第二話 無事に痛みから解放されるまで
憂鬱な気分で数日過ごした後、自分は紹介状を持って近くの病院を訪ねた。
この病院からクロちゃん勤務の別の病院に回されたのは五月のことだったので、はや二ヶ月近くが過ぎたことになる。
予約外だった自分は相当待たされるだろうなと思ってこの日は覚悟していたが、やっぱりかなりの時間を待たされることになった。
本診察より前に、まず予診でこれまでの情報を若い医師に説明。
ここでもやはり金具を抜くなら元の病院のほうがいいのでは? と言われたので、あーこれはやっぱり断られるかなと思ったが、うなだれていてもしょうがないので骨切りのことを持ち出して説明させてもらった。
さてどうなるのか、やっぱり今回も自分が病院との関わり方を間違えて、通じないワガママな無理押しをしてしまっただけなんだろうかとずっと考えていたのだが、この時実際に診察した医者R先生は、先に撮影したレントゲン写真を見ながら恐ろしいことをのたまった。
「この部分、裂けているんじゃないだろうか……」
へ!? と思ってよく見れば、確かにその部分影がはっきり写っていない。
そしてR先生は、以前救急車でたらい回しにされた時のレントゲン写真と比較して、姿勢が明らかに悪くなっているとも指摘した。
そう自分が気になっていたことを初めて問題視してくれたのは、このR先生が最初で唯一だった。
思えばクロちゃん他一名は姿勢が悪いことと補強の上部の骨が潰れていることまでは指摘したが、それが「いつ」という部分には触れなかった。
R先生は二枚のレントゲンを比較したことで、その違和感を即座に見抜いてくれた。
思えばクロちゃんは、最初にレントゲンを撮ることを自分のために断念している。
一緒に持っていった別病院で撮ったレントゲンを参照してくれていれば違ったのかもしれないが、それは酷というものだったのか。
「非常にクサイです。これは早めに調べたほうがいいのかもしれない……」
と問題視したR先生は、この病院ではCTとMRIを同日に撮れないが、自分が普段受け持っている別の病院なら即日両方撮影できる、ちょうど明日手術のキャンセルがあるので、今日中に結果が出ればそこにねじ込むことができると仰られた。
そのためには今から別の病院へタクシーで乗りつけ、データをもらって帰ってこないといけないそうだ。
「行きますか?」
という提案に行きますと即答した自分は、R先生の紹介状を手に、タクシーを拾ってその病院に向かった。
そして昼過ぎにはCTとMRIのデータを持ち帰り元の病院へ。
本当は検査時横向きとはいえまっすぐ寝れるか不安でしょうがなかったが、この時は天使が降りてくれたのかなんとか無事に成功した。
R先生はその結果を眺めて診断を下した。
「どうやら裂けてはいないようです。ということはこの痛みは金具上の潰れている部分からの痛みということか……」
最悪の結果ではなかったものの、やはり折れてはいたようだ。
こうして自分は三度目の腰椎骨折と診断された。
正確には第一、第二腰椎圧迫骨折らしい。
毎回骨折の度即座に病院に行けず、原因究明が遅れて痛みに苦しめられるのは風物詩になっている感がある。
では何故それがわからなかったか。
答えは初期段階、ノルスパンテープで痛みを止めてしまったことにある。
これで痛みがないので、折れたことがわからなくなったのだ。
レントゲンによれば折れたのは五月末から六月にかけての間、先の入院中のいずれかのタイミングということになる。
それ以外は考えようがない。たらい回しの段階では折れていなかったのだから。
クロちゃんの処置は図らずも半分正解、半分は正答から遠ざけていたことになる。
そしてこの間診察した医者の「ノルスパンテープを貼っていると痛みの原因がわからなくなる」という言もその通りだったことになる。
それは同時に、ノルスパンテープさえ慌ててやめなければ、実はこんな急に痛みに襲われることはなかったということにもなる。
結局自分の判断ミス、さっさとやめなきゃという勝手な思い込みが悪かったわけだ。
やめなければ折れたままだったことを思えば良し悪しだが。
お尻の辺りにピリピリする痛みがあると言ったが、これも骨折由来の痛みだったらしい。
ノルスパンテープは一部の痛みを封殺したが、完璧ではなく別の痛みを呼び込んでいたらしい。
この時の骨折の痛み止めとしては不適だったわけだ。
どういう基準でそうなるのか、いまいちよくわからないが。
とりあえず急を要する必要はなくなったということで、この日は痛み止めにトラムセットという薬をもらって帰宅した。
トラムセットも飲むのは二度目だが、以前まるで効かなかったのに比べて、今回は魔法のようによく効いた。
おかげでやっと夜眠りを妨げられることがなくなり、痛みから解放されて安心して眠れるようになった。
こうして五月から始まった悪夢はやっと一定の解決を見たのである。
本当にこの病院に回してもらえて幸運だった。
五月の段階でたらい回しにせず、拾ってくれていればもっとよかったが。
まあその時点では折れていなかったのだから、どう考えても拾ってもらえなかっただろうけれど。
矢口真○似の看護師とはこの時も顔を合わせている。
だが日に何十人も診ている彼女たちは、自分のことなんか全然覚えていなかったようだ。
情けない泣き言を言ってごねたところなんて、永遠に忘れてくれていいけどね……。




