第九話 うんこさんの話
今回は排便の話。
既に警告するまでもなく下の話ばっかりしている気もするが、今回は割と真面目。
いや毎回マジはマジではあるのだが。
この病院ではやたらと排泄管理が厳しい。
具体的には二日便通がないだけでセンノシドという下剤を勧められる。
その態度が他の病院と比べても執拗なので、かわすのが大変だった。
実際入院して便通が止まるのは割と珍しい事態でもない。
普段と違う環境で緊張が高まるのかと思っていたし、最初はそんな気配もあったのだが、既に数度の入院を経験した自分は、完全に止まってしまうわけではないと簡単に考えていた。
ところがそれを看護師はよってたかって無理矢理排泄させようと画策してくる。
しかしセンノシドという薬を飲んでみればわかるが、そんなに強い薬というわけでもない。
自分は飲んでも全然効果なしが普通だった。
そして四日目くらいでやっと排泄欲が出てきて、遅くても五日目にはすっきりするのだが、それがこの病院の看護師には我慢ならんらしい。
ほっときゃ出るよという自分に「二日出ないのは異常!」と迫ったのは主に清見さんだった。
これが非常にありがた迷惑な話だった。
だったらほじくり返すのか、もっと強い薬よこせよという話なのである。
効きもしないセンノシドを毎晩飲み続けようが、座薬を使って赤ちゃんみたいにちょっとお尻を刺激しようが、出ないもんは出ないのである。
この異常さの正体に気づいたのは、周囲の爺さんの状態をよく見てからだった。
ようするにここは老人ホームという基本に立ち返って、老人たちのうんこさん(清見さんがよく言っていた呼び方)事情を知れば、この話がよく見えてくる。
若者(壮年)一緒にするなよという話だが。
善爺はずっと排便がなくてそれが何日も続いていた。
弱っちょろい座薬や下剤も当然効かない。
そして看護師はピコスルファートと思しき薬を水に混ぜて飲ませるようになっていた。
これは水に落として使う下剤で、効果はより強いらしい。
自分で試したことはないのでよくわからないが、落とす滴の量で威力も変化するらしい。
それでも出なかった善爺は、ついにお尻からうんこを掻き出されていた。
当然耳で聞いただけで実際の現場を確認したわけではないのだが、やめてくれよーといつにない情けない声で懇願する善爺に「どんどん出てくる」と掻き出しているらしい看護師の声が聞こえてきた。
それくらいうんこさんは出ないものらしい。
もっと酷いのは悪爺のほうで、こっちはやっとおむつの中で排便することに慣れた頃、数日ぶりに快便で本人も「今日はたくさん出た」と喜んでいたのだが、そんな一仕事終わったばかりの人間に清見さんは容赦ない。
「出たのはいいけど毎日出るのが当たり前。次も頑張りましょう」
ともう次の排泄を促し始める。
出るか! という話なのだが、悪爺もその時は不思議と大人しく従っていたようだ。
自分はそれを聞いてさらに頭を抱え、そして到底達成不可能理解も不能なやり方に完全に嫌気が差していた。
そのことで清見さんとも派手にやりあい挙げ句「この件は不服従として報告させてもらう!」と啖呵を切られたが、それに対して自分は「どうぞ」と冷たく返した。
出そうと思っても出るわけないので、もう表面上ですらつきあいきれないのである。
結局自分は入院中四日か五日毎に排便をもよおしていた。
四日目だけ要求に負けて一応下剤は飲んだが、下剤で出ていたとも思えない。
排便があったその日だけは明るく対応する看護師も、次の日以降は冷淡に下剤を勧めるという非生産的行為を繰り返した。
後に入院した先ではっきりわかったのだが、この問題の原因はこの病院の食事にあると見て間違いなさそうだ。
食物繊維が足りないとか細かいことはわからないが、とにかく食事が排泄を促してくれないとしか思えない。
ここの食事は量も品数も少なく、数品の全てが醤油辛かったりする。
とにかく味つけは醤油なのである。
ただしここで言う醤油辛いという評価は、薄味無塩に慣れきった自分の評価。
悪爺などは「醤油がたらん!」と連呼していたので、多分普通の人が食べれば味はほとんどしないのだろう。
自分からすればほとんど全てが醤油の味しかしなかった。
そして量も少ない。
辛うじて栄養バランスは取れているのだろうが、多分予算は相当圧縮されているんだろうなと思った。
それを証拠に八月に別の病院に入院した時は、毎日快便が当たり前になっていた。
七月家でジャンクフード漬けだった頃は二日に一度くらいが普通だったため、その効果に驚いたくらいは違いがわかった。
この病院に入院中、あんなに出なかったのはもうここしか理由が思いつかない。
なおこのときの醤油味のせいで舌も変化して、しばらく今まで食べていた味が食べられなくなるくらい味覚を破壊されることになったのは余談である。
この病院は売店もないため、他に食事のチャンスはない。
その食事でこれでは、毎日快便なんて絶対不可能なのである。
それを一日出なかっただけで下剤責めでは、そりゃまともな排便習慣など望めるべくもない。
さて自分が正しいのか間違っているのか正確にはわからないが、多分間違いはないと思う。
今でも無駄にセンノシド乱発しているんだろうなこの病院は。
もう一つ恨み節を語っておく。
それはノルスパンテープに起因する。
この強烈な麻薬、実はうんこさんが固くなるという副作用がある。
自分も以前それでマグミットという薬を一緒に処方された。
このマグミットはいわゆる酸化マグネシウムという奴で、排泄欲を促すセンノシドと違って、便自体を柔らかくする効果がある。
気張っても肛門から出ない強力な便、それは主に他の薬の副作用で起こるのだが、そんな時に非常に役に立つというか必須の薬になっている。
ノルスパン一枚の時はすっかり忘れていたのだが、三枚貼られた自分は早速便が固すぎて出ない事態に遭遇。
しかし看護師にそれを告げてマグミットを希望したタイミングが、折り悪く土曜日の昼過ぎだったため、地獄はやってきた。
そうクロちゃんはその時既に帰宅済み。
次やってくるのは月曜日で、それまで出せないというのである。
自分はトイレを往復して気張っては出ないを繰り返し、しかし延々強烈な排泄欲に見舞われて辛い時間を過ごすことになった。
到底月曜日まで待てるはずもない。意識が焼け切れそうになってくる。
センノシド乱発するならマグミットも用意しとけよ! と本気で怒鳴りたいくらいだが、現場の看護師にいくら訴えてもどうせ権限がないこいつらは言を左右にするだけなのである。
もうこいつら呼ばわり。それくらい余裕がない。
この時ばかりは絶望的な状況に言葉も荒っぽくなり、これから過ごす文字通り地獄でしかない苛烈な時間に全ての希望を失っていた。
今日を過ごしてもあと二日、しかもマグミットの効きが現れるのは飲んでから一晩先なので、早くても月曜の夜までこの調子!? 本気で狂うしかない。
結局その後繰り返し気張っているうちに、日曜日には大きな塊をなんとか吐き出してすっきりしたのだが、あんな思いは二度としたくないと思った。
結局クロちゃんはノルスパンテープのことを何も知らないのである。
知っていたら最初からマグミットも用意していたはずなのだから。
ほんとにこの医者だけは……。




