第七話 一般病棟に戻る
やっとこの頃自分がいる部屋が普通の病室とそれほど変わらない部屋で、仕切りで区切られているだけの広い一室に何人もの患者がいると認識した。
自分の隣にいたのは老齢の男性だったが、向かいには若い女性もいたらしい。
そしてハイテクと思っていた壁には模様以外何も書かれておらず、その向こうに置かれた機材はよく見るとあんまり新しくもなさそうな古い端子でケーブルを何本も接続していた
自分の区画はどうやら右側が窓際だったらしいが、とにかく自由度が低かったので、あまり向きを変えることはできず確認もできなかった。
そういえばずっとベッドに手術した後の背中をつけていたが、痛みはない。
朝R先生が様子を覗きにやってきたが、どうやら骨切り手術も一緒にやったらしいことを匂わせたので自分としてはえ? となった。
後にはっきりしたのだが、ぎりぎりまで骨折の補強のみにして次に手術を見送るか、一緒に骨切りもやってしまうか悩んでいたようだが、結局全部一緒にしてしまったらしい。
つまり手術としては「今回折れた部分に新しいスクリュー(金具)を入れる」、「五年前に骨折治療のために埋め込んだスクリューを抜く」、「適切な場所の骨を切ることで姿勢矯正の手術を行う」の三つが行われた大手術だったことになる。
R先生の来訪後だったか前だったか、看護師に今回の手術で抜いたスクリューを見せてもらった。
ジップロックに入れられたそれは、やけに重量を感じさせる上に意外と長い。
退院時に包みごともらったが、実際手に持った感触もずっしりしていた。
秤で量ってみたが、総重量は110gほどだった。
こんなものが五年も体内に埋まっていたんだなと思うとなんとも感慨深いが、新しく埋められたスクリューはもっと長いし、スクリューで検索して出てくるレントゲン画像を見ていると、それよりもーっと長かったりするので、まだ自分のは大したものではないらしい。
最初はそうでもなかったのだが、後にそれなりに動けるようになってきてわかったのは、背中にも結構痛みがあるということ。
例えるならガチャガチャのカプセルの蓋をいくつも並べて押しつけられたような痛みだった。
どうやら縫い目がそんな痛みを呼ぶらしい。
これは姿勢によってかなり強弱があり、結局退院する寸前まで続いた。
少し横に向けたり姿勢を調整すれば痛みは軽減されるのだが、次は同じ姿勢を取り続けている影響で体が痛くなってくるので、どうしても定期的に姿勢を動かす必要が出てくる。
そうするとあのカプセルが連なって襲ってくるような痛みに襲われ、また動いてやり直しになってしまう。
さらに背中には血を抜く管、ドレーンというものが挿入されていて、これがまた背中を落ち着ける邪魔をしてくれる。
そしておしっこを取る管、カテーテルというものも尿道に刺さっている。
人によってはこのカテーテルがたまらなく嫌らしい。
自分は楽だしそれほど気にはしていないが、それでも動きを制限されるのはあまり愉快とは言えない。
これに点滴の管も追加されるので、手術後は色々姿勢を動かすのも大変だ。
結局特別室は昼食後引き上げで、元の部屋に戻されるらしい。
お昼ごはんはカレーだった。
カレーならベッドアップ60度の視界不良の中でもなんとか食べられる。
ガツガツしていた自分はかなり食べたはずだが、結局何割かは残した。
そして時間になると予定通り元の一般病棟に戻されることになった。
手術に向かう前と同じで、六人部屋は全部埋まっていて、床が見えないくらいに狭かった。
実はこの病院の六人部屋に入るのはこの時が初めて。以前は無料の四人部屋に入っていた。
以前手術した別の病院では六人入る場所に五人入っていたため、その時よりさらにスペースが狭いこともあって、重圧感が結構酷い。
とはいえ今はベッドから起き上がれないため、それが気になったのはもう少し後の話なのだが。
ずっとベッドの上にいるだけで能動的活動が一切できない自分は、スマホやナンプレの本を取ることも出来ず天井をただ眺めていたが、そこに大量の文字が浮かんでくるようになった。
しかし読もうとするとそれは意味を理解する前に消えて別の文字になったり霞んで読めなかったり、あるいは読めても意味の通らない単語にしかならなかった。
必死で読もうとするのに疲れた自分は目を閉じたのだが、それでもこの文字の洪水は追いかけてくる。
夜になって消灯後も点滴の機械が微妙な光を放つため、完全に視界が閉ざされることはなく、ぼんやり薄明かりの上に天井のシミが見えている。
そしてそこに大量の文字が……というループを繰り返して、自分は眠るに眠れず意識を他にやることもできず、ずっとベッドの上でもがいていた。
やがていつの間にか明け方少し眠って意識をなくしたようだが、眠れた感は全然なく、疲れが取れた気はしなかった。
動き出すまでしばらくはこの状態が続いた。
その時は自分がなんらかの超感覚に目覚めた感があったが、それは日常を取り戻すごとになくなり、退院する直前にはもう自分が何に目覚めたのかもすっかり忘れていた。
この頃恐らくはお盆休みの関係で連続出勤になっているO松くんとよく会った。
そのおかげもあってこの若い男性看護師のことはすっかり印象づけられることになったが、実際は結構なおっちょこちょいでミスも多いらしい。
自分はさんづけで呼んでいたが、他は誰からもくんづけで呼ばれるのは、若干舐められていたところもありそうだ。
ただ気さくで話しやすいのは話しやすい。これは間違いない。
隣りにいたおじさんが言っていたが、やはり現地育ちとよそから来た場合、方言や言葉の違いだけでなく、思考や話題の面でもかなり違いはあるようだ。
看護師はどういう基準で採用されるのかわからないが、地方育ちの子も結構いる。
地元っ子だけとは限らず、そういう場合やはり地域性が人間関係形成のネックになるようだ。
この病院の看護師はみんな若いので余計大変だろうなと思う。
自分も実際は相性が悪い相手と何度も当たっていて、後から考えると酷いこと言っちゃったなと後悔することが多いのだが、大体そういう相手とは言葉の差が結構あったことを思い出した。
このおじさんは気さくな看護師相手と談笑しながら「君地元でしょ? 話し方でわかるもん。そうでない子はどこか冷たいから」とはっきり言っていたが、ああ確かにそういうのあるんだろうなと思った。
自分が辛辣に当たってしまった子はその後どうなっただろう。
何度も顔を合わせていれば謝ったり歩み寄るチャンスもあったのだが、大体そういうのに限ってその時限りで二度と会わないのでもやもやすることが多い。
まさか自分の冷たい態度が原因で辞めてしまったりはしないだろうか。
いやあってもおかしくはないだろうなと思う。
次は優しくしようと思っても、余裕がない時でもあるので結局またやっちゃうんだよなあ。
いつでもいい人にはなれそうもない。




