藩廻り
「ぅ~わ、落ちね」
ひと振りして刀から血糊を飛ばした虎緒であったが、刃を見ると男の体液がねとりと絡んでいる。
懐紙で刀身を拭いた虎緒は顔をしかめた。
「粘っぱってる……汚ね」
ようやく拭い終えた刀を鞘に戻し、顔を上げれば一明が道にしゃがみこみ、男の落とした内臓を指でつついていた。
「ちょすな、そんただもん!」
「仕事だよ、仕事」
一明は懐中電話で内臓を撮り、次いで男の首や身体を映す。
「もしもし、藩奉行ですか?交通事故で……ハイ、ハイ……場所は」
司直へ連絡を入れると一明は懐中電話を仕舞い、代わりに白扇子を出して口先を軽くたたく。思案中の癖だ。
「ょお、カズ……なんだって斬らしたのや?」
「ん……あぁ、ちょっと待て。藩廻りがすぐ来るから、一遍に説明した方がいい。君は野次馬を下がらせてくれ」
なんだってオレが。とぶつぶつ云いながら虎緒は集まる野次馬を下がらせた。
藩廻り同心はすぐに現れた。藩奉行本部が近い。
「どもども、どうされました?」
「ぃやぃや、御足労おかけします。私、寺社奉行同心部長の賀茂と申します。んで、こっちは同じく平同心の武谷」
一明はやって来た同心に挨拶を交わした。気安く感じさせる為に訛りをいれている。
「平は余計だコノッ」
一明は今しがた起こった事の顛末を藩廻り同心に話す。
「案件は二つ、一つはこちらのトラックに男が飛び出し……本来なら過失ですが、次の一点、ひかれた男が運転手さんに襲いかかった為、やむなく武谷が斬り伏せました」
「お前が斬れっつったんだろ、お前が」
「ハァ、武谷サン免状は?」
「あーハイ……これッス」
免状とは切り捨て御免の許可証である。御一新後、武家の切り捨て御免は認可制となり、それなりの腕前・人品を審査される。
一明が話を続けた。
「実はこの男ですが、ひかれるより前に死亡していたものと」
「ハァ?」
突拍子も無い話に藩廻りは目を見開いた。
「御覧下さい、内臓が既に腐っとります。目も白濁がひどい。斬って血しぶき一つありませんでした。最低でも死んで一日は経っておりますよ」
「……まさかゾンビ、と」
「いえ、『走屍』でしょう。『走る』『屍』と書きます」
藩廻りがメモを取るのにあわせ、一明は走屍の文字を告げる。
「ソ、ウ、シ……と。ンで?ゾンビとは違いますかね?」
「西洋のゾンビですと感染しますな」
感染と聞いて運転手の顔が蒼くなる。一明は運転手をなだめながら話を進めた。
「本邦の走屍は魔が死体に取り憑いたもので、感染はしませんよ、大丈夫。暴れ回るので面倒ですが」
「えーっと、賀茂サン?スッとこの案件は『妖対』スか?」
「申し訳無いです、寺社奉行の管轄になりまして。運転手さんは無罪放免という形です。藩廻りサンの仕事場を荒らす格好ですンで、まずは御一報。後で武谷に報告書を書かせますンで」
寺社奉行と藩奉行は本体も管轄も違う。
『妖対』妖物対策法案により、こうした案件は寺社奉行の管轄で藩奉行が手を出せない。
時には進めていた捜査を途中から取り上げられ、御破算にされてしまう。その為、藩廻りは『お寺社』を嫌う傾向にある。
一明は先に話を通す事で軋轢を回避した訳である。後片付けは藩廻りの仕事なのだ。
ぺこぺこと藩廻り達に頭を下げる一明。
それを尻目にへうたん揚げをまた買う虎緒であった。
ちょす→いじる(仙台弁)