第三話 病気の連続コンボのおかげで事態は混迷の度を深めることに……
結局眼鏡を作ってからそれをほとんど使うこともなくなって、結構な時間が経過してしまった。
作ったのは十一月の初めで、その後十二月に入った。
免許は三ヶ月期間延長しているので来年二月まで猶予はあるのだが、放置は性に合わない性格だったので年内に決着を着けることにした。
再びバス停へ歩いていく自分。もちろん眼鏡は忘れず持参。これを忘れたらえらいことになるところだった。
そしてバスと電車を乗り継いで免許更新センターに再訪。
今回は一時間ほど時間が遅くずれたので、朝一の混雑は避けられた。
それでも行列はわずかにあったのだが。
行列待ちの間に眼鏡ケースから眼鏡をかけて準備万端。
また支払いをして順路通りに更新センター内を歩いた自分は、ついに因縁の対決再び、視力検査のブースへやってきた。ここには四番と番号が振ってある。
入り口が一番で書類が二番、支払いが三番だったかな。詳しくは忘れた。
安全協会の勧誘、毎回されるけど誰一人支払いに行かないんだよな。哀れなくらい。こっちが哀れんで欲しい立場なんだけど今は。
眼鏡をかけたままの自分に係官は「眼鏡外さなくていいの?」と尋ねたが、無理なことはわかっているので自分ははいと答えた。
ここで眼鏡が合っていなくてまた見えなかったらどうしようと思っていたが、今回は無事クリア。
正直ほっとした。
そして次の五番窓口に行った自分は、そこで書類の処理後係官に「次は八番と書いてある事務所に行ってね」と言われた。
順路通りなら次は免許の写真撮影なのだが、ここで道を外れることに。
そういえば眼鏡さえあれば免許はもらえるのだが、それはつまりこれまでなかった「眼鏡を着用しないと運転できない」条件が追加されることになる。
自分の新たな今の免許証の免許の条件の項目には新たに「眼鏡等」という文字が刻まれている。
その変更の件かなと思った自分は、八番の事務所を訪ねてそこで順番を待った。
そして室内に案内されながら、若い係官は自分の杖を見て「その杖はなんでついているんですか?」と聞いた。
「今年背骨骨折しまして」
「それは治りますか」
「はい、もうほとんど。実際杖も用心でついているだけでほとんど使っていません」
「じゃあこれは書き直してください」
そこで提示されたのは、最初に提出した質問表の新しい用紙だった。
その質問表には「五年以内に全く体が動かなくなったことがある」という項目があったのだが、自分は当然「はい」と答えていた。
しかし係官は杖と骨折の話を聞き大丈夫だなと判断。その結果問題なしということでこれを書き直すことを指示したわけだ。
自分はその時眼鏡と視力のことで頭がいっぱいだったのでこれをスルーしてしまった。
そう、賢明な方ならもうおわかりかと思うが、脳梗塞の話がどこでも出ていない。
しかしそれを失念していた自分は、素直に用紙を書き直してその後撮影の場へ。
そうか寄り道したのは動けなくなった事実を確認するためだったのかと書いていて今さらわかった。
そして研修のDVDを二十分ほど観た後、新しく出来上がった免許証をもらった。
その時係の人が「エレベーターは部屋を出て左手です」と言ったのだが、自分は? なんで自分だけ? と思った。
部屋を出てから杖をついていたからだと気づいた。
そんなことも忘れていた自分は、以前この優良講習の最中に携帯電話を鳴らして思い切り睨まれた人のことを思い出してそればかり考えていた。
自分も携帯電話を持つようになって、今一番神経を尖らせているのはこの唐突に電話が鳴る事態を引き起こすことなのだ。
マナーモードにしておいても、アラームなどはいつも通り勝手に音を立ててしまう。
だからマナーモードにした上でアラームも鳴らないか確認しないといけない。
面倒極まりないったらありゃしない仕様だ。
そんなことを考えながら左ではなく右に歩いて階段を自力で下りた自分は、やっと晴れやかな気分で外に出た。
そう、ここで気づいていればまた面倒な手間をかける必要はなかったのに……。
それからしばらくして「脳梗塞になった場合医師の診断書が必要になる」という話を耳にした。
なに? 診断書なんて出してないぞ? と考えた自分は、そうかあの時なにも言わなかったからだ! とやっと気づいた。
とりあえずネットで適当に検索して、本当に脳梗塞の場合診断書が必要かどうか調べる。
居住する県の免許更新センターのサイト、つまり今回行った場所のページが見つかり、そこには必要な旨がはっきり書かれていた。
そして相談の電話番号もあったので、早速時間を見て連絡。
「二年前に脳梗塞になったことがあるんですが、何も聞かれなかったので実はもう免許更新できてしまいまして……」
と説明する自分に、やはり電話口の女性はこう返してきた。
「質問を書かされたと思うんですが。五年以内に全く動けなくなったことがあると……」
ほらやっぱりそれだった。
そう、本来ならそこで脳梗塞、脳卒中の人は間違いなく引っかかるのである。
だが自分はその一年後さらに背骨を折っている。こんな奴は滅多にいまい。
いやいるだろう老人とか……という気もするが、さらに五体満足で免許の更新に行ってしまう人間ということになるとややレアケースかもしれない。
さらには近視になって眼鏡作るために出直しということになると、多分滅多に自分の同類はいまい。
なんの自慢にもならない話だが。
「ちゃんと動けなくなったと答えたんですが、今年背骨を骨折していまして、そちらの説明だけで終わってしまったんです」
と事情を説明。
不幸な行き違いを理解してくれたらしい電話の女性は、上司と相談するので折返し電話しますと一度電話を切った。
それからしばらく待って電話がかかってきたが、もう一度更新センターまで来てほしいと遠慮がちに言われた。
断定ではなくできれば……とやや消極的だったのは、どうも自分が動くのは大変だと考えてのことらしい。
代わりに近くの警察署でもいいですと言うので、自分は自転車で行ける市内の警察署を指定して、そちらで話をしてもらうことにした。
いつ行かれますか? と聞かれてじゃあ明日と答えると、話は通しておきますと告げられて、電話は終わった。
改めて近隣の警察署の地図を確認。
その近辺に警察署があることは知っていたのだが、今まで入ったこともない。
実はいつも銀行のATMに行く時目の前を通り過ぎていたりしたのだが、入り口がやけにおとなしいので全く気づいていなかったことがわかった。
しかしそこなら迷う要素もない。
そして次の日早速人生で初めて警察署を訪問することになった。
お縄になったわけでなくて本当に良かった。
自転車置き場に自転車を置いて、うろうろ入口を探す自分に、突然見知らぬおばさんが声をかけてくる。
「警察の方ですか?」
「え? いやいや、違いますよ」
何やら困りごとらしいのだが、なら入ればいいのになんで入り口で? と思いつつ、自分は控えめすぎてそれが入り口なのか最初は本当にわからなかった入り口からはじめての警察署に入った。
結局あのおばさんはなんだったのだろうか、考えながら窓口にいた女性に声をかけた。
そうか城の入り口はまっすぐ攻め込まれないようにわかりにくくしてあるのと同じか、などと城に入ったこともないのににわか知識だけで納得しつつ、案内されるまま交通課へと向かう自分。
そして「お電話で連絡したものですが」と告げると「更新の件ですね?」とすぐ話は通った。
やはり医師の診断書は必要らしい。
医師に診断書をもらったらそれを郵送でまた別の場所に送るようにと封筒と書類をもらった自分は、その足でいつも行く内科を訪れた。
数日前に薬をもらったばかりなので、受付の人は今日はどんな御用で? と聞いてきた。
免許の更新のために診断書が必要なんですともらってきた書類を示す。
すぐ話は通って医者と直接面談。
こんなものがあるんだなという口ぶりからして、医者もよく知らなかったらしい。
この時警察から医師に示された診断の判断基準はこうだ。
1、回復し、脳梗塞等にかかっているとはいえない。
これは完全回復パターン。当然免許は更新できる。
2、脳梗塞等にかかっているが、症状が再発することは多分ないし運転を控える必要はない。
本当はもっとものものしい言い方だが若干わかりやすく直した。
これもOKパターン。結局自分はこれだった。
3、なんらかの障害(意識、運動、視覚、視野などいろいろ)が今もずっと発生しているわけじゃないし、(今後×年程度なら)大丈夫。
これは条件つきセーフ。医者は「ここはグレーゾーン」と言っていた。
一応更新はOKだけど数年後は再検査したほうがいいよということらしい。
4、障害がずっと起こっているわけではないが、今後起こる可能性は否定できず、現時点では運転を控えるべきだが、×ヶ月後にもう一度検査すれば2か3になる可能性はある。
ここで医者が出した期間、効力の停止になるらしい。当然運転はできない。
が取消ではないのでまだ回復、免許復活する可能性はある。
5、障害が起こっているわけではないが、今後再発の危険があるので運転は控えるべき。
6、障害が起こっており、運転は控えるべき。
意味合いは若干違うが、運転適性はないとはっきり断じられるケース。当然免許は取消となる。
医者はここ完全アウトと言っていた。
障害と一口に言っても視覚、視野などの目の問題から、あるいは意識を失ったり、あるいは手足が動かなくなったりと問題は多岐にわたる。
なにしろ脳にダメージがあるので、もう一般人のようにはいかないのがこの病気。
自分なんて全然元気なもんなのだ本当は。
しかし峰打ちも二つ重なれば面倒なことになってしまう。
実は診断書をもらう前に病院受付の人はこう言った。
自分はその時初めて(久しぶりに)動揺した。
「診断書は実費になります」
生活保護だと医療費は全額ただになる。
おかげで病院でも薬局でも最近支払いを全くしていない。
だから財布の中にはほとんどお金を入れていないのだ。
言われてえ!? と財布を取り出した自分は、なんとかへそくりとして隠しておいた千円札を引っ張り出したが、それがなければ千円札一枚くらいしか持っていなかった。
「いくらくらいになりますか?」
「大体千五百円から三千五百円くらいです」
小銭と合わせてそれならなんとかあると思った自分は、大丈夫ですと答えたのだが、今後少しは財布にお金入れとかなきゃとつくづく思った。
行きつけのスーパーはプリペイド(先払い)なので、普段お金を持ち歩く習慣が本当になくなっていた。
やばいやばい。
結局請求は千五百円で済んだ。
帰り道の郵便局でのりを借りて封をしてから切手代を払う。
こうしてやっと面倒事は完了した。
それが十二月の終わり頃の話で、返事が来たのは一月になってからだった。
その書類によれば「今後病状に変化なければもう診断書は出さなくてもいいけど、医者の言うことよく聞いてもし病状変化したら再相談してね」ということだった。
一緒に医師の診断書の写しももらったが、特に問題になるような言葉はなし。
これにてミッションは無事成功。自分の(ペーパー)免許は辛くも守られることになった。
しかしなんとも余計な冒険をしたものだ……なんて遠い回り道人生だろう。
運転免許編はここまで。




