脳梗塞なんかになりたくない(2)
ついにその日はやってきた。
医師に呼ばれて病状の説明を受けることになったのは、SCUに移って少ししてからのことだった。
検査結果が出るのを待っていたのもあるが、どうも延び延びになったのは医者が忙しかったというのもあるらしい。
そりゃあ外来や入院患者だけでなく救急患者が常に入ってくる場所で、そちらに詰めている仕事もあるのだから無理もない。
ようするに自分は優先度が低かったということだが、まあそれだけ症状が軽いということでもあるのでいいだろう。
後回しにされるのが悪いことばかりとは限らないのが病院だ。
自分が後回しにされることに怒っていると、もっと苦しむ人を後回しにしてしまうことにもなる。
それなら看護師さんに少しだけゴネて、いい子いい子してもらうほうがいいだろう。
血を大量に抜かれたことはあっても、そんなことされたことないが。
やたら狭い台と座りにくい高い椅子がある場所に案内された自分は、CTの画像などを見せられつつ説明を受ける。
「脳梗塞も何種類かあります。心臓で出来た血栓が脳に到達する、これが心筋梗塞からくる脳梗塞ですが、一日機械をつけて調べたところ心臓は不整脈もなく正常に動き続けているため、おそらく心筋梗塞由来ではないと思います」
「頸動脈も(エコーで)調べましたが、ここにプラーク(カス)が溜まって詰まっていることもありません」
「(造影剤によるCTで)脳を撮影しましたが、この辺りの色が変わっています。おそらくこの部分が血管が詰まったことで死んだものと思われます、MRIなら綺麗に撮れてもっとよくわかると思うんですが」
「血管の詰まりは確認できなかったので、血栓は詰まった後流れて消えたものと思われます。症状的に見て、多分脳の細かい血管の一つが一時的に詰まった(大きな血管ではなかった)ものと思われます」
残念ながら断片的にしか思い出せないが、自分の病状はこういうことだったらしい。
脳梗塞は脳梗塞だが、症状はその中でも相当軽いと言っていいだろう。
一応脳の一部は死んでいるが、それはリハビリで十分治癒可能なレベルだ。
現状の症状と検査結果を照らし合わせての推察が語られたが、脳内出血もなく、特別今後危険を呼び込んだり爆弾として残る不安な要素はないらしい。
心電図モニタをつけていたのは、心筋梗塞で発生した血栓が脳に達する症状を疑ってのことらしい。
自分は今まで心臓関係で問題があると言われたことはなかったし、どうやらそちらは丈夫らしい。
おかげでこの方面の疑いは早々に晴れた。
何度か触れているが、脳卒中は発症後十日間は再発率が非常に高く、その間は綿密な経過観察が必要らしい。
その後再発率は徐々に下がっていくが、一度も発症したことがない人と同レベルにはもうならない。
再発を防ぐためには血をサラサラにする薬と高くなっている血圧を下げる薬が必要で、今後血圧を上げないために普段の生活や食事にも気を配る必要がある。
既に血をサラサラにする薬は服用を開始している。
血圧を直接下げる降圧剤は、入院中は再発の危険が増すため使わないらしい。
気の重い話だがまあ当然ともいえる説明を受けた自分は、栄養士から栄養指導を受けてお決まりの検査をして危険な期間を過ぎたら、退院してもいいと言われた。
金に汚い話だが、入院期間は一ヶ月に満たないほうがありがたい。
月をまたぐと月単位の高額医療費の限度額がリセットされて、医療費をまた支払わなければいけないからだ。
逆に言うとその月の間なら、いくら検査や手術に多額の金がかかっても、一定額以上は負担しなくてもいいということになる。
例え百万円以上かかる検査を受けても、それが保険適用の医療行為なら、限度額ぎりぎり一杯までの値段×月分ですむ。
さすが日本の医療制度。
貧乏人にも必要最低限以上の医療を受ける権利が保証されているのはありがたい。
ただでさえ月が短い二月である。月またぎは避けられないと思っていた自分は、医師が示したカレンダーの場所に内心で小躍りしていた。
「月またぐことはないですか?」
と尋ねると
「経過次第ですが、今後問題なければそこまでいくことはないと思います」
と即答され、ほっと一安心。
問題が起こればその限りではないですが、とは言われたが、結果から言えばそれもなかった。
どうやら即座に破産は免れられそうだ。いや持ち金の残りからしてやっぱり破滅間近なのは同じだが。
この時降圧剤や高血圧食にかかる費用が想像以上に家計を苦しめることになると、自分はまだ知らない。
とりあえずは想像以上に軽かった病状、入院期間が短くすみそうなことに感謝するだけであった。
入院すると、大体最初の数日は大きな検査に追われ、病状が気になって他を気にする余裕はない。
しかしその緊張も暇を持て余す時間が増えるほど、段々持たなくなってくる。
自分の場合はそろそろ(PCで)ネットしたい欲求がこみ上げてくる。
別にできたから特別なにをするというわけでもないのだが、無性にいつもの業務を夜中までふしだらにやってみたくなるのだ。
一週間を過ぎた辺りからそれが焦りに代わってくる。
これまでの入院最長記録は一ヶ月だったが、あの時の終盤は本当に地獄だった。
前回の二週間入院でも本が三冊しかなかったこともあって本当に退屈で、それが今回は二週間を切りそうなのは本当にラッキーだ。
今回はナンプレがあることもあって、あまり暇を持て余す感がない。
実は結構余裕だったりするから贅沢な話だ。
月曜日に入院した自分は、入院する前の夜にお風呂に入っていた。
その後水曜日に入浴して、その足でSCUに入っている。
その日は当然お風呂はなし。次の日も特に聞かれなかった自分は、SCUに入って三日目でいつ風呂に入れるか看護師に尋ねた。
救急センターと同じ月水金ならいいが、ずれていて火木土だったりすると困る。
それでこのまま今週は日曜日を含めてずっとお休み、次は月曜日ねなんて言われたら発狂ものだ。
実際にそれに近い目を整形外科でさんざん味わった自分は、最悪の事態を最も恐れつついかにゴねるか、それが通るか通らないか、脳内シミュレーションを繰り返していた。
軽く頭をかきながら
「お風呂にはいつ入れますか?」
と遠慮がちに尋ねて戦闘を開始した自分は、予想外の答えを聞くことになった。
「いつでも入れますよ、その気なら毎日でも。日曜日でも」
信じられないことを言う看護師だと思ったが、まさかそれが事実だとは。
狂喜した自分は、以後毎日お風呂どうされますか? と聞かれる度に「お願いします」と強く要請した。
まさか毎日入れるとは思っていなかった自分は、いつ断られるかと覚悟を決めつつ応じていたが、結局短い入院期間の間、一度も今日は一杯だから遠慮してねと言われることもなかった。
それどころかまめに風呂に入ろうという人などいないことに気づいたのは、数日経ってからのことだった。
脳卒中だから当然手足の不自由なども出る。
一人で入れるならまだいいが、介助つきの入浴はさすがに煩わしいようだ。
寒いと零す人もいた。
自分も最初はそうだった。
だが症状が軽すぎた自分は早々に脚力も回復したので、もう自立に悩むこともない。経済的自立のほうは今も悩みの種だが。
そんなわけでほとんど誰も使わない浴室を、一人無傷で若い()自分が独占することができた。
最初は浴室用の椅子を持ち込んだが、一人用の狭いシャワー室では邪魔なだけだなと二度目からはなしで入った。
たまに安全のために手すりに掴まる以外、もうよろける心配もない。
かつて整形外科で二日ごとどころか三日目、四日目にやーっと風呂に呼ばれるまで頭をかきむしっていたことを思えば、この厚遇は天国に等しい。
こんな清潔な入院期間はかつてない経験だった。
こういった要素はむしろ「家に帰りたい」気持ちを萎えさせた。
もう一つ郷愁の念を削いだのは、食事に関してだった。
入院後SCUに上がってきてから、食事が高血圧食に代わった。
それまでは普通の食事だったのだが、血圧を考えて塩分に制限がかかったのだ。
食事に関してはまたいずれ触れたいが、具体的には一日の塩分摂取量が健康な人用の9gから、血圧を気にする人用に一日6gまでとなった。
退院すればこの減塩食を自分で全部作らないといけなくなる。
もう今までのようにカップ麺や袋麺やレトルト、コンビニ弁当などを、考えなしに腹一杯になるまで食べてもいられない。
そのことを考えると不安な自分は、栄養士による栄養指導の予約を取りつつも、憂鬱な気分になっていた。
このまま入院し続けられるなら、病院にいたほうが気楽なんじゃないだろうかという思いは、日に日に大きくなっていた。
食費は保険適用外で実費なので、仮に入院せずに食事だけもらえたとしても、とてもやっていけないレベルではあるのだが……。
自分は今後の展望に途方に暮れることになるのであった。
こりゃあ退院後もネタには困らないなとも思ったが。




