腐れおとこ
「んじゃあ、そろそろ行くか」
虎緒がへうたん揚げを食べ終えたのを見て、一明が立ち上がる。
虎緒も太串をくわえながら立ち上がり、大小を腰に差した。
くわえていた太串を、さて捨てるかと備え付けのごみ箱に近付いた時、自然と虎緒の鼻が鳴った。
……臭い。
何か腐った様な異臭が漂ってきたのである。街のど真ん中、廃棄物の収集には気を使われている。この様な異臭がするはずが無い。
「む?」
一明も異臭に気付いた様でしきりに鼻を鳴らす。
いったいどこから。
「……あれか?」
二人が目にしたのは一人の男。
妙に痩せた血色の悪い男だった。髪はベタつく様にあめっていて、着流しは垢染み、下腹が妙に膨れていた。
臭いの元は確かにその男の様で、行き交う周囲の者達が男を避けている。
男はふらふらと横断歩道の前まで進む。信号は赤。
車通りの激しい道にトラックが男の前まで差し掛かる。
「あっ!」
突然男は貨物車の正面に両手を広げて立ち塞がった。至近距離だ、止まれるものでは無い。ブレーキ音とタイヤのスリップ音、そして次に衝撃音が響く。
男はモロにはね飛ばされた。
「マジか!?」
急停車した貨物車の運転席から運転手が転げる様に出てくる。顔が蒼い。こんな街中で人が飛び出すなど想定外の事だろう、当たり前だ。
「あ、あんた、大丈夫か?」
運転手が車道に転がる男へ駆け寄る。
異変はその時起きた。
ゆらり、とはね飛ばされた男が起き上がったのである。
と、同時に着流し姿の足の間からボトボトと落ちるものがあった。赤黒い。
虎緒がそれを内臓と認識するのに一瞬の間があった。
「……あ゛……あ゛が……が」
しまりの無い口許から奇声を漏らしながら男が運転手に掴み掛かる。
「い!?痛ぇ!お、おい何しやがる!」
何と男は噛み付いてきたのである。安否を確認する為に近付いた運転手が腕を噛まれ悲鳴をあげた。
「ちょっ!おい止めろや!」
虎緒は揉み合う二人の許へ駆け出した。その後を思案顔の一明がゆっくりと歩いてついていく。
「だぁ!この!」
虎緒が男を蹴り飛ばし、運転手から放す。
蹴られて転がった男はまたゆらりと立ち上がると、今度は虎緒に狙いを付けたのか、両手を伸ばして近寄ってきた。
「トラ!斬れ!」
一明の声に虎緒の右腕が反応した。
判断も躊躇も無い瞬発の動き。
鞘から白刃が突き抜け、陽光を受けた鋼の照り返しが軌跡を描く。
一閃。
流れる動きで虎緒が男の脇を抜ける。
男の首は落ちた。