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condenced caos  作者: 朋枝悟
知っていたはずの世界
11/22

絶望につながる真実

 もう空は赤く変わりつつあり、そんな中で篠崎は空を見上げ、何をどうするべきかを考えようと思考を巡らしていた。ミオンはあの話をしてから見かけていない。おそらく彼は長期間何とかつなぎとめていた希望が消えうせたショックは自分よりも予想できないくらいに大きいだろう。仕方がないことだし、出会ってお互いのことをよく知らない人間が近くにいるより一人にした方がいいだろうと考え、ミオンを探すことはしなかった。

「しかし、あんなものがいるのに何の騒ぎにもならないのか。」

それは篠崎にとって驚きであり、なんと計画的な、なんと鮮やかな生存方法なのかと感心する部分がなくもなかったのだ。

「人間は同じ種を自分のより強い欲を満たすために際限なく、戦争をおこし、同じ種を対象にいかに効率よく大量に安く殺すかを考えてきた歴史だ。皮肉なことはその度に技術は劇的に進歩し、結果として人の生活は豊かになっている。まぁこれは戦勝国の見方だが・・・それに比べてあれは」

と独り言をつぶやきながら目の前で子どもの姿をしたものからスライムのようなあれが出てきたことを思い出し、向ける先のないやるせなさが篠崎を包み込む。しかしそれと同時に不思議なことにも気づく。

あれは私が人であることを認知していたにもかかわらず、私を襲おうとはしなかった。あれが子どもの姿から変化したのは自らの自衛ともいえる行為の結果ととらえることもできる。

「あれは積極的に増殖しようとはしていない。」

それはそうだ、もし仮説通り増殖するのなら異物を取り込んだ場合のリスクが大きいはずだ。大きなタンパクの塊が急に人のようなあまりにも複雑で体内に得体の知れない病を持つものを積極的に取り込む理由、それは環境変化へ着いていくために必要な行動ということか。そこまでリスクを負わないとまずい状況ということか。

「まぁ、良いことを言いながら地球の頂点の生物に君臨するにはあまりにも数が多すぎる。逆に他の動物を都合よく蹂躙してきた罰とするなら、人間は滅びるべき存在なのかもしれないない。」

日ごろから人の足元を見て、弱みを掴んで、他者を踏み台にするのが今の人間の進化過程だとするともう進化はプラトーに達しているんだろう。そろそろ世代の交代があってもいいのかもなぁ。

 歴代の反映種の中で知られている生物種の頂点は地球自身を傷めつけたものはいないだろう。しらないだけかもしれないが、人の歴史と言えば戦争の歴史としか思えない。世界史を学べばそのほとんどがあまりにも他愛もない理由で戦争を始め、その度に周辺諸国がうるおい、それを妬んだ貧国が進行を始める。この繰り返しの歴史。時に英雄のようなものもいるが、それも全体から見れば、敗戦国がこのような勇猛果敢な兵士がいたと主張するものなどであり、歴史の教科書に登場することはほとんどない。

 日本やドイツはさらにひどい欲を満たすために同じ人間を様々な薬や精神状態に追いやり、極限状態における人間の行動を観察したりしていた。こんなことは戦時中でしか実行できないが、だからこそ戦時中に盛んに研究を行い、人をゴミのように扱い、自らの欲を達成するための努力を怠らなかった。自分たちの欲を満たすためには同じ種であっても自分でなければ、無慈悲に実験を行い、欲を満たすことのみに集中してきた。そんなものだ。同じ種で殺しあうことからしか新たな事実は生まれないということだ。

「でも楽しいだろうな。可能性を試すという行為は。まぁやり方には同意できないが。平気で家畜を作り、無駄に余るほど殺し、捨てる。家畜という織の中で温室育ちさせ、種の保存は守る。その代わりに殺す権利を得ているように思う人間たち。かたや自然環境保護と言いながら環境変化に耐えられない生物に多額の金をかけ、本来ならその変化に耐えられず絶滅するはず生き物を残す矛盾。その予算には募金や公的資金を利用しているがその何割が本当に利用されているのかわからないしなぁ。考え方によっては地球の汚染と進化を妨げているのは人間で、その行為に酔っている異常事態になりつつある。」

篠崎は冷静に人間の存在について考えていた。そうなのだ、人間は自然界において死ぬ存在、例えば、老人や障碍者はまさにそれである。そこに莫大な金を出し活かす選択をするのは生き物として過ちではないか。血も涙もない考えかもしれないが、それがなくなれば、多くの資金は国を優秀な働き手に魅力的な職と金を支払うことにつながるのだ。そもそも篠崎は高齢者に関するがん治療などの保険適用の高額医療を適応することを嫌悪している人間である。その理由の根本は「その老人は如何なるかかわり方をしたかは別として戦争をし、手を貸し、挙句に負けた敗戦者とその子孫である。そいつらが特別手当を受け取り、今の働き手の懐をさらに締め付ける。そしてそういう老人ほど医療を使用し、税金を使っている。篠崎からすれば、こいつらがさっさと死んでくれればいったいどれだけ国家予算が浮くのかと思うとさっさと消えて、理想的な年齢分布図を持つ国に戻ってくれればいいのに。しかし若者は金を持っていない。だからこそ多くの医療は老人から大枚を巻き上げるシステムを構築することに躍起になっている。しかしそんなことしていた、国は衰退するだけである。加えて、障害児を出産するかしないを選択できるこの時代に障碍者でも産み育てるという、自己存在意義を確かめるためだけにそのような子どもを出産する親がいるのも事実だ。誰にも必要とされない自分を必要としてくれるわが子がいることが自らに存在意義を与えるという考え方もある。そんなことないという親に対して篠崎は無責任を自覚しろというタイプの人間だ。なぜなら、普通に生きるなら、親が先に死ぬのだ。そのあとのその子のことを考えて産んだのかを知りたい。大抵のこのタイプの親からは答えは返ってこない。検査ができなかった頃に不運にも不自由を背負って産まれた子どもや生活の途中で不慮の事故で再生できない損傷を負った若者に対して全力で正常生活ができる医療を確立するための努力は怠るべきではないが、死ぬべきにもかかわらず、多くの金をつぎ込み生きながらえセル技術開発は必要ないと考える人間だ。

「なんとか、治せる方法はないモノか」

そう篠崎にとって、本来生きて人間社会を活気づける世代を無にするあれは何とかしたい対象であるのだ。しかし篠崎の知識の中で中身のタンパクを全てきれいさっぱり食切るにもかかわらず、皮はそのまま残す。そうなのだ、皮は元の人間のものと同じで遺伝子を有しているし、タンパクも外皮、内皮も人間のものだ。だから見かけでは見分けることができない。しかし不思議なのは腐敗しないことだ。本来ならタンパクは放置すれば腐敗し崩れ落ちる。

「どうやっているのだ。確かに目の部分は人と違って薄膜がはられていた。しかし、皮については長持ちさせる何らかの機構があるはずだ。」

そう思うと、篠崎は地下に向かった。電機はついたままだったがミオンはどうやらいないようだ。篠崎はミオンのことを置いてももしかしたら戻すことができるかもしれない。という一途の期待を確かめるために心躍らせる。

 自らの子の皮を手袋越しに掴むのはあまりにもつらいが、そうすることで元に戻す期待を確かめるためには必要なことだ。昨日の状態と比べて多少なり水分を失いしわが増えているのが見ただけでわかる。つまり、水分はあれから供給されていたということになる。万が一それだけだとするとタンパクは破損していくはずだ。何かしら保存方法を利用しているはずだ。

 篠崎は皮の内側を目視で改めて確認する。すると驚いたことに非常に細かい、たらこのたまごの様なものが張り付いている。顕微鏡で再確認する。

「何だこれは」

水を与えても変化はみられないがあれを含んだ溶液を滴下するとみずみずしさを取り戻していく。

「水ではなく何かを媒介にしなければ融合しないということなのか。」

単細胞の生き物が水を取り組むにも安全を確認する必要があるということか。もしかしたら遅延性の毒でかつそれが猛毒であれば一気に殺すことができるのではないだろうか。と考えながらも元に戻せる可能性を確認する。今回は蛍光顕微鏡を使って添加したときの皮への影響を観察する。皮の付近に存在する細かい粒には浸透し、代謝が発生しているようだが、どうも外皮に対して相互作用しているようには見えない。

「皮のサイズは変わることなく成長することもないということなのか。だとするとやはり治療方法はあない、のか。。。」

一瞬抱いた期待もあっという間に消え去ってしまった。実験なんてこういうもんか。と篠崎は気持ちを切り替え他に可能性はないかを探ろうとした。よくよくその残された皮を観察していると眼球のあるべき部分の近辺にはあれが乾ききったような赤色の目ヤニのようなものが残っている。しかし眼球はない。

頭髪に触れてみると皮から生えている。別の生き物ではない、人間が自分の髪の毛を抜いた時と同じような感覚と抜いた後の毛根も残っている。次に耳の部分を切断し、頭部から開いて観察する。本来あるべき器官が一つもない。どうやってここからは流れ出ないのか。それはよく観察して初めて分かった。その空気と接する部分には薄膜が幾重にも重なっている。

「これで音を認識しているのか」

つまり音を楽譜のように当てはめることができるが、その意味を理解できているかはわからない。しかし、あの妻は流ちょうに話をしていた。つまり音を理解し、その意味も理解できる。

「ということは会話することも期待できるのではないか。もし私の仮説が確かなら、末端も中央も同じ意識を持っていることになる。」

ふとミオンが持ち帰り、倉庫に入れたあれを思い出す。

「あれの位置は識別できないのか。もしできるならすでに居場所はバレている。いや、ミオンの話では彼の子どももここで被害に会い、それにミオンは何かしらの対応をしてこの場所に立てこもったと考えると当時からこの場所はあれにはバレていたことになる。知っていたのに何もしなかったのか。」

やはり積極的に生息圏を広げようとしているわけではないようだ。そうでなければここは一夜にしてあれの巣になっていたはずだ。そうなっていないのはあれは無作為に標的を決めて無謀に襲うものではない。

「話ができるのではないか。できればあの妻の形をしたものと話をしたい」

篠崎はあの家に行き、妻が残したものを回収してミオンが妻を入れた倉の前に立った。鍵はピッキングで開錠し、中を覗くと中には無造作に散乱したあれと同じようなものが100を超える数が入っていた。

「なんだ、これは。ミオンはこれを集めて何をしたいんだ。」

 妻だったものを判別するのは不可能だ。当然ミオンが貯めている理由も想像がつかない。

「このそれぞれが個ではなく集合体の一部であり、意識を共有しているならどれをとっても彼女になりうるのではないか」

それは十分可能性のあることだった。そこで転がっていた中の一つを手に取り、氷を詰めたクーラーボックスに入れてあの家に急いで戻る。もし氷のような温度では溶けてしまうなら襲われるかもしれない。

ミオンがあれを集めている以上、持ち出すことも今からしようとすることも聞くことができず、思いつく限りのことを行い、ミオンがいないのを良しとして、その一つを持ち出したのだ。倉の中の温度が上がらないようにきちんとカギをかけなおし、クーラーボックスをもって家の門をくぐるまでは本当にミオンに対する恐怖を感じていた。

 これまでのミオンの話は全て噓だったとする。だとすれば集めているのではなく、拡散させている本人ではないか。お酒を飲んで道端で倒れていた自分をあれがもし取り込んでしまった場合、形状を維持することができないことが分かっていたから、それを予防するために私は隔離した。そして、あれに感染した妻に会わせ私の挙動を見て楽しんでいたのではないか。

「いや、それはないか。」

ミオンにこの状態は治らないと告げたときの行動だけを見ても、落胆していたことは誰の目にも明らかである。それを思い出し、ミオンの真意はわからないが、治したいと考えていたことに嘘偽りはないだろうと考えた。

「さて、気を引き締めないとな。」

と家に着きあの部屋にたどり着いた。その後ガラスを起動させ、中にあれと妻の皮を入れた状態で溶けるのを待った。さすがにー80℃で保存してあったためか、内部まで解凍するのに時間がかかるかといって湯をかけていいモノかもわからないため、待つよりほか仕方がなかった。

 日が暮れ月明かりが強くなるころ、それは動き始めた。動きは何かを探しているような様子だったが、皮を見つけるとその中に隠れるように入っていった。目から、耳から、口から、鼻から肛門から、少なくともそれは薄く広がりその皮の中にいち早く入ろうとしているように見えた。そしてその皮がゆっくりと膨張していく。量が足りなかったのか皮がたるんでいるが、二足で立ち、元の妻を20歳ほど経過させたらこうなるかもなと思わせる外見であった。それは状況を把握するために周りを確認し、死んだように立ったまま動かなくなる。篠崎は急いでビデオカメラを準備してガラス越しに撮影を開始する。少しするとそれは

「ミネラルウォーターを20Lほどいただけるか。それくらいあれば適切な形体を取ることができる」

と発する。その声は妻のものではない。一人の声が話すというよりは幾人もの声が同時に同じことを寸分たがわぬタイミングで同じことを発する。

「わかった、少し時間が欲しい。待っててくれ」

ドラッグストアで、水を買い、念のため甘酒を購入する。加えて日本酒を購入し、戻る。

 その生き物らしきものは見送った時と変わらない状態で待っていた。

「買ってきましたが、中に入れるために一度ガラスを下ろしますが何もしないと信じることができない。何か補償をしてほしい。」

「それはそうだろうな。君の経験はあまりにも過酷で、時間の感覚も狭かったようだ。そう思うことも致し方ないことだな。」

あまりにも詳しい。やはり情報は共有されているということか。

「では、どうすればいい。君は私が不定形で隙間があればそこから外に出ることもできることも知っているのだろう。また凍結させるか。君が最も安全な方法だと思うが」

確かにそうだ、しかしそれでは時間がかかりすぎる。

「あなたには私を襲う気はあるのか」

「面白い問いだ。私にはあなたを襲う気はない。なぜならあなたはこの世界にとっての異物だからだ」

異物という言葉で自分がもともとここで生まれ育った生き物ではないことを思い出した。

「では、その言葉を信じてガラスは開ける。だからあなたにも自分が行ったことを守ってほしい」

と伝え、ガラスをあけた。あれは全く動かないまま

「水をいただけるかな。」

という。段ボールに入ったペットボトルの水を口から流し込んでいく。ちょうど1パックを飲み干したところで

「これでいいだろう。君は妻の声を聴きたいのだろう。彼女の情報を上乗せしよう。」

上乗せ?元があってそこに個性を乗せているということなのか、どういうことだ。

「あなた、これで安心して話せますでしょうか。」

それは紛れもなく妻だった。声色はもちろん、アクセント、話し方のくせ、驚いたのはこの目の前にいるものは言葉に抑揚さえつけている。まさに人間としか思えないものになっている。まさに妻以外には考えられない存在がそこにいる。

「もう、どこまで知りましたか。」

と彼女は妻の声色で表情まで変化させて、非常に人間らしく、妻のように動くことに驚きを隠せなかった。それをとらえたのか

「ここまであなた方らしい別の生き物を見たことはありませんでしたか」

「はい、正直、デコイレベルかと思っていました。」

「そうですね、制圧が終わった地域はデコイレベルの知能を分離し共有しています。ですがデコイを増やせば、それだけ全体の知能も低下する。それを補うためには知能を獲得する必要があります。そういう意味ではあなたの知性はあまりにも魅力的なものです。ですが、あなたに手を出すことは私には許されていません。残念です。」

最後の発言は篠崎には意味が分からなかったが、何かしらの理由があって知能を得る必要が出てきた。しかしそのまま放置すれば問題になりかねない。だからデコイを置いた見た目変わらない街を残しているということなのだろう。

「知識が必要になった理由は」

「もうすでにあなたはその答えにたどり着いていますよ。私はこれまでも、おそらくこれからも一人ででしょう。いや、一人という表現が正しいかはわかりません。これは人を何人か取り込んで組み込めた結果に得た感覚です。それまでは寂しいなど感じたこともなく、ただ生存本能に従ってその時期の頂点に立つ生物を取り込み、環境に適応し、時には腐敗した部分を切り離して個の保存のみを考えてきたんです。それが人を取り込むことで様々なことが変わりました。例えば感情です。知恵なども取り込めば取り込むほど様々なことを知りました。」

「なぜ、人を取り込むという決断をしたのですか」

「それは先ほどお伝えした環境の頂点を取り込むことを当たり前のように行っていたからです。はじめのころは感情など生まれなかった。あなたたちが類人猿とする存在を取り込みものを作る知恵、意味、略奪する目的などを知ることになりました。それは現代人まで多くのことを私に知恵として与えました。

そして気づいたのです。この種は欲に飲まれる種であると。」

「しかしあなたはそれを嫌悪していない。あなたの目指していることは自分が生き残ることですか。」

「そうですね。私はここまで大きくなってしまいましたが、所詮は一人、いつまでたっても一人。あなたも見たでしょう私の組織は一つでできています。にもかかわらず、分離もできる。そしてのその間で意思疎通もできる。ですが、同じ意志を、考えをもつ存在とは会話など成り立たないのです。何もかもが独り言と同じだとあなたたちを取り込んで強く感じ、孤独感を感じるようになりました。」

「人を取り込むことで感情や知恵を理解するに至ったと。しかし同じ欲を感じるようになったのならもっと大っぴらに行動するようになってもかしくないと思いますが。」

「そう思うかもしれません。しかしそれは集団であればです。たとえ、種と種が争ったとしましょう。勝った方はその時のその部分の覇権を握るかもしれません。しかし敗者の方はどうでしょうか。多くを失い、虐げられる時期が続いたとしても集団であれば個が失われることはないのです。だから私は集団であれば同じことをしたかもしれません。しかし私は個であるがゆえに、何よりも自分の環境適用と生存を優先する選択をしたということです。」

「それではあなたはいわゆる生物が産まれる前から存在していると、そして生きるために取り込み、何にも見つからず生きてきたと。」

「そうですね。私が意識を持ったのは植物が陸を覆った頃でした。それまでに海に生息していた生き物はプランクトンとやらと一緒に我々を捕食していたと考えられます。その中にはその生物すらも取り込み、新たに進化をしたものもいれば、私と同じように生物の機能を取り込むことだけができる種もいたのだと思います。それだけではなく、想像もできない同族とも呼べる種が当時は存在したと思われます。それは化石で欠損しないはずの部分が欠損しているものが見つかる理由からも予想がつきます。」

「そのなかで、あなた方は同種を取りこみ融合し、さらに新たな生物を取り込みながら生きるすべのみを模索する生物であったということですか。」

「はい。その通りです。私が持っていたのは生存本能のみです。それを達成するために必要な機能を探し、他者を取り込み、いらぬものを切り離し、またその中から想像しえなかった機能を有することが可能となりました。」

「その起点となったのが人間だと」

「そうですね、同じ種なのに同様のタンパクを持っていたり、持っていなかったり。特に面白いのは君たちが難病という癌です。これは人にとっては周りの細胞の栄養を吸収し自らを無条件に急速に増殖させます。これは私にとっては救いに思えた。これだけ増殖機能が高く特徴的ながん細胞はあなた方にとっては病と認識したようですが、私にとっては新しい希望になりました。」

「希望?」

「細胞膜にそれぞれを区別できる正常細胞とは異なり、私は一つの個です。つまり、癌の機能を取り込むことができれば、切断されようが、どうしようが死ぬことがなくなるという意味ではないかと考えたのです。そこからは様々ながん患者を食らいました。自らの生を優先するために他者を捕食し取り込みました。今となってはこの行為はエスカレートしすぎたとも感じています。後片付けには苦労しました。」

という妻は若気の至りともいうべき表情を浮かべている。目の前にいるのは妻ではないのに、話していることは決して心が休まる内容ではないのに、なぜか彼女と呼び、その彼女の姿に心から癒される自分が篠崎の中に存在することを感じる。

「あなたは国立がん研究センターの大量殺害事件を知っていますか。公にはされなかったことなので、知らないとは思いますが、これは私が先の目的を果たすために研究所を無計画に、まるでゲリラのように占拠したのです。その家族を含め、関係者を早急に取り込むことが必要となることは目的を達成した後のことでした。まだ、それに気づいたころは家族がその取り込んだものに対する異変を周辺に話す程度でしたので、私は事故で存在が公になる前に何の関係もない人たちの命を取り込みました。その結果、何もなかったかのように報道すらされていないかもしれません。しかしあまりにも多くの人を取り込んだせいか、様々な思考が私の中で交錯するようになりました。たとえば、あれは虐殺だという考えとあれは進化に必要な糧だという考えのように。しかし私はそれらの考えをもちあまりにも人間のことを理解できるようになりました。」

「それで今はゆっくりと確実に生息圏を広げていると。でもあなたにはもう生息圏を広げる必要はないのではないでしょうか。」

「そうですね。今の話だけではあなたの疑問はもっともなことです。しかし私は人間を知りすぎたために、人間に恐怖心を抱くようになりました。この種がいる限り私は生き残れない、と。現にあなたと行動を同じくしている男がいますね。彼は私の取り込みそこなった存在です。そのような存在は実は各地に無数にいるのです。幸い、彼らには同じ境遇の人物を見分けることは難しい。ですが彼らは一様に私に対して過剰な殺意をいだき続けることです。私は彼らのような存在を生み出したことを後悔しています。なので家族構成や、社会とのつながりを確認して、確実性の高い計画を立てて回収に望むようになりました。しかし人のつながりは細かろうが太かろうが存在します。これまでの私であれば、関係の薄い人間に対しては無関心でしたが、今の私はそのつながりすら足をすくわれる要因になりうると考えています。そうすると、結果として生息圏を広げざるを得ないという意思のもと、行動することが何よりも自分自身が安心できるのです。あなた方の言う生存本能でしょう。逆に言うなら私は未だにあなた方のいう自己実現だとか他者認識だとかの段階に移行することはないのでしょう。」

「そうですか。そりゃあ自分が生きたい、残りたいと考えるのは普通のことかもしれませんね」

と篠崎は人間がしてきたことを思い返し、否定することができなかった。

「ところでがん細胞はあなたの意図とは別に増殖しないんですか。」

と篠崎は生物進化についてのとりとめのない話をやめ、興味深いことを知識として取り入れることにした。

「私は一つの巨大な細胞と見ることができますが、未だに遺伝子を持たないのです。ですから同じタンパクをタンパク複製酵素を用いて複製できますが、癌は細胞なので増えることができず、私にその急速な増幅能だけを授かることになりました。」

「つまりもう固体として増えることを現状では望んでいないが、さっき仰っていたことが理由で仕方なく増殖し生息範囲を広げる結果となったということですか」

「はい、そうなります。」

「ところでさっき変なことをおっしゃられましたが、『私がこの世界の人間ではないから対象にはならない』と。これはどういうことですか」

「あぁ、そんなことをいいましたか。私としてはあなたはおそらく私の持たない組成のものを保有している可能性が高い存在です。その意味であなたは非常に魅力的な捕食対象です。」

とあっさりと、何も飾らず、何も偽らず答えた。

「それではなぜ」

篠崎も同じことを考えていたので、その答えには何の不思議も感じないがそうしない理由が分からないのはどう考えても聞かないとわからない。

「この世界に送られてきた存在でしょう。あなたを取り込むとあなたが戻されるときに私がどうなるかわからないのです。万が一死に直結する可能性があるなら手を出さないのは当然だとは思いませんか」

「たしかに。」

言っていることは彼女、いやあれのいう生存本能に従った第一回答であることは間違いない。

「でも、どうして私がこの世界の人間ではないとわかったのですか。」

「匂いとあなたの纏っている空気ですよ。あなたは私のことをかなり分析した結果、話ができると考え、このようなことをしたと私は考えています。その時に気づきませんでしたか。目の表面は自らの固体で形成していること。これは動物や昆虫の視野に似て特定の色を確認することができます。私はこの機能がどう変化したのか、あなた方がいうオーラというものの色が見えるのです。それは大抵はそこの風土や環境によるようで、その地域の生き物の持つオーラは全て同じなのです。しかしあなたは、少なくとも私が見たことのない色を纏っているのです。いや、より正確にはいろいろな色が混じっているので、そのような存在はどうやらこの世界の人間ではないと教えられたことがあったのです。なので可能性の一つとして最有力な仮説と考えました。違いますか。」

「たしかにわたしはこの世界の人間ではないのかもしれない。でもこの街もあなたの被ったその人物を知っています。それは私もこの世界の人間だということではないのでしょうか。」

「難しい質問ですね。イエス、ノーで答えるならやはりノーでしょう。なぜならあなたの存在はすでに取り込んだ存在です。にもかかわらず、もう一人のあなたがいると耳にした。もし真実なら、確認する必要がある。そう考え、行動しましたが、あなたはすでに私の心配の種に見つけられた後で、対処する対象かどうかをゆっくりと確認するより前にその心配の種の排除を優先する必要がありました。その結果、あなたに関する観察は今初めて行えました。」

「そうですか。私はこれからどうなるんでしょうか。」

「私はこの世界を統べるものではありません。ただの一個体です。申し訳ありませんがあなたがどうなるかは想像がつきません。」

ともっともな答えを返してきたそれはさっと手を私の口元に向けもう片方の手は自らの口元に人差し指を立てて

「少し静かにしてもらえますか。火事か何か大きな事件が発生しているみたいです。この焦げるにおいと消防、救急のサイレンの音はあまりにも数が多いです。」

しばらく、その状態で彼女は身動き一つ取らず、音と匂いに集中しているようだ。篠崎は何も聞こえないし、何の異臭も感じない。この生き物はこれまでもずっと危険を予期し、警戒しながら、生存してきたのだろう。その結果勝ち取った機能が優れた聴力と嗅覚なのだろう。もしかすると視力も人並み外れたものなのかもしれない。

「あなたはあの家に大切なものを置いているなら、急いで取りに行った方がいい。おそらく燃えているのはあの家です。」

「なんで?あの家はミオンしかいないはすでは。放火か漏電ですか」

「予想ですが、ミオンさんですか、あの方が自ら火を放ったのでしょう。私もこれは発見は免れない事態になるかもしれません。あなたはそのミオンさんに何か重大なことを話しましたか、おそらくそれが原因と思われますが。」

「この現象は治療不可能だと、少なくとも私は治すすべが思いつかない。と伝えました。」

「なるほど、それで諦めもついたということでしょう。治療が叶うという希望を持っていたから私の断片を保管していましたが、その治療が叶わないなら私の存在を世間に大きく知らしめるために大きく公務員が集まるような行為を行い、私を滅する方法を誰かに託そうとしたのではないでしょうか。」

といいながらも目の前の生き物は焦る様子は全く見せない。おそらく大部分を失ったように見えてもすでに世界中にかなり広範囲に分散しているのだろう。まさにウイルス感染と同じ速度で蔓延し、不死であるなど、もうどうしようもないではないか。そりゃ余裕だろうな。死んだように見せて長期にわたり静かにしていればいいのだから。何よりこの生き物は生存することを第一として生命を脅かされない状況は願ったり叶ったりなのだろう。

「私はそれでは戻ります。あの家に荷物を置いていますし、何よりミオンが心配です。」

「そうですか、それではこれでお別れですね。また会うことがあれば、今度はあなたのことをきかせてほしいものです。」

というと妻の良くしていた会釈をする。それを見て後ろ髪を引かれる気持ちになる。抱きしめたくなる。それが妻ではないのに。




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