第五話 初めて胃カメラを飲む話
次から次へとしょうもない話ばかりだが、ある時胃にものすごい違和感を覚えて食欲も一気に失せることになった。
そういえば最近紅茶やコーヒーの量も日に五杯と多いし、ちょっと負担かかっているかなあと思いもしたが、しばらく様子を見ても一向に改善の兆しが見えないため、自分は癌の可能性を考え始めていた。
思えばうちの母親も最初は食欲不振から始まっている。食べられない日が続いておかしいと調べたら末期の膵臓癌だったわけだ。
癌の要素は遺伝するともよく聞くし、どうも話を聞くと祖父も膵臓癌だったかもしれないと聞いていたので、気が気じゃない自分は半分パニックになってしまった。
毎回パニックな気もするがそれは言うまい。
内科にかかっている関係上四ヶ月に一度血液検査はしているので、異常があればその時に数字が出ているわけで、今見つかるとしても末期はないと思いたいのだが、しかし想像(妄想)は悪い方にばかり進むもの。
というわけで早速薬をもらうついでに内科医に相談してみた。
しかしこの医者わかりがいいのか悪いのか、胃カメラ飲んでみる?と早速紹介状を書いて近所の医院を紹介してくれた。
どのみち膵臓の検査はしようがないし、できたって滅多に癌が見つからないくらい難しいのでしょうがないのだが。
なんか違う気もしつつ紹介状を持って近所の別医院へ行った自分は、「じゃあ二日後に検査しましょう」と言われて面食らうことになった。
さすがに明後日にもう胃カメラ飲むとは思ってもいなかったので、このフットワークの軽さは驚愕だった。
自分の中のイメージが古すぎるだけなんだろうけど。
朝九時二十分までに来てくださいと言われた自分は、当日八時半にはその医院まで来ていた。
しかしまだ入り口が開いていない。
仕方ないので周囲をうろうろして近所の公園で携帯をぽちぽち。寂しいリストラサラリーマン気分を味わい、九時になってから出直すことにした。
九時過ぎ開いていることを確認して無人の待合で待つ。まだ受付は開いていない。
その後出勤してきた職員と思しき人に「今日予約された方ですね?」「はいそうです」とやり取りしてやっと話が始まった。
さすがに早すぎたらしい。
そして通された自分はまずガラガラうがいをするよう洗面所に案内された。
その後ベッドで横になり注射。
実はこの注射意識を落とす注射だったらしい、自分は寝てしまった。
そして気づいたら「終わったらこっちに移しますからねえ」と言われていた場所に既に移されていた。
つまり検査は終わったということ。
え?? と思いつつ暇なので携帯をぽちぽちしてから、待合に戻されてまたしばらく待った。
その後診察室に呼ばれて医師に「特に異常はないです綺麗でした。ポリープが三つほどあるけどこれは良性だから取っちゃ駄目な奴」などと言われて、薬だけもらって帰されることに。
アコファイドという薬をもらったが、これは食前に飲むらしい。
今どき院外処方ではない病院も珍しいと思いながら薬を持って帰った自分は、結局一度も胃カメラを飲んだ意識がないままだった。
胃カメラといえば終わった後えづくとか、飲んでいる最中もおえっとなるイメージしかなかったが、今はあんなに簡単なんだなあと感心。
そんなに簡単に意識落とせるなら、検査の時さっさとやってくれよと思いもしたが。
部署によるんだろうかこの手法。CTやMRI如きで大層なとか思っていそうだ。こっちにとってはおおごとだと言うのに。
その後アコファイドを飲んでから食事するようになったが、実は違和感のピークは土日で、内科医からこの医院を紹介されて行った月曜日辺りには徐々に痛みや不快感も軽くなってきた。
火曜日にはもうちょっとした違和感だけになり、水曜検査当日は絶食だったこともあって「お腹すいたなー」とは思っても特になにもなかった。
結局帰宅後普通に朝食以降も食べたし、食前服用に慣れずに、気づいたら飲み忘れて食事をした後だったこともあったりしたのだが、特に気分が悪いということもなかった。
ようするにまた自分の空パニックだったことになる。
食欲自体が失せるということもなく、体重減少も自然現象の一端だったようですぐまた増えたし(また減りもしたのだが)、まあどこぞの元議員のような人騒がせな人間になってしまった。
……と思う。
実はこの頃から人知れず癌は進行していたのだ、と後でならないことを祈りたいところ。
可能性があるとしたらそれしかないのだが、いやないほうが幸せだ。
今日もおいしくご飯を食べています。デザートもね。




