血闘
虎緒は懐手にした羽織からゆっくりと右手を出す。
からり
からから……
そうして下駄を脱ぎ捨てた。
今から始まる死闘に下駄履きのままでは厳しい。
虎緒は数日前、藩廻りから辻斬りの発生日時と場所を確認していた。
同一人物の連続した犯行現場は線で繋ぐと円を描く事が多い。その中心はその人物の自宅だ。つまり自分の縄張り──土地勘のある場所──で事件を起こすのだ、獣が狩りをする様に。
だが、虎緒は犯人の住居を探してはいなかった。それは藩廻りの仕事である。
三件目以降の現場を地図で確認した虎緒は、まだ歪な円の周囲で辻斬りを行うのに条件が合いそうな場所を探した。
虎緒の目は普段から妖物の姿を捉えている。大抵は小物だ、人にとり憑く程の力の無いもの、若しくは体調の芳しくない者にとり憑いて風邪の遠因になる程度のもの。
そういったもの達は道の端にわだかまっていたり、あてもなくふわふわと漂っていたりする。
そんなものを視る虎緒の目に、この場所はおかしく感じた。
昼間、下見として歩いた時、普通ならそれなりにいるはずの妖物がいなかったのである。残っているものも妙に怯えた素振りをみせていた。
大物の気配を感じて小物達が逃げた。そう虎緒はみてとった。自分と同じ様に辻斬り犯──妖刀──も下見をしたのだろう。
ならば、とここに当りをつけたのであった。
「で?いつまでそこに隠れてるつもりだ?殺気と妖気が駄々漏れだッての」
虎緒の呼びかけに電柱の陰から黒い男がゆらりと現れる。
黒いロングコートから革の匂いと共に錆びの臭いが微かに漂う。
その左手には大刀が握られていた。虎緒の目が鞘越しに立ち込める妖気を捉える。
「……官憲か?」
「まぁ……官憲だなや」
「とぼけた事を……まぁいい、丸腰の奴には飽きてきたところだ」
シュウウッ……
男の右手が柄にかかり、鞘走りの音を立てた。
虎緒も応じて腰から抜く。左手はいまだ懐手のままだ。
「なんだそれは?」
「だーれ、妖刀相手だ『いざ尋常に』なんてするかよ」
虎緒が抜いたのは刀ではない。あの鑢が握られていた。
「舐めた真似を……死ねええぇい!」
男の烈帛が月夜に響き、風を切る唸りと共に大刀が振り下ろされる。
ギャリイイイィン!
「なに!?」
男が驚いたのも無理は無い。
若い娘が、渾身の一撃を止めたのだ。それも右腕一本で。
男の膂力であれば、例え両腕で構えていようと娘が受けれる訳が無い。
「ぐっ……!」
それどころか鍔競り合いで互角。知らず男の両腕に力が入る。
ギギッ
ギチッ、ギチギチギチ……
お互いの得物がこすれ異音を放つ。
刀と刀の鍔競り合いではこんな異音にはならない。
妖刀の向こうで虎緒がにやりと嗤う。
「云ったべ?『いざ尋常に』なんて誰がするかよ」
パァアアアン!!!
「ぐわっ!?」
轟音に男の苦悶の声が重なる。
お互いに競り合いから跳び下がる。
「ぐっ……貴様!」
男の片膝から血が噴き出した。
虎緒の左手には硝煙を吹く拳銃が握られていた。





