到着
湖西の寺は、前の住職が長い病の末亡くなり一度廃寺となりかけたものを湖西が入る事で持ち直した寺である。
その為、檀家は少ない。
「ボロっちい寺だなや」
「こらトラ!口が悪い」
湖西の手前一明がたしなめるが、確かに虎緒の云う通り『襤褸寺』という言葉がぴったりの外観だ。
湖西は修繕をする暇が無いのか、それとも費用が無いのか。
いや、する気が無いのだろう。古い寺の姿は周囲の風景に馴染んでいた。改築などすれば風景から浮いてしまう。湖西はそれを嫌って手を加えずそのままにしている。そんな印象を受けた。
大荷物を運び終え、一息つく。
本堂とは別に建てられた庵は古民家といった風情で、虎緒は腰を下ろした縁側から庭を眺めた。
ここにもまた山の精気が形を成したものが漂っている。多分先ほどのものとは違うのだろう。
縁側からの眺めは庭と山の境がよく判らない。そういう造りになっているらしい。山の精が漂うのもそのせいか。
庵の隣には蔵が立っていた。こちらもそうとう古い。
恐らく湖西より以前、代々の住職が所蔵していたものが納められているのだろう。
きっと謂れのあるものが納められている。虎緒の目にはそう映った。妖物とも精気とも判別出来ない気が蔵の内側から感じられる。
山の向こうに陽が沈んでいく。
「トラ、夕飯だぞ」
一明が顔を出し声をかけてきた。
「ん、もうそんな時間か」
名残惜しい気持ちを追いやって虎緒は立ち上がった。
夕飯を済ませた虎緒は風呂に向かった。温泉を引いている為いつでも入れる。
湖西は食卓の片付けを済ませると、洋酒の瓶と二つの小型硝子杯を持ち出す。
「この一杯が楽しみでな」
「いただきます」
仙台藩では洋酒の消費量が高い。秋田久保田藩の日本酒消費量と対照的だ。その為一明も呑み慣れている。
硝子杯に酒精を注ぐ。強い香りを楽しみ、飴を舐める様に口の中で転がす。
鼻から抜ける香りを楽しみながら、湖西は尋ねた。
「ときに、貴明殿は息災か?」
「たまにメールが着ますよ……毎回アドレスを換えられるんでこっちから連絡が出来ませんが」
一明の父、貴明は寺社奉行を辞めると気儘な独り旅に出た。それ以来帰ってこない。
連絡もたまに旅行先の写真などをメールしてくる程度だ。
「ま、便りの無いのは良い便りとも謂うでな……で、一明殿は虎緒嬢とはどうなのだ?」
話題の急な切り替えに一明がむせる。
「……ゲホッ……何です急に?」
「いやなに、貴明殿から頼まれておってな。上手くいったら仲人を、と」
「……あのクソ親父」
昔から貴明は物事を勝手に決める癖があった。虎緒の封印を一明に解かせる算段などもそうだ。
「勘弁して下さいよ、トラとは兄妹みたいなもので」
幼少の頃より一明にくっついていた虎緒だ。なかなかそういう目で見る気分にはならない。
「……まさかあの親父、狙ってたのか?」
賀茂の家にはしばらく見鬼が輩出されていない。陰陽の家としては役目上いささか不利と謂える。
そこに虎緒の様な見鬼を迎えれば子や孫に期待が持てる。それを貴明は狙って一明と虎緒を引き合わせたのではないか?
陰陽という家業を考えれば、充分ある話ではある。が、勝手に決められるというのは釈然としない。
「特に意中の者など居らんのだろう?」
「ま、まぁ……トラはいい娘ですよ。しかし、向こうがどう思」
「上がったぞ。あ!呑んでやがる!なんで声かけないかな!」
ジャス姿で勢いよくがらりと戸を開けた虎緒の登場で、一明はまたむせるはめになった。
ジャス→ジャージ(仙台弁)





