白刃対鉄塊
片膝を撃ち抜かれ、男はバランスを崩して倒れた。
なんとか立ち上がろうともがく。
その姿から敢えて視線を外し、虎緒は銃口からけぶる硝煙を一息吹いた。
「ぃやぃや、拳銃携帯許可の申請、なかなか通ンねくてさ、お奉行ば拝み倒したや」
「貴様……卑怯な」
「は?お前ヒトの話聞いてたか?オレは『尋常に』勝負しねッて云ったっちゃ?だいたいお前の身柄は藩廻りに渡さねばなんねンだ、したら足撃つべよ」
拳銃を懐に戻した虎緒は二度三度右手の化け物鑢を振ると、男へ近寄る。
「お前にこれ以上怪我ァさせねけンど、その妖刀にゃ引導渡さねばな」
「うぬ!?」
男は無理矢理に地面を転がると虎緒から距離を取り、鞘を杖代わりに立ち上がる。
いまだ戦う姿勢をみせる男に向かって虎緒は突進した。化け物鑢を妖刀に叩きつける。
撃たれた片足に重心はかけられない。男は防戦一方になった。
ギャリンッ!
ガツンッ!
ギギギ、ギチギチギチ……
「ぐっ、ぐうぅ!」
妖刀に化け物鑢が当たるたび、男が苦悶の声を上げた。
「ぐおおっ!」
一声叫ぶと男は飛びさすった。よろけながらもなんとか倒れずに虎緒から間合いをとる。
荒い息を吐きながら男は刀に目を向けた。
刀身にいくつもの刃こぼれが見える。
「ぅ……ぅぉおおおお!!」
男は吼えた。
自分を魅了し、人斬りの快楽を覚えさせ、魔道へ堕としたその刀が傷付いている。
最愛の者が傷付けられた事に男は吼えた。
『欲シイ……』
頭の中に声が響く。
『欲シイ……欲シイ』
「お前か?お前なのか?」
男が刀に問うた。
「何が欲しいのだ?……この女の血か?」
男は刀がいつもの様に血を求めているのだと思った。
『身体ガ……汝ノ身体ガ欲シイ』
「なんだと!?」
『我ハ……斬ル為ニ……生マレタ。ダガ、我ハ……人ニ振ルワレネバ……斬レヌ』
男の脳裡にある光景が浮かぶ。それは戦場で振るわれるかつての大刀の姿。
白刃が煌めき、血飛沫と首が飛ぶ。
敵との鍔競り合いで火花が散る。
次の瞬間、戦場の景色はいずこかの屋敷と替わり、刀は床の間に飾られていた。
数百年、手入れ以外に柄が握られる事は無く、無為の時をただただ床の間で過ごし……
『……戦ダ。斬リ合ウ敵ガ……居ルノニ……欲シイ……身体ガ……』
その声は慟哭であった。
「しかし、お前はもはや……」
刀身はボロボロだ。
娘は、目の前の敵は刀を殺すつもりでいる。
『……戦場ヲ駆ケ、戦ニ散ルハ我ガ誉レ!』
刀が求めていたもの、それは血では無かった。男は自分の誤解に気付いた。
この戦いで刀は死ぬ。
男は刀の本懐を遂げさせる為、静かに呟いた。
「……ならば、俺の身体をくれてやる」





