第四話 明かされた病名はちょっと怖い
びまん性脊椎骨増殖症。
自分の病名がこれらしい。
調べると白人に多くてアジア人には少ないとか、50代以降男性に多いとか書かれていたが、ごめんね40代アジア人で発症してという感じ。
最初びまんがひまんに見えてえ? と思ったのだが、ただの勘違いだった。
調べてみると「びまん」とは「はびこる」「広がる」ことらしい。
ようするに全体的に脊椎の骨が増えている、だからそれがくっついてしまったということらしい。
本来ばらばらに動くはずの骨がくっついてしまったので、当然自由度はなくなり仰向けで寝ることもできず、さらにちょっとした衝撃で簡単に折れてしまう。
R先生は古い記録を見つけて「今でも体重100kgありますか?」と質問されたが、自分は「今はもうないです」と即答。
今は70kg中盤と答えると、超肥満ではないですねと確認していた。
こんな前段があったので余計ひまんと関係あるの? と思ったわけだ。なかった。
そう、脳梗塞になる前はそれくらい体重があった。
実はR先生にも二度目の骨折時、少し減量をと言われたことがあるのだが、その時は自分でやり方を考えて(でないと続かないから)と言われてしまい、結局無理じゃそんなもんとほったらかしにしてしまった。
それが脳梗塞に繋がってしまったことになる。
脳梗塞後正しい栄養指導に従い脳梗塞再発を防ぐことを心がけていた結果、血圧より体重のほうがぐんぐん減って、今もまだ微量とはいえ体重は減り続けている。
手は細くなり、太ももが太すぎて足を閉じられなかったのが、今はすかすかに隙間ができている。
ちょっと後の話になるが、八月の入院でも初めて会った薬剤師や看護師に「一年半前まで100kgありましたから」と言うと「嘘でしょう?」と驚かれた。
以前の姿を知っているのは古い知り合いだけなのだが、知り合いには痩せたことを全く告げていないため、いずれ驚かせてやることができると悪巧みを画策している。
この時期唯一撮った写真は免許証の写真のみなので、これは確保しておくことにした。
顔だけではわかりにくいが、確かに大分変化している。
自分でも鏡の中の姿を見ていると痩せたなと思う。
今でも自分で自分に違和感を覚えるくらいだ。
ズボンもベルトを締めないと、そのまま地面までストンと落ちてしまうくらいはサイズが違う。
新しいのを買うのはもったいないのでそのままはいているが、多分コルセットなしでその姿を見たらだらしない格好をしているのだろうなと思う。
実は今まで「大きな人用」のお店で買っていたので、そういう店しか知らないのだ……いきなり洒落っ気を出してその他のお店に行くのもなんだか気恥ずかしいし、実際距離も結構あるので未だ行けずじまいになっている。
話が逸れたが、自分は二度の骨折の後脳梗塞になり次のステージに入ったと思っていたが、ここに来て実は骨折劇はまだ全然終わっていなかったことがはっきりした。
脳梗塞は骨折の合間に訪れた仮宿の一つでしかなかった。
激しい痛みで食べられなくなり、体重が痩せた自分はリバウンドし、それが原因で血圧上昇、脳梗塞となったわけだが、結局この間骨の問題は棚上げになっていただけだった。
二年おきに骨折を繰り返していた自分は、2020年だけ脳梗塞のおかげで一年猶予をもらい、2021年に三度目の骨折が訪れた。
面倒なことにここで一年ずれたおかげで、五年おきの免許更新が今回もまたコルセットを装着している時期とかちあうことになったというのはただの泣き言である。
五年前も四月に手術してから半年コルセット装着を義務付けられ、重いコルセットをはめたまま自転車で免許更新センターに向かった。
その五年後今またコルセットをはめたままで免許の更新に行かなければならない。
今回はさすがに自転車で行くのは無謀なので、バスと電車を乗り継いでいこうと思う。
タクシーで行けないかなあと思うが、さすがに万札が飛んでいきそうなので諦めている。
この辺の過去の骨折事情詳しくは拙作「今日から始める背骨折り回顧録」を参照してほしいが、こちらはまだ書ききれていないため、全体像を把握するにはもう少しお待ちいただきたい。
というかもう「今日から始めるびまん性脊椎骨増殖症(含脳梗塞編)」に統一すべきなんだけど、本来は。
しかし脳梗塞から減塩、減量の経験は無駄ではなかった、はずだ。
でなければ救いがさらになくなってしまう。
入院中も退院後も、血圧の問題は勘案事項として常にあった。
それらも含めて次から八月の入院生活を語ってみたいと思う。




