謹慎処分
「謹慎です」
寺社奉行 藤原は眉にしわを寄せながら虎緒に云った。
白塗りお歯黒はしていない。かっちりとスーツ姿で執務机に座っている。
「いや、お奉行、しかし」
「賀茂殿も謹慎ね」
先の辻斬り事件、藤原はここのところ後始末に奔走していた。
やっと落着にこぎ着けたのである。
「藩奉行齊藤殿より嫌味を云われたでおじゃる。『お寺社はずいぶん自由裁量ですね、さすが日ノ本のFBI』と」
藩回りの現場にしてみれば、虎緒達によって犯人逮捕が出来た訳だが、事前通達の無かった事が藩奉行には気にくわなかった。という事らしい。
「全く、二人とも何の為にこの奉行が居るのか解っておりません。この藤原が先に連絡しておれば藩同心の皆様に協力をあおぐ事も出来たであろうに?」
藩奉行は名の通り藩の管轄、寺社奉行は京が管轄している。
それ故お互いの連絡が行き届かない事しばしば。藤原と齊藤は今後連絡を密にすると話し合ったばかりだった。藩奉行齊藤にしてみれば嫌味の一つも云いたくなるだろう。
虎緒が辻斬りを倒した事は喜ばしい。が、藤原にも話を通さず勝手働きをされては組織として困るのである。
「申し訳ありません!ですがカ……賀茂同心部長には責任は無く、オレの」
「賀茂殿にはおことに対する監督責任がおじゃる!」
一明を弁護しようとした虎緒であったが、さすがにそれは通らなかった。
藤原奉行は一息つくと、席にもたれ、表情を和らげて二人に云った。
「ま、処分と謂っても減俸する訳で無し。療養休暇でおじゃるよ」
虎緒は右腕を吊っている。先の死闘の際、一明から一時的に筋力を増強する符を貰い、貼っていたのだ。
ただ、両腕に一枚づつと渡されたものを二枚とも右腕に貼った。拳銃を使う都合上、片腕で剣を受けるつもりだったからだ。
そのツケがきた。肩から手首まで肉離れである。
馬鹿か君は?と一明に怒られた。一時的に潜在能力を解放するだけで、一枚でも後でどっと疲労が襲う代物だ。
その吊った腕を見ての、藤原の発言である。
奉行の執務室を退室し、同僚達に軽く顛末を話し、机など片付けも済んでさて帰ろうかという段になった時、虎緒達は同僚の湖西に呼び止められた。
湖西は陰陽課で唯一僧形の男である。
「二人とも謹慎の間は暇であろう、儂の寺にでも来ぬか?」
「オッサンさては庭の掃除でもさせる気だべ」
「こらトラ……湖西和尚、何か御用がおありですか?」
一明の問いに湖西はからからと笑う。
「なに、藤原様から御両人の目付役を仰せ付かってな」
謹慎中に何ぞやらかされては堪らない。見張っていろという事である。
「秋彼岸も過ぎて、来る檀家もおらん。後をつけて回られるより良かろう?」
「ははぁ……」
「オッサンの寺ッて東口じゃねかったよな?」
湖西の寺は米沢藩との国境の近くにある。つまり山の中だ。
「やなこった。なんもねぇじゃねぇか」
こう見えて虎緒は街の中をぶらつくのが好きだ。滅多に着ないものの洋服など見て歩いたりもする。
就職先を城の奥付き警護役か、一明のいる陰陽課か悩んだほどだ。仙台城は街に近いが、虎緒にとってはそれでも山の中という認識だった。
虎緒にとって湖西の寺は山の中どころか前人未踏の秘境に等しい。
「まぁ何も無い。強いて謂うなら風呂に温泉を引いとるくらいかの。お嬢の腕が少しは早く治る……かもしれん」





