第十話 白玉くんが去った後
もう一つ白玉くんとのエピソード。
それは向かいに入った検査入院の爺さんの話から始まる。
この爺さん数日ですぐ退院予定で今回は検査だけらしいが、その検査が終わってからおもむろに電話をし始めた。
当然病室内では通話禁止である。
また脇道に逸れる、自分も手術後ケースワーカーから着信があったが、今回ばかりは病室で電話待ちするのは絶望的だった。
そのため動けるようになってから、なんとかテレホンカードを持ってナース詰め所横の電話まで行った。
しかしテレカはまだ度数はあるのに使えなかった。
たまに機体によってこういうことがある。
別に変造品とかじゃない正規のカードなんだけどな。
結局その時の電話は諦めたのだが、いつまでも放置しておくわけにはいかず、いやいやスマホから電話をかけた。
買ったばかりの頃自宅に向けてテストでワン切りした以外、この時初めて(唯一)自分からお金を払って通話したことになる。
しかしその日はなんと本人お休みだった。畜生。
次の日電話してやっと繋がったが、どうやら今回はそんなに長くならないと先に言ったのを誤解されたようだ。
もうとっくに退院していると思ったらしい。
一ヶ月は越さないと思うという意味合いで言ったのだが、うまく伝わっていなかった。
電話くらいなら、うるさいなーと思いつつもまあしょうがないと思っていた。最初の一回くらいは。
しかしこの爺さん終わったと思ったらまた別の場所に電話し始めて、今日の検査はえらく大変だったーなどと語り始めるからうんざりした。
この時白玉くんが部屋を出ていったのは自分もなんとなく目にしていたのだが、シーン的にフォーカスは爺さんのほう集中で、白玉くんはその他背景同様軽くぼかされていた。
その後看護師がやってきて、病室内は電話禁止ですと注意してくれたのでこの電話地獄は終わった。
「えらくいいタイミングで入ってきたなー」と思っただけだった、この時は。
しかし白玉くんが明日は退院という日にそれは起こった。
最後ということで色々名残惜しんで話し込んでいる時、この爺さんは突然切れだした。
「あんたらうるさくて眠れんよ!」
時間は20時すぎ、いや21時頃だったか。
「じゃあちょっと移動しますか」と二人は重い腰を上げたのだが、部屋を離れても白玉くんの怒りが収まらない。
「自分は夜遅くまでテレビつけて寝てないくせに! 部屋の中で延々電話しているし!」
そういえば消灯後も長いことテレビを観ていて寝ていなかったなあの爺さんと思い出した自分は納得したのだが、この後彼は意外なことを言った。
「だから看護師さんに言ってやった」
あれあんたやったんかい!
そういえば直前に部屋を出ていくところを見かけたが、あれはそういうことだったのか。
そりゃあいいタイミングで看護師のカットが入るわけだ。
納得した自分は大笑いした。
結局消灯後もしばらくは話し込んだが、23時過ぎだったかにそろそろ寝ますかと部屋に引き上げた。
そういえば彼がいじっていたiphone、使われていたアニメ絵の壁紙が妙にエロかったのははっきり覚えている。
若い子はやっぱiphoneなんだなあと思いつつ、こういう絵もろに使う度胸はもうないなと思った自分の壁紙はデフォのまま。
翌日真っ赤なシャツを着てすっかり普段着に戻った彼と挨拶して別れたが、今も元気でやっていることを願いたい。
で、残された自分、実は前日に部屋移動を告げられていた。
白玉くんが言うには移動先は四人部屋らしい。
結局この日またごっそりと人が抜けた六人部屋は、自分と隣の別のお爺さんの二人だけになった。
と思ったらよそからまた爺さんが入ってくる。
ああだから「ここだとうるさいと思うので、別の部屋に移動しませんか」なんて言っていたんだなとわかった。
そして移動させられた部屋は四人部屋。
見覚えがある構図で、ああここ以前入院した部屋だと気づいたが、ベッドの場所は違って窓際になっていた。
そして同室者はなんとゼロ。
大部屋で自分以外誰もいないというのは初めての経験だった。
最初はえーと思ったのだが、エアコンの温度は替え放題だし静かだし、とりあえず個室状態を一通り満喫させてもらった。
夜中は不気味だったが。
しかもその夜、近くの病室で誰かの容態が急変したらしく、何度も大声で看護師が呼びかける様子や、電話で家族を呼んでいるのが聞こえてきた。
どうやら峠は超えて集中治療室に移されたらしいが、その後どうなったかはわからない。
無事であることを祈るばかりだ。
白玉くんがいれば次の日噂話になったりしたのかもしれないが、話す相手は既にいなかった。
自分は白玉くん退院から数日で退院できるかなと思っていたのだが、立ち上がってからの急速な回復を医師のほうが認識するのが遅れたようで、結局土曜日に白玉くんを見送ってからちょうど一週間後の同じ土曜日、三週間と五日で退院が決まった。




