夜道
真っ暗な道を歩く姿があった。
貨物列車の待機場から漏れる照明はそれだけ見れば明るいのだが、設えられた鉄柱の背が高い為、照らす光量は弱い。
更に貨物輸送箱の列が光を遮って、フェンスの向こう、細い車道には届かなかった。
道を歩いているのは若い女性だ。見たところ水商売系の仕事上がり、タクシーに乗って来たがこの辺りで降ろされた。そんな感じだ。
変死が三度もあった場所を通るというのは運転手も厭だったのだろう。
彼女は時おり疲れた様に溜め息をついてトボトボと歩を進める。
明るい色に長い髪を染め、少々派手な服。ひらひらとしたフリルがあしらわれている。およそ人気の無い真っ暗な道を歩く格好では無い。
一歩一歩足を進めるたび、スカートや袖の先についたフリルがひらひらと揺れ、胸元のネックレスが弱い明かりを受けてチカチカと輝く。
世の男どもがこういった女性の派手な姿を好むのは、動体視力によるものだ。
ちらちら、チカチカと視界の隅で動くものがあると、その正体を確認すべく凝視してしまう。人に残された数少ない獣の性。
何度目の溜め息だったろうか。
前方、暗い道の真ん中に黒い影の様なものが彼女の視界に映った。
うずくまった人の様にも見える。
女性の足が止まったのは、その影が何をしているのか気になったから、というより根源的な恐怖──未知に対する危険信号──が内から沸き起こったからに違いない。
影は、むくりと立ち上がる。
男の様だ。暗くて容姿も表情もうかがえない。
だが、影からはにじみ出す様な何かが感じられた。
獲物を狙うかの様に背を丸め、だらりと垂らした両手が地面をこすっている。
ふぎゃあああぁお
何処からともなく獣の、猫の声が闇に響く。
ふぎゃあああぁ
みゃああああぁ
グルルル……
グゥウウルルル……
最初の一声に呼応するいくつもの声。
道の両脇、生い繁る草が揺れ、光る目がいくつもいくつも現れる。いったいいつから潜んでいたのか。
と、四つ足の影が雑草から次々と男の影へ近寄る、いや、群がっていく。
両脇から現れる獣達が男に重なるたび、むくむくと影が膨らむ。もはや人の姿では無い。
まるで……
……車の様だ。
巨大な二つの目が開いた。煌々と輝く前方灯だ。照らしだされるのは闇夜に立ちすくむ女性の姿。
突如、勢いよく影は走り出した。獣達の重なり合う吼え声が駆動音代わり。
衝突する瞬間。
女性は絶妙の足さばきで体をかわした。
彼女の脇すれすれを勢いのついた影が通り抜けていった。
長い髪が余波による突風に煽られて乱れる。片手で耳許の髪を直しながら彼女は振り向き、大声で怒鳴った。
「行ったぞカズ!」