猫
線路沿いの空き地に車を停めた一明は、車外に出ると扇子で口許をたたきながら辺りを見渡した。
「ここが現場か、目撃者は……いねぇなこりゃ」
虎緒はぼやく様につぶやくと、道をはさんだ線路の反対側に目を向けた。
道路の片側はフェンスが張られていて、その向こうにはいくつもの線路が横たわり、貨物列車の待機場になっている。
逆側は民家が並んでいるのだが、どれも社名の入った看板を掲げている。住宅ではなく、一軒一軒が建築などの下請け会社だ。
「こういった会社は昼間誰も居ねンだよな」
社屋兼社員寮といったものなのだ。従業員は明け方に車で工事現場に向かい、暗くなった頃戻ってくる。昼間に居るのは電話番くらいだ。
仕事が終われば部屋で一杯ひっかけて、後は寝るだけ。近くに飲み屋も無ければ便利雑貨屋も無い。
「夜になれば暗いだろうな」
一明は電柱を見上げて云った。電柱には街灯が付いていない。小さい会社ばかりだから町内会が機能していないのだろう。
待機場になっている複線の間には夜間作業用の照明が鉄柱の上に設えられてはいる。が、貨物輸送箱が並べば道路まで明かりは届かないだろう。
細い道路の両側は雑草が繁り、虎緒の膝まで丈が伸びている。
これもまた地域の者達の繋がりが希薄である証拠だ。
こんな場所では目撃者など期待出来まい。
「同じ場所で三件、同一犯らしい殺人。普通なら藩廻りが警備巡回しそうなものだが」
いくら陰陽課に担当が移行しても、それくらいは藩廻りがする。
車も人も通らず、虫の音も聴こえてこない。今この辺りにいるのは虎緒と一明の二人だけの様に思われた。
「何か落ちてねぇかな?」
「藩廻りが全部さらっただろう」
虎緒は丈の長い草の茎をちぎって、そこらを掻き分けてみた。
藩廻りの鑑識が三度捜査している。一明の云う通り遺留品の類いは残っていまい。
それでも虎緒が探ってみたのは、万が一、というよりやる事が無くて暇だったからに違いない。
そう、遺留品の類いならば。
「ぅえっ」
「どうした?」
虎緒の声に一明が近寄る。
「……猫コだ」
「はねられたか」
眼球がはみ出し、力無く開いた口から舌が見えている。ぼさぼさに乱れた毛づやから野良と思われた。
それが道の脇に繁った雑草の間に転がっている。
虎緒が草を掻き分けたせいで、驚いた小蝿がワッと飛んでいる。
憐れと思っても、二人とも口には出さない。口に出せばこの猫の霊──残留思念──が寄り付いてくる。
一明はまた扇子で口許を軽くたたいた。
それが唐突に止まる。
目を見開いた。眉間にしわが寄る。
と、車へ足を向けた。
「どした?」
車から捜査資料を出すとボンネットに広げる一明。指が文章をなぞる。
一明の肩越しに虎緒が読む。
「『複数の咬傷はいづれも小さく、熊等大型生物の可能性は無い』……って」
「……さっきの聞き込み、被害者は猫の餌を買っていたとか云ってたな」
「彼氏が出来たら買うのを止めた、つったか?」
自然、二人は振り返った。
先程まで覗き込んでいた草むらを。
小蝿の群はおさまっていた。
~コ→主に小さいものに対してつける。猫コ、わらしコなど(東北弁)