決着
妖刀の放つ妖気が、男の全身を包み込む。虎緒の目にそれははっきりと映った。
男がすっくと立った。撃ち抜かれた膝を庇おうともしない。
男と刀は一心同体となった。
「雰囲気が変わったなや……そうかよ、ニンゲン辞めたかよ」
男が一気に間合いを詰めてくる。
勢いをつけて刀身が振られる。
ガツッ!
ギィイイイン!
虎緒は振るわれる妖刀を化け物鑢でしのぎ、或いはいなす。
妖刀と化け物鑢が振るわれるたび、風を切る唸りと殴り合う様な剣撃が響く。
今や虎緒は両手で化け物鑢を握っていた。
膝を撃たれた身体のどこに、と驚くほどの膂力である。
しかも妖刀は自らの歯こぼれもひび割れも一切気にとめる事無く、男の身体を縦横無尽に振り回す。およそ人の動きでは無い。
妖刀と一心同体となった男、いや男と一心同体となった妖刀は水を得た魚の如く虎緒を翻弄する。
剣先が虎緒の頬をかすめる。
黒髪の一房が風に散る。
男と虎緒の周囲に打ち合いの火花がいくつも夜の闇に花開く。
ギチギチギチ……
ギチギチギチ……
……ガツッ!!
幾度目かの鍔競り合いの後、二人は間合いを取り直した。
虎緒の口から荒い息が吐き出される。全身から湯気が立ち上る。息を止めての無酸素運動とアドレナリンの影響だ。全力疾走の直後の様な有り様である。
対する男も無事とは謂えない。
撃ち抜かれた膝からの出血が酷い。更に妖刀が怪我を無視しての立回りである。何故立っていられるのか不思議なほどに膝から下がねじれていた。
(……次の一合)
相手の構えをみて虎緒は気合を入れ直した。
男は上段の刀を右肩に担ぐ。
柳生流 必勝の構え。
膂力に任せて相手の頭頂から股まで叩き斬る『唐竹割り』の構えだ。その威力は下手に受ければ受けた刀ごと頭にめり込むほど。
虎緒は下段、後方に剣先を向ける地摺り。
受けるのではなく、振り上げて迎撃するつもりでいる。
じり……
じり……
両者の足がにじる。
ミリ単位で間合いが狭まっていく。
必殺の間合いに達した瞬間、二人の口から烈帛の気合が発せられ、白刃と鉄塊が爆発したかの様な速度で弧を描いた。
ギャリイイイィィ……ン!!
白刃と鉄塊が衝突し、両者の動きが止まった。
『……戦ニ散ルハ……我ガ……誉レ……』
虎緒は妖刀の声を聞いた。
ピシッ
微かな音と共に……
……妖刀が折れた。
ぐらり、と男が揺れ、どぉっと倒れる。
度重なる化け物鑢との打ち合いで、既に妖刀は限界に達していたのである。





