十六夜
雲間から覗く月は十六夜。
夏が過ぎれば坂東より北の地は日没後の涼しさがはっきり感じられる。
街の中心部であればネオンとオフィスの窓、そして街灯が煌々と夜を照らす。
が、街から離れるにつれネオンがなくなり、ビルヂングが消え、ついには街灯の弱い照明だけとなる。
再開発で住民が立ち退き、民家が解体された更地などがあれば、街灯すらまばらになって寂しさが増してくる。
更地にはいつの間にか薄の穂が伸び、虫の音がそこかしこから聴こえてくる。
そんな虫の音が鳴り響く更地の向かい、まだ解体されていない廃屋が外塀を並べていた。塀に寄せて立てられた電柱には街灯も無い。
その電柱の陰、塀にもたれて立つ黒い姿があった。
比喩では無い。
ロングの革コートが月明かりを受けている。それが革の黒を引き立てている。
誰かを待っているのだろうか?人待ちをしているにしてはおかしな場所だ。周囲に目立つ建物の類いは無い。
また、よく見ればだいぶ無精髭が伸びている。待ち合わせをするなら剃刀を当てて身だしなみを整えはしないか?
月明かりの加減で目許は隠れていた。感情がうかがえない。
目の前の薄が揺れる。
十六夜の月が雲間に隠れた。
俯いていた男が頭を持ち上げた。風に乗って足音が遠くに聞こえる。
からり
からり
それは今時には珍しく下駄の音だった。
音の響く方を見れば道なりにまだ残る街灯に照らされ、ゆったりと歩く姿が認められる。
からり
からり
男の双瞳に近付いてくる羽織袴が映る。
待ち伏せをする獣の様に、男は物陰から相手をうかがう。一見して上背の無い、小柄な体格だ。
からり
からり
男は革コートに隠していた大刀を掴み、鯉口を切った。
一太刀で叩き斬れる間合いに羽織姿が来るのを待つ。
からり
から……
丁度の間合いまで後数歩、そこで足音が止まった。
「あぁ、やっぱなぁ。科学捜査ッてのはすげぇわ。だいたい今日ここらだべと踏んでヤマ張ったら当りだもんな」
羽織姿から聞こえてきたのは若い娘の声だった。
月明かりが娘の顔を照らす。
男の姿を睨みながら、それはニタリと嗤った。





