第十話 自分の病状
そろそろ自分の病状の話に戻すことにする。
これがあまりまとめたくない情けない話ではあるのだが。
自分は動けない状態で入院したのだが、各種老人に挟まれつつも徐々に病状は改善、なんとか起き上がって動けるようになってきた。
そしてリハビリも始まった。
最初は着替えも血栓を防ぐきつい靴下すらまともに履けなかったことを思えば、数日でそれが改善したのはラッキーだった。
しかしある頃から痛みが別の意味で酷くなり、ベッドに横臥(横向きで寝る)することができなくなった。
少し寝てもすぐ痛みで起きてしまう。
そして自分はベッドの上で座ったまま、机に突っ伏して眠るようになった。
当然長時間眠れず途中ですぐ目が覚める。
しかし横になると起き上がる時取る姿勢で相当な痛みに襲われるのに比べて、この姿勢だと痛みは一切なくすぐ立ち上がることができたので楽だった。
最初は床に足を投げ出していたのだが、これだと血が足にたまってパンパンに膨らんだため、途中からあぐらをかくようになった。
この異様な寝姿は入口前の環境と相まって、他の患者にも見られていたようだ。
リハビリはメインの人(ベテラン、多分全体の責任者なくらい偉い人)と、メインが休みの時に代理を務める新人さんの二人体制だったが、新人さんがある日不意にこんなことを言ったことがある。
「自分が担当している人がいつも夜トイレの度に見ていて、おっとりさんのことを気にしています」
それを聞いた時俺も有名になったもんだと思いつつ、確かに面倒でカーテンも引かずにそのまま寝ている自分が常に他人に見られる場所にいたことも改めて認識した。
なにしろ同室者が自分がなにをしているかもわかっていない善爺と、自分のことしか考えていない悪爺の二人だから他人の目なんか一切気にする必要がないのである。
音楽でも聴いて歌の一つ歌ってもなんら苦情が来る心配がないのだから。
その頃主治医のクロちゃんは一向に進まない原因究明に業を煮やしていた。
結局麻酔で眠らせている間にCT撮影を強行することで、この病院で行えることは全てやりきったのだが、それでもわけがわからないということらしかった。
しかも病状は改善の兆しを見せている。
自分はいつの頃からか腰の辺りからお尻にかけてひりひりしだしていた。
タオルを濡らしてかけるとほんの少し改善したので、思い切って湿布を要求したらこれが意外と効果的。
しかし「湿布が効いた」というとクロちゃんはなおさら困惑したようだ。
そりゃそうだろう、救急車で運ばれた患者に湿布が効いたなら病院も救急車もいらないという話だ。
この時自分は、「腰の寝違え」を起こしたのだと考えていた。
首の寝違えのほうがメジャーだが、あれはあれで相当な激痛が走る。
しかし数日で状態は改善する。
腰は動く度に響くので、首よりも事態は悪質になる。
ようするに家の安物マットレスで寝ることで寝違えた自分は、さらにその間違った寝床で眠って病状を悪化させ、呼ぶべきではない救急車を呼んでしまったということ。
多分ここまでそう大きくは外れていないはず。まあ最初のきっかけは職場にあったあの椅子であろうとは思うのだが、自宅の環境もよくなかったのだ。
病院側では骨の異常を疑っていろいろ調べたが、当然異常が見つかるわけはない。
そして日にち薬で状態が改善したわけだ。
寝違えなら湿布が効いたことも理解できる。
だとしたらとんだ迷惑患者ということになるし、実際その側面も否定できないのだが、これだけで終わらないからこの話は怖い。
まるで逆転する裁判の如く複雑に絡んだ事情を紐解いていくようだが、とりあえずここでは寝違えで無駄に一ヶ月以上入院した馬鹿な患者という認識でまとめておいてほしい。
そんなわけで湿布を腰に貼って痛みを逃がすことになった自分は、いよいよリハビリも順調で徐々に歩く力を取り戻していた。
ただ一つ気になるのはただでさえ前かがみだった姿勢が、さらに進んでほとんどコントのようにくの字(というかほぼ7の状態)に折れ曲がっていたことだった。
実際歩く姿は止まると死ぬ爺さん並。
クロちゃんも「今日リハビリ見ましたよ。なるほど骨化していますね」と言っていた。
自分の背骨は、特定の姿勢を続けたことで前かがみにくっついている。
これを骨化というのだが、普通の人の場合それぞれ離れているはずの骨が完全に固まっているのだ。
老人に多い病だが、こうなると当然姿勢は歪んだまま固定されてしまう。
背筋を伸ばすのも骨が固まっているので一苦労。場合によっては不可能。
これを指摘されたのは初めて背骨を折った最初の頃だったが、それからずっと自分はこの症状に悩まされ、このせいでCTやMRIで仰向け姿勢を作れなくなったわけだ。
しかしである。
クロちゃんは納得していたが、自分は「曲がっているとはいえここまでじゃなかったんだけどな」と首を傾げていた。
リハビリが進んで体力を取り戻しても、この姿勢の度を超えた悪さは改善しなかった。
痛みはないけど真っ直ぐにならない。
湿布も最初は効いたと思ったのだが、どうももっとピリピリした痛みがあってそれには効果がない。
だんだん苦しさが増してくる。
クロちゃんはCTを撮影しても骨に異常はないと断定。
いよいよ次の手を打てずに頭を抱えていた。
そして自分が最初に入院手術して後に喧嘩別れした病院を名指しして「うちはここに行かないとMRIを撮れない」などと言い出した。
自分としてはあそこと関わるのはもうやだなーと思いながらそれを聞いていたが、いよいよとなれば断ることもできない。
しかし本当に腰の寝違えが原因だとすれば、当然MRIでも結果は白で終わりなのである。
わざわざ医療タクシーを呼んで金を払ってまで古巣と関わるのはちょっと避けたい。
さらにクロちゃんは以前の診療記録を読んだらしく「サインバルタ使ってみませんか?」と言い出した。
かつてこの薬で散々副作用と離脱症状に苦しめられた自分は当然難色を示したが、「もう他に手がなにもないんですよ」と言われると返す言葉もない。
更に湿布が効いたと言って困惑の度を深めたクロちゃん。
自分はなんとか動けるようになりそうなので、さっさと退院することに決めてクロちゃんの負担を減らすことにした。
そのほうが色々ありえない希望に縋るより、自分も楽なのである。
二人の思惑が一致して、自分はリハビリを適当に切り上げ、さっさとこのホームから去ることにした。
繰り返すが痛みはないのである。
いやピリピリした変な痛みはある。
これがどういうことかこの時はまだわからなかった。
問題がいくつか残った。
それは部屋を訪ねてきた薬剤師との話の中で明らかになった。
この薬剤師はノルスパンテープの使用量に引っかかっていた。
「20mg(四枚)は多すぎる」
自分もそれに同意だったのだが、劇薬であるノルスパンテープは、勝手に量を増減してはいけないらしい。
増やす場合も慎重にならないといけないこの薬は、必ず医師の指示に従って減薬するようにと言われた。
しかし退院時、クロちゃんは20mg四枚を二週間分、八枚しか処方してくれなかった。
さらに悪いことに退院後すぐ張替え時期に当たるため、実質一週間程度で病院を来訪して次の薬をもらわないといけない。
クロちゃんは「病院に来れば処方します」とは言ったのだが、顔は「もう来ないでよ」と言っていた。
実際この病院は退院時診察券もくれなかった。
もらえたのは別の病院への紹介状だけ。もうそっち行ってよという気満々なのだ。
大体距離も遠いので診察に来るのも一苦労である。
早速自分は時間制限つきで次の医者を探し求めることを要求されることになった。
他にこの薬剤師はカロナールとロキソニンが同時に処方されていることに注目して、同時に飲まないようにと釘を差した。
しかし処方したのはクロちゃん。
どちらも軽めの痛み止めだが、同時に飲むことはどこの医者もまず止めるこの二つを普通に処方するクロちゃん……。
まあ毎日飲んでいたロキソニンの合間に頓服(その場限りの使用)でカロナールを飲んでちょっと助かったこともなくはないのだが。
そんなわけでほぼこの薬剤師が主治医への不安を高めたまま、自分は課題を残して退院することになった。
ほんと大丈夫なんだろうかクロちゃん。自分の病院の薬剤師にすら疑問符を打たれている姿を思うと心配になってくる。
そしてこれら数々の事象がまた予想外な結果を及ぼすことになるのだが……詳しくは―その二 八月の入院記―で触れようと思う。
自分が事実を知って納得するには、退院した六月の終わりから一ヶ月余り、ほぼ八月を待つことになる。
一応言っておくがクロちゃんは相当でたらめな医者だと「個人的には」思うが、別に彼が全て間違っているというわけでもないしそう言うつもりもない。
あくまで自分の立場から見た感想です。
事情もわからず検査もろくにできない患者をいきなり入院させてくれただけ、ありがたい話ではありました。
結局それは功を奏しはしなかったが、だからと言って責めるつもりも一切ない。
ネタとしていじりはしたけど。
この話自体、本当に医療に全く無知な人間の単なるぼやきに過ぎないことは、もう一度お断りしておきたい。
たまに自分で読み直していても「自分はなんでこんなに偉そうなんだろう……」と思うことがあるので……。




