお茶菓子を持って戻ってきた。
「今日はオレンジティーとすこし塩を加えたクッキーになります。」
と座っている席の前に置いていく。
「ありがとう。おいしそうだね。ユナは料理も裁縫もできるんだね。」
というと
「そんなことしかできません。そのせいでいつまでもカノさんの世話に甘えているんです。」
カノは黙ってそのやり取りを見ている。篠崎はクッキーを手に取り口に入れる。すると少し塩気がきついように感じるが、一緒に出されたオレンジティーを口に含むとこちらは甘すぎるわけではないのにこの組み合わせは素晴らしいと感じた。一緒に口に含むことでクッキーの塩辛さは緩和され、組み合わせの良いティータイムを楽しむ。普通の贅沢とは程遠い生活をしてきた篠崎には素直に驚きであった。なにせ、篠崎の頭の中では、必要なものは精製物で取るのが効率がいい。つまり、タンパク質はプロテイン、ビタミン類は多くの錠剤、便通を向上させるために寒天を口にしてきたような人間だ。食に関しておいしいかどうかは関係なく栄養に過不足がないかのみに気を払ってきたため、味など気にしたこともなかった。
「どうですか」
と何も言わない篠崎に口に合わなかったのか気になって、伺ってくる。
「いえ、こんなおいしいものを食べたこともこんな優雅なティータイムを過ごしたこともありません。ありがとうございます。本当においしいです。」
と本心をそのまま答えた。それに満足したのか、篠崎の横にユナは座り、お茶を飲んで一息ついている。
その後お茶がなくなるまで3人で他愛もない話をしていたが、カノが
「そろそろ、落ち着いてきたかな。ではそろそろ行こうか、篠崎君。世話になった。ユナ。また来るよ。」
というとユナは篠崎がついてくるかどうかも確認せずに立ち上がり、玄関の方へ向かう。篠崎はその様子を見て
「ありがとう、看病までしてもらって。お茶おいしかったです。また会えた時はゆっくり話しましょう」
と言い残し、急いでカノを後を追いかける。その姿を優しい笑顔で見送るユナの頭を下げた姿には何か違和感を感じた。
外に出るとそこにはあのテーブルとイスしか見えない。今出てきた扉も閉じた瞬間に消えてしまった。
なるほど、これが違和感の理由か。もしかしたら二度と会えないかもしれないという気持ちもユナにはあったのだろう。
「予想以上に君は帰ってきてから平常心を保ったままだね。ユナの世界を見たんだろ。あそこは未だに生存競争が形を替えて行われている世界で、普通なら気が狂うほどのショックを受けるんだけど、ずっと様子を見てきたけど、君はそこらの人間とは違うようだ。」
と言いながら、先には何もない草原に向かって足を進めていく。そして
「このあたりでいいか。君には希望はあるか。」
というと
「希望?元の世界に帰ることですが。」
「そうだけど、それまでに暮らす空間が必要ならさっきのユナのような空間を作ろうかと思ったが、さっさと出ていくなら、いらないか。」
とあの草原のテーブルに足を向ける。
いやいやちょっと待て、帰りたいがこれまでの全員が帰れていない。その理由は未だに聞かさせていない。その理由もユナの個々の暮らしについても聞くことは、元の世界に帰るための情報になるだろうと考え、
「そういうことか。じゃあ、作ってもらえるかな。」
「そういわれても、どんなのが良いのか、リクエストはないのかい。」
「そうですね、キッチンや食材保存庫、冷蔵庫みたいなのがあればいいのかな。食べ物をどうするのが良いのかわからないですが。あとはトイレとお風呂とリビング、寝室、収納庫、洗濯空間でしょうか。」
「そうか。わかった」
というとカノは何かしらの詠唱をつぶやくと何か建物ができていく。
「今は家が見えるのか」
とつぶやくと
「君が気に入るかどうかを知るために可視化しているがどうでも良ければ消すが。」
「家、見えるままでおえがいします。」
という問答をしているうちに家は出来上がったようだ。
「さぁ入ろうか。」
というとカノはドアを開け、当時の家に似た間取りの家が出来上がっていた。しかしそこには一切の家具がない。
「あの家具は」
「ん?君は必要と言わなかっただろう。」
その言葉に嫌な予感がし、冷蔵庫を開ける。すると電気が通っていることを確認する。
しかしキッチンにはガスが来ておらず火がつかない。すなわち、ガス給湯であればお湯が出ず風呂は水しか出ないことになる。当然冷暖房もない。テレビもない。窓にはカーテンもないが周りに何も建物が見えないためなくてもいいかとは思うが、お湯は欲しい。
「カノさん、お湯は出ますか。」
「出ないぞ。だから言っただろ必要なものは言えと」
「そうでしたね。すみません。申し訳ないですが追加をお願いしてもいいでしょうか。」
「別に構わないが、なんだ」
と言うと篠崎は
「お湯、それともう少し大きな湯舟を持った風呂場、脱衣所はもう少し広さのものがいいなぁ。あとトイレですですが、水洗便座をつけてもれますか。あとは各部屋に電灯と空気清浄機いわゆるエアコンを設置してほしい。あとは娯楽かな。テレビなんかがあればいいかもしれない。あとは仕事用のデスクと家庭用のリビングテーブルでしょうか。」
「ある程度は君の期待通りに動くだろうがテレビは期待できないぞ。どこの電波を拾うかわからないし、その電波も扉を通じた弱い電波だ。いつ切れるかはわからない。映像で進めるのは君らの世界ではDVDだったかBDだったか電子記憶材とその再生システムのセットだな。すでにデータの入ったものを求めるか、私やユナと仲良くなりたいならゲーム機を希望してもいいとは思うが」
と、話の場の作り方の一つとして暗に提案してくれた。
「そうなんですか。それではそれらをリビングと寝室とにお願いします。」
「君は遠慮を知らないないな。」
というと目を閉じて何かを口ずさむ。すると音もなくいろいろなものが、もとからあったように出現する。」
「すごいな、カノは。ところでどうやってガスや電気は引いているんだ」
と聞くとカノはあぁ、久しぶりに聞かれた質問だなというような顔で答えた。
「これらは全て地中に穴を掘っているんだ。ガスはその中の可燃ガスを使用していて、お湯はさらに鉾にある地熱の高いところから熱だけを吸い上げている。なくなることはない。今の場所で見つから無くなれば勝手にあるところを見つけようと探すのだから。しかしここのガスの原料はなんなのか。おそらく君たちのいた世界で利用されている石油やその類のを原料とした化石燃料ではないのだろう。君の記憶にある化石燃料より明らかに燃焼効率がいい。とはいえ、私には関係ない話か。」
というとなぜかリビングが最初の3倍に広がっており、キッチン側にはイスとテーブルがそして縁側に1m前後の幅のある廊下が据えられ、その廊下とこたつの置かれた居間は襖のようなもので仕切られている。篠崎は驚きをあらわにせずにはいられなかった。なぜならこの造りは日本以外では見たことがないからだ。だからこそその縁側から外の景色が日本庭園のように映っていることに違和感を持った。それは本来この空間の外はあの草原のはず。にもかかわらず、この景色は映像ではない。本物と全く見分けがつかない。石に生えた苔などが日本らしい厳かな生を感じさせる。その外界と部屋との間にある扉は両引き戸のガラス戸になっている。そしてその廊下と今の間の襖は見た目は和紙だが、触った感触はそれとは全く異なる。どちらかと言うと獣の皮革に近い。それでもかなりきれいな拵えである。
その居間はリビング側より一段高くなっており、畳に掘りごたつと壁一面に液晶でもスクリーンでもない画面が一枚板で据えられている。この畳は本物のようだ。あのい草特有の心地よい匂いが部屋を満たし、リビングと居間との間には襖と同じ生地が使用されているが、先の襖とは異なり、一枚板の引き戸になっている。ここは手抜きかよと思いながらもその日本文化を良く知ったものが経てたと言われても一見ではわからないほどの造りである。
「これはすごいな。でもなぜ掘りごたつなんだ」
と聞くと何を言っているんだという様子で
「君の国には一家に一台これがあるのではないのか。気を使ってやったのに失礼な奴だ。」
掘りごたつが一家に一台あったらリビングは不要なのだが、私の家もこたつはあっても掘りごたつではなかった。むしろなぜ掘りごたつを標準仕様だと思っているのか疑問に思ったが、カノの不服そうな顔をみて聞くのはやめ、
「気を使ってくれてありがとう。やはり、和室は日本人は落ち着くんだ。」
といい外の景色を眺める。するとカノは
「そうだろう、私も観察しているんだよ。景色もこんなのがいいと思ってこれにした。でもこれだけではないぞ、いつも私がいないと替えられないと飽きてしまうだろうから君にはこれをあげよう」
とリモコンのようなものを手渡された。
「何か適当にボタンを押してみなさいな」
と言われ、言われるままにボタンを押す。すると先ほどは庭園だったのが竹林に変わる。やはり映像なのか、しかし映像には見えない。そのまま出ていったら触れるようなそんな気さえする。
「さらにその一番下の色のついたボタンを押してみてくれ」
これまた言われるがままに適当に黄色のボタンを押す。すると竹林は秋模様ともとれる景色に変化する。笹も風が吹くとともに自然な落ち方をしてさっきまで見えていた土が落ちた金色にも見える笹で見えなくなっている。
「す、すごい。」
素直な感想だった。それを見て満足したカノはフフンと鼻を鳴らしている。
「しかしなぁ、カノさんよ。これだけの映像景色を作り出せるのになぜこの明らかに画面と思えるこの巨大な一枚板は何なんだ。同じレベルのすごいのにしてくれても良かったのでは?」
というとわかってないなぁという様子で
「あのな、あれは本物だ。出ていって触ることもできるぞ。ただ、出ている間にさっきのリモコンをいじってしまったら、あの家に帰ってこれない。リモコンを持ち出してボタンを押したときは大変だなぁ。」
とリモコンをくるくると回している。
「こっちは映像を映し出すだけのものだ。あまりにも自然色に近いと吐き気がしてくるんだよ。だから画質としては良くても似せものであると認識できるように気を使ったんだ。」
とその一枚板に映像を映し出す。しかし篠崎には言われている意味が分からないほどにリアルだった。一方的に映像が流れていくのはテレビと同じだが、ドットも見えず、色にじみも全くない。そして、その板からはその映像の場所のにおいをも放っているのか、異様なにおいが漂ってきて、先ほどまでのイグサのにおいをかき消していく。
「あ、ちなみにこれは君らの世界には未だにないモノだったか。どうする君ら基準に戻すか」
「いや、このままでいい。だが、この匂いを消すことはできるのか。ただ映像を見るだけでも十分なんだが。」
「あぁ、できるぞ。ちなみに立体化させることも、匂いだけでなく雨や飛散物を出させることもできるぞ。この程度が凄いという奴らは多かったが、まぁ満足ならいいか。」
と説明を終える。そしてカノは気品さを持ち合わせてこたつに入る。
そして、しばしの静寂が場を満たしていく。




