背負う
男が倒れたのを見て気が抜けた虎緒はそのまま尻餅をついた。
「ぶはあああ……」
大きく息を吸うと一気に吐き出す。ぜいぜいと荒い息が続く。
全身から汗が噴き出ていた。前髪の先からぽたりと雫が落ちる。
「終わった様だな」
いつの間にか一明が隣に立っていた。
一明には後ろで待つ様、虎緒が頼んでいたのである。
それは自分が討たれた場合の保険だった。一明ならば後の始末をつけてくれる。藩廻りに辻斬り犯の容貌を伝え、また式神などで犯人の後を追わせる事が出来るだろう。そう考えての事だった。
ぺしぃん!
「……ってぇ!」
「痛くない!」
一明が扇子で虎緒の頭をひっ叩いた。
「一つ間違えれば今頃真っ二つだ。痛くない!」
妖物に対する呪術であればまだしも、剣を交える戦いでは自分は虎緒に遠く及ばない。だから見守るしかないのは解る。解るがしかし、虎緒の頭を叩かずにはおれない一明であった。
「もしもし、私寺社奉行の……あ、平塚さんですか、丁度良かった……」
一明が懐中電話で連絡を入れている間、虎緒はその場で大の字になっていた。
叱られたので少しは殊勝な姿を見せたかったのだが、なにしろ先の死闘で精根尽き果てていた。未だに息が荒い。
「……はい、はい。よろしくお願いいたします。では」
電話を終えた一明が虎緒に視線を向ける。やれやれといった表情だ。
「ほら、じきに藩廻りが来るんだから、起きな」
「や、無理。がおったわ」
一明は溜め息をつくと昏倒している辻斬り犯のもとへ行き、膝の止血を始めた。
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救急車両に乗せられた辻斬り犯を見送った後、平塚は一明に声をかけた。
「お疲れさま、後はこちらでやりますから」
「どうもすみません、後日報告書を」
一明が戻ると虎緒はまだ同じところで尻餅をついていた。
荒い息は治まったが、足腰が立たない。
「仕方無いな……ほら」
一明が背中を向けてしゃがみ込む。虎緒は素直にその背に乗った。
「……へへ」
「なんだトラ?変な笑い方して」
「『カズ兄ぃ』におぶさるのも久し振りだな、ッて」
カズ兄ぃ、か。子供だった頃虎緒は一明をそう呼んでいた。
まだ剣の修行を始める前の頃である。幼い虎緒は自分の面倒をみる一明の後をよくついてきたものだった。
「そう呼ばれるのも久し振りだな」
「あ、カズ兄ぃカズ兄ぃ」
「ん?なんだい?」
「下駄拾って」
「……君ね!背負う前に云えよ!」
──────────人斬り 了





