第二話 初めての眼鏡店
免許の更新に行ったのは月曜日だった。
火曜日はただ無為に時間を過ごし、とりあえず眼鏡を買う店を探してみる。
そういえば近所に店があったなと思って検索してみたが、既に閉店していた。
安い店を教えてもらったが、そこは結構距離がある。
悩んだがじっとしていてもしょうがないので、水曜の朝重い腰を上げてまずは伸び気味だった髪を切りに行きつけの理容室へ行くことにした。
最初は言葉もなくただ二代目若旦那の仕事を見ていた。若と言っても自分より年上だが。
そういえばこのお店の家族とは先代からのつきあいだが、家のメンツは誰も眼鏡をかけていないと思い出す。
なら眼鏡店の話をしてもわからないかなと思いつつ「最近どう?」と振られたのをきっかけに、眼鏡を作ることになったと話してみた。
すると意外にも「自分も最近作った、どこで作るつもりなの?」と聞かれる。
この後行くつもりの場所を口にすると、若旦那は知っていると言い出した。
そして自分がいまさら眼鏡を作ることになった無念を口にすると「年だから起こることだし、今はゲームとかパソコンでみんなそうだから」と言われる。
確かに自分の趣味は本を読む、漫画、ゲーム、パソコンと大半が目を酷使することばかりだった。
当然の結果といわれればその通りなのだ。
みんなそうなのか。
これでだいぶ気が楽になった自分は、その後家に帰って自転車の鍵を手にしすぐ眼科に向かった。
そして眼鏡が必要なので処方箋をと告げた自分は、視力検査であれこれ試して、合うレンズを探してもらう。
これでいけると思いますと告げられた自分は、しばらく試してみてほしいと言われ一旦待合に下がった後も仮の度が入った眼鏡をかけて、待合をうろうろ。
そこに貼られた掲示物を距離を変えて眺め、裸眼時と比べてチェックし、確かに裸眼だとぼやける視界が眼鏡を通すとはっきり見えることを確認した。
しかし面倒なのはマスクだ。
そうマスクをしたまま眼鏡をかけるとすぐに曇ってしまう。これが中々鬱陶しい。
しかもこのご時世マスクは迂闊に外せないので余計大変だ。
処方箋をもらった自分は受付の人に「結局自分は近視ってことでいいんですよね」と確認。
そうですねと言われた。
近視というのは遠くのものが視えない状態。
だからノートパソコンを眺めている普段はそこまで意識しないで済む。
実は最近ノートパソコンをケーブルでテレビに繋いで使おうとしたのだが、どうも画面が鮮明でなかった。
これようするに近視だったかららしい。
異様なくらいテレビを近づけてやっと文字が読めたのだが、この時感じた違和感の正体がはっきりしてよかった。
いやよくはないが。ケーブル結構値段したんだけどそれはもう忘れるしかない。
まあいまさら嘆いてもしょうがないので、次に自分は眼鏡店へと自転車を飛ばした。
その店は巨大なショッピングモールの中にあるのだが、自分はそのモールの中に入ったことがなかったので、うろうろと遠回りをしてしまった。
それでも案内板を見ながらなんとか店に到達。
ずらりと並んだ眼鏡を他の客が試着しているので、自分もそれに倣って手近な商品を手にとった。
価格帯は色々あるが値段はポッキリ価格らしく、事前情報通りかなりお安い価格であった。
安心した自分はあれこれかけて鏡を眺めた。
カップルが眼鏡を物色する漫画のシーンが思い浮かんだが、当然自分にそんな相棒はいない。
そんなことを羨んでも仕方ない。
あれこれ試してみたのだが、どうにも好みに合うフレームが見つけられず広い店内をうろうろしてしまった。
いよいよ疲れてきた自分はもういいやと適当に一つ選んでそれをレジに持っていった。
応対してくれたのは手が空いていた若い女性店員だったが、その人はフレームを一瞥しただけで「これは女性用ですね」と言う。
え、そんなことどこに書いてあったんだと思った自分はもう一度売り場を眺めたが、それらしき表記は見当たらなかった。
自分が選んだ場所は全部女性用だったらしい。
サイズは合っていたのでそれでもよかったらしいが、とりあえず別のものを改めて見直すことに。
その隣の列のものを手にした自分は「こちらは?」と聞いたが「そちらは男女兼用ですね」と帰ってきたので、もうそれでいいですと決めてしまった。
大して違いがわからないし、もう疲れたとは言えなかった。
その後処方箋を出してレンズを作ってもらうことに。
本当は眼鏡店で視力を検査してもいいらしいが、自分ははっきり医者から自分の病状を聞いておきたかったので先に病院に行った。
結局医者に診てもらったわけではないけど。
三十分したらできあがるというので、自分はモールを出て近くにある古本屋に。
そこで適当に立ち読みと物色を終えた自分は、一時間後に眼鏡店に戻った。
この時モール内で十二時を告げる時報が流れていた。
出来上がった眼鏡を受け取った自分は「かけて帰られますか?」という店員にはいと答えて、ケースだけもらって眼鏡をかけたままで自転車に乗った。
違和感が全くないということはないが、意外と自然に受け入れられそうな感覚を覚えた自分は、それでもつい眼鏡越しの良好な視界から離れて、裸眼で景色を眺めようと視線を上げてしまう。
当然それはぼやけて見辛い代物なのだが、どうしても器械に頼ることを拒否してしまいたくなるのはもう習性なのだろう。
なんとか自宅に帰り着いた自分は、少し遅い昼食をとりながら、それでもまだ眼鏡をかけて具合を確かめていた。
これからずっとこれが続くのだから……と思っていた、その時は。
しかし次の日にはもう眼鏡はテーブルの隅に定位置を作り、ほとんど顧みられることがなくなった。
やはり日常生活では必須要素というわけでもなかったようだ。
家の中にいる限り目の前さえ見えていれば特に不自由はないし、外に出かける時ももうほぼ着けていかなくなった。
これはあくまで免許対策の品物でしかなかったということか。
いやそんな甘い話が通るわけはないと思っていたが、今のところはそれで通ってしまっている。




