化け物鑢
「重いな、大刀と変わンね」
「そりゃそうだろうさ、厚みが違う」
店主はからからと笑いながら云った。
「本身と同じに打ってあるそうだ。同じ手間で出来上がったもんが鑢だからな、鍛冶屋がぼやくぼやく」
(『本身と同じに』!?)
一明は剣術など習った事が無い。しかし雑学として刀の打ち方がどういうものか位は知っている。
熱した鉄の塊を叩き、伸ばしたところで折り曲げ畳んでまた叩く。それを何度も何度も繰り返す。
結果、刀身の断面は年輪の様になる。年経た大樹の年輪の様に。
虎緒が今手にしているものは、どう見ても鑢だ。
鑢など普通ただの鉄の棒だ。溝を刻むだけで済む。
「……ちょっと振ってみたいな」
「おいおい、店の中は勘弁だよ虎緒ちゃん」
(振る?鑢を、振る?)
呆気にとられている一明を尻目に、虎緒は店の裏へ向かう。
訳が解らぬまま、取り敢えず一明は後をついて行った。
ふぉん!
ふぉん!
虎緒の振るう棒鑢の化け物が空を斬る。
その度に風斬り音が響いた。
「……少し練習が必要だなや」
右手一本で化け物鑢を振り回す虎緒。
長さは脇差しのそれだが、重さは大太刀と同じだ。片手で振れない事は無いが、勝手が違って扱い難いらしい。
「そうだカズ、ちょっとそこにある木刀をオレに向かって振ってくれ」
「は?」
「オレの頭を思いっきし殴るンだ。薪割りの要領で」
ホレ持って、と木刀を渡される。
一明は渡された木刀と虎緒の顔を交互に見た。
「……ヤットウも薪割りも素人なんだけど?」
「振るくれぇ出来ンべ?オレがコイツでいなすから」
どうやら化け物鑢で木刀を受けるつもりらしい。
もちろん一明は虎緒の腕前をよく知っている。知ってはいるが、妹の様な娘の頭を果たして殴っても良いものか?
「ホレ、思い切っていきなりぶっ叩け、大丈夫だって当ンねぇがら」
へらへらと小馬鹿にした様に笑う虎緒。
当たらないなどと云われれば、素人の一明でも流石にムッとくる。
一明は上段に構えた。あまりさまになっていない。
一方の虎緒といえば、両手をだらりと下げた状態。化け物鑢は腰帯に差している。
「じゃ、いくよ?」
「いや声かけンなや、練習になンねぇべ」
確かに声をかけて打ち込むのでは即応の練習にはならないだろう。
一明はいったん木刀を下ろし息を調えた。一瞬間を置くと木刀を振り上げ一気に虎緒の頭めがけて振り下ろす。
ガツンッッ!
一明の両手に強い衝撃が走った。握っていた木刀がカラカラと足許を転げていく。
虎緒の手には腰に差していた化け物鑢。抜き打ちざまに一明の木刀を払い、今は残心している。
「……やっぱカズだと『起こり』が判ッちまうなや、悪りぃ悪りぃ」
虎緒は苦笑しながら残心を解いた。頭を掻きながら木刀を拾う。
素人の一明では剣を振る予備動作が判ってしまう。無茶な頼みをしたと虎緒は謝った。
「見てみ」
痺れて痛む両手を揉んでいた一明に、拾ってきた木刀を見せる。
化け物鑢が払いのけた時に当たった箇所が、その一合でえぐられて木の繊維が弾けていた。





