道中
「トラ……なんだその荷物は!?」
一明が目をむいたのも無理は無い。
駅の二階、人々の多くが待ち合わせ場所として利用する色彩硝子絵の前。
現れた虎緒の後ろには二人の若者。父親の門下生だ。
それぞれ両手に旅行用鞄が計四つ。全部虎緒のものである。
右腕が使えない虎緒の為に運んでくれたというのだが、両手が使えていても一人では無理だ。
「何が入っているんだ?」
「や、着替えを詰めてたら……何故かこんな量に」
その答えに一明は虎緒の姿を上から下まで眺めた。
いつもの羽織姿だ。
まさか下着ばかり入ってる訳はあるまい。着替えと云うがだいたい虎緒は着たきり雀なのだ、替えの羽織や袴をそんなに持ってくるはずがない。
「世話ンなったね、後は大丈夫だから」
一明の疑問をよそに、礼を云って虎緒は二人を帰してしまった。
「これ、湖西殿と僕で運ぶのか」
量は多くないが一明にも荷物はある。
残された荷物を眺めながら一明が溜め息をついていると、虎緒は買い物に行ってくると云い出した。
山の中では便利雑貨屋の類いはあるまい、今のうちに酒や乾き物、菓子など買って来る。そう云って一明が止めるのも聞かず売店に駆けて行く。
結局、湖西が迎えに来るまでの間、一明は独りで旅行用鞄の番をするはめになった。
マイクロバスがガタガタゴトゴトと山道を登る。その度車内がギシギシと音を立てる。
湖西が運転する車だ。お陰で大量の荷物は無事に積む事が出来た。
「オッサン何でマイクロバスなんか持ってンだよ?」
「法事に来る檀家衆の送迎用でな。元は観光寺のもの。買い替えると云うので譲ってもらったのよ」
なるほど走行中揺れる度にギシギシと軋む訳である。舗装されていない砂利道、余計に響いた。
慣れている湖西、剣術で鍛えた虎緒と違い、一明の顔は蒼い。酔ったらしい。
「こ、湖西和尚、あとどれくらい……?」
「おぉ、済まん。休憩を取ろうか」
砂利道で速度が出ない為、あと小一時間はかかる。そう云われて一明は手で口を抑えた。
木々の枝が伸びる山道、車から降りた虎緒は片腕で伸びをした。酔いはしないがさすがに疲れる。
天気も良く涼しげな山の空気が吸い込む胸に心地好い。
「たまにゃ山ン中もいいなや」
「そうであろう」
山鳥の声が遠く聴こえる。
紅葉も終わりの山は、眼下の街より気温が二~三度低い。葉の落ちた雑木の、枯れた色彩も相まって物寂しさを感じさせる。
それでも虎緒の目には清浄に映る。妖物は人々の間に潜む。人里から離れたこの場には道端にわだかまる小物の姿さえ無い。
ただ時折、山の精気が形を成した精霊とでも呼ぶべきものが、小気味良い速さで枝々の合間を飛んでいく。遊んでいるかの様に。
その仕草を目で追いながら、虎緒の心は和んだ。
視える。その事で怖いこと、厭なことを今まで同時に見てきた。
うん、見鬼というのも悪くないじゃないか。初めてそう感じた虎緒であった。





