食害事件
「……あぁ、よく来るお客様ですよ」
洋風長屋の戸の前で、寝惚けまなこをこすりながら男が云った。
彼は近所にある雑貨店の夜勤店員だという。
お休みのところ済みませんと云いながら一明は一枚の写真を見せた。
「以前は明け方に一人で猫の餌とかトイレ砂なんかを買ってましたね。最近は彼氏?と二人連れですが」
「よくお店に来られていた?」
「そうですね、常連さんです」
写真の女性が最近同棲している話は他所でも聞いていた。
「他には変わった事ありませんでしたかね?」
「さぁ~。お喋りする訳でもないですから……あぁ」
店員氏は思い出した様に付け加えた。
「そういえば、彼氏と来る様になってから、猫の餌とかは買わなくなりましたね」
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平塚と名乗る藩廻り同心が陰陽課に持参したのは数枚の捜査資料。あわせて三件分。
被害者は皆若い女性だった。
「……エグい」
現場写真の一枚を手に取り、顔をしかめる虎緒。
写真の配色はほとんど赤で構成されている。
「獣による食害……に見えますな」
陰陽課の一人が感想を述べた。
「問題は街の中心部にこんな被害を出す様な獣はいない、って事で」
「山ン中でもいないだろ?本州に羆はいないよ」
平塚の言葉に陰陽課員が応える。
喰い千切られた様な無数の咬み傷。
被害者達の写真はどれも身体のあちこちが欠損している。
日ノ本の自然に獅子や虎、或いは鰐などいない。
日本狼は血統が絶え、草食性の高い月ノ輪熊が人間を食害する事はまず無い。
となると、野犬くらいしか思い浮かばないが、いまどき野犬など見掛けない。
「鑑識が云うには咬み痕が熊にしては小さいと」
「それで陰陽課ッスか?ウチは妖物が専門ッスよ獣で無くて」
虎緒が平塚を見た。
「現状、当てはまる獣がおりませんから……それに」
平塚は解剖所見のとある箇所に指を置く。
「車にはねられた様な衝撃を受けとります。が、塗料は検出されず。あと、ここ」
平塚の指が解剖所見の上を滑っていく。
「……『人間のものらしき歯型』!?」
「に見える、と」
咬み傷はいくつか種類があるとも書かれていた。その内一つが人間のものに似ているとある。
「もう藩廻りではお手上げでして」





