第一話 ショック、入院するまでの三日間
この物語はあくまでノンフィクションエッセイ風フィクションである。
決して作者と作内の『自分』を混同しないようにお願いしたい。
脳梗塞になった。
それはある寒い夜の話である。
その前に自己紹介を軽くしておきたい。
自分は某所に住む転生して異世界に行くしかもう希望がない程度には歳経た、普通の無職男性である。
四年前に初めて背骨(ほぼ腰)が折れて入院と手術を経験し、三年前に母親がステージ4の癌と診断されて主に延命を主軸とした闘病を始め、その一年後に他界、一人ぼっちの生活となり、ほぼ同時期にまた背骨を折り入院。
退院後も謎の激痛に見舞われて一年以上苦しみ、抗うつ剤から腰痛薬として認可された薬のせいで頭痛と頻尿に悩まされ、最近やっとその痛みと苦しみからも解放されてなんとか一人暮らしにも慣れてきたという経歴を持っている。
ろくな人生ではない上に踏んだり蹴ったりの経過をたどった自分は、今度は脳梗塞になったわけだが、その経緯をもう半分やけくそで自虐的に語るのがこの物語の主旨である。
よって個人的見解や都合のいい解釈も多分に含まれることになるが、寂しい老人手前のおっさんの戯言と思ってご容赦願いたい。
どうせそれ以前にろくに読みに来る人もいないので、多分これでクレームがつくこともないと思うが。
土曜日になりたての深夜午前一時過ぎ、二十四時間スーパーに買い出しに出た自分は、適当に買い物を済ませて自転車で帰り道を急いでいた。
途中広い道を我が物顔でのろのろ進む自分をあざ笑うように、後ろから無灯火の兄ちゃんが追い越していった。
慌てて横に避けようとして軽くよろめいたのが、今思えば最初の予兆だったようなそうでもないような。
なんとかこけずに左足をついて立て直し、家路に辿り着いた自分は、買ってきた荷物をかごから下ろして右手に抱え、玄関を開けた。
うがいして荷物を片してパソコンの前に座った自分は、いつものようにどうでもいい文章を打ち込もうとしたのだが、何故かこれがうまくいかない。
最初は荷物が重すぎておかしくなったかな? と思ったが、どうもそうではなさそうだ。
いつもなら自然とBS(BACK SPACE)に伸びるはずの指が、何度修正しようとしても¥のキーを押している。
全体的にホームキーがずれているようなこの気持ち悪い感覚は、右手に集中していて、左手には影響がなかった。
こういう場合左脳に影響があるというのが一般的に知られており、自分もあれ? これもしかして脳梗塞? と気づいたにも関わらず、なんと無視して寝てしまった。
その後朝目覚め、洗濯を始めるため裏庭に出た自分は、右足もおかしいことに気づいた。
右足の踏ん張りが利かずに、そのまま壁に激突してしまったのだ。
おかげで放置状態だった古いバケツの上に尻もちをついて割ってしまった。
なんとか体勢を直し、ふにゃふにゃで力が入らない右手右足を見捨てて左足と手一本で全体を支えながら洗濯機を回した自分は、さっさと救急車を呼べばいいのに、まだその気にならず脳梗塞のことをググったりしてしまう。
脳梗塞は怖い病気で、その対応も早ければ早いほどいい。
開始数時間内であれば有効な治療というものもあるし、大体発症から十日内の再発率が異様に高い病気なのだ。
もし予兆に気づいたらすぐ救急車という大基本を、知っていて無視した自分の迷走はまだ続く。
左足で頑張って洗濯物を干し終えた自分は、そのまま布団に戻り今後のことを考えていた。
金ももうないしなー、今(2月中旬)救急車呼ぶと確実に月またぐよな、そうすると医療費の限度額申請いれても十万は飛んでいく。(限度額は月単位で計算されるので、次の月の分は新規に払い直し)
そうしたらいよいよ破産だよ、持ち家あるから生活保護も厳しいだろうし、やっぱこれ詰んだな。
しかも今日土曜日だし、いつもの病院開いてないだろうな、脳関係というと○○病院だが、あそこは以前MRIのことで散々揉めたし(後に説明)もう関わりたくない、きっと今回も責められるだけだし。じゃあ行くとこねえじゃん。
とどうやっても良回答が出ないパズルを考えた末に、考えることをやめた生物は眠りに落ちてしまった。
食欲も出ず、ひたすらこんこんと眠りに落ちた自分は、結局土曜日をほとんど寝尽くした。
明けて日曜日、まだ腕はプラプラでまともに動かない。
起き上がっても足はふらふら、右足に力を入れるとおっとっとっと…とそのまま倒れ込むか、壁にぶつかるか。
完全に右半身がアンダーコントロールである。
荷物の重さで右手が一時的に馬鹿になったとかいうレベルの話ではない。
以前背骨を折って入院した時のかばんと入院道具がそのままになっていたので、それに必要な道具を詰めるという意味があるんだかないんだかな作業に励むが、一段落するともうこれでいいやと考えてしまう自分は、また布団に入って眠ってしまった。
ああそういえばスリッパ忘れた、ティッシュの箱もいれなきゃ、お金は昔母親が入院する時持っていったがま口が小銭ごと残っているからそれにしようなどと、そこだけ妙にシステマチックに動く自分は、もうこの時既に入院費用がかかることを諦めていたのかも知れない。
だったらさっさと119番しなよという話なのだが、結局そのまま眠った自分は、なんと日曜日もスルーしてまた様子を見てしまった。
この時の精神状態を普通の人にどれだけ理解してもらえるか、自信は全くない。
今自分自身で考えても、全く理解し難い情けなさだからである。
と必死で言い訳を前置きした上で説明すると、この時の自分は、それでも奇跡の回復と、実は勘違いを期待していたのだ。
もしかしたらこれは新型のウィルスかも知れない。
スーパーに行ってちょっとすれ違っただけなのに? いやいや意外と濃厚接触って簡単に起こるよ、あの自転車の兄ちゃんという可能性もあるじゃん。
もしかしたらメニエール病の類なのかも知れない。三半規管がやられておかしいんだ。
などととてもありそうにない可能性をどうにかして導き出すことで、自分の無知をひっくり返そうと躍起になっていたのだ。
無知が無知を晒して袋小路に追い詰められるという典型的なバカ丸出しパターンである。
誤解ないように言っておくと、どちらも症状が全く違うし可能性はまずない。
最初の脳梗塞推理が正しかったのである。だが素人にはそれがわからないというか確定できない。これだけ証拠が揃っていたとしてもだ。
これは創作でもよくある。
素人がいくらない頭で考えても、ありえない一発逆転のシナリオが陳腐すぎて、セオリーに従っておけばいいのにということがよくある。
そんなところで客を白けさせてしまう発想そのままである。いや別によそに責任転嫁したいわけではない。
第三者の冷静な視点を欠いた個人の切迫した独りよがりなど、こんなものだと言いたい。
多分理解してもらえないだろうが、それでもこの逃避本人は至って大真面目だったのだ。
そう言えば髪ものびのびだし、髪切ってから行こうかななどと悠長に現実逃避していた自分は、夕方目覚めてそれも諦め、さらに眠って日曜日も終わらせた。
明けて月曜日である。
救急車を狙うなら午前が一番。
この時間なら信用のおけない夜間救急でなくても、いつもの病院でも受け入れてもらえるかもしれない。
数年前に背骨をやって真っ直ぐ上を向いて寝る姿勢が取れない自分には、これが難しいところなのだ。
MRIやCTという機器は、狭い寝台の上でどうしてもこの姿勢を強要される。
だが腰をやっているとこれが異常なほど辛い。
病院によっては設備が新しいためなんとか横になって撮影が行えることもあるが、ちょっとしたところではほぼ不可能である。
それで市内の救急病院と揉めてしまった前科を持つ自分は、もっと大きな最新設備を持つ某病院以外を基本信用できなくなってしまった。
とりあえず深夜目覚めた自分は、二日ぶりの空腹に促されて、部屋の隅に置いてあったクラッカーの封を開けた。
これが脳梗塞後初めての食事である。
よりにもよって塩分が高い食事であった。
冷蔵庫に入っていたカロリーオフのスポーツドリンクでしょっぱいクラッカーを流し込んだ自分は、風呂に入った。
もし入院すれば風呂もろくに入れない、今を逃すとこれから三日は汚いままだ、既に二日経っているしそれは耐えられない。
自分が感じていた不安はそんなことだったのだ。
実際以前入院した整形外科では、春先とはいえ入浴が週に二回(!)という地獄スケジュールだったため、神経質になるのもしょうがない。
加えて髪も切っておければ言うことはない。
救急車呼ぶ前に近所の店に行こうかな、などとありもしない余裕をぶちかます阿呆な自分は、しかし月曜日は休みだったことを思い出してその案を捨てることにした。
右手がぷらぷらの中でなんとか入浴を終えたら、次は歯磨き。
やはり右手は信用できないので、ブラッシングは左手で行う。
ようやく落ち着いた自分は、かばんに詰めた荷物で足りないものを確認してひとまず揃ったと思うと、また布団に戻って眠ってしまった。
夢を見た。
もはや走馬灯でも不思議はない段階の夢だ。
夢の中では二年前に他界したはずの母親が、ピンピンした様子で玄関から入ってきた。
そして開口一番自分を叱ったのだ。
「お前な、いい加減にしとかんとほんとに死ぬで」
晩年のやせ衰えた姿ではなく、まだ鬼気迫る往年の迫力を残したドスの利いた声。
一生忘れるわけもないが、もう感じることは二度とない恐怖の感覚が、この時だけは蘇ってきた。
目覚めた自分は夢の精巧さと、それを今さら見せる自分自身の感覚にいよいよかとため息をつきながら、それでも母親にごめんな、もうだめみたいだわと呟いていた。
夢を見せたのは自分自身である。別にこれは夢枕なんて都合のいいことではない。
死んだ人間が現世に影響を及ぼすことなんてありえない、あるとしたらそれは生きている人間の心が自分で映し出して記録を再生させているだけだ。
わかりきってはいても言い訳しなければ気がすまない状況に、改めて涙が出てきた。
そういう意味では影響力は死んだ人にもあるのだが、しかし現実の自分はそれを否定する。
そして再び眠りに落ちた自分は、今日も寝たまま終わるだろうなと考えていた。
だがそうは問屋が卸さない。
10時頃目覚めた自分は、寝すぎて眠れなくなった全身を抱えて、頭痛と不快感に襲われることになった。
二日寝続けたんだから当たり前である。
いよいよそれに耐えられなくなった自分は、ついに受話器を取って119を押した。
こうして物語はようやく始まることとあいなった。
なげーよ全く。




